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僕がヒーローになれない証明

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 いつもその目を向けられる。
 例えば初めて母に暴力を振るわれた時。例えば我が子を失った親が、怒りの矛先を僕に向ける時。誰もが怪物でも見るような、燃え上がるほどに悲しげな瞳を浮かべる。
 氷雨が僕に向けるヘーゼルの瞳は、その類いの色をしていた。

「やりすぎッスよ」

 氷雨はそれだけ言って、自分を押さえつけていた男を介抱した。ハンカチで血を拭き、ティッシュをちぎって鼻に摘めてから、塀に背中を預けさせる。
 僕は彼女の様子を一通り確認してから、何も言わず歩きだした。
 すぐに若が追い付いてくる。

「いいのか、あの一年」

 僕は頷く。

「怪我はなさそうだし」
「優しくねぇな」
「優しくしても、人は優しくならないし。だったら助けるより加害者を黙らせた方が早い」
「助けたじゃねぇか」
「結果論だよ」

 僕は全ての人間が改心した世界なんて求めていない。悪人がいなくなった結果として成立する優しい世界がほしいだけだ。僕自身が他人に優しくする必要も、悪人が優しくなる必要もない。
 若が何かを試すように言った。

「お前、マジであの女子狙ってんのか?」
「そうだね。何かおかしいことである?」
「置き去りにしといて、その気があるようには見えねえな」

 勘弁しろよ、と思った。
 若はいつも僕の意図を見通している。正直、気分がいいとは言えない。

「人殺しが空いてなんだ。そうすぐに馴れ合える訳がない」
「お前も人殺しじゃんか」
「耳の痛いことに。でも辞めるつもりはないよ、悪人は死ぬべきだ」
「お前も大概だろ、ピエロ野郎」
「ああ。ろくな死に方はしないだろうね」

 自分が間違っていることぐらい分かっている。ただ僕は僕に出来ることをやるだけで、その手段を選べるほど器用ではないだけだ。
 
「凱世、怒るだろうな」
「さーな」

 ポツリとこぼす、梅雨時の帰り道。
 小雨はいつの間にかやんで、遠くの空に覗いた夕焼けが、鋭い光で視界を刺す。
 その時僕が思い出していたのは、氷雨茉宵の沈痛な表情だった。
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