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第三章
36話
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「甘いの好きだし。なんだよ、文句あるのか」
「いや、可愛いなって思っただけです」
リズムよく振られるシェイカーの音が、規則正しく鳴り始める。氷がぶつかる音がどこか耳に心地よい。
「そういえば、ずっと言おうとしてたんですけど」
「ん?なんだ?」
「今日の服めっちゃいいです。似合ってます。白い服着てるイメージあんまりなかったんですけど、めっちゃ似合ってます。そのインナーのタートルネックが、また、良いです。ピタッとしたインナーにぶかっとしたニットなんて……緩急やばすぎます。良すぎます。良すぎて、逆にあんまり着ないで欲しいぐらいには……」
「な、なに、聞き取れなかった」
途中から早口すぎて、何を言っているのか半分も入ってこなかった。服について何か言われてるのはわかったが、全部は聞き取れなかった。
依織は一瞬固まったあと、はっと我に返る。
「あ、すみません」
こほん、と小さく咳払いをして姿勢を正す。
「今日の服、似合ってるなって思って……それだけです」
「それだけじゃないだろ、さっき」
「気のせいです」
絶対気のせいじゃないだろう。心なしか、依織の顔も赤い気がするし、と問い詰めようとしたタイミングで、シェイカーの音が止まった。
金属が外れる小さな音とともに、店内のジャズが少しだけ存在感を増す。
冷やされたグラスに、なめらかな液体が静かに注がれていく。ストレーナー越しに落ちていく液体は、淡い茶褐色をしている。
「はい、お待たせ」
俺たちの前に置かれたグラスから、チョコの甘い香りが立ちのぼる。
「チョコレートリキュールと生クリームを使ったカクテルだよ。ブランデーも入ってるから、少し強く感じるかもだけど、炭酸なくて甘いから要望に沿えてるといいな」
「ありがとうございます」
グラスを持ち上げると、カクテルグラスの中でとろりとした液体が動く。
「じゃ、シキ様、乾杯」
「あ、あぁ、乾杯」
軽くグラスをあげて、言われるがまま乾杯をする。そのまま、グラスに口をつけるとまろやかな甘みが舌の上で広がった。チョコレートの濃厚な香りと、ブランデーの苦さがちょうど良い。
「おいしい……」
「ね、おいしいですね」
「お気に召したようでよかった」
マスターはそう言って、穏やかに笑いかけてくる。
「いつも一人で来るから、友達いないと思ってたけどいたんだね。安心したよ」
「ちょっと、マスター?」
「冗談だって」
マスターは軽く肩をすくめながら、含み笑いを漏らす。けれど依織は、まだわずかに頬を引きつらせたままだ。
「俺、いっぱい友達いますから」
「はいはい」
軽く受け流すような返事をするマスターに、依織がまた反論をしている。そんなやりとりを俺は横目で見ながら、もう一口カクテルを含んだ。甘さがゆっくりと舌に溶けていく。ブランデーの熱が、さっきよりも強く感じる。
この二人、仲いいな。
そう思って、二人を見つめているとマスターがふとこちらに視線を向け、にやりと笑う。
「ね? お連れ様もそう思わない?」
突然話を振られ、甘い液体が喉元で引っかかる。
「あ、すみません、何の話でしたっけ?」
少しだけ咳き込みそうになりながら問い返すと、マスターは楽しそうに目を細めた。
「この子が、友達いっぱいいるって話」
「いますから!」
すかさず依織が食い気味に被せる。さっきより必死さが増している。
「まぁ、冗談はここまでにしておいて……お連れ様のことはなんて呼べばいい?」
「あー、栞季でいいですよ」
「栞季くんね」
マスターはグラスを磨きながら、軽く頷く。そんな様子に依織は少しむくれ顔で、こちらを見てくる。
「なんだよ」
「なんでもないです」
そう言いながらも、依織は明らかに何か言いたげな顔をしている。
「依織」
「大丈夫です、本当に」
マスターがこのやりとりを面白そうに眺めながら、口を開く。
「あー、なるほどね。栞季くんおかわりいる?ほら依織も」
マスターがにやりと笑いながら、空きかけのグラスを目で示す。
俺は自分のグラスを見下ろした。チョコの甘い香りはまだ残っているけれど、液体はもうなくなっている。
「俺は、ハイボールで!シキ様どうします?」
「じゃあ、フルーツ系のカクテル……炭酸なしで」
「かしこまりました」
その後は、流れるように時間は過ぎていった。
会話は弾み、グラスが空になるたびにおかわりを重ねる。気づいた時には、何杯飲んだか覚えていなかった。
俺の視界は少し揺れてきて、気持ち悪さはないものの眠たくなってきている。このまま目を瞑れば眠れそうだ。
「シキ様?眠たいですか?もう帰ります?」
うとうとしていることに気づいたんだろう。依織が俺の額に手を伸ばしてくる。会話するのも億劫になっている俺は、短く返事することしかできない。
「ん、ねむい」
「……帰りましょう」
依織の声が柔らかく響いて、俺はぼんやりと頷く。
「マスター、お会計いいですか」
「はいよ」
マスターは慣れた手つきで伝票を寄せる。ペンが走る音と電卓を叩く音が聞こえる。俺はぼんやりとその動きを目で追う。
額に触れていた依織の手が、今度は頬へ移る。
「熱ないですね。ただ眠いだけか。気持ち悪くもないですか?」
「それは、だいじょうぶ」
正直、今はもう返事しなきゃって気持ちよりも、眠気のほうが勝っている。このまま眠ってしまいたい。そんな気持ちが脳を埋め尽くしていく。
ついにはあくびが出てきて、本格的にまぶたが重たくなってくる。
「シキ様?」
声がした方を向こうと顔をあげると、体は思うように動かず、ぐらりと傾いた。やばい、倒れるかもと思った瞬間、こつ、と柔らかな衝撃。
俺の頭は、そのまま自然に依織の肩へと収まっていた。布越しの体温が、ほどよくあたたかい。
もう限界かも。そう思った瞬間、俺の意識はゆっくりと落ちていった。
「いや、可愛いなって思っただけです」
リズムよく振られるシェイカーの音が、規則正しく鳴り始める。氷がぶつかる音がどこか耳に心地よい。
「そういえば、ずっと言おうとしてたんですけど」
「ん?なんだ?」
「今日の服めっちゃいいです。似合ってます。白い服着てるイメージあんまりなかったんですけど、めっちゃ似合ってます。そのインナーのタートルネックが、また、良いです。ピタッとしたインナーにぶかっとしたニットなんて……緩急やばすぎます。良すぎます。良すぎて、逆にあんまり着ないで欲しいぐらいには……」
「な、なに、聞き取れなかった」
途中から早口すぎて、何を言っているのか半分も入ってこなかった。服について何か言われてるのはわかったが、全部は聞き取れなかった。
依織は一瞬固まったあと、はっと我に返る。
「あ、すみません」
こほん、と小さく咳払いをして姿勢を正す。
「今日の服、似合ってるなって思って……それだけです」
「それだけじゃないだろ、さっき」
「気のせいです」
絶対気のせいじゃないだろう。心なしか、依織の顔も赤い気がするし、と問い詰めようとしたタイミングで、シェイカーの音が止まった。
金属が外れる小さな音とともに、店内のジャズが少しだけ存在感を増す。
冷やされたグラスに、なめらかな液体が静かに注がれていく。ストレーナー越しに落ちていく液体は、淡い茶褐色をしている。
「はい、お待たせ」
俺たちの前に置かれたグラスから、チョコの甘い香りが立ちのぼる。
「チョコレートリキュールと生クリームを使ったカクテルだよ。ブランデーも入ってるから、少し強く感じるかもだけど、炭酸なくて甘いから要望に沿えてるといいな」
「ありがとうございます」
グラスを持ち上げると、カクテルグラスの中でとろりとした液体が動く。
「じゃ、シキ様、乾杯」
「あ、あぁ、乾杯」
軽くグラスをあげて、言われるがまま乾杯をする。そのまま、グラスに口をつけるとまろやかな甘みが舌の上で広がった。チョコレートの濃厚な香りと、ブランデーの苦さがちょうど良い。
「おいしい……」
「ね、おいしいですね」
「お気に召したようでよかった」
マスターはそう言って、穏やかに笑いかけてくる。
「いつも一人で来るから、友達いないと思ってたけどいたんだね。安心したよ」
「ちょっと、マスター?」
「冗談だって」
マスターは軽く肩をすくめながら、含み笑いを漏らす。けれど依織は、まだわずかに頬を引きつらせたままだ。
「俺、いっぱい友達いますから」
「はいはい」
軽く受け流すような返事をするマスターに、依織がまた反論をしている。そんなやりとりを俺は横目で見ながら、もう一口カクテルを含んだ。甘さがゆっくりと舌に溶けていく。ブランデーの熱が、さっきよりも強く感じる。
この二人、仲いいな。
そう思って、二人を見つめているとマスターがふとこちらに視線を向け、にやりと笑う。
「ね? お連れ様もそう思わない?」
突然話を振られ、甘い液体が喉元で引っかかる。
「あ、すみません、何の話でしたっけ?」
少しだけ咳き込みそうになりながら問い返すと、マスターは楽しそうに目を細めた。
「この子が、友達いっぱいいるって話」
「いますから!」
すかさず依織が食い気味に被せる。さっきより必死さが増している。
「まぁ、冗談はここまでにしておいて……お連れ様のことはなんて呼べばいい?」
「あー、栞季でいいですよ」
「栞季くんね」
マスターはグラスを磨きながら、軽く頷く。そんな様子に依織は少しむくれ顔で、こちらを見てくる。
「なんだよ」
「なんでもないです」
そう言いながらも、依織は明らかに何か言いたげな顔をしている。
「依織」
「大丈夫です、本当に」
マスターがこのやりとりを面白そうに眺めながら、口を開く。
「あー、なるほどね。栞季くんおかわりいる?ほら依織も」
マスターがにやりと笑いながら、空きかけのグラスを目で示す。
俺は自分のグラスを見下ろした。チョコの甘い香りはまだ残っているけれど、液体はもうなくなっている。
「俺は、ハイボールで!シキ様どうします?」
「じゃあ、フルーツ系のカクテル……炭酸なしで」
「かしこまりました」
その後は、流れるように時間は過ぎていった。
会話は弾み、グラスが空になるたびにおかわりを重ねる。気づいた時には、何杯飲んだか覚えていなかった。
俺の視界は少し揺れてきて、気持ち悪さはないものの眠たくなってきている。このまま目を瞑れば眠れそうだ。
「シキ様?眠たいですか?もう帰ります?」
うとうとしていることに気づいたんだろう。依織が俺の額に手を伸ばしてくる。会話するのも億劫になっている俺は、短く返事することしかできない。
「ん、ねむい」
「……帰りましょう」
依織の声が柔らかく響いて、俺はぼんやりと頷く。
「マスター、お会計いいですか」
「はいよ」
マスターは慣れた手つきで伝票を寄せる。ペンが走る音と電卓を叩く音が聞こえる。俺はぼんやりとその動きを目で追う。
額に触れていた依織の手が、今度は頬へ移る。
「熱ないですね。ただ眠いだけか。気持ち悪くもないですか?」
「それは、だいじょうぶ」
正直、今はもう返事しなきゃって気持ちよりも、眠気のほうが勝っている。このまま眠ってしまいたい。そんな気持ちが脳を埋め尽くしていく。
ついにはあくびが出てきて、本格的にまぶたが重たくなってくる。
「シキ様?」
声がした方を向こうと顔をあげると、体は思うように動かず、ぐらりと傾いた。やばい、倒れるかもと思った瞬間、こつ、と柔らかな衝撃。
俺の頭は、そのまま自然に依織の肩へと収まっていた。布越しの体温が、ほどよくあたたかい。
もう限界かも。そう思った瞬間、俺の意識はゆっくりと落ちていった。
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