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第二十六話「上官二人と休暇について」

入浴と保護者の不安

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 ファミレスを出た五人は、その後、ぶらぶら街中を歩いて回った。アクセサリーショップなどで小物を購入したり、ファッションショップで心視と志度が着せ替え人形にされたり、屋台で甘いもの食べたりと、東京歩きを満喫した。

 そして夕方も目前といったところで、電車の席で揺られること数十分。宇佐美曰く、本日最後の目的地に到着した。

「ちょっと早いけど、お風呂よお風呂!」

 そう言って宇佐美が入って行ったのは、スーパー銭湯であった。そこは、普通の銭湯をレジャーやその他施設で拡大した風呂屋のことで、この東京にも三十以上の店舗がある、知る人ぞ知る娯楽施設なのだ。

 今回は、その内の一つの「首都圏の湯」という安直な、若干センスが悪く思えるネーミングのスーパー銭湯にやってきたのである。
 土産やグッズが並び、奥に座敷の休息所も見える通路を通り、更衣室の入り口で料金を支払う。都心の立地にあるにしては、リーズナブルだった。

「それじゃ、また後でねー、お互いゆっくりしましょー」

「うむ、ゆっくり浸からせてもらう」

 男性陣と女性陣に別れて更衣室に入り、衣服を脱いでタオルを持ち、ガラガラと横開きの扉を開けると、中はだだっ広い空間だった。四隅にそれぞれ洗い場、ジェットバス、冷水風呂にサウナ、岩盤浴のコーナーまであり、中央に大きな浴槽があり。時間が時間であるからか、客の数は疎らで、半分貸切に近い様子だった。志度が「貸し切りだな!」とはしゃぐ。比乃も、足の義足が目立たないので、これは有難かった。

「でっかい風呂があるぞ比乃!」

「そりゃあ銭湯だし……志度、入るのは身体洗ってからね」

 そんな会話をしながら、三人は鍛え上げられた身体を、比乃は履きっぱなしの義足まで丹念に洗い、中央の大きい浴槽に身を沈めた。縁に背中を預け、心地良い温度の湯が身を包み、全身から力と疲れが抜けていく感覚に、男三人は揃って「ふぅー」と息を吐いた。

 それから無言で、時折深く息を吐いたりしていると、志度が「あー」と脱力し切った間延びした声を出した。

「俺あれだなー、サウナって奴試してみたい。暑いんだろ確か」

「行ってくればいいじゃない、何分入ってられたか測っといてあげるよ」

 そこに時計あるし、と比乃が言うと、志度は「それじゃあ行ってくる」と立ち上がり、タオルを片手にサウナ室へと向かって行った。ちなみに、沖縄の第三師団にはないが、愛知や京都にある駐屯地には下士官も使えるサウナがあったりする。

 安久と二人きりになった比乃は「志度のことだし、十分くらいは余裕で入ってられそうだなぁ」などと予想していると、今度は安久が、普段出さないような「むぅぅん……」という唸り声を出した。

「どしたの剛、志度と一緒にサウナ行ってくる?」

「いや、志度と我慢比べは若干興味があるが、それは置いておく……それよりだ。比乃よ、学校の方はどうだ、上手くやれているか?」

 安久に話を振られて、比乃は額にタオルを置いて「うーん」と少し間を開けてから

「学校は楽しいよ、昔、剛や宇佐美さん、第三師団のみんなで勉強を教えてくれたおかげで、勉強面じゃ困ってないし……まぁ、護衛対象がちょっとやんちゃだから、それ関係の苦労事は尽きないけど」

「報告書は俺も読んでいる。その、大変なようだな。色々と」

 報告書。比乃が週に一度、出来事の詳細を書いて沖縄の第三師団に送るレポートの内容は、直属の上司である安久も把握していた。

 その主な内容は、護衛対象である森羅やメアリ、その他クラスメイトの暴走について、どう対処したかなどが書かれていた。とても、護衛任務の報告書とは思えない内容になっている。というか、半分くらいは、比乃の愚痴で構成されていた。

「本当にそうなんだよ。この間だって、一人の男を取り合って男と男の決闘になったのを止めに入る羽目になったりしたし、それは無事に解決したけどさ」

「……護衛対象は女子生徒だったはずだが、それは護衛任務と何か関係がある話なのか?」

「……ああ、間違えた。これはまた別件だね」

 というか、男と男で男の取り合いとは一体何なのだ……安久は東京の高校生の生態が理解出来ずに考え込み始めたが、すぐに徒労であることを理解して、考えるのをやめた。
 今時の若者というのは、よくわからない物であるな。とそろそろ三十代に差し掛かる安久は、内心で勝手に納得した。

「まぁ、そういうことがあったり、護衛対象がはっちゃけたりして、色々大変だけど、それでも楽しいよ」

「そうか……いや、それなら良い。良いのだが」

 そこで言い淀んだ安久に、比乃が「なんだよ剛、何か言いたいことでもあるの」と聞く。安久は一頻り唸ってから、口を開いた。

「端的に言うとだな、俺はお前達が東京で上手くやれているのか、ずっと心配だった。不慣れな任務に始めての環境……それに、お前自身もテロリストに狙われている。個人としては、護衛任務は志度と心視に任せ、お前だけでも沖縄に戻し、駐屯地にずっと居させた方が、安全で良いのではないかとすら思っている」

 言いながら、安久は隣にいる比乃の顔を正面からじっと見つめる。その目には、純粋な心配の色が浮かんでいた。上司が自分に見せる初めての表情に、比乃は狼狽えた。そこまで心配をかけていたとは、思ってもいなかったのだ。

「でも、実際に護衛は必要なわけだし……それにほら、これまでだってなんとかなったしさ、大丈夫だって」

 比乃はしどろもどろに反論するが、それでも安久は口を閉ざさず、話を続ける。

「この間のTkー11の試験の件もそうだが、この国のテロ予防能力はがたがただ。防衛を担う身で言うのも何だがな……いつもテロが発生してから対処する他無く、後手に回ってばかりだ。沖縄よりも、比較的安全だと思っていた東京に居てもそうなのだったら、一層の事、師団の手が届く範囲に、お前の身を置かせて、我々で守った方が良いはずだ」

 そこまで一気に言い切って、

「比乃、部隊長には俺が話をつける。沖縄に戻ってこないか」

 そう言うと、安久は湯を含ませたタオルを顔に乗せて黙り込んだ。対して、比乃は安久の提案に対してどう返すのが正解なのか「ええっと……」と、答えに迷ってしまった。迷ってしまったが、それでも、自分なりの解答を告げた。

「剛がそこまで心配してくれてるとは思わなかったけど、僕は大丈夫だよ。自分の身は自分で守れるつもりだし、そりゃあ、一回は不覚を取って拉致されちゃったりもしたけど。それ以来の相手はちゃんと撃退出来てる」

 実際、自分を拉致しようとしてきた相手。恐らくは幹部に近いであろう強敵は、新型の性能も相まって撃破することに成功した。そして、比乃には東京に居たい理由が沢山あった。

「それに、東京に残って守りたい人達もいる。まだまだ鍛えてあげないといけない奴らもいる。一緒に居たいと思える面白い人達もいる……沖縄にはまだ戻れないよ」

 後半は独白のようだった。その比乃の返答に、安久は「……そうか」と短く答えると、再び無言になった。隣の上司が、今の答えを聞いて、何を思い、何を感じたのかは、超能力者でもない比乃には、わからなかった。
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