君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

文字の大きさ
19 / 119
僕がヒーローになれない証明

しおりを挟む
 釣られて向けた視線が、毛先を跳ねさせたワインレッドの髪を捉える。即座に「氷雨だ」と直感した。
 周囲の女子生徒たちにも見覚えがある。

「お前さ、マジいらんことやってくれたよね」
「スマホまだ返ってこないんだけど、マジどーしてくれんの? これ裏切りだよ?」

 彼女らは束になって氷雨を責め立てている。
 なじり方までもが、昼休みに中庭にいた一年生たちと一致する。
 ただその中に一人だけ他校の男子がいて、そいつが氷雨を塀に押し付けていた。

「いったたた……、あは、痛い痛い。やめてほしいなー」
「おーい隠すなよ顔。カメラ見なって」
「ほらピースピース、笑えよおい」

 氷雨が助けを求めても、誰も気にしない。
 苦しげな顔に複数のスマホが向けられていた。彼女を取り囲む顔はどれも酔っ払いみたいにだらしなく笑っている。

 即座に走り出した。
 若がすぐ後ろに着いて来る。

「やるんか」
「うん」
「どっちだ」
「男」

 短く言葉を交わす。
 打ち合わせなんていらない。若とは長い付き合いだ。
 一直線に走る。
 ばたばたとアスファルトを叩く音。靴から伝わる振動と、地面の硬さ。
 感じる感覚の一つ一つを集めるように、右手を握り締める。

「あ、センパ……」

 色素の薄い瞳が僕を見る。
 最初に気付いたのは、塀に押さえつけられた氷雨だった。次いで取り巻きの女子たち。
 そして最後。男がこちらに気付いたのは、僕が拳を振り下ろした瞬間だった。

 鈍い衝撃。
 肘から肩にかけて、痺れるような感覚が突き抜ける。
 男の鼻っ柱を捉えた右拳に、けれど痛みはない。
 汚い茶髪が跳ねて、見慣れない制服がスローモーションで沈んでいく。男の手が離れた瞬間を突いて、氷雨を背にかばった。

「ちょっと、大丈夫!?」

 取り巻きの女が叫ぶ。
 何をしていたかなんてどうでもいい。ただ自己中心的な奴が誰かを傷つけていた。その事実さえあれば、僕には十分だった。

「うぉ、おぁ……」

 地面に倒れた男が僕を見上げる。
 茫然とした目が、徐々に敵愾心を孕んでいく。僕はその額を蹴飛ばした。
 遅れて来た若が、男の胸倉を掴んで引き起こす。また殴る。鈍い音が響いて、鮮血が飛び散る。
 口か鼻か。それすら分からなくなるほどに男の顔が血だらけになるには、一分とかからなかった。

「え、ちょっと、なんでユウトばっかなの? 死んじゃうじゃん!」

 取り巻きの一人がヒステリックな声を上げた。気遣う割には随分遠いところにいる。止める気なんて毛頭ないのだろう。
 答えたのは若だった。

「お前ら、コイツがいなきゃ何も出来ねぇんだろ」

 僕らの手足は止まらない。
 女の瞳が、怪物でも見たかのように見開かれる。
 大方、昼休みの報復だったのだろう。自分は直接手を下さずに他校の生徒を使っているのなら、その「手」を徹底的に折ればなす術はなくなる。

「狂ってるって! おかしいって、マジないよ!」
「何言ってんだ、この場にまともな奴なんていないだろ。だったらこれも普通じゃねぇか、お気持ち表明ブス」

 若と取り巻きの温度差は埋まらない。
 一言多い若と、勢いだけで日本語が不自由な一年女子。話は通じないのだろうと思いながら、視界の端で動いた鳩尾を踏みつける。

「意味分かんない、 暴力とかイジメじゃん!」

 口を挟むつもりはなかった。
 ただ「氷雨の次はこの中の誰かにしよう」と思った。けれどそれとは別に、言葉が口を突いて出た。

「君らも囲んでたじゃん。この子痛がってたし、やってること何か違った?」
「でもそこまでやってないでしょ!」

 ヒステリックな声が耳を突いた。僕はそれを鼻で嗤う。
 暴行は止めない。若が殴って、僕が蹴って。最初は抵抗していた男子生徒も、五分もすれば涙を流して謝るようになっていた。

「スンマセン、スンマセン。勘弁してください、すんません……」
「謝る相手が違うな」

 氷雨の佇む方へ頬を蹴飛ばしてから、僕は女子たちに目を逸らした。

「結果があるから罪なんじゃない。行動に移した時点で罪なんだよ」
「はぁ!? 訳分かんない、先生言うから!」

 やかましい足音が遠退いていく。去り際の脅し文句はずいぶんと懐かしかった。
 僕らは全員の背中が見えなくなってたから手をとめる。

「氷雨だっけ。何かされた?」

 氷雨を振り返る。
 返事はない。その代わり、悲しげな瞳が僕を刺していた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...