かくまい重蔵《第2巻》

麦畑 錬

文字の大きさ
15 / 24
1の巻《かくまい人と血の貴婦人》

しおりを挟む

 ◇

 囲邸から脱兎のごとく逃げ出したのは、賊の頭領・恵比寿の銀平である。
 
 この男、内藤守膳の妻である千沙を、大店に客として潜り込ませ、引き込み役としていた。

 さらに、内藤守膳を人知れず毒殺したうえで、屋敷を盗賊の隠れ家とした。

 その見返りとして、店で最も美しい娘を、千沙の好きにさせる約を交わしていたが、内心では千沙の猟奇的な趣味に辟易へいえきとしてきたところだ。

「待ちやがれッ」
 
 叫び追いかける目明しの影も、両国橋を渡る頃には見えなくなった。
 
 御徒町おかちまちを北へ突っ切る銀平の頭には、江戸を離れる計画が浮かんでいる。

 どの道、千沙が死ねば、新しく引き込み役を立てねばならぬ。最後の標的である油問屋での押し込みを最後に、上方へ登るつもりでいた。
 
 油問屋には、すでに仲間の半分を向かわせている。

 千沙が懇意にしている料亭の料理人に扮させた手下二人に指揮を任せ、今は油問屋の周りで張っているだろう。

「お頭」
 
 手下の元へたどり着くや、銀平は脇差を抜いた。

「すぐに押し込め。半分は侍にやられた。目明しどもが来る前になるべく金を運ぶぞ」

「へえ」
 
 千沙に調べさせた店の構図に目を凝らし、あらかじめ手下を忍ばせてておいた、隣の居酒屋へ集まる。

 暗い居酒屋の店内で旅芸人風の変装を解き、その二階から屋根伝いに木塀を乗り越えると、庭から油問屋へ侵入した。
 
 金蔵は厳重に施錠されているため、店の主に解錠させねばならぬ。

 刀を帯びた手下たちを従え、主の眠る間にたどり着くあいだ、銀平の第六感が薄く警鐘を鳴らし始めていた。
 
 妙な気配が店全体に滞留している。

「おい、ほかの店子どもを始末してこい」
 
 手下を走らせた刹那、眼前の寝間が勢いよく開け放たれた。

 武装した侍が次々と襖を開け放ち、十手を光らせていた。

「恵比寿の銀平、観念せよッ」
 
 血の気のみなぎる声で、歳若い同心が叫ぶ。
 
 八方を塞がれた銀平は、一味もろとも町方の取り囲む中央に引き下がると、やがて膝をついた。
 
 銀平一味が捕縛される様子を、与力の左近が見守っている。

 その背後では、

「ほ、本当に来るなんて……」

 店の主が青い顔で呟いた。

「おう、主。今おめえの命は、おめえの元女房のおかげで、この世に繋がれたんだぜ。どうかこの店を、助けてやってくれだとよ。さて、名のある店の主とくれば、命の恩人にゃ、さぞや、お滝ちゃんに豪気な礼を尽くしてくれるんだろうな」

 左近は片目を瞬きさせ、期待の圧力で主を縛る。

 主は母親の大女将と顔を見合せ、悔しげに顎をひとつ落とした。


  ◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...