春、桜咲く

高鍋渡

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第三章 桜の下で伝えた

第70話

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 美月と別れると伊織と二人きりになってしまった。追いついてしまった以上再び距離を取るのもおかしいので自然と並んで歩きだす。

「私のことなんか気にせずに美月と付き合いなよ」

「詩織が嫌な思いをしてるのに俺だけ良い思いをすることはできない」

「そんなに私のこと大切なんだ」

「……ああ」

「じゃあこんな思いしなくて済むようにもっとうまくやってくれたら良かったのに」

「……ごめん。そもそもお前らを引き合わせなきゃ良かった」

「それは違う。真人君と仲良くなれて幸せだったから、そんなこと言わないで」

 美月に言われた通り、思ったことをそのまま言ってみた。我ながら面倒くさい女だと思う。

 それでも負い目を感じている伊織は「ごめん」と素直に謝る。

「言い訳、聞かせてよ」

「いいのか?」

「内容による」

 一呼吸おいて伊織は言い訳を述べ始める。

「一つはお前らの気持ちを軽く考えていたんだ。真人が思った以上に詩織のことが好きだったし、詩織が昔真人のことが好きだったなんて知らなかったし、バスケに興味を持ったり明るくなったり、こんなに変わるほど真人のことが好きになるなんて予想してなかった。水を差したくなかったんだ」

「他には?」

「もう一つは単純に言うタイミングがなかった。お前らが仲良くなってきたと思ったらいじめが起きてそれどころじゃなくなって、それをどうにかするのに必死だったから。色々落ち着いた後、真人が今日言うことを決めたんだ。詩織の気持ちを聞いたらまた言い出せなくなるから」

「そっか……」

 結局どうすることもできなかったのだ。今日のこの日に、私も真人君も皆が幸せになる未来は初めから存在しなかった。

 それが分かっていても胸につっかえたものは取れなくて、頭の中はぐちゃぐちゃで、私は伊織に対して理不尽に八つ当たりすることしかできない。

「どうにかしてよ。お兄ちゃんなんだから」

「……ごめん」

 重苦しい空気のまましばらく無言で歩き続け、家の前まで来たところで伊織が私に尋ねた。

「詩織はどうしたい? 俺は何をしたらいい?」

「分かんないよ、そんなの」

 悲痛な面持ちの伊織を背に家に入ると、緊張溢れる表情のお父さんが出迎えてくれた。きっと私に彼氏ができたのではないかとドキドキしているのだろう。

 真人君にあげるはずだった一番出来が良かったチョコレートを「余ったから」と言って渡してあげると色々と察してくれたようで、何も聞かれることなく自分の部屋に籠ることができた。

 食欲はなかったが仕方なく夕食をとり、蘭々に明日話すというメッセージを送ってからお風呂に入って、ベッドに横になった。

 寝るのにはまだ早いが何かをする気にはなれない。今回も寝て起きればすっきりするとは思えないけれど寝るしか選択肢がなかった。


 二週間が過ぎた。

 蘭々たちには誰にも言わないようにと前置きをした上で事情を話した。皆それぞれ励ましてくれたりアドバイスをくれたりしたけれどどれも私の心にはそれほど響かず、静観してもらうことにしていた。

 事情を知らない他の生徒たちの間には私が真人君にフラれたらしいという噂が出回っているようだが、付き合っていないのは事実なので仕方がない。そのおかげで真人君に攻勢を仕掛ける女子生徒が増え、毎日のように休み時間は大忙しのようだ。

 私はもともと全ての休み時間に話をしていたわけではなかったし、未だに何を話せば良いのか分かっていないのであまり影響はない。ただ遠目で真人君の姿を見ては胸の中にもやもやする何かを感じるだけだった。

 朝や昼休み、放課後は美月と過ごしてそれ以外の休み時間は蘭々たちと過ごす。

 真人君や伊織とはなんとなく気まずくてほとんど話をできていないけれど、入学当初の友達がいなかった頃や、中間テスト後の美月しか友達がいなかった頃に比べれば格段に楽しい学校生活で、学校に行きたくないと感じることは一切なかった。

 それでも学校に入るときと出るときや誰とも一緒にいないときにたまに感じることがある。

 何かが足りないという欠落感。今日はちゃんと話そうと思っても何も話せずに一日が終わってしまった心残り。時間が経っても何も言えないことへの焦り。


 とても良いとは言えない感情ばかりを抱えていたからかついに私は体調を崩してしまい学校を休むこととなった。次の日曜日に卒業式を控えた木曜日のことだった。

 熱と喉の痛みがあったが運良くお休みだったお母さんに朝一番に病院に連れて行ってもらい、処方してもらった薬を飲んで寝ていたら午後には微熱程度まで落ち着いていた。

 多少体のだるさと喉の痛みが残っていたためベッドに横になっているとスマホに蘭々から着信があった。いつの間にか学校が終わる時間になっていたようだ。

「もしもし詩織? 大丈夫?」

「うん、熱も下がってきたから」

「良かった。今ね、美月が詩織の家に行こうとしてるところなんだけど大丈夫かな?」

「え? うん、嬉しいけど美月が来るのになんで蘭々が電話してるの?」

「それは……」

「ほんとは蘭々も行きたかったけど、美月一人に任せた代わりに電話の役目はもらったんだよね」

「あ、ちょっと余計なこと言うな。それじゃあ詩織、しばらくしたら美月が行くからよろしく」

 電話越しに聞こえたのは大石さんの声だ。かすかに心愛と小畑さんの声も聞こえるので皆周りにいるようだ。

 四人とも事情を話した日以外はその件に関しては触れることなく普段通りでいてくれている。それが本当にありがたいし、気を遣わせて申し訳ないとも思う。

 蘭々はもちろん、他の三人も少なからず真人君のことが好きだった。

 それなのにこんなことになって多少なりとも言いたいことはあるだろうに、文句の一つも言わずに優しく接してくれて、こんなに優しい人たちと仲良くなれて良かったと心の底から思っている。

 仲良くなれたのは真人君と伊織のおかげだ。二人のおかげで蘭々への誤解が解けて、蘭々を起点に心愛や大石さん、小畑さんとも仲良くなった。真人君と仲良くならなかったらきっと誤解は解けないままだったはずだ。

 真人君に影響されてもっと勉強を頑張ろうとも思わなかっただろうし、伊織が私と真人君の背中を押してくれなかったら、今頃は美月と二人きりでたいした目標も面白みもない学校生活をなんとなく過ごしていただろう。

 だから伊織のしたことは、真人君が私を初詣に誘ったことは間違っていない。真人君のおかげで私は変わることができた。それは伊織のおかげでもある。

 それでもまだ胸のつっかえは取れないままで、私の頭の中はどんよりと曇っている。
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