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三日目
一
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首相官邸に神武天皇が現れて一夜が明けた。総理大臣も官房長官も一睡もできていないようだ。充血した目をしょぼつかせながら、次々と送られてくる各国の動向に対応していたことに輪をかけて、昨日の夕方から夜中にかけて降り続いた大型の雹による被害状況も次々と非常災害対策本部に送られてきているからだ。
山間部では木々が倒れ、土砂崩れを起こしているところも数か所あった。日本列島の各所で家の屋根に穴が開いたり、窓ガラスが割れたりして怪我をするという被害が相次いでいる。道路や線路も各地で陥没が目立ち、負傷者のところに救急車が駆けつけることができなかったり、列車の運休等により交通網がマヒしだしたりしている。首都圏はかろうじて免れたが、発電所が被害にあったところでは大規模な停電になっており、復旧の目途が立っていない。
政府も非常災害対策本部を昨夜のうちに設置し、各都道府県と連絡を取り合いながら被害状況の把握に努めているが、後手後手に回ってしまっているのが現状だ。
「アレは何とかならないのか?」
総理がテレビの報道を観てイライラした口調で尋ねる。
「国民が不安な時に、より不安を煽ってどうするんだ、まったく!」
各局とも防災アドバイザーを名乗る人物や大学教授を招いて近年の気候変動の現状や防災に対する課題をつらつらと並べ上げ、最終的な矛先は都道府県や国の行政機関に向けられて対応の遅さを非難して終わっている。
「所詮、責任のない者達の戯言じゃないですか。言わせておけば良いんですよ」
濃い目に淹れてもらった珈琲を口に含みながら官房長官が答えた。
「官房長官は昨日の件とこの気候変動は関連があると思うか?」
「もう少し様子を見ないことには何とも言えませんね。私達に今必要なのは時間です」
総理大臣は早朝より天皇陛下に呼び出され、皇居から戻ってきたばかりだ。悩ましい問題を抱え、さらに国が混乱してしまっていては平静でいられるわけがない。
「ところで、陛下はどのような件でお呼び出しなされたんですか?」
官房長官は冷静な口調でいるが、声にも疲れは隠せない。
「陛下のところにも現れたんだ」
「神武天皇がですか?」
「いや・・・。相手は孝明天皇を名乗ったらしい」
「孝明天皇・・・?」
「そうだ。そして神武天皇と同じ話をしたらしいよ。一年の内に地球を救うために犠牲となる一種族を決めよ。これが神の御心であると告げられたらしい」
「それで陛下は・・・?」
「陛下も最初は半信半疑だったらしい。写真や歴史資料などで顔やお人柄は知っていても、会ったことのない先祖がいきなり目の前に現れたんだからな。ただ、国の現状を聞いてきた時にこの御方はまさしく孝明天皇に違いないとお感じになられたそうだ。孝明天皇死後の歴史を伝えたところ、幕末の動乱時に懸念されていたことが現実になってしまったと深くお嘆きになられていたらしい。孝明天皇は心の底から朝廷と幕府が手を結び、誰の血も流すことなく新しい世の中を築くことを強く望んでおられたお方だそうだからな。そう考えると毒殺されたという説があるけれど、案外本当のことだったのかもしれないな」
「それだけで信じてしまわれたんですか?誰もが知っていることで?」
「血が理解したんだろう。陛下は、国政に携わる気は全くないけれど、国は神の御心にどう応えるつもりであるかとお尋ねになられた」
「それで総理はどうお答えになられたんです?」
「各国の状況を踏まえて慎重に対応しますとだけ・・・。陛下は近年の気候変動も地球の再生に起因しているとお考えなされているようだ。『私の命で良ければ喜んで差し出すのに』とも申されていたよ。辛い話ではあるけれど、なるべく早く決断するように望まれていた」
「他の国も我が国と同じように、首脳だけでなく近しい人物の前にも誰かが現れているんでしょうか?」
「わからんが、多分そうだろうな。大統領の側近とか、決断に影響力のある人の前に現れているんじゃないかな」
総理も濃い目の珈琲を口に含んで、ようやく一息ついた。
「これからは同盟国も敵対国も関係なくなるかもな。生き残りを賭けた国家間のサバイバルゲームの始まりだ」
総理の口元には余裕とも自嘲とも取れる笑みが浮かんでいた。
山間部では木々が倒れ、土砂崩れを起こしているところも数か所あった。日本列島の各所で家の屋根に穴が開いたり、窓ガラスが割れたりして怪我をするという被害が相次いでいる。道路や線路も各地で陥没が目立ち、負傷者のところに救急車が駆けつけることができなかったり、列車の運休等により交通網がマヒしだしたりしている。首都圏はかろうじて免れたが、発電所が被害にあったところでは大規模な停電になっており、復旧の目途が立っていない。
政府も非常災害対策本部を昨夜のうちに設置し、各都道府県と連絡を取り合いながら被害状況の把握に努めているが、後手後手に回ってしまっているのが現状だ。
「アレは何とかならないのか?」
総理がテレビの報道を観てイライラした口調で尋ねる。
「国民が不安な時に、より不安を煽ってどうするんだ、まったく!」
各局とも防災アドバイザーを名乗る人物や大学教授を招いて近年の気候変動の現状や防災に対する課題をつらつらと並べ上げ、最終的な矛先は都道府県や国の行政機関に向けられて対応の遅さを非難して終わっている。
「所詮、責任のない者達の戯言じゃないですか。言わせておけば良いんですよ」
濃い目に淹れてもらった珈琲を口に含みながら官房長官が答えた。
「官房長官は昨日の件とこの気候変動は関連があると思うか?」
「もう少し様子を見ないことには何とも言えませんね。私達に今必要なのは時間です」
総理大臣は早朝より天皇陛下に呼び出され、皇居から戻ってきたばかりだ。悩ましい問題を抱え、さらに国が混乱してしまっていては平静でいられるわけがない。
「ところで、陛下はどのような件でお呼び出しなされたんですか?」
官房長官は冷静な口調でいるが、声にも疲れは隠せない。
「陛下のところにも現れたんだ」
「神武天皇がですか?」
「いや・・・。相手は孝明天皇を名乗ったらしい」
「孝明天皇・・・?」
「そうだ。そして神武天皇と同じ話をしたらしいよ。一年の内に地球を救うために犠牲となる一種族を決めよ。これが神の御心であると告げられたらしい」
「それで陛下は・・・?」
「陛下も最初は半信半疑だったらしい。写真や歴史資料などで顔やお人柄は知っていても、会ったことのない先祖がいきなり目の前に現れたんだからな。ただ、国の現状を聞いてきた時にこの御方はまさしく孝明天皇に違いないとお感じになられたそうだ。孝明天皇死後の歴史を伝えたところ、幕末の動乱時に懸念されていたことが現実になってしまったと深くお嘆きになられていたらしい。孝明天皇は心の底から朝廷と幕府が手を結び、誰の血も流すことなく新しい世の中を築くことを強く望んでおられたお方だそうだからな。そう考えると毒殺されたという説があるけれど、案外本当のことだったのかもしれないな」
「それだけで信じてしまわれたんですか?誰もが知っていることで?」
「血が理解したんだろう。陛下は、国政に携わる気は全くないけれど、国は神の御心にどう応えるつもりであるかとお尋ねになられた」
「それで総理はどうお答えになられたんです?」
「各国の状況を踏まえて慎重に対応しますとだけ・・・。陛下は近年の気候変動も地球の再生に起因しているとお考えなされているようだ。『私の命で良ければ喜んで差し出すのに』とも申されていたよ。辛い話ではあるけれど、なるべく早く決断するように望まれていた」
「他の国も我が国と同じように、首脳だけでなく近しい人物の前にも誰かが現れているんでしょうか?」
「わからんが、多分そうだろうな。大統領の側近とか、決断に影響力のある人の前に現れているんじゃないかな」
総理も濃い目の珈琲を口に含んで、ようやく一息ついた。
「これからは同盟国も敵対国も関係なくなるかもな。生き残りを賭けた国家間のサバイバルゲームの始まりだ」
総理の口元には余裕とも自嘲とも取れる笑みが浮かんでいた。
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