93℃の執着

UTAFUJI

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第三章

18話

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「ねえ、待ち合わせの時間って、何時だっけ?」

 視線を向けると、玲央はフォークをくるくる回しながらこちらを見ている。

「……六時半」

 そう答えると、玲央は「ふうん」と呟くように声を漏らす。そして、空いた手でスマホの液晶をタップして時間を確認した。

「そっか。じゃあ、まだ時間あるねぇ」

 玲央はふわっと笑って、テーブルに両肘をつく。光を受けた髪がやわらかく揺れて、その表情が、どこか子どもみたいに嬉しそうだった。

「ちなみに、どこで待ち合わせなの?」

「あー、ちょっと待って」

 さっき送られてきていたメッセージを開いて、待ち合わせ場所を確認する。そこは俺と依織が初めてオフで出会ったあの駅だった。ルシェの一つ向こうの駅だし、ここからだと二駅向こうか。

「この駅に、六時半」

 画面を玲央に向けて見せると、彼は地図を見つめて、小さく「ん~」と唸った。考え込むように眉を寄せ、指先で地図を軽くなぞっていた。

「なるほどねぇ」

 ぽつりと漏らしてから、ふっと表情がほころぶ。

「それならさ!今からそっちの駅まで移動して、近くでちょっとぶらぶらしない?」

 玲央が楽しそうに言うのを聞きながら、俺はふとスマホに表示されている時間に目をやった。確かに、そうする時間はある……けど。

 このまま俺に付き合ったら、玲央はきっと遠回りすることになる。
 今なら、すんなり帰れるはずだし。無理をさせるのは、なんか違う気がした。
 俺は少しおいて、首を横に振った。

「でも、それだとお前が大変になるし……無理しなくてもいいよ。俺ひとりで時間潰せるし」

 言った瞬間、玲央の表情がふっと曇った。ほんの一瞬。すぐに取り繕うように、にこっと笑い返してくる。

「俺さ、時間あるならできる限り栞季くんと一緒にいたいんだよね~。だから、大変とか関係ないよ?」

 思わず返す言葉を失って、数秒、黙ってしまう。

「……じゃあ、付き合ってもらおうかな」

 小さく笑うと、玲央は「やったー!」と声を弾ませて、残りのケーキをぱくっと頬張った。俺もフォークを手に取り、柔らかな生地をすくって口に運ぶ。
 ゆっくりと紅茶を飲み干して、カップをそっとソーサーに戻した。

「じゃあ、そろそろでるか」

 そう呟いて立ち上がると、玲央も「うん」と頷いて、腰を上げた。

「あ、俺トイレだけ行ってくるから、ちょっとだけ待ってて」

「ん、了解」

 返事をしてから、ガラス越しの庭へと視線を向ける。午後の陽にきらめく、青々とした葉と草花。植栽の近くには小鳥が遊びにきて、小枝を揺らしている。

 こんな場所が近くにあるなんて知らなかった。やっぱり玲央は店を探すのが上手いな。だから、また来たいなんて思ってしまうんだろう。

「あ、二匹もいる」

 小鳥が動き回るのを見ながら、窓に触れる。陽が少し暖かい。

「栞季くん」

 背後から、名前を呼ばれた。

 その声に振り返ると、玲央がすぐそこにいた。
 いつの間にか戻ってきていたらしい。さっきまで笑っていた顔とは違って、ほんの少しだけ、真面目な色が混じっている。

「なに?」

 尋ねた瞬間、玲央の手がすっと伸びてくる。あぁ、いつものかと、その手を受け入れる。
 彼の指先が、優しく撫でるように、俺の頬に触れる。指の腹が皮膚の上を滑っていくたびに、呼吸を忘れそうになる。

「……どうした?」

 そう問いかけると、玲央はふっと目を細めた。

「なんか、綺麗で……消えちゃいそうだったから」

「なにそれ」

 思わず笑ってしまった俺に、玲央もつられるように微笑む。そのまま俺の頬に触れた手が、ゆっくりと動いて、指先が肌をなぞる。
 そのくすぐったさに、少しだけ鼓動が速くなるのを感じながら、俺は身を任せた。玲央の手の温度は、ちょうどいい。

 目を閉じて、肌を滑る指に身を委ねていると、唇に何かが触れた。驚いて目を開けると、至近距離に玲央の顔があった。

「……っ!?」

「無防備な栞季くんが悪いんだからね」

 彼はそう囁いて、くすっと笑う。俺が呆気に取られている間に、繋がれた手が静かに引かれる。

「さ、行こっか」
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