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第三十四話「それぞれの思惑と動向について」

軍人の懸念

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「アバルキン少佐」

 足早に、自分たちの部隊が待機しているAMW格納庫へと向かったエリツィナ中尉は、自機、黒色の塗装が成されたペーチルの足元で、大型のタブレット型情報端末を読み耽っている男性に声をかけた。

 彼、アバルキンと呼ばれたのは、白髪が目立つ頭髪に彫りの深い顔立ち、そして軍人特有の剣呑さを青い瞳に浮かべた、三十代後半に見える大柄の男性であった。

 声を掛けられた少佐は、情報端末から視線を上げて、エリツィナ中尉の方を向いた。その顔が、部下を労うように綻ぶ。

「中尉、もう報告は済んだのか」

「はっ、滞り無く」

 少佐の前でぴしっと見事な敬礼をする彼女に「楽にしろ」と片手で制すと、中尉は休めの姿勢を取った。
 そういう意味ではないのだが、と少佐は内心で思いながらも、訂正してもこいつは聞かないだろうと思い、そのまま会話を続けることにした。

「悪かったな、代わりに行ってもらって、今度、上質なウォッカでも奢ろう」

「いえ、大佐殿からの指名のような物でしたから問題ありません。少佐こそ、ブリーフィングお疲れ様です」

「ブリーフィングな……そういえば中尉にだけ説明していなかったが、我々に新たな作戦が指示された」

「それは、日本に関係する作戦でしょうか」

 割り込むように中尉がその言葉を口にすると、少佐は少し驚いた様子で「大佐に聞いたのか」と呟くと、中尉は無言で頷いた。自分の上官がどこまで話したか判らないが、それならば話は早いと、少佐は情報端末を脇に抱え、

「……その通りだ。他の隊員との打ち合わせは済んでいるが、中尉にも話をしないといかんな……ここではなんだから、ブリーフィングルームに行くぞ」

 そう言って歩き出した。その数歩後ろを、中尉が一定の歩幅で着いて行く。無機質な通路を歩くこと五分程、さっきまで隊員で賑わっていた、今は無人の作戦会議室へ二人は入り、少佐は適当な椅子に腰掛けた。

 一方の中尉は、立ちっぱなしで休めの姿勢を崩さないので、仕方なしに、少佐が座るように言って彼女を対面の椅子に座らせた。

「さて、作戦内容はどこまで把握している?」

「大まかな作戦の流れと指定日時、装備類については把握しています」

「そこまで聞いたのか、ならばあまり話すこともないな……今回の作戦だが、極めて機密性が高く、決して表沙汰に出来ん内容だ。もし世に知られれば、世界情勢にも影響する可能性がある。極めて特殊な任務となる。だが、今のところ作戦準備は問題なく進んでおり、スケジュール通りの決行となるだろう、そのつもりでいろ……何か質問はあるか?」

 そこまで話して、少佐は向かい側の相手に話す機会を与えた。いつも真顔で表情の薄い彼女が、珍しく、どこか当惑しているように見えたからだった。彼なりの気遣いであった。

 質問の機会を与えられた中尉は、一瞬、悩むように表情を変えたが、すぐにいつもの仏頂面に戻ってから「では、一つ」と切り出した。

「──日本の自衛隊と合同演習を行うとのことですが、少佐はどうやってこの作戦が立案されたのかご存知ですか」

 問われた少佐は、口元に手をやって、どう答えた物か少し考えてから、神妙な顔付きになって口を開いた。

「中尉、これは他言無用になるが……日野部という日本人を知っているか?」

 その口調は、どこか現実味のない怪談話でもするかのようで、いつもの少佐らしくなかった。それに違和感を覚えながらも、中尉は「いいえ」と首を振った。

「初めて聞く名前です。その日本人が何か?」

「……その男はな、中尉、ただの自衛官でありながら、自分の国のトップだけでなく、米国、英国、中国に、我がロシアの上層部にまで繋がりを持っている、化け物のような男だ。私が知っている噂では、教皇とも交友があるという」

「……それは本当に実在する人物なのですか?」

 自分の信頼する上官の口から出た言葉にも関わらず、思わず中尉はそんなことを言ってしまうが、少佐はかぶりを振った。

「恐ろしいことに、未だに存命し、現役で軍人をしている実在する人物だ。その男と大佐殿が特に交友が深いらしく、そこに目をつけた上層部が、独自に交渉を行なわせ、今回の合同演習を画したわけだ。OFMとの戦闘データを得るためにな」

「ですが、それで向こうに何のメリットがあるのでしょう……私にはわかりません」

「大方、正規軍を相手にした実戦経験を得るため、そしてロシアと日本間の関係改善だろうな。合同軍事演習を行ったとなれば、表向きには出せずとも、裏向きには大きな意味がある。これまでの情勢からは有り得ない話だからな」

「……それでは、まるでその男の手の平の上のようではないですか」

 中尉が眉を顰めて言うと、少佐は「まったくだ」と肯定した。

「だがしかし、我が方にもメリットはある。OFMの戦闘データを、態々工作員を使わずに手に入れられる上に、その戦闘を直接レクチャーして貰える。しかも、こちらへの見返りは一切要求されていない」

「……美味しい話過ぎて、逆に疑ってしまいます」

「むしろ、疑わない方が不自然という物だ。日本の……いや、日野部の本当の目的が何なのか、それを見極めるのも、任務の一環かもしれんな。だが、そればかり気にして作戦中にヘマをやらかすことのないようにしろ、中尉」

 上司に釘を刺された彼女は、迷う事なく「はい」と二つ返事で返す。少佐はうむと頷き、手元の情報端末から、あるデータを呼び出して画面に映し出した。それを中尉に見えるように机に置いて、彼は「さて、作戦内容に話を戻すが」と前置きをした。

「ところでだ。今回我々と演習を行う部隊について、大佐から聞いているか?」

「はい、伺っています……借りを返すチャンスだろうとも」

「借り、か……そうだな、あの時、彼らが居なければ、我々はもっと甚大な被害を受けていたかもしれんからな。それを恩にして返すのも悪くないだろう。特に直接助けられたお前に取ってはな」

「……あれは借りであると同時に私の恥です。自衛隊に助けられるなど」

「ならば、その雪辱のためにも、演習でお前の全力を示せ。いいな」

「了解しました」

「話は以上だ。私はこの後カラシン中尉に誘われている射撃訓練に移るが、お前はどうする」

「……では、お供します」

 カラシン中尉──自分の苦手とする、おちゃらけた同僚が一緒ということに少し迷ったが、彼女は心から信頼する上官との時間を得るために、訓練に同行することを選んだのだった。
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