93℃の執着

UTAFUJI

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第三章

9話

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 俺は床に落ちたスマホを拾い、玲央の後を追うようにリビングを出て、自室に向かった。天気のアプリを開いてみると、夜にかけて少し冷え込むようだった。少しだけ厚着した方がいいか。

 クローゼットを開けて、何を着ようかと少しだけ悩む。重ね着すればアウターはいらないかな。

 何着か候補を出してみたものの、結局、白のハーフジップのニットと黒スラックスを選んだ。あまり着ない色ではあるが、ニットだしインナーも着るし、少し冷え込むぐらいなら差し支えないだろう。

 鏡の前でおかしくないか確認した後、棚の上に置いてある小さな箱に目が止まる。姉ちゃんからもらったシルバーのピアス。

「これも着けるか、せっかくだし……」

 着替えを終えてリビングに戻ると、まだ玲央は戻ってきていない。まだ乾いてなかったかな、なんて思いつつソファに腰掛けて玲央が戻って来るのを待った。

 メッセージアプリを開けると、依織から集合場所の駅と共に短い文が送られてきていた。

『六時半にここでお待ちしてます!着いたら連絡してくださいね』

 そんな文面にくすっと笑って、了解のスタンプを返す。二日間も誰かと外食できるだなんて幸せ者だなんて思ってしまう。

「栞季くん!お待たせ~」

 なんか動画でも見て時間を潰そうかと思った瞬間、廊下から軽快な足音と共に玲央の声が聞こえてきた。

「ちゃんと全部乾いてたか?」

 ソファに腰を沈めたまま、スマホをスクロールしながら声をかける。

「うん!ちょっと髪の毛いじってたら時間かかっちゃった……」

 へへ、待たせてごめんね~と笑いながら、玲央がふらりとリビングに入ってくる。

 俺はスマホの画面を閉じて、ソファから腰を上げ、ゆっくりと立ち上がった。ちょうどリビングの入り口に差しかかった玲央と、そこで目が合う。
 
 俺と目が合った瞬間、玲央の動きがぴたりと止まった。彼は一瞬驚いたかのように目を見開いて、それから口元を押さえてふいっと顔を逸らした。

「……は?なに?なんだよその反応」

 思わず眉をひそめて問いかけながら、一歩ずつ玲央に近づく。すると、玲央も俺から距離をあけるようにゆっくり後退り、視線を彷徨わせながら、もごもごとした声で言った。

「いや、その……栞季くんの服、なんか……」

 言葉を濁しながらチラチラとこっちを見る様子に、俺は何か変だったかと不安になって、ニットの裾を掴んでみる。

「おかしいか?なら、もっかい着替えて」

「違う違う違う!!似合ってる!すっっごく!」

 玲央はジタバタと両手を振って、俺の言葉を全力で遮ってくる。が、顔は真っ赤だし目も泳いでる。

 俺は眉を寄せたまま、じっと玲央を睨んだ。

「じゃあ、なんなんだよ……さっきから、変な反応して」

 すると玲央は、困ったように笑いながら、片手で後頭部をかきつつ、口元を歪めた。

「だってさ、その服もなんだけど……インナーが、その~。えー、う~ん……ちょっと、ね?」

「ね?」

「……。あー!!!もう!えっちだなって!思っただけ!!!」

「は?」

「いやいやいや!そんな目で見ないでよ!栞季くんが白のニットなんて珍しいし、ニットはぶかっとしてるのに、インナーはピタッとしてて、逆になんかそれがいい味出してて……見てはいけないものを見てる感じがして……体のラインは見えてないはずなのに華奢なのがなんとな~くわかって!動揺しちゃっただけで!似合ってないとかではないから!むしろ100点満点!!!!」

「お前……」

 思わず口を挟む間もなく、早口でまくしたててくる玲央。その目は妙にギラついていて、視線がずっとインナーに吸い寄せられている。

 それに気づいて俺はジッパーを上まで引っ張って、インナーを隠した。

「あ~!もったいない!」

 玲央が悔しそうに声を上げる。俺は溜息をついて、背を向けた。

「うるせぇよ、変態」

 冷めた目で睨んでも、玲央はまったくこたえてる様子がない。むしろ嬉しそうに口角を上げて、ニヤニヤしながらじりじりと距離を詰めてくる。

「ね、もうちょっとだけ開けない?俺の目の保護の為に~」

 肩に手を回され、ジッパーに伸びてきた手を、俺は無言ではたき落として彼を睨み上げた。

「なんか言ったか?」

「何でもないでーす!」

 玲央は俺の反応にケタケタと笑いながら、まるで何事もなかったように俺に抱きついてくる。

「近い」

「そう言って~まんざらでもないでしょ~!」

 からかうような声色とともに、玲央は俺の頬にちゅっとキスを落とした。

「……っ!おい!」

 咄嗟に振り返ろうとした俺の動きを、玲央はひらりとかわすように身を引いて、くるりと玄関の方へ向かっていく。
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