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第十七話「宝石箱と三つ巴の救助作戦について」

幕引き

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 丸っこい装甲の内側、コクピットの中。
 ステュクスが忌々しげに、サブカメラ頼りの不鮮明な視界のモニターに映る、彼方からこちらに損傷を与えて来た機体を睨みつけた。その彼女の耳に、同僚の少女の呆れた声が入ってきた。

『やれやれ、隊長に頼まれて来て見れば、予想以上の劣勢ですね。ステュクス?』

 ドーリスだった。彼女は北側で西洋鎧を殲滅した後、未だに自衛隊が暴れている格納庫に向かったオーケアノスと別れて、ステュクスの救援に現れたのだった。

「うるさいっ、一対一なら私が勝ってたのに……」

『戦場に卑怯も何もないと、隊長も言っていたでしょう。下がりますよ』

「ま、まだ戦える!  それにドーリスがいれば……」

『駄目です。隊長から貴方を連れて下がれと命じられていますから、それに先程の鎧もどきがまた基地に向かって来ています。彼らを相手取る余裕はありません』

 駄々っ子に言い聞かせるように言ってから、外部スピーカーをオンにして『日比野軍曹』とこちらを警戒している機体に話しかける。

『隊長から言伝です……次に会った時は容赦しない、だそうです』

 そう伝言を告げると、比乃の機体は肩を竦ませてから『こっちこそ、次は確保なんて考えないよ』などと言ってみせた。ドーリスはその仕草と口振りにふっと小さく笑みを浮かべると、独り言のように呟く。

「私も、貴方の実力を試す時が来るのを楽しみにしてますよ。日比野軍曹」

 そしてステュクス機に肩を貸すと、そのまま島の中心部に向かって跳躍し、闇夜へと消えて行った。

 突然の新手の登場と退場を、比乃はただ見守るだけであった。逃げる敵を追撃する余力も時間も、三人には残されていない。むしろ、こちらを見逃してくれた幸運に、ただ感謝するのみであった。

 ***

 格納庫側では、テロリストのAMWを散々蹂躙し尽くした安久、宇佐美の二人と、西洋鎧を片付けて来たオーケアノスが戦闘を繰り広げていた。すでに弾薬を使い切った安久らのTkー7改の二機は、近接戦闘のみでオーケアノスと互角に渡り合っていた。

 斬っては離れ、撃たれては避け、距離を詰められれば下がり、距離が離れれば詰める。数の利を活かして、相手のペースを掻き乱すように戦闘機動を繰り返し、ナイフとブレード一本で、熟練兵を相手取って見せていた。

『しっかし、硬い相手だこと』

「搭乗者もかなりの腕だ。隙が見えん」

 しかし、こちらも明確な決定打が打てずにいた。機体性能もそうだが、翻弄出来ているように見えて、相手は冷静にこちらの動きに対処し、隙あらば一撃で仕留めにこようと鋭い一撃を見舞って来る。

 こちらの攻撃も届いているようで、その全てが、厚い装甲部である腕部で受け止められていた。相手に相転移装甲がなくとも、致命的な一撃を加えられたかどうかと聞かれれば、否と言わざるを得ない。

(そろそろ、時間も不味いか)

 戦闘が始まってすでに五分、そろそろ島を脱出しないと迎えの船に間に合わなくなる。だが、目の前の相手はこちらと同等かそれ以上の運動性能を持ち、更に事前情報によれば水陸両用の機体であるという。万が一、離脱中の海中で攻撃されたらアウトだ。

 安久はモニターの片隅に表示されたフォトンスラスターの残量を見てから、覚悟を決めたように操縦桿を再度握り直した。

「どうにかして機動力を削いでから離脱する、それしかあるまい」

『しんどいわね、まったく』

 両者が武器を構えた。相手も両腕のクローを構える。その直後、対峙している中央にどこからか飛来した光線が着弾し、土煙を上げた。

「なんだ……?」

 Tkー7改と敵機が同時にそちらに目を向けた。そこには、一機の西洋鎧――これまで見たものよりも突起や飾りが目立つ、機動兵器というよりは、神像か何かのように見える。その色は赤く、また残骸の燃えている光源に当てられてキラキラと輝いている。
 その赤い西洋鎧は、対峙する両陣営の間に降り立つと、頭によく響く声を上げた。

『両者、もう無益な争いはやめるんだ!』

 その物言いにガクッとなったのは宇佐美のTkー7改だけであったが、安久とオーケアノスも呆気にとられた様子で、西洋鎧の挙動を見守っていた。どう対応したらいいのか判らないのである。

『争いは何も産まないと何故わからない?!  殺し合いなんて、誰も望んでいない!』

 男のように思える声が『そうだろう?!』とオーケアノスに向けて手を差し伸べるようにした。次の瞬間、その顔面にグレネードランチャーが叩き込まれた。撃った張本人はコクピットの中で「気狂いか何かか」と、冷徹にご高説への感想を述べる。

 榴弾を撃ち込まれた西洋鎧には傷一つ付いていなかった。ただ攻撃されたことに狼狽えている様子で、

『何をする!  我々ジュエリーボックスはただ争いを止めるために……!』

 尚も何か言い続ける西洋鎧に、追撃で機関砲も叩き込まれるが、弾丸は装甲に届く寸前で見えない壁らしき物にぶつかり、虚しく四散した。

「……今の内に引くぞ、宇佐美っ」

『あいあいさーっと』

 今が好機と見た安久が無線で撤退を告げると、宇佐美が安久のTkー7改の腕に捕まった。それを確認したのと同時に、安久はここまで温存し続けていたフォトンスラスターを全力で吹かした。

 いざという時の為に、戦闘中は極力使用を控えていたのが功を期した。軽量とは言えど数トンある機体を数百メートル吹っ飛ばす装置である。その出力は絶大であった。

『あ、待て自衛隊、おわっ』

 こちらに手を伸ばす西洋鎧が後ろからクローでど突かれているのを尻目に、安久と宇佐美は一直線に離脱ポイント目掛けて飛び去った。ぐんぐんと加速し、森林地帯を突っ切った。一気に離脱ポイント、水中器具を投棄していた場所まで難なく辿り着くと、すぐさま装置を再装着し、真っ暗な海目掛けて駆ける。

 そこで、別働隊のTkー7改二から通信が入った。比乃だ。

『こちらchild1、おかげさまで脱出成功。今、合流ポイントへ向かって移動中、child2も3も損傷あれど健在、どうぞ』

 久しぶりに聞いた相変わらずの声に、内心安堵しながら、安久と宇佐美のTkー7改は海へと潜っていき、そのまま水中具を使って海中を移動し始めた。ここまでくれば、もう安心だろう。ため息を一つ吐いて、通信に答える。

「了解、全員無事で何よりだ。詳しい話は船についてからにしよう」

 しかし、あのふざけた西洋鎧が出てこなかったら、どうなっていたか……もしかしたら脱出に失敗していたかもしれない。

「ジュエリーボックス……宝石箱、か」

 それが、OFMを操る組織の名前らしい。小規模とは言えない基地を集団で襲撃するほどの組織力とそれを可能にする装備を持った敵、そしてあの謎の言動。気になることは山ほどあったが、

『日比野ちゃーん、寂しくて泣いたりしてなかったー?』

『流石に泣きはしませんでしたよ』

『そんなこと言ってー、本当は何度か泣きそうになったりしたんでしょー、可愛い子ねー帰ったらハグしてあげちゃう!』

『勘弁してくださいよ……』

「お前達、船に戻るまでが任務だぞ」

 今は、大切な部下を取り戻せたことを素直に喜ぶことにした。口には決して出さなかったが。
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