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第十話「米国の未成年軍人と日本の未成年自衛官について」

模擬戦

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 米軍、メイヴィス達が来日して二日目。

 密林と丘で構成された演習場を、三機のシュワルツコフが周辺を警戒しながら移動していた。先頭をメイヴィス、その左右後ろにリア、ハンスの並びである。

 現在、この三人は表向きのお題目である自衛隊との模擬戦を行なっているのだった。内容は、お互いに三機による小隊編成。非発見距離から開始。弾薬などは全てペイント弾を使用する。

 自分たちから敵に対して突撃する自衛隊の戦術に対して、米軍の戦闘におけるセオリーは、ファーストルックからの待ち伏せによる、敵機の撃破だった。

 そのためには、相手を先に発見でき、且つ見つかり難い場所に陣取る必要がある。前者に関しては、小高い丘に布陣することで索敵範囲を広げられ、後者は、密林に隠れることで条件を満たすことができる。

 守備的な戦闘方法だが、自陣営の損害を最低限に抑え、相手に甚大な被害を与えるには、非常に効率が良い戦法であった。主力機であるシュワルツコフも、そう言った戦闘方法を得意とする機体である。

 目標のポイントまであと数百メートル地点。大型の機体で、できるだけ足音を殺し、木々を揺らさないように歩くというのは、一般的なパイロットであったなら常に冷や汗をかくような操縦だ。だが、この三人は慣れているとばかりに平然とそれをこなしていた。

 それ故に、無言の行軍に飽きたリアが「ねー少佐ー、敵まだー?」などとぼやくのも、ある程度仕方のないことなのかもしれなかった。

「まだじゃないわよ。索敵担当はリアでしょう、貴方が見つけなくてどうするのよ」

『だってー、私レーダーとか使うの苦手だしー』

 そうぼやきながら、リアのシュワルツコフは首をぐるんぐるんと巡らせる。

 米軍のAMWには、日本産機に標準搭載されている、高性能補助AIと言った物はついていない。高性能なアビオニクス、レーダー類を積んでいても、それを扱うのは機体を操っているパイロットの仕事なのだ。

 不慣れなパイロットだと、今のリアのように、レーダーを向かせた方向を見て、思考し、そしてまた別の方向を探る。という一連の動作にも、もたついてしまう。

 米軍製のアビオニクスと言えば、高性能にして複雑怪奇という言葉がそのままぴったり当てはまる代物である。その性能をフル活用するには、相応の技術と知識が必要だった。

 リアが嘆いている細かい調整、レーダー波の指向やら出力やら方式切り替えなどと言った作業を、ほぼ全自動で行ってくれるTkー7とは、根本からして違うのだ。

 ぶーたれながら頭部のセンサーマストを振り回すリア機を見て、メイヴィスは「もっとセンス良く動かせないのかしらねぇ……」と呟いた。そして、ふと自機の索敵レーダーを起動させた。ほぼ無意識に近い動きで最適の設定を入力し、周辺を探り始める。

(まぁ、流石にまだ接敵するような時間じゃないけど……センサーのチェックみたいな物ね)

 直後、円形のレーダーに丸い点が三つ、丘と森林で遮られた中での索敵範囲ギリギリである、二キロ地点から、一直線にこちらに突っ込んできているのが映った。メイヴィスはレーダーを思わず二度見した。

「は、はぁ?!」

 普段聞き慣れないメイヴィスの驚愕した声に「少佐?」「た、隊長?」と僚機が狼狽える間にも、レーダーの三つの点、自動で「A1、A2、A3」とタグが割り振られた敵機が、こちら目掛けて爆進とも言える速度で迫ってきていた。

(速い!)

 思わずその方向を見ると、丘に登っていたからか、若干見下ろす形で望遠カメラにその機影が写った。陸上自衛隊のTkー7。一瞬、木々から姿が見えた瞬間、その頭部カメラと目が合った気がして、メイヴィスは久方ぶりに、ぞくりと悪寒を感じた。

 驕っていたつもりなど微塵もなかったが、それでも自衛隊の、いや、日野部が統べる部隊がここまで驚異的に見えるとは思っていなかった。もし、自分がレーダーを起動させていなければ、敢え無く先制攻撃を受けていたことだろう。

「九時方向、距離二千、敵機三!」

 メイヴィスがそう発すると同時に、ハンスのシュワルツコフが、弾かれたようにその方向に銃身を展開して射撃姿勢に移った。「えっ、早くない?!」と少し遅れて、リアの機体も同様の構えに入る。

 彼我の速度差は絶望的、であるならば、ここで迎え撃つのが最適解。メイヴィスは先頭を走るTkー7に照準する。

「射撃目標、A1!」

 データリンクで情報統合された三機が、先頭を走るTkー7に狙いを定めた。ロックオン。

「――攻撃開始!」

 機体が手にしている四十ミリライフルが、塗料を満載した砲弾を吐き出した。

 ***

「お前らなぁ、先に発見したのに負けるとはどういうことだ!  しかも揃いも揃って!」

 模擬戦終了後、全身ピンク色になったTkー7がずらりと並ぶ前で、項垂れている自衛官達の前を部隊長が怒鳴りながらうろうろしていた。

 結果だけを言うと、模擬戦に参加した自衛隊側はほぼ惨敗。参加した五小隊の内、あと少しと言うところまで言ったのが一つか二つか、と言ったところで、残りはてんで見当違いの方向を駆け回って撃破判定を受けたり、真正面から馬鹿正直に突撃を掛けて塗料塗れにされたりと、それはもう散々であった。

 大の大人が叱られてしゅんとしているのが、ずらっと並ぶと、傍から見ていると総観……でもなく、ただなんというか、情けなかった。

「テロリストが今回の演習相手と同じ戦法、技術、装備、状況だったら、お前達は民間人を犠牲にしていたんだぞ!  我々は如何なる状況においても敗北は許されないということを忘れたのか!」

 一際大声で叫ぶと、部隊長は「全員、俺がいいと言うまで走ってこい!」とグラウンドを指差して言った。並んでいた自衛官達は「はいっ!」と返事をして、不平一つ漏らさずに、駆け出して行く。

 それを遠目に見ていたリアは「やーね少佐、弱いと大変で」とメイヴィスに言って、頭に拳骨を貰っていた。頭を抑えて「痛ーい!」と呻いているリアを見下ろす彼女の心中は穏やかではなかった。

 模擬戦の一戦目、あの時、自分が索敵を行わなければ、全滅は免れなかった。自衛隊側の練度が低いと言うわけでは決してないのだ。むしろ、同じシチュエーションになったとして、メイヴィス達以外のパイロットだったなら、対応できていたかどうか、メイヴィスは思案した。

 答えはノーだ。アメリカの同僚達や部下には悪いが、奇襲を察知できたとしても、そのまま殲滅されていた可能性が高い。ペイント弾とは言え、音速を超える弾丸を回避して見せるパイロットなど、機体の運動性能があったとしても、そうはいない。

 もしも、今相手をしていた自衛隊側と全く同じ敵がテロリストとして現れたら……思わずした嫌な想像を、メイヴィスは首を振って振り払った。

「少佐ってばひどーい!  乙女の頭をぶつなんて!」

「酷いのは貴方の口の悪さだし、乙女である前に兵士でしょ。そんなことより、あの索敵の仕方はなんなの?」

 目尻を吊り上げたメイヴィスは「今からハンスと一緒に徹底的に教え直すからね」と、リアのあり首を掴んでずるずる引き摺っていく。「ええーっ」と不満の声をあげる部下のことなどお構いなしである。

 これからは部下もこの子も、一層厳しく指導しなくてはならない。メイヴィスはそう決心した。

 部隊長が先ほど言った通り、対テロ戦闘において、正規軍に負けは許されない。それは、自分たち米国陸軍でも全く一緒なのだから。
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