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第四十二話「自衛官の反撃について」

階上からの乱入

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 黒づくめたちと自衛官三人の攻防は、拮抗した状態で続いていた。
 遮蔽物を持つ相手に、手榴弾などの投擲武器を使わずに攻撃を加えるのは無駄だと判断したテロリストらは、自分たちの用意不足を呪いながら後退。今はハイエース二台を盾に射撃を加えている。

 対して、ホテルの上階にさえ進ませなければ良い部隊長たちも無理に反撃はしなかった。時折、安久が迂闊に顔を出した黒づくめの顔面に銃弾を叩き込むだけに留まっている。

 ロビーには、物言わなくなった死体がかなりの数転がっていた。これだけの損害を出しながらも、テロリストは引く姿勢を見せない。そのことに部隊長は怪訝さを覚えながらも、通信機で外にいる別働隊と連絡を取り合っていた。

 その隣では、手榴弾を投げる必要もなくなった宇佐美が暇そうにしていた。愛刀を鞘から少し抜いて、また戻してを繰り返している。人を斬りたくて仕方がないという様子に、小銃の弾倉を取り替えている安久がため息を吐いた。
 この女、自衛官にならなかったら本気で辻斬りにでもなっていたのではないだろうか。そう言った思いが篭った息だった。

「……宇佐美、手持ち無沙汰だからと言って、隙をついて突撃などするなよ。俺一人ではカバーするのが困難だ」

 釘を刺された宇佐美が、心外そうな顔で安久を見る。それもすぐに人をからかうような笑みになった。

「あらあら、私ってばそんなにやばい人に見えてた?    ねぇ剛、私が人を斬りたがる殺人鬼みたいだって、そう思ったの?」

 宇佐美の問いに、安久は無言で返した。流石に同僚に「その通りだ」と答えるほど、安久も無神経ではない。しかし「違う」と嘘をつける程、器用でもなかった。
 その無言を彼女はどう受け取ったのか、宇佐美は笑みを崩さない。鞘から露出した光を反射する刀身をただ見ているだけだ。
 気不味かったのか、安久が短く「お前の身を案じているだけだ」と付け加えた。それを聞いても、宇佐美は笑みを崩さない。そんなことわかっているかのようだった。

 通信を終えた部隊長が、そんな部下のやり取りを聞いて、やれやれと頭を振った。堅物の常識人にお気楽思考の変人。我が部下ながら、なんともでこぼこな組み合わせだ。だからこそ、この二人はコンビを組めているのかもしれない。

 同時に、こんな時に夫婦漫才なんてしてるんじゃない、と思いながら、一服しようとポケットから煙草を取り出そうとする。けれども、いくら探っても見当たらない。どうやら、テロリストへの怒りと焦りから、持ってくるのを忘れたらしい。

「安久、煙草持ってるか」

「いえ、自分は喫煙しませんので……それで部隊長、後詰は?」

「もう来る。ホテルの反対側の道路から挟み撃ちをかけさせるから、誤射するなよ」

「了解」

「部隊長、私は?」

「大人しくしてろ」

「えー」

 またしても出番をお預けにされた宇佐美の不満そうな声を無視して、部隊長が再び通信機の電源を入れた。


 一方で、前後を並列に並べたハイエースで固めたテロリストは、静かに息を潜めていた。頭を出せば、そこを敵に撃ち抜かれる。それを理解するまでに、仲間が三人犠牲になった。
 だが、このままここで手をこまねいているわけにもいかない。時間をかければかける程、不利になるのはこちらなのだ。本格的に自衛隊や警察が動き出せば、この程度の戦力では対抗できない。

 それに加え、市街地の方から、轟音が何度も聞こえていた。AMW同士の戦闘の音だ。あの素人が戦闘のプロである自衛隊に勝てるわけがない。殲滅されるのは間違いないだろう。AMWにまで出て来られたら、大人しく降伏する他ない。自衛隊は、生身の人間を消し飛ばすことを躊躇するような組織ではない。

 平和呆けしている国の軍隊と言えど、そこは認めなければならない。対テロでの情け容赦の無さだけは、世界でも有数である。

「どうしますか……」

 不安そうな部下に、リーダーの男は苛立ちを表に出さないようにしながら答える。

「致し方ないが、ここまで被害を出し、戦力を消耗してしまった以上、安全策での突破は困難だ。一斉に突入をかけ、強行突破するしかないな」

 その作戦内容を聞いて、テロリストたちは賛同するように銃を抱え直す。目的を達成するためならば、己の犠牲も覚悟の上だ。そのように教育されている。そこがただの犯罪者崩れのテロリストとは違うところだった。

「では合図と共に、先頭が射撃を加えながら前進。後続はエレベーターか階段まで突っ切る。先頭を志願する者は」

 リーダーに聞かれ、四人が立候補した。この四人で隠れている自衛官を牽制し、その隙に残った全員で上階を目指す。背中を撃たれる危険性もあったが、数人でも辿り着いて目標を確保できれば、こちらの勝利である。

「いくぞ、三……二……」

 一、と続けようとしたその時、後ろにあった車両の窓ガラスが割れた。何があったのか、割れた窓越しに後ろを観察する。なんと、私服の屈強な男たちが、拳銃をこちらに向けている。カウンターにいる他にも自衛官がいたか、リーダーは舌打ちすると、カウントを一旦中断した。

「四人はここに残って、後ろの私服どもを牽制しつつ排除しろ。突入する前に後ろから撃たれて全滅は避けねばならん」

 部下が「了解」と答え、窓を叩き割って射線を確保した。そして小銃を上に掲げるようにして、建物に隠れている私服自衛官に向けて発砲した。自衛官たちは流石に身を隠した。それを確認したリーダーが再び突入の合図をしようとする。

 しかし、それを制止するかのように、今度はハイエースが鈍い音を立てて、二回揺れた。
 なんだとその場にいた全員が上を向く。その内の二人の顔面に、運動靴の底がめり込んだ。驚愕するテロリストらの中心に着地したのは、白髪と金髪の小柄な子供。その二人が、獲物を見つけたどう猛な肉食獣のように、目の前の敵に襲い掛かった。
 幅五メートルもない、車両と車両の間のスペースは、瞬く間に打撃音が鳴り響く屠殺場と化した。

 志度と心視が、上階からハイエースの上に落下してきて、そのままテロリストが隠れている場所に飛び込んでいったのを見届けた部隊長らは、唖然としてそれを見ているだけだった。時折聞こえてくる悲鳴や、何かが折れる音から、そこで何が起きているか、想像に難しくない。

「……これも部隊長の作戦のうちですか?」

「いや、あの二人が上から降ってくるのは、完全に想定外だ」

 部隊長と安久が顔を見合わせていると、エレベータが一階に到着したことを報せる音がなり、そこから小柄の少年が姿を現した。

「あれ、まさか部隊長自ら来たんですか……それより、志度と心視はちゃんと降りられましたか?    三階からいくのは無茶だって言ったんですけど、二人とも止まらなくて」

 呑気にそんなことを言ったのは、守護対象である比乃本人だった。
 保護者三人は、安堵と呆れが混ざったため息を吐いた。
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