種の期限

ながい としゆき

文字の大きさ
8 / 23
三日目

しおりを挟む
 首相官邸に神武天皇が現れて一夜が明けた。総理大臣も官房長官も一睡もできていないようだ。充血した目をしょぼつかせながら、次々と送られてくる各国の動向に対応していたことに輪をかけて、昨日の夕方から夜中にかけて降り続いた大型の雹による被害状況も次々と非常災害対策本部に送られてきているからだ。
 山間部では木々が倒れ、土砂崩れを起こしているところも数か所あった。日本列島の各所で家の屋根に穴が開いたり、窓ガラスが割れたりして怪我をするという被害が相次いでいる。道路や線路も各地で陥没が目立ち、負傷者のところに救急車が駆けつけることができなかったり、列車の運休等により交通網がマヒしだしたりしている。首都圏はかろうじて免れたが、発電所が被害にあったところでは大規模な停電になっており、復旧の目途が立っていない。
 政府も非常災害対策本部を昨夜のうちに設置し、各都道府県と連絡を取り合いながら被害状況の把握に努めているが、後手後手に回ってしまっているのが現状だ。
「アレは何とかならないのか?」
総理がテレビの報道を観てイライラした口調で尋ねる。
「国民が不安な時に、より不安を煽ってどうするんだ、まったく!」
各局とも防災アドバイザーを名乗る人物や大学教授を招いて近年の気候変動の現状や防災に対する課題をつらつらと並べ上げ、最終的な矛先は都道府県や国の行政機関に向けられて対応の遅さを非難して終わっている。
「所詮、責任のない者達の戯言じゃないですか。言わせておけば良いんですよ」
濃い目に淹れてもらった珈琲を口に含みながら官房長官が答えた。
「官房長官は昨日の件とこの気候変動は関連があると思うか?」
「もう少し様子を見ないことには何とも言えませんね。私達に今必要なのは時間です」
 総理大臣は早朝より天皇陛下に呼び出され、皇居から戻ってきたばかりだ。悩ましい問題を抱え、さらに国が混乱してしまっていては平静でいられるわけがない。
「ところで、陛下はどのような件でお呼び出しなされたんですか?」
官房長官は冷静な口調でいるが、声にも疲れは隠せない。
「陛下のところにも現れたんだ」
「神武天皇がですか?」
「いや・・・。相手は孝明天皇を名乗ったらしい」
「孝明天皇・・・?」
「そうだ。そして神武天皇と同じ話をしたらしいよ。一年の内に地球を救うために犠牲となる一種族を決めよ。これが神の御心であると告げられたらしい」
「それで陛下は・・・?」
「陛下も最初は半信半疑だったらしい。写真や歴史資料などで顔やお人柄は知っていても、会ったことのない先祖がいきなり目の前に現れたんだからな。ただ、国の現状を聞いてきた時にこの御方はまさしく孝明天皇に違いないとお感じになられたそうだ。孝明天皇死後の歴史を伝えたところ、幕末の動乱時に懸念されていたことが現実になってしまったと深くお嘆きになられていたらしい。孝明天皇は心の底から朝廷と幕府が手を結び、誰の血も流すことなく新しい世の中を築くことを強く望んでおられたお方だそうだからな。そう考えると毒殺されたという説があるけれど、案外本当のことだったのかもしれないな」
「それだけで信じてしまわれたんですか?誰もが知っていることで?」
「血が理解したんだろう。陛下は、国政に携わる気は全くないけれど、国は神の御心にどう応えるつもりであるかとお尋ねになられた」
「それで総理はどうお答えになられたんです?」
「各国の状況を踏まえて慎重に対応しますとだけ・・・。陛下は近年の気候変動も地球の再生に起因しているとお考えなされているようだ。『私の命で良ければ喜んで差し出すのに』とも申されていたよ。辛い話ではあるけれど、なるべく早く決断するように望まれていた」
「他の国も我が国と同じように、首脳だけでなく近しい人物の前にも誰かが現れているんでしょうか?」
「わからんが、多分そうだろうな。大統領の側近とか、決断に影響力のある人の前に現れているんじゃないかな」
 総理も濃い目の珈琲を口に含んで、ようやく一息ついた。
「これからは同盟国も敵対国も関係なくなるかもな。生き残りを賭けた国家間のサバイバルゲームの始まりだ」
総理の口元には余裕とも自嘲とも取れる笑みが浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...