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1の巻《かくまい人と血の貴婦人》
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囲邸から脱兎のごとく逃げ出したのは、賊の頭領・恵比寿の銀平である。
この男、内藤守膳の妻である千沙を、大店に客として潜り込ませ、引き込み役としていた。
さらに、内藤守膳を人知れず毒殺したうえで、屋敷を盗賊の隠れ家とした。
その見返りとして、店で最も美しい娘を、千沙の好きにさせる約を交わしていたが、内心では千沙の猟奇的な趣味に辟易としてきたところだ。
「待ちやがれッ」
叫び追いかける目明しの影も、両国橋を渡る頃には見えなくなった。
御徒町を北へ突っ切る銀平の頭には、江戸を離れる計画が浮かんでいる。
どの道、千沙が死ねば、新しく引き込み役を立てねばならぬ。最後の標的である油問屋での押し込みを最後に、上方へ登るつもりでいた。
油問屋には、すでに仲間の半分を向かわせている。
千沙が懇意にしている料亭の料理人に扮させた手下二人に指揮を任せ、今は油問屋の周りで張っているだろう。
「お頭」
手下の元へたどり着くや、銀平は脇差を抜いた。
「すぐに押し込め。半分は侍にやられた。目明しどもが来る前になるべく金を運ぶぞ」
「へえ」
千沙に調べさせた店の構図に目を凝らし、あらかじめ手下を忍ばせてておいた、隣の居酒屋へ集まる。
暗い居酒屋の店内で旅芸人風の変装を解き、その二階から屋根伝いに木塀を乗り越えると、庭から油問屋へ侵入した。
金蔵は厳重に施錠されているため、店の主に解錠させねばならぬ。
刀を帯びた手下たちを従え、主の眠る間にたどり着くあいだ、銀平の第六感が薄く警鐘を鳴らし始めていた。
妙な気配が店全体に滞留している。
「おい、ほかの店子どもを始末してこい」
手下を走らせた刹那、眼前の寝間が勢いよく開け放たれた。
武装した侍が次々と襖を開け放ち、十手を光らせていた。
「恵比寿の銀平、観念せよッ」
血の気のみなぎる声で、歳若い同心が叫ぶ。
八方を塞がれた銀平は、一味もろとも町方の取り囲む中央に引き下がると、やがて膝をついた。
銀平一味が捕縛される様子を、与力の左近が見守っている。
その背後では、
「ほ、本当に来るなんて……」
店の主が青い顔で呟いた。
「おう、主。今おめえの命は、おめえの元女房のおかげで、この世に繋がれたんだぜ。どうかこの店を、助けてやってくれだとよ。さて、名のある店の主とくれば、命の恩人にゃ、さぞや、お滝ちゃんに豪気な礼を尽くしてくれるんだろうな」
左近は片目を瞬きさせ、期待の圧力で主を縛る。
主は母親の大女将と顔を見合せ、悔しげに顎をひとつ落とした。
◇
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