春、桜咲く

高鍋渡

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第一章 桜の下で再会した

第14話

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 そして始業式を火曜日に控えた三連休初日の土曜日、今日は学校で全国模試が行われる。

 桜高校では二年生になる際に国公立大学や有名私立大学を一般入試も視野に入れて目指す特別進学コース通称特進コース、総合型や推薦で大学進学を目指す大学進学コース通称進学コース、専門学校や就職を目指す専門・就職コースに分かれる。

 私や美月は特進コース希望で部活を頑張っている人は進学コース希望が多い。伊織も進学コースで、聞いてはいなかったが真人君も進学コースだろう。

 桜高校には体育科というものが存在せず、全クラス普通科なので制度上は忙しい運動部をやっていても特進コースには入ることができる。しかしコースの説明会のときに運動部で特進コースに入る人はほとんどいないという話を聞いていた。

 授業時間自体は変わりないが、授業の進度も速く、取り扱う内容も難しく、希望制という名のほぼ強制参加の補習授業がある特進コースとほぼ毎日のように練習がある運動部を両立するのは並大抵でないということを先生たちは口々に言っていた。

 特進コースへの進級予定者が全員受けることになっている今回の模試の会場の教室には私と美月を含めて二十人ほどの生徒が集まっていた。

 知っている人、知らない人皆が大人しそうな雰囲気で来年ここにいる人たちと同じクラスになると思うと、私としてはとても居心地が良さそうで楽しみになる。

 席は自由ということだったので隣になった美月とそれなりに勉強頑張ってみたとか、初詣の詳細楽しみにしているなどと軽く雑談を交わした後、英単語帳に目を移していると試験監督の先生が教室に入ってきた。

「えーと、一、二、三……二十。あれ、予定では二十一人だったんだけどな。まだ時間じゃないからいいか。皆、トイレに行きたい人は今のうちに行っておくようにな」

 試験監督の藤田先生は三十代半ばくらいの男性の理科の先生だ。物理が専門らしく授業も分かりやすいし、周りに迷惑をかける不真面目な人たちをきちんと注意してくれるので割と好きな先生だ。

 高校の同級生だという奥さんと七歳と三歳のお子さんのことが大好きで、授業が切りのいいところまで進んで少しだけ時間が余ったときに家族の話をしてくれるのも結構楽しみだった。

 多分来年は藤田先生が担任になるのかなと思い喜びつつも、私は文系を選んでいて物理の授業は選んでいないので、藤田先生の授業は受けることがないのかと思うと少し残念だ。

 集合時間まで残り五分となったとき、教室の扉を開けて誰かが入ってきた。

 長身で、地毛だという赤みがかったサラサラな茶髪、誰もが振り返り、誰もが見ずにはいられない甘いマスク。真人君だ。制服ではあるが部活で使っているであろう鞄を持っている。

「すみません。朝練やってまして」

「時間に遅れていないし構わないよ。好きなところに座って」

 藤田先生とそんなやり取りをしながら真人君は空いていた教卓の目の前、一番前の席に座った。前から二番目の席に座っていた私の目の前だ。

 朝練をしていたという真人君の大きな背中からは制汗剤の良い匂いがして、突如現れた真人君という存在と合わせて試験前だというのにドキドキさせられてしまう。

 ここにいるということは四月から真人君は特進コースに入るのだろうか。でもバスケ部という忙しい部活をやりながらなんて難しいのではないか。

 そもそもプロを目指す真人君は大学に行くとしてもスポーツ推薦だろうから一般入試まで考える特進コースに入る必要なんてないのではないか。

 でも学年で十位くらいと言っていたし、勉強でも戦えるようにとお父さんに言われたのか自分で選んだのか、ともかく真人君が目の前に座って模試を受けようとしていることは事実だ。

 私があれこれ考えたりしていると、藤田先生が受験者の情報を記入する用紙の配布を始め、同時に最初の科目である国語の問題用紙と解答用紙も配布された。

 そうだ。今は模試に集中しなければ。国語の時間が終わったら休憩時間があるからそこで真人君に話を聞けば良い。

 冬休み期間中は数学と英語を中心に勉強していたけれど国語もある程度はやっていた。

 勉強の仕方がよく分からなかった現代文も評判の良い参考書を買って見てみたらなんとなくではあるが、どう考えていったら良いのか分かった気がしたし、古文も文法を中心に復習した。その成果を発揮してやる。

 そんな意気込みだったのだが、現代文の小説の主人公の名前が正人《まさと》だとは思いもせず、主人公の名前が出るたびに目の前にいる真人君のことが気になってしまい集中力が散漫になってしまった。

 しかも評論文の方も桜に関する内容だったりして作問者は私をいじくっているのではないかという試験で、非常に体力を消耗させられた。

「詩織、大丈夫?」

 現代文に時間がかかりすぎたせいで後半の古典を大急ぎで何とか終わらせたため、頭を使いすぎてくたびれてしまい、試験終了後すぐに机に突っ伏した私に美月が心配して声をかけてくれた。

「うん、ちょっと……」

 真人君には聞こえないように美月に顔を寄せて小さな声で話す。

「現代文の主人公とか評論の内容がね」

「あー正人に桜だもんね、意識しちゃうか。てか桜君って来年から特進コースなの?何か聞いてる?」

「ううん、何も。だから休憩時間に聞いてみようと思ってて」

「じゃ、私はお手洗いに行ってくるから。ごゆっくりー」

 美月は突然立ち上がり、真人君にも聞こえるように言って、わざとらしくその場を立ち去ろうとした。腕や体を伸ばしてリラックスしていた真人君はその声に驚いて美月の方を振り返る。

 そして美月に顔を寄せて話していた私と自然と目が合い、いつもの優しい微笑みをくれた。美月は私に可愛くウインクをしてその場から去った。

「おはよう、詩織さん」

「お、おはよう。あの、真人君は今日ここにいるってことは二年生になったら、特進コースに入るってこと?」

「うん。だから四月からは同じクラス。よろしくね」

 なんて幸せなんだろう。にやけを止めるので精一杯なくらい嬉しくてたまらない。桜高校は毎年クラス替えがあるが特進コースだけは人数やカリキュラムの関係上、二年から三年になるときにクラス替えがない。

 必然的にあと二年は真人君と同じクラスで過ごすことができるようになったわけだ。私の苦手なタイプがいないクラスメイトたち、担任はおそらく好印象を抱いている藤田先生、美月もいて、本気で頑張ろうと決めた勉強に取り組みやすい環境で、何より真人君がいる。

 学校生活十一年目を迎えるにあたって過去最高のクラスになりそうだ。

「理由とか聞いてもいい? 真人君なら高卒でプロとか、進学にしてもスポーツ推薦とかで行けそうだけど」

 真人君は少しだけ間を置いて照れくさそうに答えた。

「将来のために勉強もちゃんとしとかないとなって思って」

 やっぱり真人君はすごい。あれだけバスケが上手いのに「勉強もしっかりやろうと思って」なんて言葉を一年生約三百六十人中七十位くらいを取った程度で良い気になっている伊織に聞かせたい。

「詩織さんは、成績的に特進があってると思うけど、行きたい大学とか決まってるの?」

「まだ具体的には決まってないけど理系よりは文系の学部の方が興味あるかな。あと私と伊織で同時に進学になるからお金のことを考えるとできれば国公立を目指したい。奨学金とか借りなくても済みそうだし」

 私の今の学力では国公立大学の合格可能性は選ばなければ半々くらいだ。どこでもいいかと言われればそうではないし、伊織の学力では国公立は絶対に無理なので私が頑張るしかない。

 私も私立大学に行くことになったらお父さんが学費のために車とか色々大事なものを売ったり、借金したりしかねない。

「すごいね、伊織とか家のお金のことまで考えてるんだ。尊敬する。俺も勉強ももっと頑張んないとって思うんだけど家だとついバスケばっかりやっちゃうんだよね」

「そんなことないよ。むしろ真人君の方が部活も勉強も他にも色々しっかりしていて私は尊敬してる」

「そう? じゃあ、お互い尊敬してるってことで」

 二人で静かに話して、笑い合って、そんなことをしても嫌な視線を向ける人は誰もいない。 

 本当にこのクラスは居心地が良さそうで、早く四月になればいいのにと思った。
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