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chapter.3
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しおりを挟む配給を終えて屋敷に戻った一行が向かったのは大浴場。
天虎に熱病の病原菌は消滅して貰ったものの他の病はなくなった訳では無いと聞かされているから、接触した街民の中に熱病以外の病に感染している者も居た可能性を考え、新たな病が蔓延しないよう屋敷を彷徨く前に洗い流すことにして。
「誰かと入浴するのは子供の頃以来だ」
「私もそうだ。まだ幼かった頃はお祖父さまや父上と入ったこともあったけど」
衣装を脱ぎながら苦笑するのはライノとヴァルフレード。
貴族でも幼い頃は両親や兄弟といった家族と入ることもあるけれど、普段は個別に入り使用人に世話をして貰う。
ただ、今日は交代で入ると順番を待っている間は屋敷に入れないから一斉に入らなければならず、配給に出ていた使用人も同じく離れの大浴場で入浴させている。
「行軍に出るようになると嫌でも経験しますけどね」
「ああ。数日に一度宿をとっても翌日の早朝には出発しなければならないとあって、入浴に時間をかけられないからな。それも裸の付き合いだと思えばじきに慣れる」
そう話すのはベランジェ公とミケーレ。
貴族でも行軍に出れば他の人と一緒に大浴場で入浴する。
宿に着いた頃にはみんな疲れていて、一秒でも早く眠りたいと思っているから気にする余裕もないというのが正しい。
「そんなに大きかったのか」
「ん?」
「聖印。衣装で隠れてたから見えなかったけど、父上とライノの聖印は形になってるだけじゃなくて大きい」
衣装を脱いだベランジェ公とライノの聖印に目が行ったルイは自分の手の甲に浮かぶ聖印と二人の聖印を見比べる。
ベランジェ公は三又の槍と長杖と二つを囲む炎の形の聖印が一つで、右の鎖骨から腹下まである大きなもの。
同じく形を成したライノには聖印が二つあり、左腕に水の紋章が入った剣と風の紋章が入った槍、右腕には火の紋章が入った長杖と土の紋章が入った大剣の聖印が刻まれている。
「たしかに二人とも立派な聖印だな」
ミケーレも二人を見て頷く。
ヴァルフレードに大きな聖印が刻まれた時に天虎から、『そのくらいの聖印でなければ高い能力を抑えられない』と聞かされていたから、大魔道士のベランジェ公やクアドルプルのライノの聖印が大きいのも納得できる。
「ヴァルフレードも二人のみたいに大きかったのか?」
「まあ。誰かに見られたら驚かれる大きさではあった」
「どこに聖印があったんだ?」
「私は背中だった」
「背中……本当に時間が経てば見えなくなるんだな」
「そこは心配要らない」
ひょいと覗き見たヴァルフレードの背中には聖印の形跡どころか傷一つなく、長くても一日もすれば見えなくなるという話は事実だったのかと納得してルイは頷く。
「聖印は自分が加護を授かっている大精霊の印だとは聞きましたが、加護の種類や能力の高さが聖印の形や大きさで分かるとは面白いですね。神のお力で適性の高さが分かっただけで少し強くなった気分になった自分を単純だと思いますけど」
腰にタオルを巻きながら笑ったベランジェ公。
形になった者は加護適性が高くて強くなれる可能性を秘めていると知り、不思議と自分が少し強くなった気がした。
「気分ではなく実際に強くなっている」
「はい?」
「元から火力の高いベランジェ公が普段の感覚で魔法を使えば惨事にもなり兼ねないから私から説明しておくが、聖印が刻まれることで加護の真の力を扱えるようになる」
光の一族の時と違って天虎が詳しい説明をしなかったから、ベランジェ公が聖印を『授かった加護の種類と能力(適性)の高さが分かるもの』と誤解するのも仕方がない。
巻き途中だった手をピタリと止めたベランジェ公は、早々に入る準備が整ったミケーレを見る。
「昔は鑑定を受ける際に刻まれていたらしい」
「え?どういうことですか?」
「子が産まれると教会で鑑定を受け聖印を刻んで貰うのが通例だったそうだ。我が子の身を守るためと、魔力が安定する五歳頃までに魔法を教える準備をしておくために。ところが今は鑑定を受ける年齢を決められ聖印も刻まれなくなった」
ミケーレの話を聞き入るベランジェ公とライノとルイ。
今とは随分と違っていたことを知って。
「今回のように神から聖寵を賜らずとも、教会で鑑定を受けさえすれば聖印が刻まれていたということですか?」
「ああ。私たち一族もそれを知ったのは天虎さまとお会いしてからだ。今時代の私たちも魔法を使えるが、聖印なしに使える魔法は基本のものだけらしい。魔法の威力はもちろん使える種類も、聖印があるのとないのでは大きな違いがある」
ベランジェ公たちよりも先に聖印を刻んで貰ったミケーレたちは既に、その大きな違いを実感している。
能力が強化されるリュミエールの加護を授かっている光の一族だから違いを実感し易いというのもあるけれど、リュミエールの加護がない執事のエミリオや夫人のベルタも以前より魔法の威力も上がっているし、使える魔法も増えている。
「天虎神の話を思い返してみれば、すぐにでも聖印の真の力を引き出せるのは私だけだろうと話しておられましたね」
「ベランジェ公は魔法が得意で知識も豊富だが、それでもまだ加護の真の力は引き出せていないということだ。聖印が刻まれなくなり扱える種類も減ったことで後世に語り継がれず消失した魔法もある。今時代の私たちは弱体化しているらしい」
それを聞いてベランジェ公は頭を搔く。
今に至るまでに何があってそんなことになったのだと。
「天虎神から聞いた話となるとソレイユ公の口から話せない事もあるでしょうから、改めて天虎神から直接話を聞く必要がありそうですね。早く入浴を済ませてしまいましょう」
珍しく不機嫌な表情を浮かべたベランジェ公は話題を終わらせると早々に浴室へ入って行った。
「お前たちも風邪をひく前に準備して入るように」
「はい」
ミケーレもすぐに浴室へ入って行ったのを見届けたあとライノは自分の両腕の聖印を見る。
「これがそのように重要な役割を持つものだったとは」
「私たちも聞いた時は驚いた。昔は当たり前に刻まれていたものが今では刻まれなくなったというだけでなく、聖印という言葉自体が人々の記憶や歴史からも失われているのだから」
「なぜそのようなことに」
「それは私たちにも分からない」
話してくれた天虎にも分からないこと。
初代以降ヒトとの交流を絶っていた天虎がヒトの世情を知らないのは当然のことだけれど。
「ヒトが弱くなったから刻まれなくなったとか?」
「逆だ。ルイも聖寵を賜った際に鎖が弾け飛ぶような音を聞いただろう?天虎さまの聖寵はヒトにかけられた全ての制限を解錠する能力。聖寵を受け私たちにかけられていた制限が解錠されたから大精霊の聖印を授かる事が出来た」
時代と共に進化するものもあれば衰退するものもあるのは当然のことだけれど、ヒトの変化に合わせて自然と聖印が刻まれなくなった訳ではなく、何者かが聖印を封じてしまった。
「それが出来る人物となると限られてしまうな」
長い前髪をかきあげて大きな溜息をつくライノ。
今の時代でも罪人の加護魔法を封じる術はあるけれど、それが出来るのは聖者や聖女が属する教会の聖職者だけ。
それも教皇や枢機卿のように能力が高い者に限られる。
「ベランジェ公の言う通り早く入浴を済ませてしまおう。三大公の一人の父上にも一報入れなくては。今回はユハナ公爵の代理で救援に来ている私には判断でき兼ねる」
聖印を刻んで貰ったことも、失われた歴史の謎も。
ヴァルフレードとルイもライノに頷いた。
・
・
・
「やはり風呂上がりは冷たいミルクに限る」
『うん。美味しい』
女児のブランシュは男性陣が入っている大浴場の隣にある別の浴室を借りて天虎と二人で入浴を済ませ、今は冷たいミルクで喉を潤しているところ。
『ディアちゃんたちのお家のお風呂も大きかったけど、ライノお兄さんやルイお兄さんのお家のお風呂も広かったね』
「三大公と呼ばれる貴族だからな。平民の家にはない」
『じゃあ髪や身体を洗う時はどうしてるの?』
「大衆浴場というものがある」
『大衆浴場?』
「多くの者が利用する風呂のことだ。入りたい時に行って金を払って入る。平民は毎日風呂に水や火種を使えるほどの経済的余裕がないし、浴室を作るほど家が広くないからな」
貴族の屋敷には当然のようにある風呂も平民の家にはない。
浴室を作るほど家が広くないということと、浴槽に溜める水もそれをお湯にする火種にもお金がかかるから。
『水や火は魔法で出せるよ?』
「魔力量の多い者なら。ブランシュが出会ったヒトの子は普通以上に魔法を使える者ばかりだが、大抵の者が扱う加護魔法は生活魔法程度で、ブランシュが思うほど万能ではない」
ブランシュが出会ったヒトの子が優秀なだけで、大量に水を溜めたりお湯になるまで火を使うなど出来ない者が殆ど。
そんなことをしていたら毎回入浴の準備をする度に魔力が尽きて倒れてしまう。
「例えば生活魔法は水を出せても湯は出せない。神の私や祝い子のブランシュが普段から当たり前に使っている魔法でも、誰もが当たり前に使える訳ではないんだ」
『そうなんだ』
ブランシュの当たり前と大半のヒトの子の当たり前は違う。
この星ではみんなが大精霊の加護を授かっていて魔法を使えるけれど、その威力や魔力量には大きな差がある。
特にブランシュは最高神の主神の加護を賜った祝い子だけに、僅か十歳で既に大人以上の魔力量があるというだけ。
『私は贅沢だったんだね。寒くなってから毎日天虎さんが出したお湯でお風呂に入らせて貰ってたことも、お兄さんたちのお家でお風呂に入らせて貰ったことも、もっと感謝しないと。天虎さん、いつも温かいお風呂をありがとうございます』
天虎に深々と頭を下げるブランシュ。
何も知らずに贅沢をしていた自分が恥ずかしい。
それでなくとも天虎さんは捨てられた私を拾って育ててくれてるのに、一つ一つに対しての感謝が足りていない。
「いや、待てブランシュ。贅沢だとは言っていない。私にとって湯を出すことなど瞬きをするのと変わらない程度の容易いことなのだから。そういうことが言いたかった訳ではなく、ブランシュの当たり前は当たり前ではないということを」
『うん。当たり前だと思わずもっと天虎さんやみんなに感謝して贅沢もしない。お風呂もまた湖で水浴びするようにする。食材も自分で集められるように魔法の訓練も頑張る』
「違っ」
決意の目で見るブランシュに天虎はタジタジ。
祝い子のブランシュや三大公爵家の一族たちとは違い多くのヒトの子が使っているのは生活魔法だと教えたかっただけで、天虎からすれば今の生活は贅沢でもなんでもない。
むしろブランシュ可愛さにあれもこれもと手を出し構い倒しているのは天虎の方。
『そうと決まったら自分のご飯は自分で作らないと。あ、ルイお兄さんのお父さんにもお風呂を借りたお礼を』
「待て!まだ髪も乾かして」
人(神)の話を聞いていないブランシュはブツブツ言いながらタオルや着替えた服をポシェットに入れ浴室を出て行く。
まだ下しか穿いていなかった天虎はシャツを掴むと自分の世界に入っているブランシュを追いかけた。
『温かいお風呂をありがとうございました』
遅かったぁぁぁああ!
偶然にも出るタイミングが重なったらしく、風呂上がりのベランジェ公たちの前で床に座り土下座しているブランシュを発見した天虎は顔を覆い天を仰ぐ。
「おい!」
「ブランシュさま!?」
「なにをやってるんだ!」
突然の謎行動に驚いて時が止まっていたルイとヴァルフレードとライノはハッとしてブランシュに駆け寄り、慌ててライノが抱き上げる。
『天虎神?一体これは?』
【誤解なんだ。私はブランシュの当たり前は当たり前ではないと教えたかっただけで、贅沢だと言いたかった訳では】
『はい?』
シャツも着ず半裸のまま顔を手で覆い天を仰いでいる天虎に念話で問いかけたベランジェ公。
説明を聞いても理解できずみんなも首を傾げる。
『多くの人にとってお湯の魔法を使えるのも毎日お風呂に入らせて貰えるのも当たり前じゃないって初めて知ったの。そんなことも知らずに贅沢をしてた自分が恥ずかしい。捨てられた私が毎日ご飯を食べられるのもお風呂に入れるのも天虎さんのお蔭なのに、感謝が足りてなかった。ヴァルお兄さんのお家でもライノお兄さんのお家でもルイお兄さんのお家でもお風呂を借りてご飯も貰ったのにお礼できてない。ごめんなさい』
全力で反省してしょぼんとしているブランシュ。
今までにないほど暗い顔で。
「平民との違いを教わったということでしょうか」
『うん。蔦の中に居た時は家族の会話しか聞いた事がなかったし、蔦が解けた後も湖で暮らしてたからヒトの事は分からなかったし、出会った人たちはみんな貴族だし、自分がどんなに恵まれた生活をさせて貰ってるか知らなかったの』
ライノに抱っこされているブランシュの顔を覗き見て聞いたベランジェ公は、今にも泣きそうな顔で説明するブランシュにくすりと笑う。
「たしかにそれらは当たり前のことではないですが、ブランシュさまの感謝が足りていないとは思いません。天虎神はブランシュさまが愛おし過ぎてしなくていいことまでしている印象ですし、私たちへのお礼が出来ていないというのもおかしな話で、むしろ返しきれない大恩があるのは私たちの方です」
そう言い聞かせながら濡れたままの長い髪をタオルで拭く。
つい世話をやきたくなるのは私もだなと思いながら。
「ブランシュさまは私たちを救ってくださいました」
『みんなを助けたのは私じゃなくて天虎さんだよ』
「料理を作ってくださいましたよね?みんなが元気になるようにと、この小さな手で。お腹が空いてないか、喉は渇いてないか、魔力は大丈夫か、体力は大丈夫か。私たちはもちろん使用人の様子も気に掛けてくださってる。忙しいと疎くなる部分をブランシュさまが気遣ってくれたお蔭でみんな元気です」
料理も浄化も気遣いも自分がしたことはそれこそ『当たり前のこと』と思っていて、人を救っているという感覚がない。
それなのに誰かに何かをして貰えば恩を返そうとする。
自分の存在価値を知らず人を救っても偉ぶることもなければ恩を着せる発想すらない純粋で優しい子。
「むしろお父さまの天虎神にこそ教育が必要ですね。神とは言えヒトの子供を育てるならまず自分が一般常識を知らなくては教えるに教えられませんから。それを教えられなかったことで愛娘に自分は贅沢をしてると思わせた罪は重いです。子供はただ可愛がればいいだけではないんですよ?」
満面の笑みで言ったベランジェ公に天虎はうっとなる。
ぐうの音も出ない正論で。
ギルドのピムからもブランシュのためにもっと常識を学べと言われていたのに。
「ブランシュさまは天虎神と私が友人になる事をお望みのようですし、これを機に一般常識は私が教えましょう。天虎神の敬虔な信徒のソレイユでは甘やかしてしまうでしょうから」
フフっと笑って近付いて来るベランジェ公と相反するように天虎は後退る。
「教わらなくとも知ろうと思えば知れる」
「知ろうとすれば余計な事まで知る事になるのでは?」
「まあ」
「一人一人を知るのは煩わしいのですよね?」
「それはそうだが」
壁に追いこまれた天虎は言葉に詰まる。
こやつ、ヒトの子のくせに神の私を追い詰めるとは。
やはりこの肝の座り方と遠慮のなさは彼奴にそっくりだ。
「でしたら必要な常識だけ私から教わった方がいいのでは?その代わり魔法を教えてくだされば貸し借りもありません」
「お前、本当はそれが目的だろう」
「いいえ?ブランシュさまのためです」
「嘘をつくな嘘を」
天虎が壁に追い込まれている姿にみんなは唖然。
ブランシュは大好きな天虎とベランジェ公の仲のいい(?)姿に今まで落ち込んでいたことも忘れてニコニコ。
「私がブランシュさまの父になってもいいんですよ?」
「それは駄目だ!ブランシュは私の娘だ!」
「ですが一般常識も教えられない父では娘の未来が」
「……分かった!教わる!」
「では契約ということで。私にも魔法を教えてください」
「お前はろくな死に方をしない」
「私の知識が後世の役に立つなら構いませんよ」
こいつは本当に……。
フッと笑ったベランジェ公の胸倉を掴んだ天虎は恨めしい顔でゴツンと額を重ねる。
「神と契約を結ぶということはこういうことだ」
天虎とベランジェ公の身体が眩く光を放ち、様子を見ていたみんなはそのあまりの眩しさに目を細める。
「父上!」
「天虎さま!ベランジェ公!」
何が起きているか分からずルイとミケーレは声を上げる。
ベランジェ公が天虎の怒りを買ったのではないかと。
神に詰め寄るなど怒りを買っても当然の愚行だけれど。
「祝い子さま、これは一体」
『私も分からない。でも命を奪おうとはしてないと思う』
「え?」
『天虎さんが怒ってたらお家が壊れてるもの』
「……たしかに」
天虎と暮らしているブランシュなら何が起きているのか分かるのではと思って聞いてみたヴァルフレードは、天虎が怒っていれば家が壊れているというそれを聞いて納得する。
一度天虎が怒った姿を見たことがあるけれど、あの時はこの世の終わりを覚悟するほどに大自然が荒れていた。
『終わったみたい』
ブランシュの言葉のあと光がおさまり見えた天虎とベランジェ公の姿は胸倉を掴んだ先程までの状態と変わらず、ブランシュ以外のみんなは溜息のような長い息をついて安堵する。
「これでお前は私のものになった」
「……はい?」
ぶつけられて痛む額を押さえたベランジェ公は天虎の言葉を聞いて顔を上げる。
「神との契約は神に己の身命を捧げるということだ。私と契約を結んだお前は今後天虎の使徒として生きることになる。例えばお前がどこに居ても私の声を届けることも出来れば、私が居る場所へ呼び寄せることも可能になった。再生と破滅の神の私が契約してやったのだから、使徒として役に立てよ?」
今度は天虎がお返しのようにフッと笑うと、ベランジェ公の額に指をトンと当てて横を通り過ぎシャツを羽織る。
「使徒として扱き使われると言うことですか!?」
「契約だと言ったのは自分だろうに」
「まさか使徒にされるとは誰も考えませんよ!」
「神と代償もなく契約できるはずがないだろう?」
「神がそんなにも横暴だと思いませんでした!」
「無知とは恐ろしいな」
文句を言うベランジェ公を軽くあしらいながら来た天虎はライノに抱っこされているブランシュに両手を差し出し、ブランシュも両手を広げて天虎に抱っこして貰う。
「父上……額に」
「額?」
「それは天虎さまの聖印」
「はい?」
風呂上がりで前髪の上がっているベランジェ公の額に刻まれているのは天虎の聖印。
森で天虎と出会った時にグラードが授かった模様と同じだとミケーレが気付いて自分の額を指さしながら話す。
「安心しろ。それは使徒の証明として刻む聖印で、青年の手の甲に刻んだ客人を表す聖印とは違うものだ。使徒の聖印は大精霊の聖印と同じく一日もすれば同化して見えなくなる」
「見えなくなるならいいとはならないですから!」
一般常識を教える代わりに魔法を教わるというだけの契約のつもりが天虎神の使徒になってしまったベランジェ公は、先程の天虎のように顔を手で覆って天を仰ぐ。
『いいなぁ。私も天虎さんの聖印がほしい』
「ブランシュは駄目だ。私の手足となって死ぬまで働くことになる使徒ではないからな。それに私の聖印を刻めば他の神々や大精霊が嫉妬して身体中に刻まれてしまうぞ」
『そうなんだ。残念』
「聖印などなくてもブランシュは私のものだ。私の大切な愛娘というのは生涯変わらない」
またしょぼんとするブランシュの頬に口付ける天虎。
ブランシュに刻まれている聖印は主神のものだから他の神や大精霊も我慢しているだけで、もし天虎の聖印を刻んだ日には自分たちもと大変なことになってしまう。
「すまない。魔法知りたさに軽率な行動をした所為で父は天虎神の使徒になってしまったようだ。今後はルイが嫡男としてベランジェ公爵家のことを頼む。不甲斐ない父ですまない」
「父上が軽率なのはいつもです」
「冷たい息子だ」
「父上は少し大人になってください」
魔法のことになると暴走するのはいつものこと。
今更になって不甲斐ないと謝られてもそれが父だと思っているルイにとっては驚くことではない。
「ベランジェ公を天虎神の傍に置くと言うことですか?」
「いや。必要な時しか呼ばない」
「ではルイが早急に襲爵する必要は」
「ない。この遠慮のない男を好んで傍に置くはずがないだろうに。毎日魔法を教えろと喧しいのが目に見えている」
たしかに。
聞いたライノとヴァルフレードはその理由で納得する。
天虎神という知識の宝庫が傍に居てベランジェ公が大人しくしていられるはずがないなと。
「そう考えると爵位を譲って湖に行った方が得では」
「私が継げるだけの力を得るまで我慢してください」
ベランジェ公は本当は公爵になりたくなかったからな。
ルイに譲り自分は魔法を学びたいというのが本心だろう。
ミケーレはルイから真剣に止められているベランジェ公を見て苦笑した。
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