93℃の執着

UTAFUJI

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第三章

30話

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「どうかしましたか?」

 そう言いながら、一歩、また一歩と俺の目の前まで歩いてきた依織に、俺は無意識に手を伸ばした。ぴとりと彼の頬に触れると、思ったより柔らかく、思ったよりも冷たい。

「……え?」

 依織は俺の突然の行動に驚いて、戸惑いの声を漏らす。空いている手もそっと頬に添えてやると、まるで時間が止まったかのように、依織はその場で固まってしまった。
 外気で冷やされていたはずの彼の顔に熱が集まってきているのが触れている部分から伝わってくる。

 彼の端正な顔が、すっぽり自分の手の中にある。その事実だけで、気分がよかった。このままキスしたらこいつはどんな反応をするんだろう。そんなことを思った。

 思うが早いか俺は彼の首に腕を回していた。体が密着し、僅かに息を呑む気配が伝わってくる。さっきよりも近づいた顔、そして唇。俺はそのまま、目を伏せて唇を重ねた。

 最初はただ触れるだけのつもりだった。啄むように唇に触れ、彼の下唇を食む。ぺろりとそこに舌を這わしてみても依織は動かない。この男は、ずっと動かないつもりなのだろうか。

 どこまでできるだろう、どこまでなら許されるのだろう。と気になって、舌を滑り込ませてみた。すると、彼の唇は抵抗なく開き、俺の舌はいとも容易く彼の舌に絡みつくことができた。甘い酒の余韻が唾液と混じり、熱が一気に高まる。

 俺の舌が絡みつくのを、依織は最初はただ受け入れるだけだった。でも、ゆっくりと、彼の舌が動き始める。俺の動きに合わせて、優しく触れ合ってくる。
 最初は探るように、軽く擦り合わせるだけ。それがだんだん大胆になって、俺の舌を追うように巻きついてくる。

「っん……はぁっ」

 俺の喉から漏れた小さな喘ぎが、依織にも聞こえたのだろう。ぴくりと彼の身体が反応した。俺はさらに深く舌を絡め、依織の舌を優しく吸い上げた。唾液が口の端から溢れて首にまで伝う。積極的に応じてくる彼の舌の感触に、俺の頭がぼんやりする。

 ふと閉じていた目を開けた。濡れた唇が触れ合ったまま、視線が交差する。

「ぁ……」

 依織はまっすぐ俺を見ていた。濃密なキスの余韻が互いの呼吸に混じり合う。絡んだ視線はそのままに、ゆっくりと唇を離す。湿った音が夜に溶けた。

 目の前にいる依織は、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。頬から耳まで熱で染まって、呼吸の仕方を忘れたみたいに浅く息を吸っている。

 街灯の光を受けながら、潤んだ目がこちらを見てくる。
 喉が小さく鳴り、戸惑ったような視線だけがずっと突き刺さってくる。俺は首に回していた腕を解き、一歩だけ距離を取ってみる。

 依織は、離れた瞬間に唇を指で押さえて、固まっている。今起こったことが心底理解できていないというような表情だ。しばらく黙ってその表情を眺めたあと、俺は口を開いた。

「どうした?」

 何もなかったかのように、そう言うと、依織はびくりと肩を跳ねさせた。慌てた様子で何か答えなきゃと口をぱくぱくさせているが、言葉が出てこないらしい。

「……い、いえ……その……」

 少し間を置いて、ようやく落ち着きを取り戻した依織の声は上ずり、音は発しているものの上手く言葉になっていなかった。
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