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第五話「長期的出張と長期的逃亡生活の始まりについて」
王女殿下
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揺れる船の上、身分を偽装した乗組員が多数乗船している大型フェリーの客室。
そこで、船の揺れなど全く気にしていないかのように紅茶を飲んでいる少女がいた。
少女と言ったものの、彼女のその仕草一つ一つに気品が溢れ、街中を歩いたら誰もが振り返るであろう、美しい容姿をしていた。綺麗で長いブロンドの髪はおさげにして纏めていて、整った白い肌、そして宝石のような碧眼を持っている。
しかし、彼女は今、その美しい顔は表情を曇らせていた。
彼女が一つため息をついて、空になったティーカップを机に置く。
「何故、お父様は今さら私を島流しになどしたのでしょう。勝手に城を出て将校を労いに出向いたことがそんなにいけなかったのか……それとも、義勇兵団の兵舎に一人で応援をしに行ったことが不味かったのでしょうか……もしかして、日本にいる“彼”に会うための口実を作ってくれた? 嗚呼、確か、日本ではツンデレと言うのでしたね」
「……どれも違うと思いますが、プリンセス・メアリー」
姫と呼ばれた少女の傍にいた、簡易的な装飾がついた礼服を着た若い男が、その独り言のような言葉に答えた。
こちらも金髪碧眼でスリムなハンサムと言った容姿をしていて、腰には装飾品兼実用品の長剣を吊るしていた。
その少女、“メアリー三世”は「あら、いやですねジャック」と言って
「二人きりなのだから、いつもの調子で話してください。そんなに畏まられてると、どこかの誰かが聞き耳を立てているのかと疑ってしまって、私は怖くて怖くて仕方なくなってしまいます」
そう言って、クスクスと意地悪そうに笑う。
ジャックは、今の亡命のような状況にあるにも関わらず、普段と全く変わる様子のない仕えるべき主、そして幼少期から遊び相手を務めてきた少女の視線に耐えかね、先ほど少女がしたのよりも大きくため息をつくと、姿勢を崩した。
「それでは失礼して……メアリ、陛下が君とアイヴィー嬢の身を案じて、個人的な友人の手すら借りて。こうして危険から遠ざけようとしてくださったのだから、あまり悪く言う物ではない」
と、王族に対してするにはかなり砕けた態度になった。これが彼本来の素なのだろう。
そんな配下の態度に、メアリは満足そうな顔をして「よろしいです」とだけ言うと、紅茶の入ったガラス製のポットをゆらゆら揺らす。
中の赤い液体の動きを見ながら、ジャックの方へは視線を向けずに、話し始める。
「そんなことを言ってもですねジャック、どうせお父様は私がいても役に立たないとお思いなんですよ? 私だって国を守るためならば、AMWにだって乗ってみせると言ったのに……でなければ、東の果てになんて送るものでしょうか」
「メアリのそういう、過剰な行動力のせいだとは思わないのか? 幼馴染のアイヴィー嬢だってまだ節度を持っているというのに」
話に出ているアイヴィー・ヴィッカースは、BMGシステムズという、英国において国防兵器の開発、生産を担う大企業の会長の娘である。
企業は王家とも関わりが深く、クーデターの発生時にも、真っ先にそれに対抗すべく、最新鋭の第三世代AMW『カーテナ』を、近衛軍に引き渡していた。
そして、そこの令嬢であるアイヴィーも、メアリとは幼少期からの親友同士であった。
彼女は、脱出の際にひと悶着あって、別の船室で休んでいた。本社から脱出する際に一悶着あり、怪我こそ無かったのだが、心労が祟って、今はぐっすりと安定剤を飲んで眠っている。
「あらあら、それじゃあ私が悪いみたいじゃないですか……それに、アイヴィーだって、コンカラーⅡくらいなら、私が乗馬をするのと同じくらい上手に扱えるって言ってたわ……あら、だから揃って島流しになのかしら?」
コンカラーⅡは、英国陸軍の主力AMWである。重装騎士の如き分厚い装甲に大型の近接戦闘用ランスを振るう、国防の盾であった。
それが今では、その国に牙を剥く名前通りの『征服者』になろうとしているのが、皮肉な話であるが、
「アイヴィー嬢はご実家がご実家だからな、そのくらいできて当然だろう。メアリが乗馬をするのと同じくらいには」
「まぁ、それはいいんですよ。私だって好きで戦いたいってわけではないですから……それに、インドやシンガポールに行かされるよりはずっと良い」
ポットを揺らす手を止めて、窓の外、暗い闇で何も見えない中に碧眼を向ける。メアリは、そこではない遠くを見るような眼をしていた。
ジャックは、それを意外そうな顔で見ていた。自分の主人が、他国に興味を示すことなど中々無かったことだ。それも日本とは、
「そんなに日本に興味があったとは知らなかった。それで日本語の勉強をしていたのか? ただの道楽とでも思ったが」
「あら、道楽だなんて、これでも頑張って覚えたんですよ? 私が興味を持ったのは日本に……というよりは一人の男性に、ですけど」
言って、ポットの中身をティーカップに注ぐ。
その仕草も気品があり、そして紅茶の表面に写ったメアリの目が、妖艶に光った。
「どうせ日本に着いたら学校にでも通うことになるのでしょう? そしたら、まず人探しをしないといけません……勿論、手伝ってくださいますね。我が騎士?」
有無を言わさぬ威厳の呼び名でジャックに問い掛ける。それに騎士は即答する。
「……それが貴女様の願いであるならば、プリンセス」
「よろしい」
上機嫌そうに微笑んで紅茶に口をつけるメアリに、しかしジャックが「けれども」とまた砕けた風に言う。
「その愛しの人を探すのはまぁいいとして、一つ訂正すべきことがあるな」
その言葉に、メアリは眉を顰める。
「あら、何ですか?」
彼女に向かって、もう我慢ならぬという顔をしたジャックは言い放った。
「さっきから島流しにと言っているが、我が英国だって島国だぞ、メアリ」
「ジョークですよ、ジョーク」
そんな二人を乗せて、船は闇夜の中を進む。
その遥か下に、数隻の潜水艦を従えて。
船員の中に紛れ込んだ兵士が睨みを効かせる中。
日本へ向けて、進んでいく。
そこで、船の揺れなど全く気にしていないかのように紅茶を飲んでいる少女がいた。
少女と言ったものの、彼女のその仕草一つ一つに気品が溢れ、街中を歩いたら誰もが振り返るであろう、美しい容姿をしていた。綺麗で長いブロンドの髪はおさげにして纏めていて、整った白い肌、そして宝石のような碧眼を持っている。
しかし、彼女は今、その美しい顔は表情を曇らせていた。
彼女が一つため息をついて、空になったティーカップを机に置く。
「何故、お父様は今さら私を島流しになどしたのでしょう。勝手に城を出て将校を労いに出向いたことがそんなにいけなかったのか……それとも、義勇兵団の兵舎に一人で応援をしに行ったことが不味かったのでしょうか……もしかして、日本にいる“彼”に会うための口実を作ってくれた? 嗚呼、確か、日本ではツンデレと言うのでしたね」
「……どれも違うと思いますが、プリンセス・メアリー」
姫と呼ばれた少女の傍にいた、簡易的な装飾がついた礼服を着た若い男が、その独り言のような言葉に答えた。
こちらも金髪碧眼でスリムなハンサムと言った容姿をしていて、腰には装飾品兼実用品の長剣を吊るしていた。
その少女、“メアリー三世”は「あら、いやですねジャック」と言って
「二人きりなのだから、いつもの調子で話してください。そんなに畏まられてると、どこかの誰かが聞き耳を立てているのかと疑ってしまって、私は怖くて怖くて仕方なくなってしまいます」
そう言って、クスクスと意地悪そうに笑う。
ジャックは、今の亡命のような状況にあるにも関わらず、普段と全く変わる様子のない仕えるべき主、そして幼少期から遊び相手を務めてきた少女の視線に耐えかね、先ほど少女がしたのよりも大きくため息をつくと、姿勢を崩した。
「それでは失礼して……メアリ、陛下が君とアイヴィー嬢の身を案じて、個人的な友人の手すら借りて。こうして危険から遠ざけようとしてくださったのだから、あまり悪く言う物ではない」
と、王族に対してするにはかなり砕けた態度になった。これが彼本来の素なのだろう。
そんな配下の態度に、メアリは満足そうな顔をして「よろしいです」とだけ言うと、紅茶の入ったガラス製のポットをゆらゆら揺らす。
中の赤い液体の動きを見ながら、ジャックの方へは視線を向けずに、話し始める。
「そんなことを言ってもですねジャック、どうせお父様は私がいても役に立たないとお思いなんですよ? 私だって国を守るためならば、AMWにだって乗ってみせると言ったのに……でなければ、東の果てになんて送るものでしょうか」
「メアリのそういう、過剰な行動力のせいだとは思わないのか? 幼馴染のアイヴィー嬢だってまだ節度を持っているというのに」
話に出ているアイヴィー・ヴィッカースは、BMGシステムズという、英国において国防兵器の開発、生産を担う大企業の会長の娘である。
企業は王家とも関わりが深く、クーデターの発生時にも、真っ先にそれに対抗すべく、最新鋭の第三世代AMW『カーテナ』を、近衛軍に引き渡していた。
そして、そこの令嬢であるアイヴィーも、メアリとは幼少期からの親友同士であった。
彼女は、脱出の際にひと悶着あって、別の船室で休んでいた。本社から脱出する際に一悶着あり、怪我こそ無かったのだが、心労が祟って、今はぐっすりと安定剤を飲んで眠っている。
「あらあら、それじゃあ私が悪いみたいじゃないですか……それに、アイヴィーだって、コンカラーⅡくらいなら、私が乗馬をするのと同じくらい上手に扱えるって言ってたわ……あら、だから揃って島流しになのかしら?」
コンカラーⅡは、英国陸軍の主力AMWである。重装騎士の如き分厚い装甲に大型の近接戦闘用ランスを振るう、国防の盾であった。
それが今では、その国に牙を剥く名前通りの『征服者』になろうとしているのが、皮肉な話であるが、
「アイヴィー嬢はご実家がご実家だからな、そのくらいできて当然だろう。メアリが乗馬をするのと同じくらいには」
「まぁ、それはいいんですよ。私だって好きで戦いたいってわけではないですから……それに、インドやシンガポールに行かされるよりはずっと良い」
ポットを揺らす手を止めて、窓の外、暗い闇で何も見えない中に碧眼を向ける。メアリは、そこではない遠くを見るような眼をしていた。
ジャックは、それを意外そうな顔で見ていた。自分の主人が、他国に興味を示すことなど中々無かったことだ。それも日本とは、
「そんなに日本に興味があったとは知らなかった。それで日本語の勉強をしていたのか? ただの道楽とでも思ったが」
「あら、道楽だなんて、これでも頑張って覚えたんですよ? 私が興味を持ったのは日本に……というよりは一人の男性に、ですけど」
言って、ポットの中身をティーカップに注ぐ。
その仕草も気品があり、そして紅茶の表面に写ったメアリの目が、妖艶に光った。
「どうせ日本に着いたら学校にでも通うことになるのでしょう? そしたら、まず人探しをしないといけません……勿論、手伝ってくださいますね。我が騎士?」
有無を言わさぬ威厳の呼び名でジャックに問い掛ける。それに騎士は即答する。
「……それが貴女様の願いであるならば、プリンセス」
「よろしい」
上機嫌そうに微笑んで紅茶に口をつけるメアリに、しかしジャックが「けれども」とまた砕けた風に言う。
「その愛しの人を探すのはまぁいいとして、一つ訂正すべきことがあるな」
その言葉に、メアリは眉を顰める。
「あら、何ですか?」
彼女に向かって、もう我慢ならぬという顔をしたジャックは言い放った。
「さっきから島流しにと言っているが、我が英国だって島国だぞ、メアリ」
「ジョークですよ、ジョーク」
そんな二人を乗せて、船は闇夜の中を進む。
その遥か下に、数隻の潜水艦を従えて。
船員の中に紛れ込んだ兵士が睨みを効かせる中。
日本へ向けて、進んでいく。
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