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第十一話「模擬戦と乱入者と保護者の実力について」

少年と少女の戦い

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 翌朝。天気は晴天。模擬戦日和と言ったところだろうか。
 演習場最寄りのハンガー内で、昨日とは打って変わって上機嫌なリアと、顔に「大丈夫かな」と書いてあるような、不安げな表情をした比乃が模擬戦のレギュレーションを確認した。部隊長とメイヴィスに見送くられて、各自の乗機に向かう。そんな二人の様子に、両保護者は揃って「うーん」と怪訝そうな声をあげた。

「比乃のやつ、ステルス機が相手だからってあそこまで不安がることもないだろうに……心視と志度が、昨晩から比乃の様子が変だとか言っていたが、それと関係があるのか?」

「リアも、昨日の夜に飲み物を買いに行ってからずっとあの様子なのよね」

「そこで何かあったのか……仲直りでもしたのか」

「そうだといいんだけど、なんだか私、嫌な予感がするのよね」

 腕を組んで首を傾げる二人の後ろでは、観戦に来ていた自衛官と日米整備班が、どちらが勝つかで賭けを始めていた。主催であり胴元の宇佐美が「さぁはったはったぁ!」と叫ぶと、賭博の徒と化した集団からやいのやいのと「三曹に二口!」「米産美少女に三口!」どちらが勝つかで白熱している。

 それを諌めるべき立場であろう部隊長まで「比乃に十口!」大声をあげて混ざり、メイヴィスがノリについて行けず呆然とする前で、ハンガーは小規模な賭博場と化したのだった。
 そして意外なことに、比乃とリアの賭け数は綺麗に半々に割れた。

 賭けに参加した連中が、即席の券を握り締めて「頼むぞ……!」などと勝手に呟く中、模擬戦の始まりを知らせるアラームが鳴った。

    *   *   *

 ハンガーでそのような緊張感ゼロのやり取りがされていたとは露ほども知らない比乃は、乗機であるTkー7改のコクピット内で、緊張半分、不安半分の面持ちで、操縦桿に供えた手を握ったり開いたりしていた。

 勝てるかどうか、に対して不安感を抱いているのではない。もしも、リアが有言実行して真正面から突っ込んで来てしまった場合、対ステルスのテストができなくなってしまうことを心配しているのだ。

 昨晩はあの後、比乃は更に一時間ほど掛けて対ステルス戦術について考えて、自分なりの対応策を用意してきていた。リアがメイヴィス辺りに窘められて、通常通りに、つまりステルス性を最大限に活かした戦術を取ってたら、中央に棒立ちなどしていたら、何もできずに撃破判定を貰ってしまう。

 そこで、比乃は中央から数百メートル後方の森林の隙間から、木々の隙間からTkー7の逆三角形型のセンサーを突き出した形で、様子を伺うことにしたのだった。模擬戦が始まってからすでに三分経つ。未だに相手の機影は捉えられていない。

(やっぱり、怒られでもしたのかな?)

 真正面からのタイマン、というのも比乃個人としては望む所ではあったのだが、これは性能評価を行うことが目的の模擬戦であり、お仕事である。比乃は仕事優先で動く人間であった。

 その折、補助AIが《動態反応を感知》と合成音声で告げた。比乃がモニターを確認すると、青い塗装に細身な機体、どこか戦闘機を人型にしたような印象がある機体、XM6が、周辺を全く警戒する様子もなく現れた。

 比乃が「ま、まさか……」と思わず漏らす前で、青い機体は周囲をぐるりと見渡してから、パイロットの心境を表すように首を傾げた。どうやら、本当に正々堂々勝負をしに来たらしかった。

 比乃がどうしたものかと判断に困っていると、XM6が何か閃いたとばかりに、両手のマニピュレータをぽんと合わせると、その外部スピーカーから、

『せんぱーい、もう待ち合わせ場所来てますよー?』

 などと声を上げ始め、比乃は思わず操縦桿から手を離して頭を抱えた。模擬戦とは言え、戦闘中に外部スピーカーを使って、相手に自分の位置を知らせるバカがどこにいるのか――居た、約四百メートル先に。

 同じ頃、ハンガー前に設置された大型モニターでドローンからの中継でこれを見て居たメイヴィスは「あのお馬鹿……!」と比乃同様に頭を抱えていた。横にいた部隊長は「はっはっは」と笑いながら、隣にいた副官に「始末書の用意をしておけ」と指示を出した。

 模擬戦が終わったらお仕置きが確定したリアは、そんなこと知らないとばかりに『せんぱーい?』と、待ち合わせ相手を探すように声を上げながら、青い機体を闊歩させていた。

『おっかしいなぁ……近くにいるのは確実なのに……』

 その声から「レーダー波でも察知されたか」と比乃はセンサーを切って、有視界戦モードに切り替える。少しするとリアは『もう、先輩ったら正々堂々戦おうって言ったのに!』と怒り始め、最新鋭機で地団駄を踏んだ。そのとてもシュールな光景に、比乃は判断力が鈍るような気がして頭をぶんぶん振った。

(もういっそ撃っちゃった方がいいんじゃないだろうか)

 比乃はそう思い始め、腰にマウントしていた短筒を手に取らせた。次の瞬間――

『あ、先輩みーっけ!』

 突然、XM6の頭部センサーが、Tkー7が身を潜めていた地点に向いた。比乃がぎょっとしている間にも、全速力で駆け出してくる。

 XM6には超高精度の最新パッシブセンサーが搭載されている。直接視認、あるいはレーダー照射を行わずとも、相手が音を立てたり熱源を発したりして反応を出せば、即座にその位置を特定することができるのだ。頭部のブレードセンサーが無ければ索敵もままならないTkー7とは、アビオニクスの性能が違う。

「なにっ?!」

 余りにも早い被発見に、これは予想していなかった比乃がぎょっとして短筒を素早く取り出して、発砲。しかし、咄嗟に構えた照準は定まらず、的外れな場所をペイント弾が汚す。

『先輩ったら下手くそね!』

 対して、接近しながらAMW用ライフルを取り出したリアの射撃は正確だった。構えられた瞬間、比乃が機体を跳躍させると、正に今いた場所がペイント弾でピンク色に染め上がる。

 飛び上がったTkー7は更なる射撃を、腰のスラスターを瞬かせることで直角に回避。空いている手でナイフを取り出すと、そのまま飛ぶ様にしてXM6の懐めがけて飛び込む。

 リアも高振動ナイフを腰から引き抜き、それを受け止める。一瞬の鍔迫り合い。受け止めたXM6が上に受け流し、Tkー7はスラスターを使い、空中で横捻り前転をして相手の後方に着地、ちょうど相手の背後を取る形になり

(獲った――!)

 確信した比乃が機体を一気に前進させ、ガラ空きに見える相手の背中にナイフを叩きつけようとした。しかし、次の瞬間その背中が消えた、否、そう見えた。

 一瞬戸惑った比乃の脳裏に、先日行った剛との模擬戦の一幕が浮かんだ。
 このパターンは――

「足払いかっ!」

 気付いた時には、すでに低く低く屈んでいたXM6の片足が、Tkー7の足を引っ掛けていた。同じ手に早々引っ掛かるかと、比乃は前回と同様か、それよりも素早い動きを見せた。短筒を手放した片手で地面に手をつくと、そのまま前転して距離を取る。そして振り返り、青い機体と向かい合う。

『先輩って器用ね、まるでサーカスみたいな動きしてたよ』

 言って『フェアじゃないから、こっちも同じ条件にしてあげる』と、XM6がライフルを後方に放り捨て、ナイフを半身で構えた。

『勝負はまだまだこれからなんだから、もっと楽しも?  先輩』
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