93℃の執着

UTAFUJI

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第一章

4話

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「「「「かんぱーい!!!」」」」

 グラスが触れ合う軽快な音が、個室の天井に弾けるように響いた。

 制服姿から私服に着替えたキャストたちは、それぞれの個性が滲むような服装で、にぎやかに笑い合っている。

 テーブルの上には、きゅうりや枝豆、うま塩キャベツ――そして唐揚げに焼き鳥。

 (……これ全部、ほんとに食う気かよ)

 そう内心でツッコミながらも、気づけば焼き鳥を一本取って口に運んでいた。

「シキくん、これ美味いよ!ほら、あーんしてあげようか!」

「レイ……耳元で叫ぶなうるさい」

 隣に陣取って肩を組んでくるレイを軽く睨みながら、俺は目の前のグラスに手を伸ばす。炭酸がしゅわしゅわと泡立ち、グラスの内側に細かな粒を描いていた。

 両手でグラスを持ち直してその様子をぼーっと見ていると、不意に隣からビールのグラスが突き出される。

 カチン――と、俺のレモンサワーとぶつかって、炭酸の動きがぱっと跳ねた。

 横を見ると、レイがニヤニヤ顔でこっちを見ていた。

「なに感傷に浸ってんの~?お酒弱いわけじゃないでしょ!もっと飲みな!まだ一口しか飲んでないじゃん!」

「飲むから、静かにしてくれ……」

 そう言って、レモンサワーをぐいっと煽る。
 舌先に走るレモンの酸味と、喉奥を駆け抜ける炭酸の刺激が心地いい。
 もう一口。さらにもう一口――自然とグラスが傾いていた。

「わー!先輩いい飲みっぷりですね!おかわりは何にしますか?」

「シキくん意外とお酒強いからなんでも飲めるもんねー?ハルトくん適当に選んであげなよ」

「シキさん潰れたところ見てみたいんですよね~。テキーラないかぁ、ならキティで!すみませーん!!!」

「お前らほんと黙ってろ」

 わいわいと騒ぐ声を聞き流しながら、俺はグラスを空けていった。
 乾杯に来た後輩たちと軽口を交わし、気づけば二杯、三杯……と、手持ちのグラスはどんどん空になっていた。

 テーブルの端には、すでに空いたグラスがいくつも並んでいる。

「ほら、これ追加で頼んどいたから~!なんだっけこれ、まぁいっか!ほら、かんぱ~い!!」

 レイが鼻歌まじりに差し出してきた新しいグラスを受け取り、そのまま喉に流し込む。
 冷たい液体が胃へ落ちていく感覚だけが妙にリアルで、それ以外のすべてが、少しずつ輪郭を失っていく。

 ぼんやりした視界の中、一番近くにいるレイの顔だけがやけに鮮明に見えた。アルコールのせいで少し赤らんだ肌も、まつ毛の長さも、笑ったときにほんのり上がる口角までも。

 思わず、頬が緩む。まったく。ほんと、見た目だけはいい。

「ん~?シキくん目元赤くなってきちゃったね、さすがにちゃんぽんしすぎた?ペース早かったかな……大丈夫そ?」

「だいじょぶ」

 “だいじょうぶ”と言ったつもりだったが、舌がうまく回らない。頭がふわふわしていて、体の芯が抜けたように、何も力が入らない。

 それでも目の前の顔だけが、まるでライトでも当てられているかのように、くっきりと焼き付いて離れなかった。ずっと見ていられるな、とその顔から視線を逸らせないでいると、いつも通りの軽口が飛んでくる。

「シキくん、もしかして俺のこと好きになっちゃった?」

「ちげぇし……」

 口調だけはいつも通りを保ったつもりだが、語尾が妙に甘くなるのは、酔いのせいだ。
 このまま目を閉じたら、きっと眠ってしまう。それくらい、体の力が抜けていた。

「シキさーん、お水持ってきましたよー」

 ハルトの明るい声に、意識が少しだけ浮上する。
 差し出されたグラスを両手で受け取って、静かに口へと運ぶ。
 アルコールで焼けた喉に冷たい水が染みていくのが、心地いい。

(……そういえば、レイも、けっこう飲んでたな)

 ふと思い出して、グラスの水を半分ほど飲んだところで、レイの方へと手を伸ばす。

 「飲むか?」のつもりで、首を少し傾ける。受け取ってくれるかな、という一抹の不安がよぎるのも、酔いが回っている証拠だ。なかなか受け取らないレイに痺れを切らして口を開く。

「いらないのか?」

 ぽそりと漏れた言葉に、ほんの少しだけ寂しさが滲んだ。

「いいの!?じゃあもらっちゃお~」

 笑いながらレイがグラスを受け取ってくれて、ほっと息がこぼれる。
 どうやら、今夜の自分はずいぶん素直らしい。

「こんなシキさん初めて見た……!かわいい!」

「レイさんそこ変わってくれません!?」

「ダメでーすこれは俺の特権なの~!ね?シキくん」

 そう言いながら肩を軽く抱かれて、少しだけ体を預けてしまう。
 けれど、不思議とそれが不快じゃなかった。いつもなら間違いなく払いのけてるのに、今は――まぁ、いいかとすら思えた。

「……んー、うるさい……」

 ぼそりと漏れた声は、誰に向けたわけでもない。
 店内に響く笑い声や話し声、それがじわじわと鼓膜を圧迫してくるような感覚に、つい本音が出ただけだった。

「ちょっと待って、レイさんマジで代わってくれたらおごるって!今日の全部!ぜんぶ払うから!」

「へぇ~、言ったな?ハルト、それちゃんと覚えとけよ。でもここは譲りませ~ん!」

 レイがにやりと笑って、俺の肩をぽんぽんと軽く叩く。
 その手は、いつもよりずっと近くて、あったかかった。

 アルコールのせいか、それとも酔いの残る体温のせいか、全身がじんわりと熱を帯びているのに、なぜか心の奥は静かに落ち着いていた。

(……近いな)

 もう、ツッコむ気力も湧かなかった。
 頬が火照ってるのは分かる。たぶん耳も赤い。けれど、その熱さすら、どうでもよくなるくらいには、力が抜けていた。

「シキくーん、眠くなってきたー?ほら、もっと寄っかかっていいよ。俺、クッション代わりにされるの好きだからさ」

「……気持ち悪」

 そう言いながらも、頭をどける気にはなれなかった。
 じんわりと重さを受け止める肩の感触に、どこか安堵している自分がいた。

「……ん、ねむ……」

「おーおー寝な寝な!二次会になったら起こすし!」

 レイの陽気な声が遠ざかっていく。
 空気はにぎやかなままなのに、自分の周りだけがふわふわとした膜に包まれたように静かで、まるで深い水の底に沈んでいくような感覚があった。
 それが心地よくて、意識はゆるゆるとその奥を漂っていく。

 「……シキ~、シキく~ん!」

 名前を呼ばれる声が、やけに近くて柔らかい。
 誰かに肩を揺さぶられる感触とともに、ぼんやりとしていた意識が少しずつ浮かび上がってくる。

 ゆっくりと、まぶたを持ち上げた。

 霞んだ視界の奥に、レイの顔が浮かんでいる。
 目が合った瞬間、彼はふっと微笑んで――

「おはよ。まだ眠たい?」

 冷たい指先が、まるで熱を逃がすように目元を撫でた。
 酔いで火照った肌に、その温度が心地よくて、思わず声がこぼれた。

「……レイ……?」

 思わず名前を呼ぶと、レイはぱっと笑顔を咲かせる。

「はいはいレイ君で~す。どしたの、夢にでも出てきた?」

「……んなわけ」

 小さく頭を振ると、眠気が一気に引いていくのがわかった。
 少しだけ、体が軽くなっていた。頭も、さっきよりすっきりしてる。

「……今、何時?」

 何気なく問いかけた声に、レイはちらりと腕時計に視線を落として答える。

「んー、22時ちょい過ぎかな。30分くらい寝てたっぽいね」

「……そんなに?」

 ぼんやりしていた感覚が、時計の針と共に現実に戻ってくる。
 寄りかかっていた身体を起こして、グラスの水をひと口――喉の奥に沁みる冷たさが、脳をはっきり目覚めさせた。

「ちょっと寝たら、だいぶマシになったな……」

「俺、クッション性能バツグンでしょ?」

「どこがだよ」

 ぼそっと返しても、レイはまるでこたえた様子もなく笑って、手を差し出してくる。

「そろそろ二次会いくって。みんな準備してるよ?行けそう?」

「ああ……大丈夫」

 立ち上がると、案外ちゃんと歩けた。
 背中を軽く支えてくれる手が、さりげなくてありがたい。

 ふと周囲を見渡せば、さっきまでの喧騒は少し落ち着いていた。
 テーブルの向こうでは、ぐったりと壁にもたれかかった店長が介抱されている。

 濡れたおしぼりで首筋を拭かれている店長は、「うーん……まだいける……」と呟いた。
 だが即座に、隣の誰かが「無理です」と冷たく返す。

「……店長、潰れてんじゃん」

「うん、潰れた。最初のビール飲んだ後はずっとワイン飲んでたの見てたけど……」

レイが小声で笑う。

「シキくん寝てから、アオイさんたちに煽られて熱燗をわんこ蕎麦みたいに注がれては飲んでたからね……馬鹿だよね、ほんと」

「店長、脱落ですかー!」

誰かの冗談めいた叫び声に、笑いが弾ける。
それに呼応するように、場にまた、宴の空気が戻ってきた。

 ――まだこの夜は、終わらせたくなかった。
 
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