その罪の、名前 Ⅱ

萩香

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PAST/いくつかの嘘

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 距離を置く。そう決めた途端、遼の気持ちは少しだけ楽になった。

 逃げることだとわかってはいたが、他にどうしようもなかった。
 遼がそばにいては、恭臣に余計な気を使わせる。また遼自身も、近くにいれば、ただ苦しいだけなのだ。

 できる限りの手続きをすべて済ませてから、遼はまず父親にだけ、自分の考えを伝えた。詳しい理由は話さなかったが、好きにすればいい、と言ってくれた。
 その数日後、長野の母にも電話で伝えたが、やはり答えは父と同じだった。

 遼が、何かをしたいと自分から言い出すのは、本当に珍しいことだった。幼い頃から、これだけは絶対に譲れないという望みしか、口にしないのだ。

 我が儘は、めったに言わない。だが、考え抜いた末に決めたことなら、遼を止めることは絶対に出来ない。それがわかっているから、父も母も、反対はしなかったのかもしれない。

「遼。……ねえ、聞いてるの?」

 ちょっと不満げな声で知香に名を呼ばれ、遼はハッと我に返った。

 夕食後の、リビングだ。ぼんやりと眺めていたテレビの画面から視線を外し、遼は自分の顔をのぞき込んでいる姉に詫びた。

「ごめん、聞いてなかった。……なに?」

 慌てて姿勢を正すと、テーブルの上に出した卓上カレンダーを示して、知香が首を傾げた。

「夏休みにね、恭臣と、長野に行こうと思ってるの。母さんが、一緒にゆっくり温泉でも行こうって」

「ああ、うん。……いいんじゃない。行って来れば」

 遼がそう言ってあっさりと頷いた途端、知香はハアッと深いため息をついた。

「本当に、最初から聞いてなかったのね。あいづち打ってたくせに。……行ってくればじゃなくて、遼も行くのよ。私と母さんと恭臣の三人じゃ、何だか変でしょう」

 一瞬、何を言われているのかがわからない。知香の言葉を、ゆっくりと頭の中で反芻してみる。

「……俺、も?」

 サッと血の気が引いた。冗談じゃない、と心の中では即答していたが、すぐには上手い断りの理由が思いつかない。

「いいよ、俺は。……ゼミ合宿あるし」

「大丈夫。そこは避けるから」

「……俺、どう考えても邪魔だろう」

「邪魔じゃないわよ。だって女二人に恭臣一人じゃ、いろいろ気を使わせるでしょう。父さんは、無理だろうし。遼に一緒に来てほしいの」

「………」

 遼が同行した方が余程、気を使わせるのだ。だが、それを知香に言うわけにはいかない。

「……東條さんは、姉さんと二人で行きたいと思うよ」

「じゃあ、恭臣がいいって言ったらいいのね?」

 決めつけるような知香の言葉に、遼は仕方なく頷いた。
 恭臣が、知香の勢いに負けず、遼の同行を断ってくれることを祈るしかなかった。
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