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死が陰るほどの幸福なら

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 両脇の防風林から聞こえる蝉の歌を背景に、自転車は海沿いのカーブをゆっくりと膨らみながら曲がっていく。
 堤防の半ばには海を眺めるように小さな階段があって、僕らはその脇に自転車を停める。

「やっぱ海の匂いって、山とは大違いっスねー」

 茉宵は荷台から腰を下ろすと、猫みたいにしなやかな伸びをした。

「でも、あんまり海の音しないっスね。ザザーンって」
「ああ。それに砂浜に陽射しが反射しない分、ここは少しだけ目に優しい」
「なんか砂浜って、あると「海だー!」って感じするのに、ないとすっごい田舎~って感じになりますね」
「もうちょっと先に行ったら、小さいけど浜はあるみたいだぞ」
「いいっスね。後で行きましょ」

 テトラポットの隙間で跳ねた海が、ちゃぽちゃぽと涼やかに歌う。
 二人並ぶのがやっとの階段に座って、僕らは海を眺める。
 階段の終端では小さな飛沫が踊っていて、空を見上げればどこか七月より脆くなった空が僕らを見下ろしている。
 パレットの上で偶然生まれたように繊細な青は微かに深みを増していて、僕らはまるでタイムスリップでもしてきたような気分になる。二人とも逃げ回ることに必死で、空を見上げる余裕すらなかったのだ。

「今日、花火があるらしいよ」
「うーん、ここから見えるっスかねー?」
「見えるよ、きっと」

 空を差した彼女の指に、僕はそっと指を絡める。
 僕らは空だけを見ていた。どれだけ眺めても、の字に折れ曲がった雲はピストルには見えない。

「でも、警察もいっぱいいますよ?」
「ああ、だから僕らはこの海岸で身を隠すんだ」

 ちょうどソニー・ビーンとその一族が、海沿いの洞窟でひっそりと人を襲い続けたように。僕らは夜を待って浜辺に行き、花火を待つ。
 陽の傾きから見ても、試し打ちの花火が上がるまでにそう時間はかからないだろう。

「なんか、山の次は海って両極端ですよねー。アタシたち」

 靴を脱いだ茉宵が、足元の漣に爪先を浸す。
 僕はぼんやりと白い足先にかかった飛沫を眺めていた。

「せっかくの夏休みなんだ。レジャースポットに来てるだけさ」
「それにしては、持ってるもんが物騒すぎぎないっスかね~?」

 ヘーゼルの瞳が僕を振り返る。
 視界を刺すような陽射しが一瞬埋め尽くして、僕はとっさに目を細めた。
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