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僕がヒーローになれない証明

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 氷雨真宵を殺すのは簡単だ。
 あの細い首を絞めることも、胸の膨らみを避けて心臓を突き刺す必要もない。愛とか言う目に見えないもので殺すのだから、現実味はあまりない。
 「愛してる」の一言だけが、一番最後に現実を突きつけてくる。『恋人ごっこ楽しかったね。じゃあ現実に帰ろうか』と。
 おかしな話だが、それももう慣れてしまった。今の僕に大した感傷はない。

「えぇっとねー!」

 国語教師の声で我に返る。他に居眠りしていた何人かも、肩を跳ねさせていた。

「どうして痩せた老ライオンは他の動物に餌を配っているのか。ここがよくテストに出るわけだよ、てか私なら出す」

 正直、彼女の声は好きじゃない。
 二年目で急にフランクになったヨシザワの声は、寝るにも考え事をするにも大きすぎる。
 消し損ねたチョークの白い粉末が、水墨画のように黒板消しの航跡をなぞっていた。板書もないから机の下でスマホを触っていると、若からラインが届く。

《帰り、凱世の墓参り行かね》
《いいよ》

 正直気は進まない。でも、行かないわけにもいかなかった。
 僕が初めて愛結晶を恐れた事件。久慈塚凱世の自殺と、その三ヶ月後に起こった殺人事件を何の感慨もなく受け流すには、まだ日が浅すぎる。

 *

 愛で世界は救えない。
 誰かがそんなことを言っていたような気がする。だったら僕は、愛で世界を壊してやろうと思った。
 どうせ世界は優しくならないし、悪人が突然改心することもない。それなら悪人を消してしまう方がずっと早い。きっと悪疫ヴィランのいない世界は、消去法的に優しくなるだろうから。

「同じ土俵に立ってどうすんだ」

 と若が言った。
 小雨が葉を打つ帰り道。閑静な住宅街を歩きながら、僕らは墓地に向かっている。

「虐待されてたっつーお前の気持ちはある程度わかるけどよ。愛情そのものを否定してんのに、肝心のやり口が愛結晶頼りなんて阿保らしいぜ」

 「いや、実際バカか」と付け加えた若をカバンで殴る。

「一言多い。あと若よりは偏差値高い」
「誰もンなこと言ってねぇよ。行動がバカだっつってんだよ女殺し」
「男だって殺せるようになりたいよ」
「狂ってんな」

 若も僕も、どうしようもなく荒れた中学時代を過ごした。
 若さと将来の不安を持て余して、人一倍強い自己顕示欲を満たすためだけに、他人と違う自分を探し続ける。その方法がケンカや大人への反抗だった。

「どっちもイケるようになりゃいいだろ」
「男はどこが結晶化するんだろうね」
「知らね、キャン玉じゃねぇか」
「それじゃ殺せない」
「じゃあ精巣か、睾丸」
「みんな仲良く金玉なんだよ」

 くだらない話をアスファルトに落としながら、小雨の帰り道を歩く。傘をさすほどでもない。
 石ころを蹴っ飛ばして、時々教師の悪口を笑い飛ばして。そうして曲がった角の先に、柄の悪い集団が見えた。

「ンだ、あれ」

 最初に気付いたのは若だった。
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