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サード・テイル
ファースト・ライト
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scene1
寝起きは、悪くない。
だから、『目覚めた』という自覚はしっかりとある。
しかし、まだ眼は瞑っていた。
この睡眠と覚醒の間を彷徨っている感覚を暫く味わうためである。
それは睡眠という生理的な義務を負わされた生物に与えられた数少ない快楽の時間だ。
なるべく長く堪能したいと思うのが人情である。
布団の中で夢見心地の時間をウダウダと堪能した。
布団の中? 何か違う。
肢体からの感覚に違和感があった。
心地よい布と綿の感触を感じないのだ。
全身にラップを巻かれているとでも云えばよいのか、皮膚感覚が鈍い。
違和感の原因を確認するために、仕方なく瞼を開く。
焦点が定まるのを待った。
見知らぬ部屋。
いや、それ以前に、此処は部屋と呼べるのだろうか?
天井は、お世辞にも「天」の字に見合うほどの高さがない。手を伸ばせばペタペタと触れそうだ。壁も、身体の両側に触れてしまうほど近い。挟まれていると云っても良い。
眠りに落ちる間際まで、記憶を辿ってみる。
自宅のベッドで寝たはずなのだが…今は、カプセルホテルのような狭小のスペースに身体が収まっていた。
カプセルホテルに泊まった経験がない?
ならば、ウナギを捕まえる仕掛け、竹筒漁に捕まっているウナギを思い浮かべて貰えば良い…余計に分かりづらいか?
兎に角、日頃から閉所恐怖症である事を自覚していたので、ややパニくった。
そうか、これは夢だ。
と、どうにか冷静さを保ちつつ自分に言い聞かせる。夢の中で、それを夢と自覚するのは心理学的によろしくない傾向だと、何かの本で読んだ覚えがあるが、この際、積極的に無視する。
既に狭い空間に押しつぶされる恐怖で過呼吸気味なのだ。
速やかに目覚めねば。
覚醒を促す為、眼を擦ろうと本能的に手を上げて顔に近づけた。
いや…上げようとした。
だが、手が動く感覚の代わりに、ザワザワという音が聞こえる。
何かがザワつく雰囲気を感じる、が正しい表現か。
身体を見下ろす。
と、次第に眼の焦点が合ってきた。
「!」
脳が、眼に映った映像を理解することを拒否した。
見えているのは、自分の身体の側面に、規則正しく一列に生えた無数の<節足>だった。
脳髄から、腕を動かす信号を受け取って動き出していたのは、節くれだった短い触手状の十数対の足だった。
各々が蠢いて、それでいて、全体では規則正しく波打っていた。
もちろん、それら節足が生えている身体も人間のそれではない。
いくつもの節で分かれた硬質の外骨格。太めのキャタピラが一番近い例えだと思う。ブルドーザーとかの車輪に付いているアレである。
それら視界の中のパーツを総合すると、ある生き物が連想された。
ムカデだ。
声が出せなかった。いっそ、狂った様に叫けべたら、冷静さを取り戻せたかも知れない。
自分の身体がムカデ…。
ただでさえ、閉所の恐怖で目一杯張りつめていた神経が、途切れた。
眠りから醒めたばかりなのに、今度は気絶というかたちで意識を失う事となった。
「これは夢だ」と自らに言い聞かせる暇も無く…。
scene2
そんなわけで、万条目ゲンキの一度目の目覚めは最悪だった。
数分後、再び意識を取り戻した時、寝汗で布団がびしょ濡れだった。
頭が酷く重い。
しかし、今度は、見慣れた部屋の風景と自分の身体が人間の肢体である事を確認して、僅かな安堵を感じた。
「夢か…」
口に出してみる。
当たり前の事なのだが、発声できた事が嬉しい。
ムカデは喋らないからな、と安堵の理由を無理矢理に意識してみる。
それ程に今しがた見た夢は、やけに、こう、生々しかった。
自分の異形化した身体が発する生臭い体臭を嗅いでいた感覚が残っている、嗅覚までも意識するようなリアルな夢だった。
「カフカかよッ!」
とりあえず、『朝、目覚めたら巨大な毒虫になっていた男の話』を書いた小説家の名前で自分自身に突っ込んでみた。確か、作品のタイトルは『変身』だ。
特に好きな作家でも、もちろん、その作品に傾倒していた訳でもないが、自分の夢と、その作品の内容、イメージの類似性から、いやな気分を払拭するきっかけにでも成らないかと、のりツッコミぎみのネタにしてみたのだったが、その試みも虚しく空を切ったようだ。作品を読んだときの生理的な嫌悪感も一緒に思い出したので、全くの逆効果だった。
カーテンの隙間から漏れる朝の陽が目に入り、ハッとして時計を見ると、いつもの起床時間を十分ほど過ぎていた。
『悪夢を見たから凹んでた』は、流石に遅刻の理由にはならない。
唯でさえ、朝は一日の中でも時計の針がひときわ早く動く時間帯だ。大急ぎで顔を洗い、制服を着る。
ボタンを留めながら台所に行く。朝食代わりの固形ブロック状栄養補助食を大量のストックから一箱取り上げると市販の野菜ジュースで胃袋に流し込んだ。
因みに、ゲンキは一人暮らしである。
両親は外交官であり、必然的に一人息子の彼も幼い頃は両親の赴任先をついて廻る海外暮らしが続いていた。
特に長かったのはイスラエルで、帰国する直前までの7年間住んでいた。
十七年の人生の内で、一番多感なこの時期に7年間である。
正直、ゲンキにとっての母国はイスラエルといっても過言ではない。
お陰で、両親に徹底的に叩き込まれた日本語より、本当はヘブライ語の方が話し易い。
だが、昨年十六歳になるのを期に、日本人としてのアイデンティティーを植え付けようとする両親の意図とゲンキ自身の日本に対する興味から、高校生にして一軒家に一人暮らしという、マンガやアニメ的便利設定の生活を送ることとなった。これで、ちょっと美人のいとこやら、押しかけ女房的幼なじみやら、ラブコメ風朝食を作ってくれる有り難い隣人なんかがいれば完璧なところだが、さすがにそこまで世間は甘くない。
『万条目ゲンキのプロフィール』は、こんな風に彼自身の記憶の中では整合されていた。
ひと通り身支度を終えて、玄関から外に出る。
閉めたドアの施錠を確認して振り向いた瞬間、風が吹いた。
桜吹雪が視界を埋める。
街路樹の桜が、二週間ほど早く満開にした花びらを一斉に散らしていた。
何を思ったのか入学式や始業式の遙か前、三月の前半に開花した今年のソメイヨシノだったが、これまた、照れ隠しでもするかのように、あっという間に満開になって花弁を散らしている。
お陰で学年末の終業式前に桜吹雪を愛でるという季節感のない風流を味わいながら、日本の四季が、いや世界の気候が微妙に乱れつつある気配に思い及んでいる…などという余裕なぞ当然無い。
始業時間を気にしながら駆け足で登校していたゲンキだった。が、その背中に突然ドンっと衝撃が奔る。
その圧力で身体が前につんのめった。
「おいっす! 帰宅部!」
同時に、竹光ケイの声がした。クラスメイトだ。
「しつこいぞ」
挨拶は返さず、「帰宅部」の意味するところに反応して応えるゲンキ。
「なんだぁ。今だって、ちょっと後ろから小突いただけでヨロヨロしたじゃんか。足腰弱ってんだよ、どこが元気なんだよ、ゲ・ン・キ・くん」
明らかに自分を敬遠しているゲンキの態度にも臆した様子を見せず、強引に肩を組んでくるケイ。
肩まで伸びた彼の長髪がゲンキの頬を撫でる。だいたい、万条目ゲンキのゲンキは元気のゲンキではない…ん?…えっと何のゲンキだっけ。と、思案しているゲンキの背中を更にバンッと叩いてケイが続けた。
「我がサッカー部で鍛え直した方が、宜しいんじゃないですかい?」
ゲンキは、ケイと同じクラスだ。しかも、一年生一学期の初めからほぼ一年間、幾度かあった席替えも乗り越えて、ゲンキの横には悉くケイが座った。
それはもう腐れ縁で済ます訳にはいかぬ、超常的な何かを感じるほどであった。
さて、話を元に戻すと、ゲンキは正確には帰宅部ではない。
天文部である。
ただし、いわゆる幽霊部員というヤツで、部員数の減少から廃部になりそうだった天文部救済という名目で名前を貸しているのだ。
現在、高校一年生であるゲンキが通う学校の名は、星降高校という。
『星が降る』と書いて「せぶり」と読む。難読である。ロマンティックで好きだという意見と、母校を説明する時にひと手間余分で面倒だと、評価が二つに分かれる校名だ。星降高校は、その校名が一癖あるだけでなく、校則にもなかなかユニークの物が幾つかあった。
幽霊部員制度もその一つで、部員数が存続定数に達しない部があった場合、部活動をしていない生徒の中から無作為の抽選によって選出した者を、強制的に問答無用で、その部に所属させるシステムである。ただし、単に名簿上のことで部活動に参加する、しないは自由だった。
これは現校長である深見田凛が赴任してから始まった慣例だった。
まことしやかに流れた噂によると、彼女には個人的に何としても廃部にしたくない部活動があるらしく、この部を救済する為にこの方策を導入したというのだ。
そして、あらゆる部活動に対してこの制度を適用しているのは、あくまで建前であり、偏に廃部を回避したい部活動を特定させないカムフラージュと云うことらしい。
なんともややこしい話しだが、この特別扱いの部活が、天文部ではないかというのが、まことしやかに学内に流れている噂であった。
事の真相はどうあれ、ケイあたりは常日頃から「お荷物部に予算を分けるくらいなら有望な部活動にもっと予算をよこせ」と息巻いている。
ここいら辺りが、贔屓の部活を特定させない所以だったりするのだが、ケイの所属するサッカー部は、県内ではそこそこの強豪である。「何の実績もない部活に割くくらいなら、全国レベルにステップアップする為にも予算をもう少しよこせ」と思うのは人情だろう。
ゲンキに絡んでくるのも、そんな不満の裏返しかも知れない。
迷惑な話だ、とゲンキはため息を吐く。
そのため息に、目ざとく「何だよ~」と難癖をつけてくるケイ。そんなやりとりを繰り返しながら教室に到着すると、丁度、スピーカーから始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
遅刻する事もなくギリギリ間に合ったようだ。と、ケイの相手をしつつ、ゲンキは心の中で胸をなで下ろした。
いつもと変わらない一日の始まりである。
春の陽は、強力な睡眠導入剤。
特に窓際は危険だ。
後の言語学者に二十世紀末期から二十一世紀初頭あたりに現出した新しい語彙表現で言うと「ヤバイ」っていうヤツだ。
そよ風に揺らぐカーテンの波打つパターンは、振り子のコインに似た強力な催眠効果をもたらし、柔らかな太陽光は夢の世界へと導く道標である。
ゲンキは、眠気で朦朧とする意識をなんとか現世界につなぎ止め、四時限目を乗り切った。現金なもので、昼休みに突入する終業チャイムが鳴るのと同時に眠気は霧散し、かわりに猛烈な空腹が襲ってきた。
激烈な売店での生存競争をくぐり抜け、戦利品の焼きそばパンとハムカツサンドを携えて教室の自席に戻ったのは昼休みも半ば過ぎだった。
ゲンキの前の席には、ケイが椅子の背もたれを抱える様に座っていた。つまりゲンキと机を挟んで向き合う格好になる。だだし、そこはケイの席ではなく、本来の主が昼休みで外している間隙を縫っての間借りだった。
「で? 変身ムカデ男は、その後どうしたんだ?」
ケイは、授業間の休み時間にゲンキが他のクラスメイトと談笑していた内容を聞きつけたらしい。
何だ?「変身ムカデ男」ってのは。と、こっちが聞きたいのを押さえてゲンキは答えた。
「別に…そこで目が覚めた」
「なーんだ…うーん。お前、欲求不満じゃないの?」と、唐突なケイの発言。
「はぁ?」
「かの有名なフロイト先生のお言葉だと、洞窟なんかの『穴』は、女性器の象徴だって話だぜ。お前、狭い筒の中みたいな所にムカデになって潜り込んでいたんだろ、そりゃぁ、やっぱりそういう事だろう。俺みたいな素人にも解っちゃうぜ」
「…」ゲンキは黙ってケイを見返した。
「何だ…その目。言っとくが下ネタじゃないぞ。立派な学術的…」
「いや、すまん。お前の口からがフロイトなんて名前が出たから驚いた」
そうかそうか、と一旦満足げに頷いたケイだが、んっ? と思い直す。
「なんだ? やっぱバカにしてんじ―」
ケイの抗議は、二人の傍らに立った人影に遮られた。尋常でないプレッシャーを纏った人影である。
影の主を見上げるゲンキとケイ。
クラスメイトの慈光澪華だった。
クラス、いや学年一、二を争う美少女。
しかも、クラスメートはおろか、教師とさえ殆ど会話した事がない…しないでも高校生活が成り立ってしまう。それ程までに学園内の物事全てが彼女を中心に動いている。
という非現実的な噂を誰も否定する事が出来ない、という神秘のカリスマ性で、そのキャラクターが強化されまくっている超有名人である。
その生きたカリスマが、
「あなた、今話していた夢っていつも見るの?」
と、向こうから話しかけてきた。
状況が飲み込めず、沈黙するゲンキとケイ。
教室内も突如現出した非常事態に凍り付いていた。
そこに居合わせた生徒全員の視線がゲンキの席に集まっている。
永遠とも思える一瞬の沈黙。
澪華が第二撃を放つ。
「日本語、解らないのかしら?」
どうやら皮肉らしい、と辛うじて理解したゲンキは、その意味するところ―返答を促している―を察して答えた。
「い、いや、昨日の夜が初めてだけど…」
澪華の眼光は、ゲンキの視線を捕まえて離さない。最初から彼だけが興味の対象だと云わんばかりに。
いや、正確には夢の内容が対象なのは明らかなのだが。
「そう」
かすかな返答だった。まるでため息を吐いたような。
教室内の静寂はつづく。誰かが唾を飲み込む音がした。
それが合図ではないのだろうが、澪華はスッとゲンキから視線を外して俯いた。
軽くあごに手を当てたポーズで少し考え込む。
ちょっとした動作一つ一つの軌跡が、残像を纏ったように滑らかで、彼女の存在感をより強調していた。
五秒後。
澪華は口を開いた。この状況で五秒は永い。教室内は結界でも張られたかの様に誰もが凍りついていた。
「放課後、天文部の部室にいらして」
彼女は、言い終わると同時に、踵を返して教室の出入り口へ向かっていた。そのまま退出するのかと思いきや、入り口の手前でハタと立ち止まり、振り向いて「絶対よ」と念を押してから戸口に消えた。
戸が閉まる音。
それが、催眠術の解かれる合図だった。
そこにいた全員が、堰を切った様にゲンキに駆け寄って質問を浴びせかける。
しかし、その喧噪はゲンキの耳に入らなかった。
ただ、澪華が去った教室の出入り口を見つめている。
心に湧いた一つの疑問に気持ちが奪われていたのだ。
一通り全員が喋り終えた後、傍目には澪華を見送ったまま惚けているように見えるゲンキにケイが声をかけた。
「おい…気を確かに持てよ。ゲンキ」
ゲンキは、ゆっくりとケイを見つめ返し、澪華の退室以降ずっと抱え続けていた、ただ一つの疑問を彼に質した。
「…天文部の部室って、どこだ?」
「って、お前、天文部員だろ!」
図らずも、散々ゲンキに帰宅部認定を迫っていたケイ自身の口から、帰宅部ではなく天文部員であるというお墨付きを与えられた。
晴れてクラス公認幽霊天文部員という複雑怪奇な地位を手に入れたゲンキだったが、それ故に、その足で天文部部室の場所を職員室に聞きにいくという余計な仕事で昼休みを潰してしまったのだった。
scene3
実は、星降高校の敷地は驚くほど広い。
山を一つ、麓から頂上までを丸々そのテリトリーとしているくらいに、広い。
山と云っても標高が五十メートルにも満たない、丘と呼んでも差し支えないくらい低い山でもあったし、その大半は雑木林に覆われているために土地の実用面積は狭く、麓の比較的平坦な土地を無理矢理開墾して校舎とグラウンドが敷設されていた。
それでも、都会の学校に比べれば羨むほどの土地余り状態である。
校舎は高層にする必要も無く、その殆どが平屋か二階建で必要な床面積を確保していた。
グラウンドにいたっては、正、副と二面も有る上に、それとは別に専用の野球場、サッカー場、テニスコートがあり、運動系の部活動は随分とその恩恵を受けている。
その校舎とグラウンドを抜け、敷地の反対側、ちょうど山麓の雑木林が始まるあたりから通っている一本道―獣道にしか見えないその細い未舗装の通路を山肌に沿って登っていくと、突然、視界が開ける。つまり山の頂上に辿り着く訳だが、そこに忽然とドーム状の屋根を持つ五階建てマンションほどの大きな建物がそびえ立っている。
これが、星降高校付属の天文台である。
本校舎から離れた山頂の、しかも深い樹海の中に鎮座しているというロケーションも手伝って、存在感が希薄な建物だった。
逆に、地上の余計な光が遮られ、天体観測にこれほど適した立地もないといえた。
そして、この天文台の建物自体が天文部の部室になっていた。
廃部寸前にしては、なんという充実した施設、と思いきや、さもありなん、先刻、職員室で天文部室の所在を尋ねたときに知ったのだが、天文部の担当顧問は校長らしいのだ。
今まで余り意識していなかったのだが、改めて、ゲンキの中で怪しさが増していく現校長の存在であった。
軽い登山まがいの行程を終えると、やっと天文台の玄関口に着いた。
掃除当番を終えての訪問だったので、まだ早春で陽の短い今の季節では、辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。
玄関のドアをノックする。
ノックへの返答はない。
かといって、呼び鈴的な物もドア周辺には無かった。
もう一度だけ、ノックと「すみません」の呼びかけ。少し大きめに。
…。
……。
………。
やはり、返答はない。
この状況で、取るべき選択肢は二つだ。
①このまま帰る。
②ドアを開け積極的な接触を試みる。
ゲンキの全感性が、選択肢②を推奨していた。
先刻の澪華の態度から想像するに、出来うる限り関わらない方が良い人物で有る事は明白だ。
それに現実的な問題として、帰路もあの足場の悪い、廻りを鬱蒼とした木々に囲まれた獣道を通らなければならないのだ。少しでも陽のあるうちに下山するというのは、安全の上でも正しい判断である。
うん、条件は整っている。
ゲンキは踵を返した。
その瞬間、ガチャ!と、唐突にドアが開く。
ドアから覗く建物の内部は暗かった。
その闇の中から、か細い手がニュッと伸びてゲンキの襟首を掴む。
見た目の華奢さに似つかわしくない馬鹿力で、そのまま室内に引きずり込まれた。
突然の暗闇に眼が慣れない。
カチッとスイッチの音。
チッチチッ。と、続いて蛍光灯のグロースタータが瞬く音。
それぞれが極小の音量にも関わらず部屋中に響き渡った。それ程に室内は静寂だった。
一寸ためて、パッと光る、蛍光灯独特の灯り方で室内が明るくなった。
光量に目が慣れてくると、何か巨大な物体が視野の大半を覆い尽くしている事が分かった。
巨大な望遠鏡だった。
一方で、ゲンキは手首に尋常でない圧力を感じていた。
もの凄い握力で握られているらしい。
望遠鏡から圧力の源に視点を落とすと、先ほどゲンキを屋内に引き込んだ腕が、そのまま手首を掴んでいる。
その腕を、肘、肩と視線で辿っていくと澪華の顔にぶつかった。
「わっ」
予想外に顔が近かったので、思わず奇声をあげるゲンキ。
澪華は彼の左手首を右手で掴み反対側の左手を部屋の明かりと思われるスイッチにかけたままという姿勢で立っていた。
しかも、その体勢のまま、
「これはね、カタディオプトリック式の望遠鏡なのよ。口径は八十センチ。カタディオプトリック式って云うのは、反射望遠鏡をベースとして、そこに補正レンズを組み込んで収差を補正できるようにした―」
と、特に希望した訳でもないのに、唐突に望遠鏡の解説を始めた。
時には望遠鏡に手を掛け、あるいは、部屋の中を歩き回りながら周辺機器を指し示し、彼女の講義は続く。
何の挨拶も前置きもなく、というのでさえ奇妙なのに、若い男女二人が手を繋いだまま、角付き合わせて望遠鏡の講義を行っている状況は、ゲンキでなくとも居心地が悪い。
小一時間は経ったであろうか。
その間、澪華に手首を掴まれたままだったので、必然的に金魚の糞よろしく、彼女について廻る格好で説明を聞く羽目になっていた。
離してくれ、とも言い出せず、気まずい時間が過ぎていく。
そんな訳で、彼女が流暢に話す専門的な説明なんぞ、殆ど頭に入ってこなかったのだが、人生で始めて見た巨大な望遠鏡の威容には、間近で見上げている状況も手伝って少なからず感銘を受けた。
今更、こんな感動の仕方をするとは、己の不良天文部員さ加減に多少の罪悪感を覚えるゲンキであった。
それでも、微かばかり耳に残った澪華の説明によると、この望遠鏡は真っ新の新品で、調整段階であり、まだ実際には天体観測に使われた事はないそうだ。確かに、真新しい光沢をメカニックなボディ全体から放っている。
説明も一段落し、再び訪れた静寂の中、未だに手首を捕まれたままのこの状況を、次にどう展開させたものかとゲンキがあれこれ思案している最中だった。
「<ファースト・ライト>って知ってるわよね?」
と、唐突に澪華が聞いてきた。
どうも、天文学的にか、望遠鏡の技術的にか、いわゆる専門用語の一つらしいのだが、 不肖の幽霊天文部員の身には、何ともハイ・ハードルな質問である。
「はい、もちろん知りません」と闊達に返答するのも流石に失礼だろうと、ゲンキは微かに首を横に振ってみせた。
その応えに失望した訳でもないのだろうが、澪華は、それまで頑なに握りしめていたゲンキの手首を、無造作に何の未練もなくパッと離して、ツカツカと望遠鏡に歩み寄り、その前にすっくと立った。
そして、望遠鏡の先端が指し示している、そのまた先の空間に、まるでそこにある何物かが見えているかのように視線を送り、言った。
「何にでも始まりがある。命無き物にも息吹が吹き込まれる瞬間がある。それがファースト・ライト。初めて、この望遠鏡を通した光のことをそう呼ぶの」振り返り、ゲンキを見て付け加える。
「例え、それが天体のからの光であれ、他の何かからの、であれ…ね」
最後の『他の何か』に僅かながら特別なニュアンスが含まれていたのだが、ゲンキは気付かなかった。
しかも、話の内容がずいぶん詩的な表現だったので、理解するまでに幾分時間が掛かったのだが、要するに、ファースト・ライトとは、新品の望遠鏡を覗いて初めて見えた光、の事だとゲンキは理解した。
後に、ファースト・ライトという言葉の本来の意味が、単純に光学機材の性能試験観測の事だと知るのだが、天文台クラスの大型望遠鏡では、式典的行う最初の観測を指す場合もあるようで、もちろん澪華が言いたかったのは、こちらの方の意味なのだろうと、その時ゲンキは改めて了解する事になる。
「で、昼休みの話の続きなんだけど」と、澪華。
望遠鏡の講義の始まりと同じように、唐突に話題が変わった。
「へ」面食らうゲンキ。
「ムカデ男の夢」
「ああ」
「見たのよね」
「まあ」
「で、自分だったのよね?」
「ハイぃ?」
「ムカデ」
「えーと」
相変わらずお構いなしに自分のペースで話す澪華に、気圧されるのとは違う意味で面食らってしまったゲンキは、しばらく単調なオウム返しに終始してしまった。当然、会話の埒があかない。
「だからぁ、アンタは昨日の晩、自分がムカデになって、どっかの穴蔵に寝っ転がっていた夢を見たのよねぇ!!」
「はいぃぃ」
痺れを切らした澪華は、何かのスイッチが入ったように怒声を発した。
日頃、彼女が校内で保っている深窓の令嬢ステータスからは、想像も出来ない声音である。
その勢いに煽られたゲンキは、条件反射的に背筋をピンと張りながら力の限り快活な返事をした。まるで、キャンプで鬼教官に叱咤された新兵が「サー! イエッサー!」と叫ぶように。
「それで、周りの様子はどうだったの? 穴蔵みたいじゃよく分からない。ムカデ男にしたって、そんな抽象的な表現じゃなくてデティールを詳しく説明して! それから…」と、重箱の隅を突くように夢の細部を訪ねてくる澪華。ゲンキは、彼女が自分の見た夢にこれほど固執する理由を訝りながらも、その真摯さに逆らえず、出来得る限り丁寧に夢の詳細を説明した。
「…そう。やっぱり、そうなのね」ゲンキの話しを一通り聞き終えてから、澪華は言った。というより、呟いた。
『…なに? さっぱり、わからんね』と、韻を踏んで澪華の呟きにつっこんでみるゲンキ。もちろん、口に出したりはしない。そのかわり「で、結局、俺の夢がどうかしたの?」と、至極まっとうな質問に変換して澪華に尋ねた。
ちょっと俯いて顎に手を当てる、例の考え事ポーズをしたまま動かない澪華。
必然的にゲンキの質問は無視された形だ。
「とりあえず、状況はわかったわ。今度また、同じ夢を見たら直ぐに教えてくれる?」
と、言って自分のスマートフォンをゲンキに差し出した。
「へ?」差し出されたスマホの意味を計りかねるゲンキ。
もちろん、一番簡単な意味を察することは出来るが、まさか、あの慈光澪華の携帯番号をゲットするなんて実感が湧かない。
二人きりで話してみて、ゲンキ個人の心証では以前のような孤高のオーラは消え去ったとはいえ、彼女は依然として高校のアイドルにして崇拝の対象なのだ。彼女の携帯番号を知っているなんて事を他の生徒達に知られようものなら、命の危険もあり得る。冗談抜きで。
ゲンキは躊躇した。
「だから、連絡するのに必要でしょ? 私の番号」
更に、グイとゲンキにスマホを持った掌を差し出す澪華。ここら辺の押しの強さは相変わらずで、思わず気圧されてしまう。
ゲンキは、怖ず怖ずとスマホをポケットから取り出すだすと、カメラのレンズを澪華のスマホに向けた。
そのままお見合いしたまま動かないゲンキと澪華。
…。
「何やってんの?」と澪華。
「いや、QRコード」と返すゲンキ。
当然、澪華がアプリで制作した連絡先情報のQRコードを表示すると思っていたゲンキ。
連絡交換アプリを同じものを入れているとは限らないので、汎用的な方法で連絡先をやりとりをするものだと、彼でなくても思う昨今のモバイル事情である。
「やり方知らないし、あなたの番号いらない」
了解いたしました!
澪華に連絡することになれば、結局、ゲンキの電話番号は彼女のスマホに履歴が残る事になるのだが、そんな些細なことを改めて指摘するのも馬鹿馬鹿しい…っていうか、なんかもう面倒くさい!
澪華と二人っきり、というだけでハードルの高いイベントだったのに、いざ蓋を開けてみれば、そのハードルの数も種類も半端でなく多すぎた。
そろそろ、澪華のお相手は精神的にも肉体的にも限界だ。
余計なことは一切考えない。澪華の望むがままを着実にこなし、この場を立ち去ることに残された全精力を注ぐゲンキであった。
彼女のスマホを受け取ると電話番号を表示させ、その番号をもう片方の手に持った自分のスマホに直接打ち込む。
澪華のスマホはゲンキの物とは機種が違っていたが、メーカーが同じだったので直感的に滞りなく操作できた。
電話番号を打ち終えるとスマホを澪華に返す。
彼女は受け取ると、まるで、その部屋には初めから誰もいなかったかのごとく、踵を返して出口へと向かっていった。二、三歩歩いたところで、さして重要でもない事を思い出したように振り向きもせず、短いフレーズを発した。
「じゃ、よろしく」
外に出ると、陽はすっかり落ちていた。
雑木林の陰になって月の光も届かない夜道が続いている。これを戻るのかと、滅入った気力を奮い立たせ、懐中電灯を点したその光線の先に立っている人影が一つ。
一瞬ビクッとしたが、懐中電灯くらいの小さな光では照らし切れず、文字通りシルエットでしかないその人影は、それでも正体を探ろうと目を細めるゲンキに向かって「よう、どうだった?」と喋り掛けてきた。
聞き慣れたその声にげんなりするゲンキ。
ケイが、待ちかまえていたのだ。
「お前、サッカー部どうしたんだよ」陽が落ちたとはいえ、まだ、強豪運動部の部活が終わるような時間ではない。
ゲンキは、ケイの問いに答えたくないので質問で返した。
「おまえ、この星降高校始まって以来の一大イベントを、顛末知らずに、ちんたら玉蹴りやってろっていうのかよ」
と言いながら、肩を組んでくるケイ。さっと身をかわしスタスタと歩き出すゲンキ。
「お前、サッカーに命懸けてるんだろ? 罰が当たるぞ、ちんたら玉蹴りって…」
「あー、懸ける、懸ける、そんなもん、後でいくらでも懸けちゃう。だから教えろ」
「お前の命を捧げられるサッカーに同情するわっ」などと、小並感満載の会話で夜道が満たされていった。
表向きは迷惑そうにしていたゲンキだったが、やはり一人では心許なかったであろう山の夜道を同道者連れで帰る事ができて、ケイには内心感謝していた。
本格的に雑木林に入る手前で、チラッと天文台を見るゲンキ。
幾つかある小さな窓から明かりが漏れていた。
澪華は、いつまであそこに居るつもりなのだろう?
これ以上遅くに、この山道を帰るのは、さすがに女子には危ないのではないだろうか? と思い、不覚にもケイに意見を求めてしまったのだが、意外にも的を射た答えが返ってきた。
「そりゃ天文部なんだから夜中の活動もあるだろうさ? その為に最高責任者の校長が担当顧問なんじゃね? 遅くなるなら校長が面倒みるさ」
こいつ、普段アホなくせに肝心な時に要点を付いて、こちらが反論出来なくなるんだよな、と、納得と不満が半々の心の中に、チラッと浮かんだ「天文台に戻って澪華を連れ帰ろうか」という考えを押し留めたゲンキであった。
立ち去っていくケイとゲンキの姿を天文台の窓から見ている澪華。
その背後から、「万条目くんの件、お任せして良いですね?」と彼女に声を掛けてきたのは、噂の星降高校校長にして天文部顧問の深見田だった。
「はい。センサーで直接触診してみましたが、送信機の試運転の際に発生した干渉波が彼の脳に影響したようです。ただ、私の記憶をあれ程鮮明にトレースするとは思ってもいませんでした…流石は『神の原器』と云う事なのでしょうか?」と、澪華はゲンキの腕を握っていた己の手の平を意味ありげに見て言うと、深見田が、人差し指を立てて唇に押し当てる仕草をしてみせた。
「おおっと。ここはセキュリティーが甘い。その名称は禁句ですよ。敵対勢力がどこでキーワード検索をしているか判りません」
「申し訳有りません。しかし、彼が単なる夢と思っているうちは良いのですが、私の記憶を共有したのだと気付いた場合、物理的に彼の記憶から私の記憶を消去するという今の計画を実行してしまって良いのですか? それで、我々の宇宙に影響は出ないのですか? いっそ、私の予定をキャンセルしてしまった方がよいのでは?」
「万条目ゲンキが出現する以前から、あなたの計画は承認され、準備していたのではないですか。今回を逃したら、あなたの計画は永遠に実現する機会を失うのですよ。それに、万条目ゲンキの存在が、いかに重要な案件であっても、彼が地球人として存在している以上、我々も地球人に接する対応マニュアルに沿って行動するだけ。このケースに対するセオリーは『我々の存在を示唆する影響は物理的に消去する』です」
深見田は、澪華を安心させるかのように微笑んでから付け加えた。
「何か、特別な配慮をする事が間違いである可能性もあるのですよ。彼に関する要件は、それほどに不明確で、デリケートなのです」
深見田の言葉に返答する代わりに、澪華の顔から表情が抜けて、ブチブチという音と共に彼女の後頭部から背中の中央部までが前後左右に二つに割れた。そのまま、頭部から上半身の後半分が九十度後方に折れ曲がる。
剥き出しになった上半身の中身は、人間の脊髄と肋骨の代わりに収まった、ムカデのような外骨格だった。
そのムカデがザワザワと動いて、慈光澪華だったモノの中から這い出してきた。
ムカデが喋る。
「万条目ゲンキの脳随とその周辺記憶器官に蓄積されている我々に関する情報を、ただの夢として再処理させる化学物質を合成中です。後は、それとなくこれを彼に飲ませれば、私と彼の記憶同化という緊急事態が起こった場合にも対処できるでしょう」
「それとなく?」
「方法は…まあ、考えます」
深見田は、ムカデが脱ぎ捨てた澪華だった身体、則ち、対地球人用のインターフェース・ボディと呼ばれる一種のパワードスーツの中身を覗き込んだ。その内部―澪華の内蔵が詰まっているべき部位―で、機械的な装置が稼働している。何かの薬品を合成しているようだ。
「いざとなったら、緊急対応エージェントに頼みますよ。彼は今、万条目ゲンキ専属の監視任務中です」
「あのケイという生徒ですか? 彼は…?」
「コーンリーという<連合>のメンバーでも最古参種族の出身です。たしか、以前に貴方達のスミソニア星へ監視官として派遣されていたはず」
「へぇ、では、お会いしたことがあるかも知れませんね。その時は、もちろん我々の姿をしたインターフェース・ボディを着て、スミソニアンの名前を名乗っていたんでしょ?」
「でしょうね…それで送信機の方はどうです? 今夜、間に合いそうですか?」
深見田は、部屋の中央に鎮座する望遠鏡を見上げて言った。
「ええ。もう一回、試運転をして問題なければ目標を補足します」
「では、いよいよ肉眼で見られるわけですね」
ムカデ、いや、スミソニアンのガクンラは深見田に向かって、その主触覚をうなだれた。感謝の意である。
「はい。<連合>の技術援助に感謝致します」
「感謝の言葉なら、あなたの政府に言ってください。我々は、ただ<連合>の慣例に則って新しく<連合>の一員になった種族への記念ボーナスを贈っただけ、その使い道をあなたに一任したのは、あなたの政府です」
「それは、もう…」
深見田は、抜け殻になっている澪華のインターフェース・ボディの側に立ち、二つに割れた上半身の後ろ半分を押して閉じると、ガクンラにウインクして立ち去った。
ゲンキは、帰宅した。
自宅前までしつこく質問してきたケイを疲れているからと振り切って自室のベッドに倒れ込む。
やたらと長い一日だった。と、思う間もなく猛烈な睡魔が襲ってくる。何とか制服だけでも脱ごうとブレザーの一番上のボタンに手を掛けたのだか、その格好のまま静かに寝息をたてていた。
そして、その深い眠りの最中、ゲンキは再び夢を見た。
遠くで声がする。
「…クン…」
音源が遠いのではない。自分の意識が覚醒からは程遠い状態なのだ、寝ぼけているから聞き取れないんだ、と気付く。
「…クンラ…」
やがて、それが近くにあるスピーカーから流れてくる音だと認識した。
「ガクンラ。ガクンラ!」
何だ? ガクンラって。名前か?
ゲンキは、聞き慣れない、名前らしき単語で、執拗に呼びかけてくる相手に対して軽い怒りを覚えた。ただの騒音でしかない。
勘弁して欲しい。まだ眠いのだ。しかし、返事をしなければ止めそうもない。
根負けして目を覚ますことにした。
目覚めた瞬間、ゲンキは、ガクンラとして返事をしていた。
いや、その事実に気付きもしない程、その瞬間、彼の人格は、完璧に<スミソニアンのガクンラ>になっていた。
scene4
「なんだい。こんな朝早く」
私は、頭部の側にあるインターカムの通話ボタンを左の触角で押し、通話を可能になったスピーカー/マイクに向
って、しつこくモーニングコールをしてきた相手に抗議した。
「早かろうと、遅かろうと、アナタが指定した時間ですけど」間髪入れず、真っ平らで抑揚のカケラもない無機質な声音で返答があった。
こちらの理不尽な抗議に対する明らかな反抗の意思表示である。
しかも、我々スミソニアンが不機嫌な時、生理反射で体関節を軋ませるのだが、その際に発するギシギシという擦過音も言葉の端々に追加されていた。
私は、左の節足を前側三十本ほど壁に這わせて波運動させた。
その反動で、十二節ある身体の節の内、胸部の三つを身体の軸を中心に九十度捻る。必然的に頭部も半回転することになり、自分の身体が邪魔になって隠れていたインターカムのモニターが視界に入った。
大写しに、ラライの顔が映っている。
画面の彼女は主触角が四本とも小刻みに震えていた。
通常なら上機嫌のサインである。という事は、メチャクチャ怒っているという事だ。
「すまん…」
ここは、素直に謝った。睡眠から覚醒した脳髄が、ラライが怒っている理由を思い出したからだ。
それが、一つや二つではない事も。
「…」
ラライからの返事がない。更なる謝罪の言葉を求めているようだ。
「本当に申し訳ない…この償いは直ちに、精神的、物理的に―」と、あと二十単語程を費やして謝罪の弁を述べた。
『ごめんなさい』と『ありがとう』は、言語を持つ知的生物が社会的な関係を円滑に進める重要な要件だ…くらいの事は、私も承知している。当然、その使い所だって間違えたりはしないのである。
「使い所を間違えない、なんて、わざわざ意識している時点でダメダメなんですけどね」と、こちらの謝罪に対する彼女の応えは、私を驚愕させた。
いや、今だけじゃない、なぜ彼女は、こちらの考えが悉くわかるんだ。
超能力者か? はたまた巷で流行のメンタリストってやつなのか?
しかし、理由を尋ねたりはしない。
どうせ答えはいつも同じだ。
曰く、『アナタの考えている事なんか、穴掘りカマガタの雄より単純ですから』である。
<穴掘りカマガタ>というのは、顎が釜のような形をしている我々の遠い祖先である。もちろん、それは俗称で、ちゃんとした学名があるのだが、専門外なので私は知らない。彼らは、卵から羽化して死ぬまでが一週間足らずの短命な生物だが、それは雌の寿命であって、雄は更に短命で二日ほどしか生きていない。その短い一生の間、雄は、生殖活動のみを行う。食事さえしない。だから身体の構造も単純で、雌に自分の居場所を知らせる為の発光器官と生殖器のみ、歩行機能さえ備わっていない。因みにカマを持っているのも雌だけである。雌は産卵の為にそのカマ顎で穴を掘るのだ。
その至極単純な雄の一生を#準_なぞら__#えて、余りにも単純な事の例えとして『穴掘りカマガタの雄より単純』と、彼女は云っているらしい。正式な格言なのかは知らない。
それはさて置き、なぜラライにモーニングコールを頼んだかというと、今日は『第一次恒星間移民惑星探査計画』に関する最終的な計画概要の記者発表があるので、どうしても寝坊が出来なかったからだ。
しかも、ラライも、この記者発表の席に同席するので丁度良かったのだ。因みに、彼女は移民惑星探査機のパイロット候補生として記者会見に列席する。
「教え子のパイロット候補生にモーニングコールさせるなんて、アナタくらいなものよ。さっさと起きなさい!」
口を開くたびに丁寧な語尾活用が消え、ぞんざいな表現になっていくラライの言葉を聞きながら寝筒から這い出した。
私は、壁面に穴を穿って埋め込んだタイプの寝筒が好みなので、ラライが私の起床風景を見たら、それこそ巣穴から出てくる穴掘りカマガタだと揶揄するかも知れないが、一般的な床置きタイプの寝筒は壁に埋め込んでいるタイプとは違い、尾部側が薄い板一枚なので、なんともお尻が心許ない。どうしても熟睡出来ないのだ。
「了解、了解」と、リビングの端末でインターカムを切った。
まだ、文句を言い足りなさそうに触手を運動させているラライの顔が、画面の縮小にともなって歪んで消える。
真っ暗になったモニター画面に反射する自分の顔を見ながら、思い出した。
最近、第三胸節、つまり、頭部から数えて四番目の体節の、第二心臓の辺りが苦しい。
痛い、と云うほどではないのだが、何かの拍子で締め付けられるような息苦しさに、そう、こうやって思い出したように気づくのだ。
何か、病気の予兆なのだろうか。
記者発表が終わり、『極限環境開発局外惑星センター』内の自分のオフィスに帰る車内から空を見上げた。
星が満天に輝く天空の一角に、ひときわ輝く、細長い発光体が見える。天体力学に詳しい者なら、そこは、我が母星スミソニアと第二衛星ガリア、第三衛星オリオの重力が複雑に絡み合った力学的安定点である事を知っている。
また、望遠鏡を持った者が、その発光体を覗いて見れば、かぎ爪ひと節程の小さなその光点が、実際には二十キロを超える巨大な恒星間航宙機一号『スル・ギムコ』で有る事を知るだろう。
我々スミソニアンの文明は、今や有史以来最大の繁栄期を向かえていると云って良い。
母星スミソニアは勿論、主恒星ザンギを中心とした系内十二の惑星の内、居住可能な七つは既に入植済み。
残りの五つも資源開発が進み、今後、何十世紀にもわたってエネルギー問題で行き詰まる事はないと試算されている。
居住空間に関しても、星系の第四惑星であるスミソニアと第五惑星メデイの間にある小惑星帯の再開発として、その小惑星を建設資材に使った惑星サイズの巨大なスペースコロニーを建設、第十三番目の惑星としてザンキの廻りを公転させる計画がスタートする。完成すれば、その外壁、内壁を居住空間として利用した場合、その居住可能面積は、現在植民している惑星の合計よりも広いのだ。
もっとも、個体数が増える予測を想定した場合でも、今後一万年、我々の子孫が居住場所に困ることはない。
なぜ、我々は、ここまでどん欲に生存圏の拡大を続けるのか?
それは、科学技術による安定した物質文明を築くまで、我々は常に飢えとの戦いだったということだ。
慢性的な飢えを覚えずに生活出来るようになったのは、歴史上ごく最近のことだ。
だから、基本的に物を貯蔵して飢えに備えるという心理が働く。
だから、一旦、減産調整の局面に入ると、節約する事で経済を維持しようとするのだ。
すると、節約によって更に減産する事になり、減産によって物が出来なくなる(時には技術の喪失も伴う)。
物が更に足りなくなり、また、節約する。
一旦、このサイクルに陥ると、貨幣経済において、物の減産による産業の縮小は、国家政府、民間を問わず収入の減少を意味し、結果、借金を抱える事となる。
その借金返済の為に更に支出を抑え、物を買わないから更に産業が縮小し、従って政府も民間も収入が減る。
減った収入を補う為に、更に支出を減らす。すると、更に収入が減り…と、永遠に続く経済的な負のスパイラルにより最終的には文明が崩壊するのだ。
史実、我々は、何度もこの経済的負のスパイラルにて文明崩壊の危機を向かえた。
だが、その都度、その危機を救ったのが、科学技術のブレークスルーによる新産業の勃光なのだ。
最近の例でいえば、まだ、我々が生活圏をスミソニア内に限定され、内燃機関という原始的なエネルギーシステムによって文明を支えていた時代だ。
その時代、最大の産業であり労働者の受け皿であった自動車産業や電化製品産業が生産過剰で飽和してしまった。
物が溢れ、文明が豊かになり安定すると必然的に出生率は下がる。急速な高齢者社会が訪れ、結果、大衆からは購買意欲が薄れていった。いわゆる需要が不足が発生した。
物の生産量は減小し、減産による負のスパイラルが拡大にし、文明は衰退を始めたのだった。
その時、材料工学革命と核融合技術の確立という、二つの科学的ブレークスルーがあった。
材料革命は、数々の軽量高強度の物質を生み、それによって実現した軌道エレベーターが生活圏の宇宙への拡大を容易にし、核融合によってもたらされた安価なエネルギーがそれを後押しした。
生活圏の空間的拡大は、当然のことながら物理的にその空間を埋めるための需要拡大を促す。
需要の継続的な拡大、それを埋めるべく生産拡大を支える無尽蔵のエネルギーの獲得。
更に、生活圏の拡大は人口の増大を促し、人口増は必然的に文明の構成年齢の若返りをもたらす。
経済は、再び拡大再生産のサイクルを取り戻し、スミソニアン文明は再び繁栄した。
此処に至って、我々は「文明の繁栄は経済的拡大の継続」である事を恒久的な教訓としたのである。
そして、自らの恒星系をほぼ開発しつくした今、我々は、当然のように惑星表面から宇宙へ生活圏を拡大したように、他の恒星系への道を探るべく『第一次恒星間移民惑星探査計画』は、スタートしたのだった。
とまあ、如何にも学者や官僚が云いそうな小難しいへ屁理屈をこねてみても、今までの科学がそうであったように、この計画も進歩という名のもとに多くの犠牲を強いるものであり、私はその片棒を担ぐ偽善者である事に間違いはない。
計画の根幹をなす恒星間航宙機の人工知能による自動制御は、現在、理論上ミスを犯す事は殆どない。何十億回にも及ぶストレス・テストの結果と、何より人工知能開発の第一人者である私が保証する。しかし、殆どないという事は、逆説的に云えば、決して完全にはならない事を意味する。
統計学的上の揺らぎ係数、いわゆる<不測の事態>というものは、確率計算上のあらゆるファクターから排除する事が出来ないからだ、などと、小難しい云い方をせずとも『この世に完璧な物はない』という肌感覚は、万人が納得するのではないだろうか。
どんなに改善を重ねようと、あるレベルに達してしまえば、信頼性のパーセンテージは、99コンマ以下の数字を増やしていくことしかできない。決して100パーセントにはならない。改善にはキリがないのだ。
そこで、最終的に、人工知能パートの最終的な非誤作動発生率は、探査計画全体の経済採算分岐ラインである成功確率80パーセントから逆算した確率、シックス・ナインズ、つまり、99.9999999パーセントに定められた。
しかし、改善を重ねていく過程で、シックス・セブンズを越えた辺りに殆ど信頼性向上が見られなくなるポイントが出現した。恐らく、我々の科学技術の限界が、現在この辺りにあるという事なのだ。
事態を進展するのには、新たな物理法則を発見するほどの科学的なブレーク・スルーが必要だろう。そのために、いったい何十年、何百年を費やすことになるのか…現状で、信頼性を劇的に引き上げる方法はないのだろうか?
苦肉の策として、当の人工知能にシミュレートさせてみた結果、自らをバックアップするパーツとして、我々の技術的人工物とは独立した存在、自然発生した知的生物、つまり我々自身をパイロットとして同乗させることを推奨してきた。
気が遠くなるほど繰り返されたトライ・アンド・エラー、ストレス・テストとシミュレーションの結果、パイロット付随型の恒星間航宙機航法用人工知能の非誤作動発生率は、要求スペックを越えてシックス・ツエルブに達した。
ソフトウェアは解決した。後は、ハードウェアを完成するのみ。
ハードウェア、即ち、恒星間航宙機のパイロットに求められる条件は高い。いや、酷い。
科学者として一流の知力、プロ・アスリート並の体力、例えば宇宙空間に命綱無しで放り出されてもパニックを起こさない強靱な精神力、は当然の事。それらの素養に加えて、彼らには、一般的な宇宙機パイロットには求められない一つの条件が必須となる。
『社会を必要としない、かつ、必要とされていない人格』
ひとたび旅立ってしまえば、彼らの人生は探査飛行と同義となる。この社会からは完全に切り離されてしまう者に科せられる条件である。
だが、そんな過酷な応募条件にも拘わらず、募集定員に倍する十倍する数の応募者、数倍する数の合格者があった。これには、私を含む関係者は少なからず喫驚した。
パイロットの人材確保が最大の難関だと思っていたからだ。
こんな自殺まがいの募集に、こんなに大勢の志願者が居るとは、この世界は何か欠陥があるのではないかと疑いたくなる。
しかし、考えてみれば今の世の中に至っても、少なからず自殺は無くならない。そして、自殺する者の心理などは、私には到底理解出来ない。従って、この件で私が解答に思い当たる事はないと云うことだ。
余計な考えは止めよう。
そして、その最終候補者の中に、ラライがいた。
彼女は取分けて優秀な候補生だった。
生物としてのフィジカルな面で、私など足元にも及ばないのは当然だが、科学者としても専門分野以外では彼女が勝っているだろう。いやはや何とも、私はこの計画の最高責任者だというのに情けない話だ。
その上、万人に好かれるその性格。人前で、ラライの主触角が震えていないのを見たことがない。彼女が居るだけで場が華やぐのだ。本来なら、他者との関わり深く、充実した一生を謳歌しているに違いないタイプである。
「なんで、志願したんだい?」
ラライが、最終選抜テスト終え、を正式なパイロット候補生に選出された日、つまり、彼女の社会的な自殺の第一段階が決定した日、私は、彼女に問うた。
「なぜ、そんな事を聞くんです?」答えではなく、実に真っ当な、まっすぐな疑問が返ってきた。質問を質問で返され、それ以上会話を続けられなかった。
実は、適当なタイミングで、この質問をする事は選抜テストの必須項目だったのだ。だから、その受け答えも多々想定されており「何故、そんな素晴らしい資質をドブに捨てるような人生を選ぶんだ」とワザと刺激的な言葉で、更に問い返すのが、この場合のマニュアルだった。淡々と機械的に対応して、相手の深層心理を引き出すはずだったのに。不覚にも、私は言葉を失ってしまった。
どうしてそんな事になってしまったのか、混乱と自己嫌悪している最中、それを察したのだろうか、ラライはアッケラカンと言った。
「我らスミソニアンの輝く未来の為ですよ」
なんだ、その教科書にも恥ずかしくて書けないような優等生発言。
私は最初、からかわれているのだと思った。
しかし、「私、幼生の頃、まだ、最初の脱皮をする前に、家族が飛行機事故で死んでしまったんです。それも、その事故の唯一の生き残りが私でした。事故現場で、両親と兄の潰れた身体が私の身体に絡み付いた形で見つかったそうです。私を庇って、私のクッションとなって事故の衝撃から守ってくれたのでしょう。脱皮前で体重が軽く、身体が柔らかかったのも助かった要因だったそうです。だから、私は物心付いた時には、もう、天涯孤独でした」
最初の脱皮前といえば、まだ第一幼生期、物心が付いていなくて当然だ。ということは、彼女の今の能力と性格は、掛け値なしに自力で会得したものなのだ。
「天涯孤独の身を自覚した時、決めたんです。私の一生は、これから以降、天から与えられた余生である。ならば、私心を捨て、他者の為に我が身を捧げようって」
彼女の精神は成熟しきっている。
まだ私の娘でもおかしくない年齢だというのに…。
小刻みに震えている彼女の主触手が、眩しかった。思い返せば、私が、胸節の痛みを覚えるようになったのは、この頃からだったような気がする。
と、ここまで思案を巡らしたところで、視線を車窓ごしに見える天空の探査船から車内後方に向けた。後席に乗っているラライの顔が見える。彼女は車内中央、私から見れば右後方に突き出ている二対の二人用乗棒の右側に身体を巻き付けていた。
その途端、数年来、悩まされていた胸節の痛みが、ひときわ激しく走った。
!。
「あっ…なんだ」
私は、突然理解した。
胸節の痛みの、その原因に思い及んだ。
メディカル・コンピュータには原因を特定できないという、例の病気である。
まさに、青天の霹靂だった。
この私が、娘と変わらない年齢の娘に恋をしているだと?
朴念仁もここに極まれり、この歳になって恋い焦がれる「胸の痛み」などというものがある事を知っただと?
我が身を奉じる科学の現場で、最も干渉してはいけない相手に恋をするなど…私は、この世で崇められている全ての神を呪った。
いや、違う。他の何かに責任を押しつけている場合ではない。
今こそ、私自身の問題だと自覚すべきなのだ。
絶対に、すべきなのだ。
…だからといって、いったい私に何が出来る?
もはや、私を、彼女を、取り囲む全ての事象が、我が種族全体の政として動いているのだ。
そんな大きな流れに抗う事など、ちっぽけな個である私には不可能だ。
どんなに足掻いても、都合の良いラブストーリーのラストシーンのような、花嫁を式場から略奪するハッピーエンドなど決して起こったりしないのだ。
それから数週間、堂々巡りを続ける気持ちを整理しきれないまま、パイロット養成課程も全てスケジュールが終わり、最終評定の面接を向かえた。
担当教官である私と一対一の対面面談。一通りマニュアルの質疑応答が終えた後で、突然ラライが言った。
「何か伝え忘れた事はない?」
?。
意図が判らない。
突然、生徒と教官の関係性を無視した丁寧語尾放棄の話し言葉。
しかも、そのまま黙り込んでしまった。
ただ、まっすぐに私を見据えている。
その視線は何かを期待しているようにも見える。
沈黙のまま、面接終了のブザーが鳴った。
ラライは、軽く主触手を会釈させ、部屋を出ていった。
面接の様子は、他の判定官も見ている。
ラライが示した面接終盤の態度は、全ての判定官を困惑させ、彼女の成績評価欄に付いた唯一のクエスチョンマークとなったが、それまでに示した卓越した成績が、そんな疑問符を凌駕した。
彼女は、主席として養成教程を終えた。正式に一号機パイロットに任命されたのだ。
それからは、本格的に計画が動き出した。
計画の最高責任者と主席パイロット。
お互いの消息は公のスケジュール表で確認するだけ、多忙な日常に相殺される日々が費やされ、ついに、彼女が旅立つ日がやってきた。
恒星間移民惑星探査機スル・ギムコの発進セレモニーは、取り分け第一号機という理由も手伝って、スミソニアン文明圏あげての盛大な式典となった。
スル・ギムコの航路を外惑星系までライトアップした光景は、管制室のモニターを通して見ていても壮大なものだった。実際に宇宙空間で見ている出資者や政府のお偉方、特別招待された各界の貴賓達は、この数倍する感動を味わっている事だろう。
スル・ギムコの使い捨てとなる第一次加速用推進器には、経済性を優先して、それまで惑星間の大質量輸送船に使っていた中古の核パルス・エンジンを流用している。
そのエンジン点火へ向けてカウントダウンが始まった。
私は、その自動音声を聞きながら管制室の外に出た。
一応、計画の最高責任者として、宇宙機発進制御センターのメイン管制室にいる義務があったのだが、実際の発進時に私が果たすべき実務作業は、もう残っていない。
センターの屋上に出た。
いつもと変わらぬ星空。
その一角に現れた細い光の筋が、ゆっくりと、ゆっくりと伸びていく。
スル・ギムコのエンジン・ノズルから発している噴射光だ。やがて、その細長い、はかない光の筋そのものが、微々たる前進を始めた。
私はその時、決心した。
「追いついてみせる」
次か、その次か。調査船のパイロットに私が志願すればよい。
彼女が帰ってきたとき、私もどこかしらの星を巡り帰って来るようにすれば、彼女と同じように歳を重ねる事が出来る。
遠い未来で、再び、一緒に、このスミソニアの大地に立つ事が出来るのだ。
しかし、私の決意は、思わぬ形で実現する事となった。
scene5
ゲンキは、唐突に目覚めた。
見慣れた自宅の天井が見える。
ベッドから降りようとしたのだが、つい今しがたまでの感覚のまま、身体の両側面に力を入れようとしたので、起きあがった勢いを支えるものが無く、翻筋斗うって床に転がってしまった。
一度、何かを払うように頭を振ると、今度は、両足をしっかり意識して立ち上がる。
服を着たまま寝ていたのを思い出し、簡単に身なりを整えようと鏡を見た時、目に涙が溢れている事に気付いた。
涙の理由は、もちろん理解している。
ゲンキは家を出た。
学校までの道を急いでいると、途中の交差点にケイが立っていた。まるで待ち合わせでもしていたかのように、自然に声をかけてくる。
「よう、こんな時間に何処に行くんだ?」問われて改めて意識したが、今は夜中の二時を少し回ったところだった。
「そっくり、そのまま返すよ」ゲンキは、ケイを一瞥すらせずに言い返すと、先を急いだ。
本来なら、こんな夜中に出歩いている自分を擁護する言い訳や、同様に出歩いているケイへの疑念に思い及ぶところだが、今のゲンキは、そんな事を気に掛ける余裕もないほど、天文台に、いや、ガクンラの元へ急ぐことに意識が跳んでいた。
事が終われば、彼は故郷へ還ってしまうのだ。
ケイは、等間隔に立てられた街灯の列に照らされ、点滅しているように遠ざかっていくゲンキの後ろ姿を見送り、呟いた。
「まあ、後の処置は本人に任せるさ…俺はただの監視人だ」
ゲンキは、いつもの通学時間の半分しか掛けずに学校へ到着した。息も絶え絶えだが、それでも学校の正門を乗り越え、月も出ていない真っ暗な山道を、自宅から持ち出した懐中電灯の光を頼りに天文台に急ぐ。
天文台は、ドーム部分の屋根がスリット状に開いていて、屋内の光が洩れている。その開口部から微かに覗いている望遠鏡は既に稼働しているようだった。
建家の入り口は施錠されていなかったので、観測室に入る。
室内には、澪華がいた。
ゲンキはそれを予想していたが、澪華も何者からか事前に報告を受けたらしく、ゲンキが来る事を知っているようだった。
「いらっしゃい」と澪華。
ぜぇぜぇと、まだ整わない息遣いがゲンキの返答だった。
「全部で八機派遣された調査機の内、一番近い恒星系に向かった三号機が、目標の惑星に知性体を発見したとき、彼らはやって来た」
澪華の声ではあるが、彼女とは違うパーソナリティが発する言葉使いだった。
「そう、彼ら。すなわち、君たちが天の川銀河と呼ぶこの銀河系には、独力で恒星間空間の膨大な距離を征服し、他の文明に接触する科学レベルに達した生命体によって結成された<高度知性体連合>と呼ばれる組織があり、異種文明の接触によるトラブルを防ぐ為にこの銀河系全体を管理している。独力で恒星間航行を行い、あまつさえ、他の知的文明と接触してしまったスミソニアンは、その義務と権利として、<連合>の一員となる事を強要されたのだ。それは、この銀河に生まれた知的生命体として逃れる事の出来ない、ずっと昔から、久遠の時を繰り返された営みなのだ」
その言葉に触発され、ある光景がゲンキの脳裏に蘇る。それは、<連合>から派遣された無数のメッセンジャー・プローブが、スミソニア星の天空を覆った光景だった。今のゲンキは、その時にガクンラが見た、その記憶を持っている。
「まあ、亜光速の恒星間航行をやっとの思いで始めた程度の我々に、そろそろダークマターの質量をエネルギーに変換して利用しようか、なんて科学レベルに達している<連合>を拒絶するという選択肢は有り得なかったし、何より、<連合>の一員に加わって得られる恩恵を考えれば、逆らうという行為に意味がない」
「だから、あなたの人生を懸けた目標は、あっけなく達成された」と、ゲンキは自分のものではない記憶を頼りに言った。
ガクンラは澪華の頭をコクッと頷かせる。
「そう、私は、第八次探査機のパイロットに志願していた。探査のスケジュールが計画通りに完了すれば、第八次探査機のスミソニアン帰還は、第一次探査機スル・ギムコと同時になる予定だったからだ。そうすれば、私は、ラライに追いつくことが出来る。しかも、第一次探査機と第八次探査機のスピードと航行距離と違いから、二人とも程良く同じくらいの見かけ年齢になっている。まあ、じいさん、ばあさん、ではあるがね」
澪華の顔をしたインターフェースは、少し微笑んだように見えた。
「だが、スミソニアンが<連合>の一員となり、その科学技術の恩恵を享受する事になった今、私は、あっさり彼女に…スル・ギムコに追いついてしまった。それなのに、皮肉なものだ…」
続く言葉の内容を知っていたゲンキだったが、黙って聞いていた。
「スル・ギムコは、今、航法制御装置に帰還シークエンス・プログラムの不備を抱えたまま航行している…目的の恒星系近くでラム・パサード・エンジンの再稼働限界下限速度まで減速し、調査対象惑星近くで探査機を射出。その後、データ収集をしながら当該恒星系の重力を使ってスィングバイによる大楕円軌道の方向転換をした後、帰還コースに乗る。が、本来の予定だったんだがね。スル・ギムコの帰還シークエンスはロックされたまま、今も加速中だ。このまま銀河系を脱出して、宇宙の果てまで飛んでいくだろう…」
項垂れる澪華。
ガクンラの落胆は、その仮初めのボディに忠実に反映された。
「本当に、ラライさんの救出は不可能なんですか?」ゲンキは尋ねた。自分の記憶に問いかけている様なものなのだから、もちろん、答えはわかっているのだが。
「極亜光速で飛行するあれだけの質量を破壊せずに停止させたり、内部から生命体だけを無傷で取り出すなんて事は不可能だ」
澪華は、部屋の中央に鎮座する望遠鏡の側に歩み寄り、接眼レンズの部分に手をかけて続けた。
「しかし、それでも、<連合>の技術供与によって…彼らの善意によって、この装置は完成したのだ。少なくとも、最後のお別れは出来る。感謝以外の何ものでもないよ」
地球人の知識基準では単純な望遠鏡にしか見えない、その<超々距離思考圧縮送信機>は、静かに天空を睨み、稼働準備を整えている。
「あきらめちゃ駄目ですよ! 絶対!」
ゲンキは、この時とばかりに、取るものも取り敢えずこの場にやってきた目的を果たすべく、訴えた。ゲンキの気迫に驚いた表情を浮かべる澪華。
「なんで…」ゲンキの言わんとする事を理解した上で、その意図に困惑するガクンラ。
この送信機は、スル・ギムコのメモリーバンクに事の顛末(一号機失敗の事実と探査計画後にスミソニアンという種族が辿った歴史)を残すための、しかも、なるべく生々しい記録として残せるように、ガクンラの記憶を直接送るための装置だ。
もし万一、宇宙の果て、時間の果てで、ラライが目覚める事があった時、自分と自分の種族の顛末を知る権利が彼女にはある。
それ以前に、これはスミソニアンという種族のラライという偉大な個人に対する責任でもある。今日、スミソニアンの知的生命体としての地位が、彼女の犠牲の上に成り立っているのは間違いないのだ。
そして、この思考圧縮送信機能が、ゲンキに同調してしまったわけだが、その彼が、自分の物としたガクンラの記憶をもとに、当のガクンラに檄をとばすという、おかしな状況になっていた。
「あなたは、ラライに、どんなことをしても追いつくと決心したのではなかったのか? こんな、自己満足の別れなんかで誤魔化すつもりなのか! 何か、絶対に彼女を救い出す方法があるはずだ!」
ガクンラは、澪華の視覚器官を通してゲンキの顔を見た。目から確信に満ちたオーラの光を放っているように見えた。その眼差しで見据えられると、どんな奇跡でも起こせそうな気分になってくる。
『成る程、神の原器ね…あっ』
ガクンラは、記憶共有しているということは、自分が神の原器であるという事実をゲンキが知ってしまったのではないかということに思い当たった。それとも、ゲンキが共有したのはガクンラのスミソニアン時代の記憶だけなのだろうか…。
兎に角、危険は最小限に押さえなければ。
澪華の姿をしたインターフェースは、暫く微動だにしなかった。ガクンラが、必死に思考している証拠だ。
やがて、決意に満ちた目を見開くと、ゲンキに近寄ってきた。
答えを期待するゲンキ。もちろん、肯定的な答えを。
だが、突然の『ベロちゅー』。
??!??。
澪華は、ゲンキの顔を両手で挟み込むと同時にキスをしたのだ。
しかも、舌が思いっきり入ってくる。
形の上では、『星降高校一の美女がいきなりのディープ・キス!』の事実に、クラクラしそうになった瞬間、相手が「ムカデで、男で、かなりの高齢」であることを思い出す。
吐き気をもよおす暇もなく、今度は大量の唾液が送り込まれてきた。もう、本格的にベロちゅーである。
意識が遠のいていくゲンキ。
澪華、のインターフェース・ボディが唇を離して言った。
「この記憶調整剤は、けっこう強力だが、地球人の体質にジャスト・フィットされている。物理的な後遺症はないだろう。後は、神の原器としてどんな影響が出るのか…それこそ神に祈るのみ」
そして、気絶してグッタリしたゲンキの身体を、澪華に支えさせながら、改めてガクンラは思考した。
『ありがとう』
scene6
そろそろ時間だった。
ガクンラは送信機の前に座る。
制御パネルのスイッチを手順通り入れていった。
「ファースト・ライト、コンタクト…と」
望遠鏡の接眼レンズに似たターゲット・ファインダー内に、淡く、か細い光の筋が一つ、僅かに動いているのがわかる。
光速度の限界によって、この距離では5.2432分のタイムラグはあるが、ライブ映像だ。
確かに、彼女は、今、そこにいる。
しばらくの間、息もしないで見入っていた。
しかし、感傷に耽ってデータ送信の機会を失っては元も子もない。
急いで送信スイッチを押そうとした瞬間、覗いていたファインダー内の画像が滲んで、ぼやけてきた。
この期に及んで故障か?
焦った。原因を調べようとファインダーから顔を上げると、膝の上にポタポタと水滴が落ちるのを感じた。
ああ、そうか。ガクンラはこのインターフェース・ボディの反応が地球人に準拠しているのを思い出した。
これが、涙というものらしい。
ちょうど、その時、スル・ギムコの航法制御用人工知能は、遙か彼方の故郷へと目的の恒星系へ到達した旨の報告を発信した。
scene7
スル・ギムコの船体は、三つのブロックで構成されている。
機体先頭の第一ブロックは、進行方向最先端の部分で、ラムパサードジェット・エンジン用の星間物質を取り込む電磁ネット形成装置とそのエンジン本体から構成されている。その後部、第二ブロックは、初期加速用の核パルスエンジン。スル・ギムコの機体の七割はこの核パルスエンジンとその燃料で占められている。
そして、第一、第二ブロックを繋いでいるリング状の連結器が、第三ブロックである航法制御ユニット及び探査機本体であり、航法用人工知能のバックアップである私、ラライもここに収められている。
第一次恒星間移民惑星探査計画一号機の発進プロセスは、最終段階を向かえていた。
カウントダウンが始まる。
私は、その自動音声を聞きながら、彼の事を考えていた。彼は、余生だと割り切っていた私の人生に違う価値観を持ち込ませた、唯一の存在だった。
なんで、あんなタイミングで現れるのか…いや、あんなタイミングだから現れたんだ、きっと。
『理不尽』
それが宇宙の基本原理だと、何度経験すれば理解するんだ、私。
お陰で、こんな土壇場になっても悶々と後悔している。するしか仕方なくなっている。
私は、これから百三十光年先の恒星系に向かう。主星が一つ、観測によれは八つの惑星を持ち、内惑星の四つは岩盤型だ。我々の生存が可能な環境を持っているかも知れない。
調査結果が、吉報であれ、肩すかしであれ、私がスミソニアに帰ってくるのは、二百五十年後。私は、相対論的時間短縮効果と停滞睡眠で、まだ生きているが、彼は、もういないだろう。今でさえ私より一廻りも歳上なんだから…。
発進。
最初は、ノロノロしていた加速も対数的に増加し、既に外惑星に達した。
私は、マニュアル通りに初期トラブルの有無を確認して停滞睡眠装置に入る前に、一つだけ、ささやかなイタズラをした。いや、この悶々とした気持ちの憂さ晴らしなのかしら?
スル・ギムコが、目的の恒星系に到達したら母星へと通信を送ることになっている。その通信に、彼へのラブレターを添付するようにプログラムしておこう。
果たして彼に届く事になるのかどうか…まるで、瓶詰めの手紙を大海原に流したようなラブレター、ね。
scene8
翌日。
ゲンキは、自宅の良く知った布団の感触に包まれて目を覚ました。
いつも通りの朝を、いつも通りの手順で通学の準備をして、いつも通りの時間に家を出る。
いつもと少し違和感を感じたのは、ケイが通学路に姿を見せなかった事だった。確かに、今までも毎日欠かさずちょっかいを出してきた訳ではなかった。が、なぜか、今日は彼の姿を無性に見たかったのだが、こんな日に限ってヤツは現れない。
「まったく…」まるで、ひとりぼっちの登校が初めての出来事のように寂しく感じる自分に疑問符がわりの悪態を吐きながら、ゲンキは学校の門をくぐった。
と、そのタイミングで、
「ゲンちゃーん」
と、聞き覚えのある声が、ゲンキの後ろからタックルしてきた。その聞き覚えのある声質とは裏腹に、こんな甘ったるい声音で自分を呼ぶ人物に心当たりがない。
振り返るゲンキ。
慈光澪華だった。
声の主が判別できない筈だ。「ゲンちゃーん」等と、しかも公衆の面前で、澪華がゲンキを呼ぶ事など全くの想定外である。
そんな訳で、タックルの正体に、更に驚いて固まっているゲンキに、
「なーによー、その顔。幽霊が操縦するUFOに乗ってきたUMAを見ても、そんなに驚かないわよ」と、ゲンキの鼻を軽く人差し指で叩くと、そのまま右手をすくうように掴むと自分の身体に押し当てるように抱え込みんで、ぐいぐいと校舎の方に引っ張っていく澪華。
完全にカップルがじゃれ合ってデートをしている図、である。
何も抵抗できずに、為すがまま澪華とツーショットで歩いていくゲンキ。顔は、まっすぐ前方を見たまま。怖くて廻りの生徒の顔など見れらなかった。
深見田凛こと<高度知性体連合>地球駐在観察長官兼星降高校校長と、竹光ケイこと未開文明監視機構所属緊急対応エージェントの二人が、その一部始終を校長室の窓際から観察していた。
「地球滞在の期間が延びましたからね。今以上に地球人とのコミュニケーションを円滑にする為に、インターフェースの制御シーケンサーに、より女子高生らしく見える最新版の行動プラグインをインストールしたらしいですよ」とケイ。
「その結果があれ?」と深見田。
「うーん、まあ、確かに、多少、慈光澪華のパーソナリティーに整合性が失われた感は否めませんかねぇ」
「はぁ…で、カクンラ氏は、地球の滞在をいつまで延長するの?」
「彼らの船、えーと、スル・ギムコでしたっけ、が、例の『送信機』の有効範囲外に出るまでは粘って救出活動を続けるらしいですよ。まあ、船自体が亜光速程度の鈍足ですからねぇ。隣の恒星圏内に届くのが地球単位で四、五年後くらいでしょうから…それくらいですかね」
「本当に、救出なんか出来るのかしら? <連合>の技術者も匙を投げたのに」
「なんでも、物理的に救出するのではなく、<超々距離思考圧縮送信機>の機能を応用して、対象者のパーソナリティを対象者そっくりに模倣製作したインターフェース・ボディに移植するとかなんとか…まあ、何となく成功する気がしますよ、彼なら」
「それは、神の原器の恩恵で?」
「いえ、そんな安っぽい奇跡的なものではないのでしょう? 神の原器の存在意義というのは」
「それが分かれば苦労しないわ。神の原器に関する記述は、<銀河アーカイブ>にも極端に少ないの。おまけに抽象的な表現ばかり…まあ、取り扱いに失敗すれば、この宇宙自体が書き換えられてしまうのだから、失敗例の記述は無くて当然、という事かしら」
小声で「おー怖っ」と呟いてから、ケイは報告した。
「昨晩、カクンラから万条目ゲンキの身柄を引き取って精密検査をした限りでは、とりあえず、彼の脳髄に『不都合な記憶』は残っていませんでした。勿論、地球人としての生理反応を見る限りですが」
「…<連合>の本部からも、近傍の時空に今のところ目立った変動は観測されていない、という報告が来ています。まずは、ひと安心…かしらね」
「大変ですなぁ、銀河の片田舎で悠々自適の監視官暮らしの筈が、いきなり銀河の命運を左右する最前線ですか…」ニヤニヤしているケイの横っ面に深見田が事務的に言い放つ。
「なに他人事みたいに云ってるの。あなたの任期、延長されたわよ」
「えっ…」
深見田が空中に人差し指で四角形を描くと、その空間が切り取られるように光り、文字が浮かんだ。文字その四角い光の端を深見田がピンと弾くと、書類のようにヒラヒラとケイの元に舞い飛んでいった。
その光を手に取り、絶望の眼差しで読んでいるケイ。
『光通信』の内容は任期延長通知だった。
悲嘆に暮れているケイは暫く現実に戻ってきそうにないので、深見田の興味は、窓の外で戯れるゲンキと澪華、そしてそれを好奇の目で見ている生徒達に移った。
今日は、終業式だ。
二週間後、新たな年度が始まる。地球人の新入生と共に異星の者達も多数この学校を訪れるだろう。その目的は様々だ。新任の文明監視官、研究者、一時滞在の旅人、そして、彼を狙う敵。
「流石に、誰か替わって欲しいわ…」
ため息混じりに愚痴る深見田だった。
此処は、<私立星降高校>。銀河の命運が集う場所…らしい。
校舎の正面玄関、下駄箱の裏。
やっとの事で、澪華と世間の好奇の目から解放されたゲンキが、一息吐いていた。
「…よかった、明日から春休みで。二週間あれば、ほとぼりも冷めるだろ…」
此処は、<私立星降高校>。銀河の命運が、世俗にまみれる場所…だったりする。
了
寝起きは、悪くない。
だから、『目覚めた』という自覚はしっかりとある。
しかし、まだ眼は瞑っていた。
この睡眠と覚醒の間を彷徨っている感覚を暫く味わうためである。
それは睡眠という生理的な義務を負わされた生物に与えられた数少ない快楽の時間だ。
なるべく長く堪能したいと思うのが人情である。
布団の中で夢見心地の時間をウダウダと堪能した。
布団の中? 何か違う。
肢体からの感覚に違和感があった。
心地よい布と綿の感触を感じないのだ。
全身にラップを巻かれているとでも云えばよいのか、皮膚感覚が鈍い。
違和感の原因を確認するために、仕方なく瞼を開く。
焦点が定まるのを待った。
見知らぬ部屋。
いや、それ以前に、此処は部屋と呼べるのだろうか?
天井は、お世辞にも「天」の字に見合うほどの高さがない。手を伸ばせばペタペタと触れそうだ。壁も、身体の両側に触れてしまうほど近い。挟まれていると云っても良い。
眠りに落ちる間際まで、記憶を辿ってみる。
自宅のベッドで寝たはずなのだが…今は、カプセルホテルのような狭小のスペースに身体が収まっていた。
カプセルホテルに泊まった経験がない?
ならば、ウナギを捕まえる仕掛け、竹筒漁に捕まっているウナギを思い浮かべて貰えば良い…余計に分かりづらいか?
兎に角、日頃から閉所恐怖症である事を自覚していたので、ややパニくった。
そうか、これは夢だ。
と、どうにか冷静さを保ちつつ自分に言い聞かせる。夢の中で、それを夢と自覚するのは心理学的によろしくない傾向だと、何かの本で読んだ覚えがあるが、この際、積極的に無視する。
既に狭い空間に押しつぶされる恐怖で過呼吸気味なのだ。
速やかに目覚めねば。
覚醒を促す為、眼を擦ろうと本能的に手を上げて顔に近づけた。
いや…上げようとした。
だが、手が動く感覚の代わりに、ザワザワという音が聞こえる。
何かがザワつく雰囲気を感じる、が正しい表現か。
身体を見下ろす。
と、次第に眼の焦点が合ってきた。
「!」
脳が、眼に映った映像を理解することを拒否した。
見えているのは、自分の身体の側面に、規則正しく一列に生えた無数の<節足>だった。
脳髄から、腕を動かす信号を受け取って動き出していたのは、節くれだった短い触手状の十数対の足だった。
各々が蠢いて、それでいて、全体では規則正しく波打っていた。
もちろん、それら節足が生えている身体も人間のそれではない。
いくつもの節で分かれた硬質の外骨格。太めのキャタピラが一番近い例えだと思う。ブルドーザーとかの車輪に付いているアレである。
それら視界の中のパーツを総合すると、ある生き物が連想された。
ムカデだ。
声が出せなかった。いっそ、狂った様に叫けべたら、冷静さを取り戻せたかも知れない。
自分の身体がムカデ…。
ただでさえ、閉所の恐怖で目一杯張りつめていた神経が、途切れた。
眠りから醒めたばかりなのに、今度は気絶というかたちで意識を失う事となった。
「これは夢だ」と自らに言い聞かせる暇も無く…。
scene2
そんなわけで、万条目ゲンキの一度目の目覚めは最悪だった。
数分後、再び意識を取り戻した時、寝汗で布団がびしょ濡れだった。
頭が酷く重い。
しかし、今度は、見慣れた部屋の風景と自分の身体が人間の肢体である事を確認して、僅かな安堵を感じた。
「夢か…」
口に出してみる。
当たり前の事なのだが、発声できた事が嬉しい。
ムカデは喋らないからな、と安堵の理由を無理矢理に意識してみる。
それ程に今しがた見た夢は、やけに、こう、生々しかった。
自分の異形化した身体が発する生臭い体臭を嗅いでいた感覚が残っている、嗅覚までも意識するようなリアルな夢だった。
「カフカかよッ!」
とりあえず、『朝、目覚めたら巨大な毒虫になっていた男の話』を書いた小説家の名前で自分自身に突っ込んでみた。確か、作品のタイトルは『変身』だ。
特に好きな作家でも、もちろん、その作品に傾倒していた訳でもないが、自分の夢と、その作品の内容、イメージの類似性から、いやな気分を払拭するきっかけにでも成らないかと、のりツッコミぎみのネタにしてみたのだったが、その試みも虚しく空を切ったようだ。作品を読んだときの生理的な嫌悪感も一緒に思い出したので、全くの逆効果だった。
カーテンの隙間から漏れる朝の陽が目に入り、ハッとして時計を見ると、いつもの起床時間を十分ほど過ぎていた。
『悪夢を見たから凹んでた』は、流石に遅刻の理由にはならない。
唯でさえ、朝は一日の中でも時計の針がひときわ早く動く時間帯だ。大急ぎで顔を洗い、制服を着る。
ボタンを留めながら台所に行く。朝食代わりの固形ブロック状栄養補助食を大量のストックから一箱取り上げると市販の野菜ジュースで胃袋に流し込んだ。
因みに、ゲンキは一人暮らしである。
両親は外交官であり、必然的に一人息子の彼も幼い頃は両親の赴任先をついて廻る海外暮らしが続いていた。
特に長かったのはイスラエルで、帰国する直前までの7年間住んでいた。
十七年の人生の内で、一番多感なこの時期に7年間である。
正直、ゲンキにとっての母国はイスラエルといっても過言ではない。
お陰で、両親に徹底的に叩き込まれた日本語より、本当はヘブライ語の方が話し易い。
だが、昨年十六歳になるのを期に、日本人としてのアイデンティティーを植え付けようとする両親の意図とゲンキ自身の日本に対する興味から、高校生にして一軒家に一人暮らしという、マンガやアニメ的便利設定の生活を送ることとなった。これで、ちょっと美人のいとこやら、押しかけ女房的幼なじみやら、ラブコメ風朝食を作ってくれる有り難い隣人なんかがいれば完璧なところだが、さすがにそこまで世間は甘くない。
『万条目ゲンキのプロフィール』は、こんな風に彼自身の記憶の中では整合されていた。
ひと通り身支度を終えて、玄関から外に出る。
閉めたドアの施錠を確認して振り向いた瞬間、風が吹いた。
桜吹雪が視界を埋める。
街路樹の桜が、二週間ほど早く満開にした花びらを一斉に散らしていた。
何を思ったのか入学式や始業式の遙か前、三月の前半に開花した今年のソメイヨシノだったが、これまた、照れ隠しでもするかのように、あっという間に満開になって花弁を散らしている。
お陰で学年末の終業式前に桜吹雪を愛でるという季節感のない風流を味わいながら、日本の四季が、いや世界の気候が微妙に乱れつつある気配に思い及んでいる…などという余裕なぞ当然無い。
始業時間を気にしながら駆け足で登校していたゲンキだった。が、その背中に突然ドンっと衝撃が奔る。
その圧力で身体が前につんのめった。
「おいっす! 帰宅部!」
同時に、竹光ケイの声がした。クラスメイトだ。
「しつこいぞ」
挨拶は返さず、「帰宅部」の意味するところに反応して応えるゲンキ。
「なんだぁ。今だって、ちょっと後ろから小突いただけでヨロヨロしたじゃんか。足腰弱ってんだよ、どこが元気なんだよ、ゲ・ン・キ・くん」
明らかに自分を敬遠しているゲンキの態度にも臆した様子を見せず、強引に肩を組んでくるケイ。
肩まで伸びた彼の長髪がゲンキの頬を撫でる。だいたい、万条目ゲンキのゲンキは元気のゲンキではない…ん?…えっと何のゲンキだっけ。と、思案しているゲンキの背中を更にバンッと叩いてケイが続けた。
「我がサッカー部で鍛え直した方が、宜しいんじゃないですかい?」
ゲンキは、ケイと同じクラスだ。しかも、一年生一学期の初めからほぼ一年間、幾度かあった席替えも乗り越えて、ゲンキの横には悉くケイが座った。
それはもう腐れ縁で済ます訳にはいかぬ、超常的な何かを感じるほどであった。
さて、話を元に戻すと、ゲンキは正確には帰宅部ではない。
天文部である。
ただし、いわゆる幽霊部員というヤツで、部員数の減少から廃部になりそうだった天文部救済という名目で名前を貸しているのだ。
現在、高校一年生であるゲンキが通う学校の名は、星降高校という。
『星が降る』と書いて「せぶり」と読む。難読である。ロマンティックで好きだという意見と、母校を説明する時にひと手間余分で面倒だと、評価が二つに分かれる校名だ。星降高校は、その校名が一癖あるだけでなく、校則にもなかなかユニークの物が幾つかあった。
幽霊部員制度もその一つで、部員数が存続定数に達しない部があった場合、部活動をしていない生徒の中から無作為の抽選によって選出した者を、強制的に問答無用で、その部に所属させるシステムである。ただし、単に名簿上のことで部活動に参加する、しないは自由だった。
これは現校長である深見田凛が赴任してから始まった慣例だった。
まことしやかに流れた噂によると、彼女には個人的に何としても廃部にしたくない部活動があるらしく、この部を救済する為にこの方策を導入したというのだ。
そして、あらゆる部活動に対してこの制度を適用しているのは、あくまで建前であり、偏に廃部を回避したい部活動を特定させないカムフラージュと云うことらしい。
なんともややこしい話しだが、この特別扱いの部活が、天文部ではないかというのが、まことしやかに学内に流れている噂であった。
事の真相はどうあれ、ケイあたりは常日頃から「お荷物部に予算を分けるくらいなら有望な部活動にもっと予算をよこせ」と息巻いている。
ここいら辺りが、贔屓の部活を特定させない所以だったりするのだが、ケイの所属するサッカー部は、県内ではそこそこの強豪である。「何の実績もない部活に割くくらいなら、全国レベルにステップアップする為にも予算をもう少しよこせ」と思うのは人情だろう。
ゲンキに絡んでくるのも、そんな不満の裏返しかも知れない。
迷惑な話だ、とゲンキはため息を吐く。
そのため息に、目ざとく「何だよ~」と難癖をつけてくるケイ。そんなやりとりを繰り返しながら教室に到着すると、丁度、スピーカーから始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
遅刻する事もなくギリギリ間に合ったようだ。と、ケイの相手をしつつ、ゲンキは心の中で胸をなで下ろした。
いつもと変わらない一日の始まりである。
春の陽は、強力な睡眠導入剤。
特に窓際は危険だ。
後の言語学者に二十世紀末期から二十一世紀初頭あたりに現出した新しい語彙表現で言うと「ヤバイ」っていうヤツだ。
そよ風に揺らぐカーテンの波打つパターンは、振り子のコインに似た強力な催眠効果をもたらし、柔らかな太陽光は夢の世界へと導く道標である。
ゲンキは、眠気で朦朧とする意識をなんとか現世界につなぎ止め、四時限目を乗り切った。現金なもので、昼休みに突入する終業チャイムが鳴るのと同時に眠気は霧散し、かわりに猛烈な空腹が襲ってきた。
激烈な売店での生存競争をくぐり抜け、戦利品の焼きそばパンとハムカツサンドを携えて教室の自席に戻ったのは昼休みも半ば過ぎだった。
ゲンキの前の席には、ケイが椅子の背もたれを抱える様に座っていた。つまりゲンキと机を挟んで向き合う格好になる。だだし、そこはケイの席ではなく、本来の主が昼休みで外している間隙を縫っての間借りだった。
「で? 変身ムカデ男は、その後どうしたんだ?」
ケイは、授業間の休み時間にゲンキが他のクラスメイトと談笑していた内容を聞きつけたらしい。
何だ?「変身ムカデ男」ってのは。と、こっちが聞きたいのを押さえてゲンキは答えた。
「別に…そこで目が覚めた」
「なーんだ…うーん。お前、欲求不満じゃないの?」と、唐突なケイの発言。
「はぁ?」
「かの有名なフロイト先生のお言葉だと、洞窟なんかの『穴』は、女性器の象徴だって話だぜ。お前、狭い筒の中みたいな所にムカデになって潜り込んでいたんだろ、そりゃぁ、やっぱりそういう事だろう。俺みたいな素人にも解っちゃうぜ」
「…」ゲンキは黙ってケイを見返した。
「何だ…その目。言っとくが下ネタじゃないぞ。立派な学術的…」
「いや、すまん。お前の口からがフロイトなんて名前が出たから驚いた」
そうかそうか、と一旦満足げに頷いたケイだが、んっ? と思い直す。
「なんだ? やっぱバカにしてんじ―」
ケイの抗議は、二人の傍らに立った人影に遮られた。尋常でないプレッシャーを纏った人影である。
影の主を見上げるゲンキとケイ。
クラスメイトの慈光澪華だった。
クラス、いや学年一、二を争う美少女。
しかも、クラスメートはおろか、教師とさえ殆ど会話した事がない…しないでも高校生活が成り立ってしまう。それ程までに学園内の物事全てが彼女を中心に動いている。
という非現実的な噂を誰も否定する事が出来ない、という神秘のカリスマ性で、そのキャラクターが強化されまくっている超有名人である。
その生きたカリスマが、
「あなた、今話していた夢っていつも見るの?」
と、向こうから話しかけてきた。
状況が飲み込めず、沈黙するゲンキとケイ。
教室内も突如現出した非常事態に凍り付いていた。
そこに居合わせた生徒全員の視線がゲンキの席に集まっている。
永遠とも思える一瞬の沈黙。
澪華が第二撃を放つ。
「日本語、解らないのかしら?」
どうやら皮肉らしい、と辛うじて理解したゲンキは、その意味するところ―返答を促している―を察して答えた。
「い、いや、昨日の夜が初めてだけど…」
澪華の眼光は、ゲンキの視線を捕まえて離さない。最初から彼だけが興味の対象だと云わんばかりに。
いや、正確には夢の内容が対象なのは明らかなのだが。
「そう」
かすかな返答だった。まるでため息を吐いたような。
教室内の静寂はつづく。誰かが唾を飲み込む音がした。
それが合図ではないのだろうが、澪華はスッとゲンキから視線を外して俯いた。
軽くあごに手を当てたポーズで少し考え込む。
ちょっとした動作一つ一つの軌跡が、残像を纏ったように滑らかで、彼女の存在感をより強調していた。
五秒後。
澪華は口を開いた。この状況で五秒は永い。教室内は結界でも張られたかの様に誰もが凍りついていた。
「放課後、天文部の部室にいらして」
彼女は、言い終わると同時に、踵を返して教室の出入り口へ向かっていた。そのまま退出するのかと思いきや、入り口の手前でハタと立ち止まり、振り向いて「絶対よ」と念を押してから戸口に消えた。
戸が閉まる音。
それが、催眠術の解かれる合図だった。
そこにいた全員が、堰を切った様にゲンキに駆け寄って質問を浴びせかける。
しかし、その喧噪はゲンキの耳に入らなかった。
ただ、澪華が去った教室の出入り口を見つめている。
心に湧いた一つの疑問に気持ちが奪われていたのだ。
一通り全員が喋り終えた後、傍目には澪華を見送ったまま惚けているように見えるゲンキにケイが声をかけた。
「おい…気を確かに持てよ。ゲンキ」
ゲンキは、ゆっくりとケイを見つめ返し、澪華の退室以降ずっと抱え続けていた、ただ一つの疑問を彼に質した。
「…天文部の部室って、どこだ?」
「って、お前、天文部員だろ!」
図らずも、散々ゲンキに帰宅部認定を迫っていたケイ自身の口から、帰宅部ではなく天文部員であるというお墨付きを与えられた。
晴れてクラス公認幽霊天文部員という複雑怪奇な地位を手に入れたゲンキだったが、それ故に、その足で天文部部室の場所を職員室に聞きにいくという余計な仕事で昼休みを潰してしまったのだった。
scene3
実は、星降高校の敷地は驚くほど広い。
山を一つ、麓から頂上までを丸々そのテリトリーとしているくらいに、広い。
山と云っても標高が五十メートルにも満たない、丘と呼んでも差し支えないくらい低い山でもあったし、その大半は雑木林に覆われているために土地の実用面積は狭く、麓の比較的平坦な土地を無理矢理開墾して校舎とグラウンドが敷設されていた。
それでも、都会の学校に比べれば羨むほどの土地余り状態である。
校舎は高層にする必要も無く、その殆どが平屋か二階建で必要な床面積を確保していた。
グラウンドにいたっては、正、副と二面も有る上に、それとは別に専用の野球場、サッカー場、テニスコートがあり、運動系の部活動は随分とその恩恵を受けている。
その校舎とグラウンドを抜け、敷地の反対側、ちょうど山麓の雑木林が始まるあたりから通っている一本道―獣道にしか見えないその細い未舗装の通路を山肌に沿って登っていくと、突然、視界が開ける。つまり山の頂上に辿り着く訳だが、そこに忽然とドーム状の屋根を持つ五階建てマンションほどの大きな建物がそびえ立っている。
これが、星降高校付属の天文台である。
本校舎から離れた山頂の、しかも深い樹海の中に鎮座しているというロケーションも手伝って、存在感が希薄な建物だった。
逆に、地上の余計な光が遮られ、天体観測にこれほど適した立地もないといえた。
そして、この天文台の建物自体が天文部の部室になっていた。
廃部寸前にしては、なんという充実した施設、と思いきや、さもありなん、先刻、職員室で天文部室の所在を尋ねたときに知ったのだが、天文部の担当顧問は校長らしいのだ。
今まで余り意識していなかったのだが、改めて、ゲンキの中で怪しさが増していく現校長の存在であった。
軽い登山まがいの行程を終えると、やっと天文台の玄関口に着いた。
掃除当番を終えての訪問だったので、まだ早春で陽の短い今の季節では、辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。
玄関のドアをノックする。
ノックへの返答はない。
かといって、呼び鈴的な物もドア周辺には無かった。
もう一度だけ、ノックと「すみません」の呼びかけ。少し大きめに。
…。
……。
………。
やはり、返答はない。
この状況で、取るべき選択肢は二つだ。
①このまま帰る。
②ドアを開け積極的な接触を試みる。
ゲンキの全感性が、選択肢②を推奨していた。
先刻の澪華の態度から想像するに、出来うる限り関わらない方が良い人物で有る事は明白だ。
それに現実的な問題として、帰路もあの足場の悪い、廻りを鬱蒼とした木々に囲まれた獣道を通らなければならないのだ。少しでも陽のあるうちに下山するというのは、安全の上でも正しい判断である。
うん、条件は整っている。
ゲンキは踵を返した。
その瞬間、ガチャ!と、唐突にドアが開く。
ドアから覗く建物の内部は暗かった。
その闇の中から、か細い手がニュッと伸びてゲンキの襟首を掴む。
見た目の華奢さに似つかわしくない馬鹿力で、そのまま室内に引きずり込まれた。
突然の暗闇に眼が慣れない。
カチッとスイッチの音。
チッチチッ。と、続いて蛍光灯のグロースタータが瞬く音。
それぞれが極小の音量にも関わらず部屋中に響き渡った。それ程に室内は静寂だった。
一寸ためて、パッと光る、蛍光灯独特の灯り方で室内が明るくなった。
光量に目が慣れてくると、何か巨大な物体が視野の大半を覆い尽くしている事が分かった。
巨大な望遠鏡だった。
一方で、ゲンキは手首に尋常でない圧力を感じていた。
もの凄い握力で握られているらしい。
望遠鏡から圧力の源に視点を落とすと、先ほどゲンキを屋内に引き込んだ腕が、そのまま手首を掴んでいる。
その腕を、肘、肩と視線で辿っていくと澪華の顔にぶつかった。
「わっ」
予想外に顔が近かったので、思わず奇声をあげるゲンキ。
澪華は彼の左手首を右手で掴み反対側の左手を部屋の明かりと思われるスイッチにかけたままという姿勢で立っていた。
しかも、その体勢のまま、
「これはね、カタディオプトリック式の望遠鏡なのよ。口径は八十センチ。カタディオプトリック式って云うのは、反射望遠鏡をベースとして、そこに補正レンズを組み込んで収差を補正できるようにした―」
と、特に希望した訳でもないのに、唐突に望遠鏡の解説を始めた。
時には望遠鏡に手を掛け、あるいは、部屋の中を歩き回りながら周辺機器を指し示し、彼女の講義は続く。
何の挨拶も前置きもなく、というのでさえ奇妙なのに、若い男女二人が手を繋いだまま、角付き合わせて望遠鏡の講義を行っている状況は、ゲンキでなくとも居心地が悪い。
小一時間は経ったであろうか。
その間、澪華に手首を掴まれたままだったので、必然的に金魚の糞よろしく、彼女について廻る格好で説明を聞く羽目になっていた。
離してくれ、とも言い出せず、気まずい時間が過ぎていく。
そんな訳で、彼女が流暢に話す専門的な説明なんぞ、殆ど頭に入ってこなかったのだが、人生で始めて見た巨大な望遠鏡の威容には、間近で見上げている状況も手伝って少なからず感銘を受けた。
今更、こんな感動の仕方をするとは、己の不良天文部員さ加減に多少の罪悪感を覚えるゲンキであった。
それでも、微かばかり耳に残った澪華の説明によると、この望遠鏡は真っ新の新品で、調整段階であり、まだ実際には天体観測に使われた事はないそうだ。確かに、真新しい光沢をメカニックなボディ全体から放っている。
説明も一段落し、再び訪れた静寂の中、未だに手首を捕まれたままのこの状況を、次にどう展開させたものかとゲンキがあれこれ思案している最中だった。
「<ファースト・ライト>って知ってるわよね?」
と、唐突に澪華が聞いてきた。
どうも、天文学的にか、望遠鏡の技術的にか、いわゆる専門用語の一つらしいのだが、 不肖の幽霊天文部員の身には、何ともハイ・ハードルな質問である。
「はい、もちろん知りません」と闊達に返答するのも流石に失礼だろうと、ゲンキは微かに首を横に振ってみせた。
その応えに失望した訳でもないのだろうが、澪華は、それまで頑なに握りしめていたゲンキの手首を、無造作に何の未練もなくパッと離して、ツカツカと望遠鏡に歩み寄り、その前にすっくと立った。
そして、望遠鏡の先端が指し示している、そのまた先の空間に、まるでそこにある何物かが見えているかのように視線を送り、言った。
「何にでも始まりがある。命無き物にも息吹が吹き込まれる瞬間がある。それがファースト・ライト。初めて、この望遠鏡を通した光のことをそう呼ぶの」振り返り、ゲンキを見て付け加える。
「例え、それが天体のからの光であれ、他の何かからの、であれ…ね」
最後の『他の何か』に僅かながら特別なニュアンスが含まれていたのだが、ゲンキは気付かなかった。
しかも、話の内容がずいぶん詩的な表現だったので、理解するまでに幾分時間が掛かったのだが、要するに、ファースト・ライトとは、新品の望遠鏡を覗いて初めて見えた光、の事だとゲンキは理解した。
後に、ファースト・ライトという言葉の本来の意味が、単純に光学機材の性能試験観測の事だと知るのだが、天文台クラスの大型望遠鏡では、式典的行う最初の観測を指す場合もあるようで、もちろん澪華が言いたかったのは、こちらの方の意味なのだろうと、その時ゲンキは改めて了解する事になる。
「で、昼休みの話の続きなんだけど」と、澪華。
望遠鏡の講義の始まりと同じように、唐突に話題が変わった。
「へ」面食らうゲンキ。
「ムカデ男の夢」
「ああ」
「見たのよね」
「まあ」
「で、自分だったのよね?」
「ハイぃ?」
「ムカデ」
「えーと」
相変わらずお構いなしに自分のペースで話す澪華に、気圧されるのとは違う意味で面食らってしまったゲンキは、しばらく単調なオウム返しに終始してしまった。当然、会話の埒があかない。
「だからぁ、アンタは昨日の晩、自分がムカデになって、どっかの穴蔵に寝っ転がっていた夢を見たのよねぇ!!」
「はいぃぃ」
痺れを切らした澪華は、何かのスイッチが入ったように怒声を発した。
日頃、彼女が校内で保っている深窓の令嬢ステータスからは、想像も出来ない声音である。
その勢いに煽られたゲンキは、条件反射的に背筋をピンと張りながら力の限り快活な返事をした。まるで、キャンプで鬼教官に叱咤された新兵が「サー! イエッサー!」と叫ぶように。
「それで、周りの様子はどうだったの? 穴蔵みたいじゃよく分からない。ムカデ男にしたって、そんな抽象的な表現じゃなくてデティールを詳しく説明して! それから…」と、重箱の隅を突くように夢の細部を訪ねてくる澪華。ゲンキは、彼女が自分の見た夢にこれほど固執する理由を訝りながらも、その真摯さに逆らえず、出来得る限り丁寧に夢の詳細を説明した。
「…そう。やっぱり、そうなのね」ゲンキの話しを一通り聞き終えてから、澪華は言った。というより、呟いた。
『…なに? さっぱり、わからんね』と、韻を踏んで澪華の呟きにつっこんでみるゲンキ。もちろん、口に出したりはしない。そのかわり「で、結局、俺の夢がどうかしたの?」と、至極まっとうな質問に変換して澪華に尋ねた。
ちょっと俯いて顎に手を当てる、例の考え事ポーズをしたまま動かない澪華。
必然的にゲンキの質問は無視された形だ。
「とりあえず、状況はわかったわ。今度また、同じ夢を見たら直ぐに教えてくれる?」
と、言って自分のスマートフォンをゲンキに差し出した。
「へ?」差し出されたスマホの意味を計りかねるゲンキ。
もちろん、一番簡単な意味を察することは出来るが、まさか、あの慈光澪華の携帯番号をゲットするなんて実感が湧かない。
二人きりで話してみて、ゲンキ個人の心証では以前のような孤高のオーラは消え去ったとはいえ、彼女は依然として高校のアイドルにして崇拝の対象なのだ。彼女の携帯番号を知っているなんて事を他の生徒達に知られようものなら、命の危険もあり得る。冗談抜きで。
ゲンキは躊躇した。
「だから、連絡するのに必要でしょ? 私の番号」
更に、グイとゲンキにスマホを持った掌を差し出す澪華。ここら辺の押しの強さは相変わらずで、思わず気圧されてしまう。
ゲンキは、怖ず怖ずとスマホをポケットから取り出すだすと、カメラのレンズを澪華のスマホに向けた。
そのままお見合いしたまま動かないゲンキと澪華。
…。
「何やってんの?」と澪華。
「いや、QRコード」と返すゲンキ。
当然、澪華がアプリで制作した連絡先情報のQRコードを表示すると思っていたゲンキ。
連絡交換アプリを同じものを入れているとは限らないので、汎用的な方法で連絡先をやりとりをするものだと、彼でなくても思う昨今のモバイル事情である。
「やり方知らないし、あなたの番号いらない」
了解いたしました!
澪華に連絡することになれば、結局、ゲンキの電話番号は彼女のスマホに履歴が残る事になるのだが、そんな些細なことを改めて指摘するのも馬鹿馬鹿しい…っていうか、なんかもう面倒くさい!
澪華と二人っきり、というだけでハードルの高いイベントだったのに、いざ蓋を開けてみれば、そのハードルの数も種類も半端でなく多すぎた。
そろそろ、澪華のお相手は精神的にも肉体的にも限界だ。
余計なことは一切考えない。澪華の望むがままを着実にこなし、この場を立ち去ることに残された全精力を注ぐゲンキであった。
彼女のスマホを受け取ると電話番号を表示させ、その番号をもう片方の手に持った自分のスマホに直接打ち込む。
澪華のスマホはゲンキの物とは機種が違っていたが、メーカーが同じだったので直感的に滞りなく操作できた。
電話番号を打ち終えるとスマホを澪華に返す。
彼女は受け取ると、まるで、その部屋には初めから誰もいなかったかのごとく、踵を返して出口へと向かっていった。二、三歩歩いたところで、さして重要でもない事を思い出したように振り向きもせず、短いフレーズを発した。
「じゃ、よろしく」
外に出ると、陽はすっかり落ちていた。
雑木林の陰になって月の光も届かない夜道が続いている。これを戻るのかと、滅入った気力を奮い立たせ、懐中電灯を点したその光線の先に立っている人影が一つ。
一瞬ビクッとしたが、懐中電灯くらいの小さな光では照らし切れず、文字通りシルエットでしかないその人影は、それでも正体を探ろうと目を細めるゲンキに向かって「よう、どうだった?」と喋り掛けてきた。
聞き慣れたその声にげんなりするゲンキ。
ケイが、待ちかまえていたのだ。
「お前、サッカー部どうしたんだよ」陽が落ちたとはいえ、まだ、強豪運動部の部活が終わるような時間ではない。
ゲンキは、ケイの問いに答えたくないので質問で返した。
「おまえ、この星降高校始まって以来の一大イベントを、顛末知らずに、ちんたら玉蹴りやってろっていうのかよ」
と言いながら、肩を組んでくるケイ。さっと身をかわしスタスタと歩き出すゲンキ。
「お前、サッカーに命懸けてるんだろ? 罰が当たるぞ、ちんたら玉蹴りって…」
「あー、懸ける、懸ける、そんなもん、後でいくらでも懸けちゃう。だから教えろ」
「お前の命を捧げられるサッカーに同情するわっ」などと、小並感満載の会話で夜道が満たされていった。
表向きは迷惑そうにしていたゲンキだったが、やはり一人では心許なかったであろう山の夜道を同道者連れで帰る事ができて、ケイには内心感謝していた。
本格的に雑木林に入る手前で、チラッと天文台を見るゲンキ。
幾つかある小さな窓から明かりが漏れていた。
澪華は、いつまであそこに居るつもりなのだろう?
これ以上遅くに、この山道を帰るのは、さすがに女子には危ないのではないだろうか? と思い、不覚にもケイに意見を求めてしまったのだが、意外にも的を射た答えが返ってきた。
「そりゃ天文部なんだから夜中の活動もあるだろうさ? その為に最高責任者の校長が担当顧問なんじゃね? 遅くなるなら校長が面倒みるさ」
こいつ、普段アホなくせに肝心な時に要点を付いて、こちらが反論出来なくなるんだよな、と、納得と不満が半々の心の中に、チラッと浮かんだ「天文台に戻って澪華を連れ帰ろうか」という考えを押し留めたゲンキであった。
立ち去っていくケイとゲンキの姿を天文台の窓から見ている澪華。
その背後から、「万条目くんの件、お任せして良いですね?」と彼女に声を掛けてきたのは、噂の星降高校校長にして天文部顧問の深見田だった。
「はい。センサーで直接触診してみましたが、送信機の試運転の際に発生した干渉波が彼の脳に影響したようです。ただ、私の記憶をあれ程鮮明にトレースするとは思ってもいませんでした…流石は『神の原器』と云う事なのでしょうか?」と、澪華はゲンキの腕を握っていた己の手の平を意味ありげに見て言うと、深見田が、人差し指を立てて唇に押し当てる仕草をしてみせた。
「おおっと。ここはセキュリティーが甘い。その名称は禁句ですよ。敵対勢力がどこでキーワード検索をしているか判りません」
「申し訳有りません。しかし、彼が単なる夢と思っているうちは良いのですが、私の記憶を共有したのだと気付いた場合、物理的に彼の記憶から私の記憶を消去するという今の計画を実行してしまって良いのですか? それで、我々の宇宙に影響は出ないのですか? いっそ、私の予定をキャンセルしてしまった方がよいのでは?」
「万条目ゲンキが出現する以前から、あなたの計画は承認され、準備していたのではないですか。今回を逃したら、あなたの計画は永遠に実現する機会を失うのですよ。それに、万条目ゲンキの存在が、いかに重要な案件であっても、彼が地球人として存在している以上、我々も地球人に接する対応マニュアルに沿って行動するだけ。このケースに対するセオリーは『我々の存在を示唆する影響は物理的に消去する』です」
深見田は、澪華を安心させるかのように微笑んでから付け加えた。
「何か、特別な配慮をする事が間違いである可能性もあるのですよ。彼に関する要件は、それほどに不明確で、デリケートなのです」
深見田の言葉に返答する代わりに、澪華の顔から表情が抜けて、ブチブチという音と共に彼女の後頭部から背中の中央部までが前後左右に二つに割れた。そのまま、頭部から上半身の後半分が九十度後方に折れ曲がる。
剥き出しになった上半身の中身は、人間の脊髄と肋骨の代わりに収まった、ムカデのような外骨格だった。
そのムカデがザワザワと動いて、慈光澪華だったモノの中から這い出してきた。
ムカデが喋る。
「万条目ゲンキの脳随とその周辺記憶器官に蓄積されている我々に関する情報を、ただの夢として再処理させる化学物質を合成中です。後は、それとなくこれを彼に飲ませれば、私と彼の記憶同化という緊急事態が起こった場合にも対処できるでしょう」
「それとなく?」
「方法は…まあ、考えます」
深見田は、ムカデが脱ぎ捨てた澪華だった身体、則ち、対地球人用のインターフェース・ボディと呼ばれる一種のパワードスーツの中身を覗き込んだ。その内部―澪華の内蔵が詰まっているべき部位―で、機械的な装置が稼働している。何かの薬品を合成しているようだ。
「いざとなったら、緊急対応エージェントに頼みますよ。彼は今、万条目ゲンキ専属の監視任務中です」
「あのケイという生徒ですか? 彼は…?」
「コーンリーという<連合>のメンバーでも最古参種族の出身です。たしか、以前に貴方達のスミソニア星へ監視官として派遣されていたはず」
「へぇ、では、お会いしたことがあるかも知れませんね。その時は、もちろん我々の姿をしたインターフェース・ボディを着て、スミソニアンの名前を名乗っていたんでしょ?」
「でしょうね…それで送信機の方はどうです? 今夜、間に合いそうですか?」
深見田は、部屋の中央に鎮座する望遠鏡を見上げて言った。
「ええ。もう一回、試運転をして問題なければ目標を補足します」
「では、いよいよ肉眼で見られるわけですね」
ムカデ、いや、スミソニアンのガクンラは深見田に向かって、その主触覚をうなだれた。感謝の意である。
「はい。<連合>の技術援助に感謝致します」
「感謝の言葉なら、あなたの政府に言ってください。我々は、ただ<連合>の慣例に則って新しく<連合>の一員になった種族への記念ボーナスを贈っただけ、その使い道をあなたに一任したのは、あなたの政府です」
「それは、もう…」
深見田は、抜け殻になっている澪華のインターフェース・ボディの側に立ち、二つに割れた上半身の後ろ半分を押して閉じると、ガクンラにウインクして立ち去った。
ゲンキは、帰宅した。
自宅前までしつこく質問してきたケイを疲れているからと振り切って自室のベッドに倒れ込む。
やたらと長い一日だった。と、思う間もなく猛烈な睡魔が襲ってくる。何とか制服だけでも脱ごうとブレザーの一番上のボタンに手を掛けたのだか、その格好のまま静かに寝息をたてていた。
そして、その深い眠りの最中、ゲンキは再び夢を見た。
遠くで声がする。
「…クン…」
音源が遠いのではない。自分の意識が覚醒からは程遠い状態なのだ、寝ぼけているから聞き取れないんだ、と気付く。
「…クンラ…」
やがて、それが近くにあるスピーカーから流れてくる音だと認識した。
「ガクンラ。ガクンラ!」
何だ? ガクンラって。名前か?
ゲンキは、聞き慣れない、名前らしき単語で、執拗に呼びかけてくる相手に対して軽い怒りを覚えた。ただの騒音でしかない。
勘弁して欲しい。まだ眠いのだ。しかし、返事をしなければ止めそうもない。
根負けして目を覚ますことにした。
目覚めた瞬間、ゲンキは、ガクンラとして返事をしていた。
いや、その事実に気付きもしない程、その瞬間、彼の人格は、完璧に<スミソニアンのガクンラ>になっていた。
scene4
「なんだい。こんな朝早く」
私は、頭部の側にあるインターカムの通話ボタンを左の触角で押し、通話を可能になったスピーカー/マイクに向
って、しつこくモーニングコールをしてきた相手に抗議した。
「早かろうと、遅かろうと、アナタが指定した時間ですけど」間髪入れず、真っ平らで抑揚のカケラもない無機質な声音で返答があった。
こちらの理不尽な抗議に対する明らかな反抗の意思表示である。
しかも、我々スミソニアンが不機嫌な時、生理反射で体関節を軋ませるのだが、その際に発するギシギシという擦過音も言葉の端々に追加されていた。
私は、左の節足を前側三十本ほど壁に這わせて波運動させた。
その反動で、十二節ある身体の節の内、胸部の三つを身体の軸を中心に九十度捻る。必然的に頭部も半回転することになり、自分の身体が邪魔になって隠れていたインターカムのモニターが視界に入った。
大写しに、ラライの顔が映っている。
画面の彼女は主触角が四本とも小刻みに震えていた。
通常なら上機嫌のサインである。という事は、メチャクチャ怒っているという事だ。
「すまん…」
ここは、素直に謝った。睡眠から覚醒した脳髄が、ラライが怒っている理由を思い出したからだ。
それが、一つや二つではない事も。
「…」
ラライからの返事がない。更なる謝罪の言葉を求めているようだ。
「本当に申し訳ない…この償いは直ちに、精神的、物理的に―」と、あと二十単語程を費やして謝罪の弁を述べた。
『ごめんなさい』と『ありがとう』は、言語を持つ知的生物が社会的な関係を円滑に進める重要な要件だ…くらいの事は、私も承知している。当然、その使い所だって間違えたりはしないのである。
「使い所を間違えない、なんて、わざわざ意識している時点でダメダメなんですけどね」と、こちらの謝罪に対する彼女の応えは、私を驚愕させた。
いや、今だけじゃない、なぜ彼女は、こちらの考えが悉くわかるんだ。
超能力者か? はたまた巷で流行のメンタリストってやつなのか?
しかし、理由を尋ねたりはしない。
どうせ答えはいつも同じだ。
曰く、『アナタの考えている事なんか、穴掘りカマガタの雄より単純ですから』である。
<穴掘りカマガタ>というのは、顎が釜のような形をしている我々の遠い祖先である。もちろん、それは俗称で、ちゃんとした学名があるのだが、専門外なので私は知らない。彼らは、卵から羽化して死ぬまでが一週間足らずの短命な生物だが、それは雌の寿命であって、雄は更に短命で二日ほどしか生きていない。その短い一生の間、雄は、生殖活動のみを行う。食事さえしない。だから身体の構造も単純で、雌に自分の居場所を知らせる為の発光器官と生殖器のみ、歩行機能さえ備わっていない。因みにカマを持っているのも雌だけである。雌は産卵の為にそのカマ顎で穴を掘るのだ。
その至極単純な雄の一生を#準_なぞら__#えて、余りにも単純な事の例えとして『穴掘りカマガタの雄より単純』と、彼女は云っているらしい。正式な格言なのかは知らない。
それはさて置き、なぜラライにモーニングコールを頼んだかというと、今日は『第一次恒星間移民惑星探査計画』に関する最終的な計画概要の記者発表があるので、どうしても寝坊が出来なかったからだ。
しかも、ラライも、この記者発表の席に同席するので丁度良かったのだ。因みに、彼女は移民惑星探査機のパイロット候補生として記者会見に列席する。
「教え子のパイロット候補生にモーニングコールさせるなんて、アナタくらいなものよ。さっさと起きなさい!」
口を開くたびに丁寧な語尾活用が消え、ぞんざいな表現になっていくラライの言葉を聞きながら寝筒から這い出した。
私は、壁面に穴を穿って埋め込んだタイプの寝筒が好みなので、ラライが私の起床風景を見たら、それこそ巣穴から出てくる穴掘りカマガタだと揶揄するかも知れないが、一般的な床置きタイプの寝筒は壁に埋め込んでいるタイプとは違い、尾部側が薄い板一枚なので、なんともお尻が心許ない。どうしても熟睡出来ないのだ。
「了解、了解」と、リビングの端末でインターカムを切った。
まだ、文句を言い足りなさそうに触手を運動させているラライの顔が、画面の縮小にともなって歪んで消える。
真っ暗になったモニター画面に反射する自分の顔を見ながら、思い出した。
最近、第三胸節、つまり、頭部から数えて四番目の体節の、第二心臓の辺りが苦しい。
痛い、と云うほどではないのだが、何かの拍子で締め付けられるような息苦しさに、そう、こうやって思い出したように気づくのだ。
何か、病気の予兆なのだろうか。
記者発表が終わり、『極限環境開発局外惑星センター』内の自分のオフィスに帰る車内から空を見上げた。
星が満天に輝く天空の一角に、ひときわ輝く、細長い発光体が見える。天体力学に詳しい者なら、そこは、我が母星スミソニアと第二衛星ガリア、第三衛星オリオの重力が複雑に絡み合った力学的安定点である事を知っている。
また、望遠鏡を持った者が、その発光体を覗いて見れば、かぎ爪ひと節程の小さなその光点が、実際には二十キロを超える巨大な恒星間航宙機一号『スル・ギムコ』で有る事を知るだろう。
我々スミソニアンの文明は、今や有史以来最大の繁栄期を向かえていると云って良い。
母星スミソニアは勿論、主恒星ザンギを中心とした系内十二の惑星の内、居住可能な七つは既に入植済み。
残りの五つも資源開発が進み、今後、何十世紀にもわたってエネルギー問題で行き詰まる事はないと試算されている。
居住空間に関しても、星系の第四惑星であるスミソニアと第五惑星メデイの間にある小惑星帯の再開発として、その小惑星を建設資材に使った惑星サイズの巨大なスペースコロニーを建設、第十三番目の惑星としてザンキの廻りを公転させる計画がスタートする。完成すれば、その外壁、内壁を居住空間として利用した場合、その居住可能面積は、現在植民している惑星の合計よりも広いのだ。
もっとも、個体数が増える予測を想定した場合でも、今後一万年、我々の子孫が居住場所に困ることはない。
なぜ、我々は、ここまでどん欲に生存圏の拡大を続けるのか?
それは、科学技術による安定した物質文明を築くまで、我々は常に飢えとの戦いだったということだ。
慢性的な飢えを覚えずに生活出来るようになったのは、歴史上ごく最近のことだ。
だから、基本的に物を貯蔵して飢えに備えるという心理が働く。
だから、一旦、減産調整の局面に入ると、節約する事で経済を維持しようとするのだ。
すると、節約によって更に減産する事になり、減産によって物が出来なくなる(時には技術の喪失も伴う)。
物が更に足りなくなり、また、節約する。
一旦、このサイクルに陥ると、貨幣経済において、物の減産による産業の縮小は、国家政府、民間を問わず収入の減少を意味し、結果、借金を抱える事となる。
その借金返済の為に更に支出を抑え、物を買わないから更に産業が縮小し、従って政府も民間も収入が減る。
減った収入を補う為に、更に支出を減らす。すると、更に収入が減り…と、永遠に続く経済的な負のスパイラルにより最終的には文明が崩壊するのだ。
史実、我々は、何度もこの経済的負のスパイラルにて文明崩壊の危機を向かえた。
だが、その都度、その危機を救ったのが、科学技術のブレークスルーによる新産業の勃光なのだ。
最近の例でいえば、まだ、我々が生活圏をスミソニア内に限定され、内燃機関という原始的なエネルギーシステムによって文明を支えていた時代だ。
その時代、最大の産業であり労働者の受け皿であった自動車産業や電化製品産業が生産過剰で飽和してしまった。
物が溢れ、文明が豊かになり安定すると必然的に出生率は下がる。急速な高齢者社会が訪れ、結果、大衆からは購買意欲が薄れていった。いわゆる需要が不足が発生した。
物の生産量は減小し、減産による負のスパイラルが拡大にし、文明は衰退を始めたのだった。
その時、材料工学革命と核融合技術の確立という、二つの科学的ブレークスルーがあった。
材料革命は、数々の軽量高強度の物質を生み、それによって実現した軌道エレベーターが生活圏の宇宙への拡大を容易にし、核融合によってもたらされた安価なエネルギーがそれを後押しした。
生活圏の空間的拡大は、当然のことながら物理的にその空間を埋めるための需要拡大を促す。
需要の継続的な拡大、それを埋めるべく生産拡大を支える無尽蔵のエネルギーの獲得。
更に、生活圏の拡大は人口の増大を促し、人口増は必然的に文明の構成年齢の若返りをもたらす。
経済は、再び拡大再生産のサイクルを取り戻し、スミソニアン文明は再び繁栄した。
此処に至って、我々は「文明の繁栄は経済的拡大の継続」である事を恒久的な教訓としたのである。
そして、自らの恒星系をほぼ開発しつくした今、我々は、当然のように惑星表面から宇宙へ生活圏を拡大したように、他の恒星系への道を探るべく『第一次恒星間移民惑星探査計画』は、スタートしたのだった。
とまあ、如何にも学者や官僚が云いそうな小難しいへ屁理屈をこねてみても、今までの科学がそうであったように、この計画も進歩という名のもとに多くの犠牲を強いるものであり、私はその片棒を担ぐ偽善者である事に間違いはない。
計画の根幹をなす恒星間航宙機の人工知能による自動制御は、現在、理論上ミスを犯す事は殆どない。何十億回にも及ぶストレス・テストの結果と、何より人工知能開発の第一人者である私が保証する。しかし、殆どないという事は、逆説的に云えば、決して完全にはならない事を意味する。
統計学的上の揺らぎ係数、いわゆる<不測の事態>というものは、確率計算上のあらゆるファクターから排除する事が出来ないからだ、などと、小難しい云い方をせずとも『この世に完璧な物はない』という肌感覚は、万人が納得するのではないだろうか。
どんなに改善を重ねようと、あるレベルに達してしまえば、信頼性のパーセンテージは、99コンマ以下の数字を増やしていくことしかできない。決して100パーセントにはならない。改善にはキリがないのだ。
そこで、最終的に、人工知能パートの最終的な非誤作動発生率は、探査計画全体の経済採算分岐ラインである成功確率80パーセントから逆算した確率、シックス・ナインズ、つまり、99.9999999パーセントに定められた。
しかし、改善を重ねていく過程で、シックス・セブンズを越えた辺りに殆ど信頼性向上が見られなくなるポイントが出現した。恐らく、我々の科学技術の限界が、現在この辺りにあるという事なのだ。
事態を進展するのには、新たな物理法則を発見するほどの科学的なブレーク・スルーが必要だろう。そのために、いったい何十年、何百年を費やすことになるのか…現状で、信頼性を劇的に引き上げる方法はないのだろうか?
苦肉の策として、当の人工知能にシミュレートさせてみた結果、自らをバックアップするパーツとして、我々の技術的人工物とは独立した存在、自然発生した知的生物、つまり我々自身をパイロットとして同乗させることを推奨してきた。
気が遠くなるほど繰り返されたトライ・アンド・エラー、ストレス・テストとシミュレーションの結果、パイロット付随型の恒星間航宙機航法用人工知能の非誤作動発生率は、要求スペックを越えてシックス・ツエルブに達した。
ソフトウェアは解決した。後は、ハードウェアを完成するのみ。
ハードウェア、即ち、恒星間航宙機のパイロットに求められる条件は高い。いや、酷い。
科学者として一流の知力、プロ・アスリート並の体力、例えば宇宙空間に命綱無しで放り出されてもパニックを起こさない強靱な精神力、は当然の事。それらの素養に加えて、彼らには、一般的な宇宙機パイロットには求められない一つの条件が必須となる。
『社会を必要としない、かつ、必要とされていない人格』
ひとたび旅立ってしまえば、彼らの人生は探査飛行と同義となる。この社会からは完全に切り離されてしまう者に科せられる条件である。
だが、そんな過酷な応募条件にも拘わらず、募集定員に倍する十倍する数の応募者、数倍する数の合格者があった。これには、私を含む関係者は少なからず喫驚した。
パイロットの人材確保が最大の難関だと思っていたからだ。
こんな自殺まがいの募集に、こんなに大勢の志願者が居るとは、この世界は何か欠陥があるのではないかと疑いたくなる。
しかし、考えてみれば今の世の中に至っても、少なからず自殺は無くならない。そして、自殺する者の心理などは、私には到底理解出来ない。従って、この件で私が解答に思い当たる事はないと云うことだ。
余計な考えは止めよう。
そして、その最終候補者の中に、ラライがいた。
彼女は取分けて優秀な候補生だった。
生物としてのフィジカルな面で、私など足元にも及ばないのは当然だが、科学者としても専門分野以外では彼女が勝っているだろう。いやはや何とも、私はこの計画の最高責任者だというのに情けない話だ。
その上、万人に好かれるその性格。人前で、ラライの主触角が震えていないのを見たことがない。彼女が居るだけで場が華やぐのだ。本来なら、他者との関わり深く、充実した一生を謳歌しているに違いないタイプである。
「なんで、志願したんだい?」
ラライが、最終選抜テスト終え、を正式なパイロット候補生に選出された日、つまり、彼女の社会的な自殺の第一段階が決定した日、私は、彼女に問うた。
「なぜ、そんな事を聞くんです?」答えではなく、実に真っ当な、まっすぐな疑問が返ってきた。質問を質問で返され、それ以上会話を続けられなかった。
実は、適当なタイミングで、この質問をする事は選抜テストの必須項目だったのだ。だから、その受け答えも多々想定されており「何故、そんな素晴らしい資質をドブに捨てるような人生を選ぶんだ」とワザと刺激的な言葉で、更に問い返すのが、この場合のマニュアルだった。淡々と機械的に対応して、相手の深層心理を引き出すはずだったのに。不覚にも、私は言葉を失ってしまった。
どうしてそんな事になってしまったのか、混乱と自己嫌悪している最中、それを察したのだろうか、ラライはアッケラカンと言った。
「我らスミソニアンの輝く未来の為ですよ」
なんだ、その教科書にも恥ずかしくて書けないような優等生発言。
私は最初、からかわれているのだと思った。
しかし、「私、幼生の頃、まだ、最初の脱皮をする前に、家族が飛行機事故で死んでしまったんです。それも、その事故の唯一の生き残りが私でした。事故現場で、両親と兄の潰れた身体が私の身体に絡み付いた形で見つかったそうです。私を庇って、私のクッションとなって事故の衝撃から守ってくれたのでしょう。脱皮前で体重が軽く、身体が柔らかかったのも助かった要因だったそうです。だから、私は物心付いた時には、もう、天涯孤独でした」
最初の脱皮前といえば、まだ第一幼生期、物心が付いていなくて当然だ。ということは、彼女の今の能力と性格は、掛け値なしに自力で会得したものなのだ。
「天涯孤独の身を自覚した時、決めたんです。私の一生は、これから以降、天から与えられた余生である。ならば、私心を捨て、他者の為に我が身を捧げようって」
彼女の精神は成熟しきっている。
まだ私の娘でもおかしくない年齢だというのに…。
小刻みに震えている彼女の主触手が、眩しかった。思い返せば、私が、胸節の痛みを覚えるようになったのは、この頃からだったような気がする。
と、ここまで思案を巡らしたところで、視線を車窓ごしに見える天空の探査船から車内後方に向けた。後席に乗っているラライの顔が見える。彼女は車内中央、私から見れば右後方に突き出ている二対の二人用乗棒の右側に身体を巻き付けていた。
その途端、数年来、悩まされていた胸節の痛みが、ひときわ激しく走った。
!。
「あっ…なんだ」
私は、突然理解した。
胸節の痛みの、その原因に思い及んだ。
メディカル・コンピュータには原因を特定できないという、例の病気である。
まさに、青天の霹靂だった。
この私が、娘と変わらない年齢の娘に恋をしているだと?
朴念仁もここに極まれり、この歳になって恋い焦がれる「胸の痛み」などというものがある事を知っただと?
我が身を奉じる科学の現場で、最も干渉してはいけない相手に恋をするなど…私は、この世で崇められている全ての神を呪った。
いや、違う。他の何かに責任を押しつけている場合ではない。
今こそ、私自身の問題だと自覚すべきなのだ。
絶対に、すべきなのだ。
…だからといって、いったい私に何が出来る?
もはや、私を、彼女を、取り囲む全ての事象が、我が種族全体の政として動いているのだ。
そんな大きな流れに抗う事など、ちっぽけな個である私には不可能だ。
どんなに足掻いても、都合の良いラブストーリーのラストシーンのような、花嫁を式場から略奪するハッピーエンドなど決して起こったりしないのだ。
それから数週間、堂々巡りを続ける気持ちを整理しきれないまま、パイロット養成課程も全てスケジュールが終わり、最終評定の面接を向かえた。
担当教官である私と一対一の対面面談。一通りマニュアルの質疑応答が終えた後で、突然ラライが言った。
「何か伝え忘れた事はない?」
?。
意図が判らない。
突然、生徒と教官の関係性を無視した丁寧語尾放棄の話し言葉。
しかも、そのまま黙り込んでしまった。
ただ、まっすぐに私を見据えている。
その視線は何かを期待しているようにも見える。
沈黙のまま、面接終了のブザーが鳴った。
ラライは、軽く主触手を会釈させ、部屋を出ていった。
面接の様子は、他の判定官も見ている。
ラライが示した面接終盤の態度は、全ての判定官を困惑させ、彼女の成績評価欄に付いた唯一のクエスチョンマークとなったが、それまでに示した卓越した成績が、そんな疑問符を凌駕した。
彼女は、主席として養成教程を終えた。正式に一号機パイロットに任命されたのだ。
それからは、本格的に計画が動き出した。
計画の最高責任者と主席パイロット。
お互いの消息は公のスケジュール表で確認するだけ、多忙な日常に相殺される日々が費やされ、ついに、彼女が旅立つ日がやってきた。
恒星間移民惑星探査機スル・ギムコの発進セレモニーは、取り分け第一号機という理由も手伝って、スミソニアン文明圏あげての盛大な式典となった。
スル・ギムコの航路を外惑星系までライトアップした光景は、管制室のモニターを通して見ていても壮大なものだった。実際に宇宙空間で見ている出資者や政府のお偉方、特別招待された各界の貴賓達は、この数倍する感動を味わっている事だろう。
スル・ギムコの使い捨てとなる第一次加速用推進器には、経済性を優先して、それまで惑星間の大質量輸送船に使っていた中古の核パルス・エンジンを流用している。
そのエンジン点火へ向けてカウントダウンが始まった。
私は、その自動音声を聞きながら管制室の外に出た。
一応、計画の最高責任者として、宇宙機発進制御センターのメイン管制室にいる義務があったのだが、実際の発進時に私が果たすべき実務作業は、もう残っていない。
センターの屋上に出た。
いつもと変わらぬ星空。
その一角に現れた細い光の筋が、ゆっくりと、ゆっくりと伸びていく。
スル・ギムコのエンジン・ノズルから発している噴射光だ。やがて、その細長い、はかない光の筋そのものが、微々たる前進を始めた。
私はその時、決心した。
「追いついてみせる」
次か、その次か。調査船のパイロットに私が志願すればよい。
彼女が帰ってきたとき、私もどこかしらの星を巡り帰って来るようにすれば、彼女と同じように歳を重ねる事が出来る。
遠い未来で、再び、一緒に、このスミソニアの大地に立つ事が出来るのだ。
しかし、私の決意は、思わぬ形で実現する事となった。
scene5
ゲンキは、唐突に目覚めた。
見慣れた自宅の天井が見える。
ベッドから降りようとしたのだが、つい今しがたまでの感覚のまま、身体の両側面に力を入れようとしたので、起きあがった勢いを支えるものが無く、翻筋斗うって床に転がってしまった。
一度、何かを払うように頭を振ると、今度は、両足をしっかり意識して立ち上がる。
服を着たまま寝ていたのを思い出し、簡単に身なりを整えようと鏡を見た時、目に涙が溢れている事に気付いた。
涙の理由は、もちろん理解している。
ゲンキは家を出た。
学校までの道を急いでいると、途中の交差点にケイが立っていた。まるで待ち合わせでもしていたかのように、自然に声をかけてくる。
「よう、こんな時間に何処に行くんだ?」問われて改めて意識したが、今は夜中の二時を少し回ったところだった。
「そっくり、そのまま返すよ」ゲンキは、ケイを一瞥すらせずに言い返すと、先を急いだ。
本来なら、こんな夜中に出歩いている自分を擁護する言い訳や、同様に出歩いているケイへの疑念に思い及ぶところだが、今のゲンキは、そんな事を気に掛ける余裕もないほど、天文台に、いや、ガクンラの元へ急ぐことに意識が跳んでいた。
事が終われば、彼は故郷へ還ってしまうのだ。
ケイは、等間隔に立てられた街灯の列に照らされ、点滅しているように遠ざかっていくゲンキの後ろ姿を見送り、呟いた。
「まあ、後の処置は本人に任せるさ…俺はただの監視人だ」
ゲンキは、いつもの通学時間の半分しか掛けずに学校へ到着した。息も絶え絶えだが、それでも学校の正門を乗り越え、月も出ていない真っ暗な山道を、自宅から持ち出した懐中電灯の光を頼りに天文台に急ぐ。
天文台は、ドーム部分の屋根がスリット状に開いていて、屋内の光が洩れている。その開口部から微かに覗いている望遠鏡は既に稼働しているようだった。
建家の入り口は施錠されていなかったので、観測室に入る。
室内には、澪華がいた。
ゲンキはそれを予想していたが、澪華も何者からか事前に報告を受けたらしく、ゲンキが来る事を知っているようだった。
「いらっしゃい」と澪華。
ぜぇぜぇと、まだ整わない息遣いがゲンキの返答だった。
「全部で八機派遣された調査機の内、一番近い恒星系に向かった三号機が、目標の惑星に知性体を発見したとき、彼らはやって来た」
澪華の声ではあるが、彼女とは違うパーソナリティが発する言葉使いだった。
「そう、彼ら。すなわち、君たちが天の川銀河と呼ぶこの銀河系には、独力で恒星間空間の膨大な距離を征服し、他の文明に接触する科学レベルに達した生命体によって結成された<高度知性体連合>と呼ばれる組織があり、異種文明の接触によるトラブルを防ぐ為にこの銀河系全体を管理している。独力で恒星間航行を行い、あまつさえ、他の知的文明と接触してしまったスミソニアンは、その義務と権利として、<連合>の一員となる事を強要されたのだ。それは、この銀河に生まれた知的生命体として逃れる事の出来ない、ずっと昔から、久遠の時を繰り返された営みなのだ」
その言葉に触発され、ある光景がゲンキの脳裏に蘇る。それは、<連合>から派遣された無数のメッセンジャー・プローブが、スミソニア星の天空を覆った光景だった。今のゲンキは、その時にガクンラが見た、その記憶を持っている。
「まあ、亜光速の恒星間航行をやっとの思いで始めた程度の我々に、そろそろダークマターの質量をエネルギーに変換して利用しようか、なんて科学レベルに達している<連合>を拒絶するという選択肢は有り得なかったし、何より、<連合>の一員に加わって得られる恩恵を考えれば、逆らうという行為に意味がない」
「だから、あなたの人生を懸けた目標は、あっけなく達成された」と、ゲンキは自分のものではない記憶を頼りに言った。
ガクンラは澪華の頭をコクッと頷かせる。
「そう、私は、第八次探査機のパイロットに志願していた。探査のスケジュールが計画通りに完了すれば、第八次探査機のスミソニアン帰還は、第一次探査機スル・ギムコと同時になる予定だったからだ。そうすれば、私は、ラライに追いつくことが出来る。しかも、第一次探査機と第八次探査機のスピードと航行距離と違いから、二人とも程良く同じくらいの見かけ年齢になっている。まあ、じいさん、ばあさん、ではあるがね」
澪華の顔をしたインターフェースは、少し微笑んだように見えた。
「だが、スミソニアンが<連合>の一員となり、その科学技術の恩恵を享受する事になった今、私は、あっさり彼女に…スル・ギムコに追いついてしまった。それなのに、皮肉なものだ…」
続く言葉の内容を知っていたゲンキだったが、黙って聞いていた。
「スル・ギムコは、今、航法制御装置に帰還シークエンス・プログラムの不備を抱えたまま航行している…目的の恒星系近くでラム・パサード・エンジンの再稼働限界下限速度まで減速し、調査対象惑星近くで探査機を射出。その後、データ収集をしながら当該恒星系の重力を使ってスィングバイによる大楕円軌道の方向転換をした後、帰還コースに乗る。が、本来の予定だったんだがね。スル・ギムコの帰還シークエンスはロックされたまま、今も加速中だ。このまま銀河系を脱出して、宇宙の果てまで飛んでいくだろう…」
項垂れる澪華。
ガクンラの落胆は、その仮初めのボディに忠実に反映された。
「本当に、ラライさんの救出は不可能なんですか?」ゲンキは尋ねた。自分の記憶に問いかけている様なものなのだから、もちろん、答えはわかっているのだが。
「極亜光速で飛行するあれだけの質量を破壊せずに停止させたり、内部から生命体だけを無傷で取り出すなんて事は不可能だ」
澪華は、部屋の中央に鎮座する望遠鏡の側に歩み寄り、接眼レンズの部分に手をかけて続けた。
「しかし、それでも、<連合>の技術供与によって…彼らの善意によって、この装置は完成したのだ。少なくとも、最後のお別れは出来る。感謝以外の何ものでもないよ」
地球人の知識基準では単純な望遠鏡にしか見えない、その<超々距離思考圧縮送信機>は、静かに天空を睨み、稼働準備を整えている。
「あきらめちゃ駄目ですよ! 絶対!」
ゲンキは、この時とばかりに、取るものも取り敢えずこの場にやってきた目的を果たすべく、訴えた。ゲンキの気迫に驚いた表情を浮かべる澪華。
「なんで…」ゲンキの言わんとする事を理解した上で、その意図に困惑するガクンラ。
この送信機は、スル・ギムコのメモリーバンクに事の顛末(一号機失敗の事実と探査計画後にスミソニアンという種族が辿った歴史)を残すための、しかも、なるべく生々しい記録として残せるように、ガクンラの記憶を直接送るための装置だ。
もし万一、宇宙の果て、時間の果てで、ラライが目覚める事があった時、自分と自分の種族の顛末を知る権利が彼女にはある。
それ以前に、これはスミソニアンという種族のラライという偉大な個人に対する責任でもある。今日、スミソニアンの知的生命体としての地位が、彼女の犠牲の上に成り立っているのは間違いないのだ。
そして、この思考圧縮送信機能が、ゲンキに同調してしまったわけだが、その彼が、自分の物としたガクンラの記憶をもとに、当のガクンラに檄をとばすという、おかしな状況になっていた。
「あなたは、ラライに、どんなことをしても追いつくと決心したのではなかったのか? こんな、自己満足の別れなんかで誤魔化すつもりなのか! 何か、絶対に彼女を救い出す方法があるはずだ!」
ガクンラは、澪華の視覚器官を通してゲンキの顔を見た。目から確信に満ちたオーラの光を放っているように見えた。その眼差しで見据えられると、どんな奇跡でも起こせそうな気分になってくる。
『成る程、神の原器ね…あっ』
ガクンラは、記憶共有しているということは、自分が神の原器であるという事実をゲンキが知ってしまったのではないかということに思い当たった。それとも、ゲンキが共有したのはガクンラのスミソニアン時代の記憶だけなのだろうか…。
兎に角、危険は最小限に押さえなければ。
澪華の姿をしたインターフェースは、暫く微動だにしなかった。ガクンラが、必死に思考している証拠だ。
やがて、決意に満ちた目を見開くと、ゲンキに近寄ってきた。
答えを期待するゲンキ。もちろん、肯定的な答えを。
だが、突然の『ベロちゅー』。
??!??。
澪華は、ゲンキの顔を両手で挟み込むと同時にキスをしたのだ。
しかも、舌が思いっきり入ってくる。
形の上では、『星降高校一の美女がいきなりのディープ・キス!』の事実に、クラクラしそうになった瞬間、相手が「ムカデで、男で、かなりの高齢」であることを思い出す。
吐き気をもよおす暇もなく、今度は大量の唾液が送り込まれてきた。もう、本格的にベロちゅーである。
意識が遠のいていくゲンキ。
澪華、のインターフェース・ボディが唇を離して言った。
「この記憶調整剤は、けっこう強力だが、地球人の体質にジャスト・フィットされている。物理的な後遺症はないだろう。後は、神の原器としてどんな影響が出るのか…それこそ神に祈るのみ」
そして、気絶してグッタリしたゲンキの身体を、澪華に支えさせながら、改めてガクンラは思考した。
『ありがとう』
scene6
そろそろ時間だった。
ガクンラは送信機の前に座る。
制御パネルのスイッチを手順通り入れていった。
「ファースト・ライト、コンタクト…と」
望遠鏡の接眼レンズに似たターゲット・ファインダー内に、淡く、か細い光の筋が一つ、僅かに動いているのがわかる。
光速度の限界によって、この距離では5.2432分のタイムラグはあるが、ライブ映像だ。
確かに、彼女は、今、そこにいる。
しばらくの間、息もしないで見入っていた。
しかし、感傷に耽ってデータ送信の機会を失っては元も子もない。
急いで送信スイッチを押そうとした瞬間、覗いていたファインダー内の画像が滲んで、ぼやけてきた。
この期に及んで故障か?
焦った。原因を調べようとファインダーから顔を上げると、膝の上にポタポタと水滴が落ちるのを感じた。
ああ、そうか。ガクンラはこのインターフェース・ボディの反応が地球人に準拠しているのを思い出した。
これが、涙というものらしい。
ちょうど、その時、スル・ギムコの航法制御用人工知能は、遙か彼方の故郷へと目的の恒星系へ到達した旨の報告を発信した。
scene7
スル・ギムコの船体は、三つのブロックで構成されている。
機体先頭の第一ブロックは、進行方向最先端の部分で、ラムパサードジェット・エンジン用の星間物質を取り込む電磁ネット形成装置とそのエンジン本体から構成されている。その後部、第二ブロックは、初期加速用の核パルスエンジン。スル・ギムコの機体の七割はこの核パルスエンジンとその燃料で占められている。
そして、第一、第二ブロックを繋いでいるリング状の連結器が、第三ブロックである航法制御ユニット及び探査機本体であり、航法用人工知能のバックアップである私、ラライもここに収められている。
第一次恒星間移民惑星探査計画一号機の発進プロセスは、最終段階を向かえていた。
カウントダウンが始まる。
私は、その自動音声を聞きながら、彼の事を考えていた。彼は、余生だと割り切っていた私の人生に違う価値観を持ち込ませた、唯一の存在だった。
なんで、あんなタイミングで現れるのか…いや、あんなタイミングだから現れたんだ、きっと。
『理不尽』
それが宇宙の基本原理だと、何度経験すれば理解するんだ、私。
お陰で、こんな土壇場になっても悶々と後悔している。するしか仕方なくなっている。
私は、これから百三十光年先の恒星系に向かう。主星が一つ、観測によれは八つの惑星を持ち、内惑星の四つは岩盤型だ。我々の生存が可能な環境を持っているかも知れない。
調査結果が、吉報であれ、肩すかしであれ、私がスミソニアに帰ってくるのは、二百五十年後。私は、相対論的時間短縮効果と停滞睡眠で、まだ生きているが、彼は、もういないだろう。今でさえ私より一廻りも歳上なんだから…。
発進。
最初は、ノロノロしていた加速も対数的に増加し、既に外惑星に達した。
私は、マニュアル通りに初期トラブルの有無を確認して停滞睡眠装置に入る前に、一つだけ、ささやかなイタズラをした。いや、この悶々とした気持ちの憂さ晴らしなのかしら?
スル・ギムコが、目的の恒星系に到達したら母星へと通信を送ることになっている。その通信に、彼へのラブレターを添付するようにプログラムしておこう。
果たして彼に届く事になるのかどうか…まるで、瓶詰めの手紙を大海原に流したようなラブレター、ね。
scene8
翌日。
ゲンキは、自宅の良く知った布団の感触に包まれて目を覚ました。
いつも通りの朝を、いつも通りの手順で通学の準備をして、いつも通りの時間に家を出る。
いつもと少し違和感を感じたのは、ケイが通学路に姿を見せなかった事だった。確かに、今までも毎日欠かさずちょっかいを出してきた訳ではなかった。が、なぜか、今日は彼の姿を無性に見たかったのだが、こんな日に限ってヤツは現れない。
「まったく…」まるで、ひとりぼっちの登校が初めての出来事のように寂しく感じる自分に疑問符がわりの悪態を吐きながら、ゲンキは学校の門をくぐった。
と、そのタイミングで、
「ゲンちゃーん」
と、聞き覚えのある声が、ゲンキの後ろからタックルしてきた。その聞き覚えのある声質とは裏腹に、こんな甘ったるい声音で自分を呼ぶ人物に心当たりがない。
振り返るゲンキ。
慈光澪華だった。
声の主が判別できない筈だ。「ゲンちゃーん」等と、しかも公衆の面前で、澪華がゲンキを呼ぶ事など全くの想定外である。
そんな訳で、タックルの正体に、更に驚いて固まっているゲンキに、
「なーによー、その顔。幽霊が操縦するUFOに乗ってきたUMAを見ても、そんなに驚かないわよ」と、ゲンキの鼻を軽く人差し指で叩くと、そのまま右手をすくうように掴むと自分の身体に押し当てるように抱え込みんで、ぐいぐいと校舎の方に引っ張っていく澪華。
完全にカップルがじゃれ合ってデートをしている図、である。
何も抵抗できずに、為すがまま澪華とツーショットで歩いていくゲンキ。顔は、まっすぐ前方を見たまま。怖くて廻りの生徒の顔など見れらなかった。
深見田凛こと<高度知性体連合>地球駐在観察長官兼星降高校校長と、竹光ケイこと未開文明監視機構所属緊急対応エージェントの二人が、その一部始終を校長室の窓際から観察していた。
「地球滞在の期間が延びましたからね。今以上に地球人とのコミュニケーションを円滑にする為に、インターフェースの制御シーケンサーに、より女子高生らしく見える最新版の行動プラグインをインストールしたらしいですよ」とケイ。
「その結果があれ?」と深見田。
「うーん、まあ、確かに、多少、慈光澪華のパーソナリティーに整合性が失われた感は否めませんかねぇ」
「はぁ…で、カクンラ氏は、地球の滞在をいつまで延長するの?」
「彼らの船、えーと、スル・ギムコでしたっけ、が、例の『送信機』の有効範囲外に出るまでは粘って救出活動を続けるらしいですよ。まあ、船自体が亜光速程度の鈍足ですからねぇ。隣の恒星圏内に届くのが地球単位で四、五年後くらいでしょうから…それくらいですかね」
「本当に、救出なんか出来るのかしら? <連合>の技術者も匙を投げたのに」
「なんでも、物理的に救出するのではなく、<超々距離思考圧縮送信機>の機能を応用して、対象者のパーソナリティを対象者そっくりに模倣製作したインターフェース・ボディに移植するとかなんとか…まあ、何となく成功する気がしますよ、彼なら」
「それは、神の原器の恩恵で?」
「いえ、そんな安っぽい奇跡的なものではないのでしょう? 神の原器の存在意義というのは」
「それが分かれば苦労しないわ。神の原器に関する記述は、<銀河アーカイブ>にも極端に少ないの。おまけに抽象的な表現ばかり…まあ、取り扱いに失敗すれば、この宇宙自体が書き換えられてしまうのだから、失敗例の記述は無くて当然、という事かしら」
小声で「おー怖っ」と呟いてから、ケイは報告した。
「昨晩、カクンラから万条目ゲンキの身柄を引き取って精密検査をした限りでは、とりあえず、彼の脳髄に『不都合な記憶』は残っていませんでした。勿論、地球人としての生理反応を見る限りですが」
「…<連合>の本部からも、近傍の時空に今のところ目立った変動は観測されていない、という報告が来ています。まずは、ひと安心…かしらね」
「大変ですなぁ、銀河の片田舎で悠々自適の監視官暮らしの筈が、いきなり銀河の命運を左右する最前線ですか…」ニヤニヤしているケイの横っ面に深見田が事務的に言い放つ。
「なに他人事みたいに云ってるの。あなたの任期、延長されたわよ」
「えっ…」
深見田が空中に人差し指で四角形を描くと、その空間が切り取られるように光り、文字が浮かんだ。文字その四角い光の端を深見田がピンと弾くと、書類のようにヒラヒラとケイの元に舞い飛んでいった。
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「流石に、誰か替わって欲しいわ…」
ため息混じりに愚痴る深見田だった。
此処は、<私立星降高校>。銀河の命運が集う場所…らしい。
校舎の正面玄関、下駄箱の裏。
やっとの事で、澪華と世間の好奇の目から解放されたゲンキが、一息吐いていた。
「…よかった、明日から春休みで。二週間あれば、ほとぼりも冷めるだろ…」
此処は、<私立星降高校>。銀河の命運が、世俗にまみれる場所…だったりする。
了
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