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第二十五話「動き出す闇と新型の優劣について」

蛇の猛毒

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 施設での喧騒は、比乃と心視の耳にも入っていた。黒煙が上がっている施設に通信を入れると、後ろから悲鳴や戦闘音が混ざった通信が繋がった。

「こちらchild1、さっきの爆発と発砲音はなんですか?」

『テロだ!  奴ら、PMCに紛れ込んでたか、最初からPMCそのものがテロリストだったかしたらしい!』

 騒ぎの原因がPMCの攻撃であることを理解するのとほぼ同時に、百メートル先でこちらと対峙していたTkー10が、こちらに向かって猛烈な勢いで突進してきた。

「比乃……!」

「わかってる!」

 受け答えをする間に、もう間合いに入っていたTkー10の腕が振るわれる。その先端に、薄緑色に輝くブレードが飛び出した。慌てて後退。緑の残光が弧を描いて、飛び退いたTkー11が居た空間を切り裂く。
 光分子カッター。Tkー9の一番機に搭載されていたクローアームと同じく、刃先でフォトン粒子を高速回転させることで対象を切り裂く兵器である。無論、こちらにも搭載されている。

「模擬戦用リミッター解除!」

 《了解 武装リミッター解除 完了》

 比乃の命令にAIが即座に対応する。機体にかけられていたリミッターを解除。Tkー10と同じ様に、Tkー11の腕部からも刃が飛び出し、薄緑色に発光する。

 それを確認したTkー10が、背中の羽根を前に迫り出させ、その砲身をTkー11に向けた。ペイント弾しか装填されていないはず──そう思った直後、比乃は確かな予感を感じて、機体を横っ飛びさせた。
 相手の砲身から大口径の徹甲弾が飛び出し、背後にあったビルの基礎を破壊した。倒壊する建造物から逃れるように、機体を動かし、落ちてくる残骸と追撃の射撃から逃れる。

「どうして、実弾が……」

「最初からスタッフの中に裏切り者がいたんでしょ!」

 そうとしか考えられない。驚愕する心視に比乃が叫ぶ様に答えながら、ビルの隙間を縫う様にして移動し、姿を隠す。

「とにかく、今はここを切り抜けないと……心視、牽制射撃、よろしく」

「でもペイント弾……いや、わかった、任せて」

 比乃が言わんとすることを理解した心視が頷く。その時、AIが《接近警報》とアラームを鳴らした。瞬時に判断し、背にしていたビルから、前転の要領で離れる。その直後、ビルの中を突き抜けて来た漆黒の機体が壁を突き破って現れた。一閃を辛うじて避けたTkー11が、起き上がって姿勢を立て直す。

 クロスレンジで対峙した二機。一瞬の硬直の後、比乃から斬りかかった。身を沈めた姿勢から、下から跳ね上がる様に緑刃が走る。しかし、それをTkー10は易々と自身のカッターで打ち払って見せた。

「このっ!」

 それでもTkー11の動きは止まらない。弾かれた右腕をそのまま流し、逆の腕にも突き出した光分子カッターを突きを放つ。先ほどとは比較にならない、牽制でもない必殺の一撃。だが、漆黒の機体はこれを素早く後退してすんでの所で避けると、背中の砲身を再度展開した。その銃口が白い機体を睨む。

 比乃は舌打ちしつつ、機体を横に倒してその勢いのまま横転することで射線から逃れた。自身も砲身を展開する。弾倉に詰められているのは、相手と違ってただのペイント弾である。けれども、構わずに心視が照準。発砲。

 狙うのは相手の頭部、メインカメラ──避けようともしなかった相手だが、頭部をペイント弾が掠めて、その狙いを理解したのか、続いての射撃を腕でガードした。漆黒の腕を、洗っても中々落ちない特殊塗料が汚す。そう、対象の破壊こそ狙えないが、メインカメラやサブカメラに直撃させれば、塗料による目潰しは狙えるのだ。心視の技量であれば、頭部という小さい的に当てることも難しくない。

「……防がれた。気づかれた、みたい」

 心視が悔しそうに呟く。それでも、常に頭部を守って戦わなければならないというプレッシャーを掛けることには成功していた。相手の動きが目に見えて鈍くなる。

「牽制は効いてる。充分だ」

 言いながら、相手の銃撃を右に飛んで回避する。可能な限り素早く機体を一転させて、相手側に振り向くが、Tkー10はすでに眼前まで迫って来ていた。

 Tkー10の両腕に展開されたカッターが唸りを上げてTkー11に襲い掛かる。それを右へ左へ、時に弾き、受け流し、白い機体は健気に連続の斬撃を捌き続ける。そして時に反撃の一撃を繰り出す。もし、今乗っているのがこの機体ではなくTkー7だったら、今頃コクピットブロック毎、身体を真二つにされていただろう。

 この機体、Tkー11の反応速度と運動性能だからこそできる見事な回避を見せる機体の中、比乃はそれでも呟く。

「強い……!」

 こちらも最新鋭機ならば相手も同規格の最新鋭機。性能差はそこまで違いはないが、技量は明らかに相手の方が上だ。

(それにこの動き、どこかでーー)



「ああ、楽しい、楽しいですわ!  やはり実機でないと、あの時の続きはできません!」

 上気する頰、快楽に歪む口元、見開かれる瞳。奪取し我が物としたTkー10の中で、エンサー……否、ラミアーは興奮を隠せずにいた。

 ラミアーは、目の前の白磁色の機体に乗っている比乃が、あの伏木港で戦ったTkー7のパイロットであることを知っていた。知っていたからこそ、この仕事を受けたのだ。
 動き方は基本に忠実な様に見えて、隙があれば奇襲を仕掛けてくる度胸。粘り強い、諦めの悪さが滲み出ている受け捌き。その一つ一つの動きが、伏木埠頭でのTkー7と、ゲームセンターで手合わせした時の動きが重なる。

「さぁ、さぁさぁ、もっと早く、早く動いてくださいまし!」

 怒涛の勢いで繰り出す刃が、遂にTkー11の薄肌を捉えた。僅かに削れる表面装甲。確実に、白い機体の動きは鈍りつつあった。獲物を追い詰めているという事実が、ラミアーを更に興奮させる。白磁色の全身に細かい傷を作っていく機体、しかし、とどめはまだ刺さない。まだ、遊び足りない。

「まずは右腕から!」

 千切って嬲って楽しもう。そう思いナイフを振るおうとした直前、Tkー11本体の動きとは全く別の意思で稼働した背中の砲塔が、Tkー10を睨んだ。

「!」

 先ほどのことを思い出し、思わず右腕で頭部をガードしつつ後ろに下がる、それと同時に発射されたペイント弾が、黒い装甲を更に汚した。
 あれを頭部に受けたら、流石にこちらが不利になる。すんでのところで入った邪魔に、興奮も冷めたラミアーは苛立だし気に呟く。

「捥ぐのは後ろのお邪魔虫からでしょうか……?」

 自分の楽しみを邪魔するサブマニピュレータを潰すことを優先しようか、ラミアーは思考する。
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