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しおりを挟むそんな話をしていれば、眼下に人族の国が広がっていた。
聖都とは違い建物の色が疎らで、統一感はないがそれも趣がある。
興味を持って見れば印象も変わるものだ。
『・・・近寄ってみるか?』
悪い顔をしている自信はある。
ちょっとした悪戯心だ。
『何、少し脅かすだけだ』
エキドナも満更ではなさそうだ。
顔があれば同じような表情をしている筈だ。
建物を壊してやるのも可哀想だ。
住処を失うのは私とて悲しいものだ。
人が転ぶ程度の風圧を残して、高度を下げ城の周りを旋回してやる。
矮小なその身に応じた声が聞こえる。
小さな小さな声だ。
『・・・聞いたか?』
エキドナの耳には届かなかったか。
拾わなければ聞こえるのは人族の悲鳴だけだ。
『私は竜の渓谷の主と呼ばれているらしいぞ』
問いかけるエキドナに聞こえた事を教えてやる。
王よりは良い。
民のいない王よりはな。
『・・・谷の眠り竜とも呼ばれているみたいだ』
それではまるで寝てばかりのようではないか。
間違ってはいないが釈然としない。
エキドナは腹を抱えたように、鼻の上を転げ回る。
全身が腹のようなものだろうに。
些か不愉快に思わなくもないが、エキドナが楽しそうであるのならばそれで良い。
私の相好も崩れるというものだ。
「大型弩砲準備!」
人の言語を覚えていて良かった。
私の呼び名も知れた。
「・・・放てっ!!!」
そして不意を突かれる事もない。
五本の鉄の棒が私に向け掃射される。
『殺さねば多少は・・・良いな?』
そうエキドナに確認をした。
殺さぬという前提があれば文句はないだろう。
風を纏い、逸らし、軋む音と共に方向を定めた。
どうせなら少し捻りも加えておくか。
目標は城の一番上だ。
生物の気配が無いのは確認済みだ。
激しい衝撃音の後、崩壊していく音がする。
瓦礫に当たってどうこうなる事までは、気にかけてやる必要はない。
殺そうとしたのだ。
怪我くらいならば文句はあるまい。
「ワレは竜のケイコクのヌシだッ!」
嵐竜王と名乗るのは好かん。
丁度良い呼び名を貰ったものだ。
「ワレラがスに立ち入るモノはそうなるゾッ!」
上半分の無くなった城を指差した。
立ち入ったらどうなるのだろうか?
勢いだけで言ってみた。
「ユメユメ忘れルナっ!」
ここまでする気はなかったが警告にはなるだろう。
私達の住処に、早々気軽に来られても敵わん。
『因みにエキドナよ・・・国が欲しいか?』
欲しければ落としてやっても良い。
そう聞けば否と答えた。
雰囲気の良い国だったので、少し残念だ。
気配がしないのだ。
駄女神の。
つまり祀っておらん。
教会なども偶像も何もないのだ。
それ故に私を敬わぬのだろうが。
信仰が無いのであれば恐怖で支配してやれば良い。
その上で新しい神を奉じるのだ。
エキドナという女神をな。
『其方・・・女神になれるぞ?』
そうなれば今後も安心だ。
だがエキドナは激しく否とした。
『酒も飲み放題だぞ?』
少し悩み辿々しく否とした。
『そうか、それ程に私と二匹が良いか』
甘楽甘楽と思わず笑ってしまう。
エキドナに口が無い事が良かったと思える。
示す肉体言語の意味は拒絶だ。
だが仕草に照れからか恥じらいを感じる。
偽りとはいえ、惚れた相手から拒絶の言葉を聞くのは敵わんからな。
私に伝わるのは恥じらいの意思だけだ。
『そう照れるでない・・・私は嬉しいのだが?』
隠れるように鼻の上から頭の上に移った。
・・・その意味は私の好きなように取らせてもらう。
少なからず、私を悪くは思ってはいないのだと。
翼を羽撃かせ人族の国を後にする。
急ぐ必要はない。
寧ろこの後ろ姿が今後の脅威となるだろう。
出来ればのんびりとしたいのだ。
邪魔される事なくただ二匹で共にあるために。
その為の時間の使い方としては有用な筈だ。
一刻にも満たない時間で、人族から邪魔される事がなくなるのであれば。
もうそろそろ良いかと、聳え立つ山脈に身を紛れされた。
暫く飛んでから高度を上げれば良い。
そう思っていたら、ペシペシとエキドナが私の額を叩いた。
『・・・そこにおっては其方が見えん』
コロコロと鼻の上に転がる。
『ん?・・・あそこに寄りたいのか?』
粘体を伸ばし指し示した。
そこ一面に彩り鮮やかに花が咲き乱れていた。
自然の花畑のようだ。
辺りに生物の気配が無いのも理由だが、無秩序の色合いが、自然の恩恵であるが故だと理由付けられた。
そのまま脚を踏み入れる事が不躾に思えた。
花が自生していない場所に降りた。
そういえば住処の近辺には花畑はない。
そうか、エキドナは花が好きなのか。
此奴の為に摘んでやれないのを残念に思う。
エキドナは待ち切れずに鼻の上から飛び降りた。
そして花の中へと潜って行った。
『遠くへ行くではないぞ』
にょんと粘体を伸ばし返事を返した。
弱くもなく強くもない風が山脈から吹き降ろす。
靡く花が懸命に揺れてみせた。
風に手折れる事ない意思をみせる。
何処かで嗅いだ匂いかと思えば、エキドナの香りに良く似ていた。
『・・・まるで其方のようだ』
思わず呟いていた。
聞こえてはいなかったのだろう。
エキドナの反応はなかった。
か弱き存在でありながら、強き意思をその身に宿す。
ふと不安に感じた。
いつの日か萎れるのだろうか?
いつの日か枯れてしまうのだろうか?
・・・許さん。
私より先に逝く事だけは。
水ならやろう。
肥料もくれてやろう。
竜の血ならその程度の価値もある筈だ。
足らぬならこの肉もくれてやる。
その思いにエキドナの気配を確認しながら身を伏せた。
私の血肉すらもう其方のものだ。
ならば浪費すら烏滸がましい。
心地良い風に翼を休めながら目を閉じた。
獣の気配すらなく、在るのは私とエキドナだけ。
その近寄る気配に目を開けた。
西陽が紅く粘体を照らしていた。
紅玉よりも美しく輝き、花よりも嫋やかに風に身を揺らす。
・・・やはり私は竜だ。
美しい物に執着しているのだから。
金銀財宝より価値のある物に固執しているのだから。
眩しく目を細めていた所為か、咥えるように引きずる物に気が付かなかった。
『・・・それは?』
その咥えていた物を粘体を伸ばし、私の頭の上に置いた。
器用なものだ。
この大きさだ。
大変だったろう。
『・・・ありがとう』
花の冠。
何処から出したのか、エキドナの上にも乗っていた。
臣下も無き王。
そしてその妃だ。
頬が緩むのを感じる。
其方からの拝命なら甘んじて受けよう。
『其方からは貰ってばかりだな』
エキドナはそれを否定した。
そんな事はない。
『果実をくれたではないか』
そして優しさを。
そして絆を。
そして温もりを。
『我、此処に竜族として・・・早いな』
否を示した。
『・・・今のは良き雰囲気だったろう?』
呆れたように、はにかんでみせた。
まあ良い。
時はあるのだ。
それに冠をもらった。
大きさは違うがお揃いの花冠だ。
『全く、我儘なお妃様だ』
誓いは無くとも絆がある。
それで構わん。
もう愛があるのだから。
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