サイエンス・フェアリーテイル <The Science Fairy-Tale>

きもん

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セカンド・テイル

天才症候群 <ジーニアス・シンドローム>

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   プロローグ

 ホルマリンに満たされた瓶の中に浮かぶ奇怪な生物達の標本。それらは、体長は数ミリから十数センチ程の比較的小さな存在だが、綺麗とか、可愛いといった形容詞をきっぱりと拒絶する特異な体躯を誇示していた。
 ここは目黒寄生虫館。世界で唯一の寄生虫専門博物館だ。
 大体、ガキの頃、釣りが大流行りの時にだって、餌のゴカイを釣り針につけるのが、どぉぉぉしてもイヤで、その為に同級生男子から突きつけられた『仲間はずれ宣言』を甘んじて受け入れるという、孤独な小学校時代を経験したこの俺が、何でこんなゴカイの親戚が団体で展示されているような場所に、何度も、何度も、足を運ばなきゃいかんのか! と、力んでも仕方ない、それは彼女、木尾芽留が俺達に課した、問答無用のリクエストだからだ。
 俺の名は、春日太一。俺と張星周人、そしして紅一点の木尾芽留は、いわゆる幼なじみの仲良し三人組だ。
 物心がついた時には、部屋の窓ごしに直接会話が出来る程のご近所同士。
 幼稚園、小学校、中学校とこれまた絵に描いたように、ずっと同じクラスだった。余談だが、小学校での仲間はずれ事件も、二人が居たから耐えられた、みたいなモンだ。
 話を戻そう。
 その掛け替えのない仲間の一人である芽留は、およそ女の子には、似つかわしくない趣味の持ち主だった。
 何しろ、寄生虫が、だぁ~い好きなのだ。と、いうより、寄生虫中毒とか、寄生虫ヲタクとか、その領域に達していた。
 本人曰く、定期的に彼ら(彼女は寄生虫達を、三人称で呼ぶ)の姿を見なければ、禁断症状でイライラしてくるらしい。
 お陰で、三人連れだって出掛ける時には、どんな遠回りになろうとも、目黒経由でこの博物館に立ち寄ってから帰宅するのが、暗黙のルールだった。
 さて、そんな芽留の特にお気に入りなのが、「日本海裂頭条虫」だ。
 いわゆるサナダ虫。人間の腸に寄生するアレだ。
 寄生虫館には、体長八・八メートルもあるその標本が展示している。余りに長いので九十九折りにディスプレイされた姿は、俺なんかには、ペッタンコの白く透き通ったホースにしか見えない。
 しかし、このホース擬きの生き物について、芽留が喋り出したら止まらない。
 曰く、彼は人間に何の危害も与えない。ひっそりと養分を分かち合うだけだ。逆にアレルギー抑制物質を分泌して宿主である人間の健康に寄与しているくらいなのよ、と力説する。
「私も、彼らを二、三匹寄生させてみようかしら? ダイエットにもなるし」と、真顔で言い出した時には、「お前は、マリア・カラスか!」と突っ込みつつも、周人と二人で必死に止めたりもした。実際には、有名なこのオペラ歌手がサナダ虫ダイエットをした事実は無いらしいけどね。
 ああそうだ、芽留の名誉の為に言及しておこう。蓼食う虫も好き好き、異論もあろうが、黙って立っている限り、彼女は美人だ。少なくとも、俺は今まで両手に余る男達からラブレターを貰っていた事を知っているし、その全員が鯖寿司嫌い(日本海裂頭条虫はは多くの場合、鯖寿司を介してに人に寄生する)になった事も知っている。
  と、云う訳で、こんな芽留の個性? も手伝って、男女の数がアンバランスなグループにありがちな、色恋沙汰の気まずい問題など持ち上がろう筈も無く俺たち三人は、同じ時間を共有して生きてきた。
 そう、中学三年の秋までは・・・。

 晩秋の全国共通模試。高校入試を間近に控え、志望校決定の最終的な目安となる試験だ。
 ちょっとした事件が起こった。
 この試験で、周人が全国一位になったのだ。それも、全国に数人しかいない全教科満点で。
「凄いじゃん!」と、俺。
「ああ」と、周人。
「で、この灘高志望って何?」と、芽留。
 早速、試験結果を受けて、周人が志望校を変えた。それまで俺たち三人は、自慢じゃないが学校の成績に関してもドングリの背比べ。中の上あたりを仲良く行ったり来たりしていた。それが、周人の突然の変貌ぶり。しかも、志望校まで変えやがった。
俺は、そうでもなかったが、芽留は裏切り行為に感じるらしく、周人に食って掛かっていた。
「高校も仲良く三人で地元の公立に行くって言ってたのに!」
 周人は応えない。
「灘高って、兵庫よ、兵庫!」
「まあまあ、芽留。まだ受かるって決まった訳でもないし・・・」 
 その時、悪寒が走った。振り向くと周人が恐ろしい形相で睨んでいた。
「なっ・・・」
「受かるさ」
 気に障ったのはソコかい。本当に変わったなお前。
 周人は、芽留の抗議には何の関心もなかったらしいが、己の学力に難癖を付けられた事は、エラく気に障ったらしい。昨日まで、そう、ホンの昨日まで、俺達とドッコイの成績だったクセに・・・。
 いやいや、問題はそこじゃない。周人の変貌が、学力だけじゃないって事だ。
 何処かのテレビ番組の言い回しじゃないが、ここからチャンネルを合わせた人がいたら、周人は、とっても偏屈で嫌な感じの人間に見える事だろう。
 しかし、こんな奴じゃなかったんだ。
 確かに無口だったが、その分の良く笑った。笑顔で周囲を和ませる・・・そんな奴だった。芽留の寄生虫好きほど偏向してないが、UFOとか超自然現象に興味あり、なのが玉に傷だったが・・・。
 性格までも、スイッチを切り終える様に変わってしまった。
 結局、俺と芽留は、卒業するまでの間、遠くなってしまった親友を見守るしか術が無く、自然と疎遠になっていった。
 翌春。周人は、無事に灘高校へ合格した。
 俺と芽留は、地元の同じ公立高校へ進学したが、こうして一度崩れてしまったバランスは、もう二度と平衡を取り戻す事は無く、大学に進学する頃には、三者三様、それぞれの選択した人生を歩み始めていた。
 やがて俺達は、風の便りでお互いの近況を知るだけの、ただの幼なじみになっていた。


   1
  
  たった一日で溢れそうになっている郵便受けの中身を取り出し、玄関の鍵を開ける。
 部屋の照明を点けるなり、手にした郵便物の大半を、直接ゴミ箱へ放り込んだ。俺にとって何の価値もない情報が記載されたダイレクトメールだったからだ。
 一体いつまで、こんな森林資源の浪費を許しているのか? こんな時、人は意外と人類の未来なんかを真剣に憂いたりする。 
  残りの手紙数通も各種請求書で有る事を薄く確認しつつ、テレビのスイッチを入れる。「・・・チリコボシ博士、今後の・・・」
  張星? おお、周人が映っている。
 あいつは、その後、灘高を中退して、海外のハイスクールに編入、飛び級を繰り返して、MITの博士課程を弱冠二十歳で終了し、複数の企業や研究機関から客員研究員として招かれた。
あいつがスペシャルだったのは、そのどれもに重複して所属し、人類史上に残る数々の画期的な成果をあげた事だ。特に科学技術方面には著しかった。
 石油に変わる基幹エネルギー源、「常温核融合物質」の開発。
 カーボンファイバー以上の高剛性、耐熱性、耐酸性、易加工性を実現した新素材の発明。
その他、バイオ、情報工学などなど・・・。
まだ、三十歳前の若さで周人が実現した偉大な発明発見は、人類に第二の産業革命をもたらした、と評されていた。
 そして『彼ら』は、人類の至宝と称され、地球上に存在するあらゆる地位と名声、そして莫大な財産を手にしていた。
 彼ら。
 そう、周人の天才発現と時を同じくして、世界各地に、桁違いの天才人間が多数出現したのだ。人種、性別、年齢が、まちまちではあったが、ある日突然、高い知性を得たという点が共通していた。
 この現象は『ジーニアス・シンドローム』と呼ばれ、周人達『天才世代』の名声と共に、広く人類に知れ渡った。
「・・・ええ、今回のプロジェクトは、初の恒星間探査事業として・・・」 
 テレビモニターに、何たら恒星間探査機とどアップでフィックスされた周人の顔が映っている。何やらまた、大風呂敷な話しをしているが、どんな夢物語であれ、あいつとその仲間達は簡単に実現しちまうんだろうな。
 と思いつつ、郵便物の最後の一通に視線を落とした時、俺は『オウム』になった。
「きおめる・・・」
  封書の裏に書かれた差出人の名前をオウム返ししてしまったのだ。
 芽留。久しぶり。木尾って事は、まだ独身なんだな。
 その日、奇しくも、我が家のリビングルームで、幼なじみ三人組の再会が果たされた・・・まっ、俺の主観の中だけどさ。

 芽留は、筑波にある生物学関連の研究機関に勤めていた。肩書きは、案の定、寄生虫専門の研究員だ。博士号も持っているらしい。好きこそ物の上手なれ、を地で行っていた。他の分野なら博士号など無理だったに違いない。
 ところで俺は、最初、研究所の正門前で待っていた彼女を認識出来なかった。やっぱり、女は変わるんだなぁ。目の前の彼女に呼び止められて、初めてその女性が芽留だと気付いた。
「お、押ス」
「うふふ、久しぶり」
「女っぷり、上がりまくりじゃん」
「もう、三十目の前なんだから、少しは言葉使い考えなさいよ」
「先日、小生はめでたく三十路と相成りました」
「あっ、太一だけ遅生まれだったね、ご愁傷様」
  受付で芽留に入門証を発行して貰い、正門を潜る。
「で、十年ぶりの連絡が、こんな田舎に呼び出したぁ、良い度胸じゃん」 
「失礼ね。日本屈指の最先端学園研究都市を田舎呼ばわりとは」
「都心で、サラリーマン稼業の身としてはな、田園風景に囲まれた場所なんざ全部ど田舎なの」
  流石に生物関係の研究施設と思わせるバイオハザードとセキュリティー対策が施された、入室にやたらと手間が掛かる研究室へと通された。
 あちこちに散在している奇怪生物の標本から眼を逸らしつつ、奥へ進む。
  芽留のデスクらしい事務机の脇に水槽が置かれていた。何気なく覗き込むと、槽内に敷き詰められた葉っぱ付きの枝に何かいる。
 カタツムリだ。
 しかし、見慣れたカタツムリとは一寸違う。
触角(いわゆる『眼』の部分)が、異様に太く肥大化していて、その内部で縞模様の組織が、違う生き物の様にうねうねと伸び縮みしていた。
 ・・・ゲロゲロ。せっかく此処まで、『気持ち悪い』の観ない様に気を付けてたのに。最後の最後に自分から地雷踏んだ。
「レウコクロリディウムよ」と、芽留。
 俺は、舌噛みそうなので復唱はしなかった。
「日本海裂頭条虫に代わり、今、私のお気に入りナンバーワンなの」
  眼を輝かすな。
「彼らはね・・・」
 寄生虫を三人称で呼ぶな。
「見ての通り、カタツムリの触角に寄生して肥大化させ、カラフルな目立つ模様に変色させるの。結果、天敵である鳥に見つかり易くなったカタツムリは、たやすく捕食されてしまう。そうやって、彼らは最終的に鳥に寄生するのが目的なのね。凄いでしょ」
  その話の何処を凄いと思えばいいんだよ。
「で、まさか、お気に入りを自慢する為に呼んだのか?」
「まさかぁ」
 芽留はそう言うと、新品の無菌服を投げて寄こした。
「来て」
 再び、彼女に連れられて、施設の奥深くへと進んだ。最終的には、レベルP4の高度安全実験室、地下四階の物々しい隔離部屋へと連れ込まれる羽目になった。
 壁一つ隔てた、ドラフトの中に人間が一人、横たわっていた。身体全体が青白く、ピクリとも動かない。
「え~と、死体?」
「そーよ」
「ごく普通のサラリーマンに、イキなり死体見せるなよ!」 
「見せたいのは、死体そのものじゃないわ」
 芽留は、手近のモニターをオンにした。
 映し出されたのは、目の前にしている死体の頭部をクローズアップした画像だ。その時点で初めて気付いたが、死体の頭部はパックリ切開されており、その開口部にカメラが向けられていた。
 結果として、クローズアップ画像は、脳味噌の大写しだった。
 俺は、己の魂が肉体から数センチ浮いたのを自覚した。いかん、ここで「落ち」ては。
「で?」と、不必要な大声で質問するフリをした。主に自分へ活を入れるのが目的だ。
「よく見て」と、芽留。モニターの画像を更にアップにした。
 ご無体な・・・。挫けそうになる心を奮い立たせ映像に眼を凝らす俺。健気。
 すると、死体の筈の脳髄で何かが動いた。
 一見すると脳味噌だが、眼を凝らすと保護色のヒトデ状生物が脳壁にへばり付いているのが識別出来きた。
「わかった・・・もういい」
 ビジュアル的に、もう限界だった。
「数日前、交通事故で亡くなった男性の遺体よ。頭部の損傷が激しくて、偶然この寄生生物が見つかったの」
 俺の体調に気を遣ったのか、モニターを切る芽留。
「それで、ウチに搬送されてきたの。一応、日本屈指の寄生虫研究施設だからね」
「それで、アレはアソコに寄生して、何をしているんだ?」
 一拍置いて、肩をすくめる芽留。
「でも、興味深い事実があるわ」
 彼女は遺体のカルテを俺に渡した。
「井藤宏彦 三十五歳・・・彼は、『天才世代』よ」
 俺が、その言葉の真意を理解する事を促す様に一旦言葉を切り、芽留は説明を補足した。
「私の直感がしつこく囁くの、『ジーニアス・シンドローム』とこの寄生生物には、関係があるわ」
 俺は、芽留の顔を直視した。彼女の瞳が、俺に何かを期待している。
「えーと。後は、お前さんが研究に専念すればいいだけであろうその直感と、一介のサラリーマンでしかないこの俺に、何のご関係が・・・?」
 とぼけて見せたが、分かっているさ。俺は、芽留の次の言葉が容易に推測出来た。彼女が、頼み事を回りくどく言った例しなど、昔からただの一度も無いからだ。
「天才世代となれば、私とアナタ、共通のお友達に心当たりがあるでしょう?」
 人間、歳を重ねりゃ、それなりに変わるもんだ。ちょっとだけ遠回しに言いやがった。
 数日後、俺は十数年ぶりに周人と会う約束を取り付けた。
幼なじみという一点のみを武器にしたエラく手間の掛かる作業だったぜ。なんてったって、今やアイツは国家の重要人物だ。
 まったく。芽留の奴は、昔から、やっかい事ばかり俺に押しつけやがる。

 軽井沢でも一番の高級別荘地。旧軽銀座商店街を通り抜けて直ぐの一等地に、端から端まで車で数分掛かるほどの広大な敷地の奥深く、ひときわ豪勢な旧館造りのお屋敷が鎮座していた。
 ご丁寧にも手配してくれたリムジンに揺られ、俺と芽留は周人が休暇滞在しているという、その別荘を訪ねた。
 車寄せで下車し、待ちかまえていたSP達に身体検査を受ける。
 だから、一介のサラリーマンが何を隠し持っているってんだ。どうせ、俺の素性なんざ、何歳まで寝小便してたかまで調べてるんだろうが。
 一通りの手順が終わったのか、城壁の門扉のような重厚極まりない玄関の扉が開き中から執事姿の男が現れ、俺たちを邸内に招き入れた。周人の秘書と名乗ったが、屈強な体つきと鋭い目つきが、実はボディーガードで御座いますと云ってはばからない。
 なんか、オリエンテーリングかと思う程、長時間邸内を歩かされた後、ある部屋に辿り着く。
 扉が開かれる。
 周人は、テニスコートが一、二面も取れそうな広さで、キリンが飼えそうな程高い天井のリビングに、たった一組、ポツンと置いてあるアンティークな応接セットでくつろいでいた。
 件の屈強秘書が、周人の向かいに着座する旨、俺達に身振りで指示した。
 喋れよな、気分悪い。
 ただでさえ、こんなだだっ広い空間に応接セット一組だけ、それ以外、何の装飾品も無いという異常な光景(とてもじゃないが、まともな人間の感性でこの部屋に長時間居るのは不可能だ)に囲まれて、お寒い心理状態なんだ。
 曲がりなりにも執事の格好してんなら、ゲストが和むジョークの一つも言って見ろってんだ。などと、小市民の金持ちや権力者に対するひがみ根性をグッと飲み込んだ時、芽留が屈託のない笑顔で沈黙を破った。
「久しぶり、元気だった? チリボー」
 チリコボシだから、チリボー。周人のあだ名だ。もっとも、そう呼んでいたのはチュー坊までだったが。
 お前って、ホント空気読まないよな。っていうか、読めないフリするのが得意だよな。
「・・・ああ」
 お、喋った。十数年ぶりの周人の肉声。
「ホントぉ~? 頭の中に変な虫飼ってるのに?」 へ やっぱ、フリじゃなくて、ホントに空気読めないのかな? 芽留さん・・・。
 だだっ広い空間の温度が、更に数度下がった気がした・・・そう言えば、避暑地だったっけ軽井沢。
 俺は覚悟を決めた。背後で、武道家でも何でもない素人の俺にも判る殺気を放っている屈強秘書が不気味だ。
 俺は、周人が何かを制する為、軽く手を振る動作をした事を見逃さなかった。おい、マジで俺達をどうかするつもりだったのか、お前の秘書は。 
「ああ、君の大好きなサナダ虫みたいに、ダイエットにはならないがね。頭が良くなるので助かってるよ」
 ・・・隠す気無いんだ。俺は、なんだか肩透かしをくった気分だった。
 勝手な思い込みだったかも知れないが、寄生虫の件は、かなりヤバい事案だと思っていたのだ。色々な意味で・・・。
「今日は、泊まっていきたまえ。今夜は客も大勢来る」と、周人。 
 言葉の最後の辺りは、既に席を立ち、俺達に背中を向けて言っていた。
 天才になってからは相変わらず、失礼な奴だ。
「ふうっ」
 周人と屈強秘書が部屋から出ていった瞬間、芽留が大きく溜息をついた。
「おっ。なんだお前、一応緊張してたんだな」
 芽留は、答える代わりに、俺の太股をツネって応えた。
 
 周人の言った客というのは、御同輩の天才達だった。 
 『天才世代』の殆どが集結していた。
 豪華な晩餐会が開かれる。
 ご丁寧にも、用意してくれたタキシードに身を包み、俺もお相伴に預かっていたが、どうも居心地が悪かった。俺と話題の合う人間が居るとは思えなかったし、第一、喋っている奴が殆ど居なかった。
 五十人以上はいるだろうという会場で、全くざわつきの無い宴。
 気持ち悪いだろ?
 そんな中、芽留だけが、生物学の天才と誉れの高い人物と何やら話し込んでいた。
 逞しいよ。お前は。
 やがて、夜も更け、俺にとって悪夢の時間もお開きとなった。
 客達は、俺達も含め、迷路の様な屋敷内の各々の部屋へと引き上げていった。
 今まで高級家具店のショールームくらいでしかお目に掛かった事が無い屋根付きのお姫様ベッドで、寝返りばかりうっていた丑三つ時。
 部屋の戸を叩く音が。
 俺は、眠れない癖に眠気満載の重たい瞼をこすりつつ扉を開いた。
 芽留が立っていた。
 夜這いか?
 手形の付いた頬の痛みにハッキリと目覚めた俺は、彼女の背中に連れられ、屋敷の庭に出た。
「何だよ、凍死しそうだぜ」
 流石に晩秋の避暑地で吹かれる夜風は、寝間着姿には応えた。
「しっ」 
 屋敷と庭を仕切る植え込みの側で、ガキを叱るように、俺の頭を押さえつける芽留。
  非難する為に上目使いで顔を上げた俺が見たモノは、置物の様に庭に並び、夜空を見上げている天才達の姿だった。その中には勿論、周人もいた。
 よく似た光景を観た事があるぞ。
 ・・・イースター島のモアイだ。
 イキなり、芽留が、俺の腕を掴んできた。痛いくらいに。
「見て・・・」
 何を?
 いや、直ぐに判った。
 天才達の眼が、光っている。
 何かの光が反射して光っているのでは無い。自ら発光しているのだ。しかも、赤く脈打つ様に。
芽留に見せられたレウコクロリディウムが寄生したカタツムリの触覚によく似ていた。 
 俺の横で芽留が震えていた。勿論、寒さの為ではない。
 彼らは、あの異様に光る眼で、一体何を見つめているのだろう。

 翌朝、何事もなかった様に、人々は三々五々屋敷を後にしていった。
 俺と芽留も、周人に形ばかりの挨拶をして、立ち去った。その際、俺は不覚にも、周人の眼をまじまじと覗き込んでしまったが、奴は、特に咎めるでもなく。再会の約束まで、口にしていた。
 しかし、その後、俺達は、周人に会う機会を得る事はなかった。
 因みに、その後発表された、ジーニアス・シンドロームと脳寄生生物の関係を扱った芽留の論文は、露骨な発表の妨害や誹謗中傷される事も無いかわりに、日の目を見る事も無かった。
やはり政府機関等の世論操作があるのだろうか? 確かに、周人達は公の場で寄生生物の宿主である事を否定も肯定もしなかった。
 まあ、俺みたいな小市民には計り知れない、色々な利害が渦巻いているんだろうな。
 しかし、真実はきっと、白日の下に晒される日が来るに違いない。
 俺は、そう信じている。


   2

 西暦二一〇七年。
 惑星の衛星軌道に進入。メインエンジンが停止し、各部のスラスターが船の姿勢を安定させた。
 俺の名は、タイチ・カスガ。恒星間探査船『陽光』の主任探査技師だ。俺の名前は、曾々祖父さんと同じらしい。が、特に歴史に名を残した大人物でも無し、そんな情報、有り難くも何ともない。
 因みに俺の妹は、メル・カスガという。曾々祖母さんと同姓同名だ。こちらはちょっとした有名人だった。百年前、人類にもたらされた福音、『ジーニアス・シンドローム』の原因を特定した偉大な生物学者だ。
 遺伝情報光波転写式媒介型寄生生物。長ったらしいこの名前が天才の源となった寄生虫の名前だ。俗称を『天才虫』とも云うこの生物は、通常の寄生虫のように、媒介生物に接触したり体内に摂取したりする事によって寄生するのでは無い。
 UFOから寄生するのだ。・・・聞き間違いじゃ無いぞ。
 現代の地球人が通常の義務教育を受けていれば、歴史と生物の授業で必ず学習する話だが、最初に接した時には、大概の人間は漏れ無く我が耳を疑う。俺もそうだった。
  それは、こういう事だ。ある日、ある時間、特定地域に出現した未確認飛行物体を目撃した人物は、物体の発した光を見た時、視神経を通して脳髄に達したその光が、前頭葉の一部組織の遺伝子情報を書き換え、脳機能を飛躍的に進化させる寄生生物に変化させる。この寄生生物を宿した人間が、軒並み天才へと『進化』したのだ。
 にわかに信じがたい話だが、事実、寄生虫は存在したし、数多の天才が出現したお陰で人類は飛躍的に進歩し、結果として、人がみすぼらしい複葉機で空を飛んでから僅か二百年余りの歳月で、俺なんかが、太陽系を遠く数十光年離れた星まで跳んで来たりしている。
 結局、その未確認飛行物体が何だったのか、人類最大の謎として残ったままだが、それ以上に『天才世代』がもたらした驚異的な技術改革による成果を享受する事に人類は何の躊躇いも持たなかった。
 と、云うわけで、今、俺が乗り組んだ外宇宙探査船の眼下には、人類が発見した最初の高度地球外文明が存在すると云う惑星が浮かんでいた。
 但し、残念な事にこの文明を築いた生命体は、もう存在していない。この惑星の環境は人類が既知の生命形態に生存を許す状態ではないのだ。地表の平均気温は摂氏四百度を超え、気圧は八十気圧、大気の主組成は二酸化炭素である。二酸化硫黄の雲から降る硫酸の雨が惑星全土覆っていた。太陽系でいえば金星に極めて近い環境を持った惑星である。
 周回軌道上の母船から探査機が切り離された。探査機には、俺と部下が五名乗り込み、後は探査任務を補佐する自立動作型のドローンが五十機搭載されていた。
 灼熱の大地に立つ。
 ドローン達は、恒星の表面でも活動可能な仕様なので広範囲に散らばって各種のルーチンデータを収集していた。人間の方は、宇宙船を一隻背負っているような高価且つ高性能の生命維持装置を奢った宇宙服を着込んで、それでも尚、命の危険と背中合わせの状況だった。どんなに科学を発達させようとも、人間は未だ矮小で繊細な存在だった。
 そんなリスクと引き替えに何故、地表に降り立ったのか?
 大規模都市と推測できる遺跡が、惑星表面に幾つも点在していた。最盛期には恐らく、この惑星の総人口は百億を超えていたに違いない。もちろん人口という言い方は方便だ。この惑星の住民が、『立ち上がった蟹』に良く似た生物だった事は、先行した探査船によって調べがついている。
 俺達が、ここに来た第一の目的は、ある施設の調査だった。
 それは『図書館』だ。
 則ち、先代調査団が、この灼熱地獄を逃れた地下都市に無傷で残っていた情報貯蔵施設を発見したのだ。しかし、高度なオプチカル技術に特化していた記録装置類に対して、先代調査団の装備では情報をアウトプット出来ずに終わっていた。
 俺達は現在の最新技術によって、この文明の詳細を調査する。
 思ったよりスムーズな行程で辿り着いた情報貯蔵施設で、まず、歴史ファイルと思われるデータバンクにアクセスした。
 データは、順調にダウンロードされた。
 俺は、作業の途中でデータの一部を瞥見してみた。データが破損していないか確認する意味もあったのだ。
 ちょうど、この星の末期について記述されている部分だった。
 俺は、興奮した。
 それは、次の二点についてだ。
 第一に、正に『ジーニアス・シンドローム』と同じ現象が、この文明でも起こった事。
 第二に、この文明の住人達は滅亡したのでは無かった。全人口が、桃源郷に移住したのだ・・・そう、それは、正に『宇宙の桃源郷』と呼ぶに相応しい場所だった。


   3

 西暦二二〇七年。
 この探査船は、光の一万倍以上の速度で、既に三年飛行している。
しかし、まだ目的地には届かない。
 いや、そもそも、その目的地は実在しているのだろうか?
 注意を促すビープ音が、俺の操作卓でなった。ディスプレイを見る。
 『Chirikoboshi620423』
 通信ユニットに認識コードが表示された。俺の認識コードだった。(これは俺のパーソナルネームでもある)船長である俺宛に専用回線で圧縮データが送られてきたのだ。
 恐らく目的地に関する最新の座標データに違いない。俺は、そのデータを航法管制装置にダウンロードしてシステムの最終チェックをした。
 人類が、太陽系外を版図とし始めてから僅か二百年足らず。その最前線は、既に地球を遠く数万光年離れ、銀河系の中心部に迫ろうとしていた。
 その主たる目的は、果てしなく膨らんでいく人口を維持存続させるための物理空間を確保する事であった。
 伝説の『ジーニアス・シンドローム』による技術文明の急速な発展は、人類に史上かつて無い程、豊かで安定した生活環境をもたらした。それ故、皮肉な事に、深刻な人口爆発を招いていたのだ。
 しかし、人類が生存可能な惑星は当初見込まれていた数が発見されず。惑星環境の改造や人工天体の製造も、人口増加のペースに追いつけないでいた。
 そこに、射し込んだ一つの光明。
 百年前、第一世代の恒星間探査船が発見した最初の地球外文明で、人類は『桃源郷』の存在を知ったのだ。
 それは・・・数百のダイソン球が密集する世界。
 ダイソン球とは、恒星を「卵の殻の様に覆った」人工構造物だ。古代の物理学者であるフリーマン・ダイソンによって二百五十年近く前に提唱された。恒星が発生させるエネルギーの全てを完全に利用可能であり、何より、殻の内側を居住空間に使う事により、太陽クラスの恒星を使用したダイソン球の居住可能な面積は、地球表面のおよそ十億倍だ。
 そのダイソン球が、数百基存在する世界。
 もし、事実なら、人類が抱えている人口問題は全て解消される。
 そして、百年。ようやく人類の技術は、その場所へと到達できる性能を持った船の開発に成功した。
 そして、その先陣として、俺達が居るのだ。
 但し、問題は他にもある。そのダイソン球が空き家か否か・・・。人類統合政府は、最悪の場合、侵略戦争も辞さない考えだった。
 今頃、母星である地球と、数少ない植民星群では、戦闘能力を持った大規模移民船の建造が進んでいる事だろう。
 それ程、人類は切羽詰まっていた。
 今の状況が打開できなければ、人類は緩やかな滅亡のへの坂道を転がり始める。
 どちらにしても、我々の使命は重大なのだ。
 そしてそれは、個人的に、俺にとっても同じだった。と、云うのも、今、人類社会ではあの『ジーニアス・シンドローム』の功罪が取り沙汰されている。
 天才達による行き過ぎた、いうなれば分不相応な科学の発達が、現在の人類の困窮を招いたとする意見が、今頃になって噴出していたのだ。
 冗談じゃない。俺は、この『桃源郷』探査を成功させ、人類を救おうと心の底から思っている。しかし、それは決して理不尽な世論に対する反発からではない。
 そうだとも・・・例え、人類史上、最大の天才「張星周人」が、俺の直系となる遺伝子提供者だろうとしても、だ。

 一年後、探査船は、目的の座標に到着した。
 半径数千光年に星も星雲も存在しない不毛の宙域だった。
  しかし、ブリッジのメインスクリーンには、内部に溜まった輻射熱を放出する事により、赤白色に輝く、直径一天文単位(=約一億五千万キロメートル)の巨大な球体が百基単位で密集している空間が、赤外線光学センサーの解析映像として映し出されていた。
 俺は、いや、全人類が、狂喜した。


   4

もし、この宇宙の何処かに、万物の創造主たる存在が御座すのだとしたら、それは、サディストか、分別の無い子供か、または、責任感の欠片もないエゴイストに違いない。
何故なら、宇宙開闢の過去より、物事の分別を与え賜うたにも拘わらず、生命の意味を考える能力を授けたにも拘わらず、「他の生命を喰らう事によって、己の生命を維持する」という良心を持つ者には余りにも理不尽な宿命を背負わせた、我々の様な知的生物しか創造してこなかったからである。
我々は何億年もかけて、宇宙の隅々まで調査したが、例外はなかった。
我々は、文明の維持の為、近隣の恒星を天蓋で囲い、その全てのエネルギーを利用すると同時に、無限に近い同胞の増加にも困らない生活空間の確保に成功した。
しかし、それでも尚、他の生命を喰らう事により命を存続させる誘惑を克服する事は出来なかった。
 だから、我々は覚悟を決めた。
 我々が存在する限り、他の生命を喰らい続けよう。そこに、倫理観を持ち込む事は禁忌としよう。我々には、もう、どうしようもないからだ。
 故に、我々は、最も効率的に他の生命を捕食する方法を考案した。
この宇宙に発生し、発達する全ての生物がこの地へ自ら進んで来る能力と動機を強制的に供与するのだ。
 今日もまた、何千という半永久自動知性化装置『播種工船』が深宇宙に向かって飛び立っていった。
 あの何隻かが、宇宙の何処かで、有望な生物の進化を促し、我々の元へと導いてくれる事だろう。
 

   エピローグ

 ・・・接近警報。新たな食料の到着だ。
 数億の有機生命体が、巨大な移民船に乗り、我々のテリトリーへと接近している。
 旧式な武装をしている様だが問題はない。
 果たして彼らは、どんな味なのだろうか?

                                                          完食
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