種の期限

ながい としゆき

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六日目

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 沈黙の静けさが世界中を包んだ。誰もが想定外の言葉であったため、理解をするのに時間がかかったようであったが、次の瞬間、各国の首脳のみならず、全ての人々が天に向かって叫びだした。
「そんな馬鹿な!」
「何で人間なの?」
「一種族って言ったじゃない!」
「わが国は、認めないぞ!」
世界中に怒声と悲鳴が飛び交う中、創造主は再び口を開いた。
 「確かに私は一種族と言った。しかし、この地球上に存在する種族は人間達だけではない。鳥や獣達、昆虫や植物、魚や微生物など全ての存在が、私が創造した種族である。その者達の魂にも私の愛の優劣はない。全ての種族に平等に私の愛情は降り注がれている。そして、どの種族にも私の息子達が少なくとも一人は存在している。その者達のほとんどが選択した種族が『人間』であったのだ」
犬や猫、空を飛ぶ鳥達、木々や草達からは歓声が上がった。人間達はその声を聞き、自分の国の言語以外の言葉も理解できていることに気づくと共に、地球上には人間以外の生き物が住んでいることを改めて意識した。
「ウソでしょ!それって詐欺と同じ手口じゃない!」
「だったら初めからそう説明しろ!」
「動物や植物、昆虫達にも救世主がいるって?ハエや蚊達にも宗教があんのかよ!」
人間達が皮肉混じりに言う。
「宗教があるのではない。皆の下に平等に、宇宙の摂理、即ち真理が与えられているのである」
 聖職者が天に向かって言葉を発した。
「あなたは聖書の冒頭の部分に記されているように、私達人間に対して『生めよ、増えよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動く全ての生き物とを治めよ』と祝福されています。私達は現在までそのとおり地上を発展させ、治めてまいりました。今になって、なぜ、私たちの声を聞かずに他の者達の声を聞かれるのですか」
創造主は答えた。
「私は、あなた達人間の声も聞き、他の者達の声も聞いた。全てのものを治めるというのは、人間達だけでなく、他の生き物達の生活にも気を配り、その命に対しての責任を負うものである。自分達の欲得で動き、他の生物の命を脅かしたり、弄んだりすることは治めるとは言わない。それに、モーセが記した十戒のすべてを、現在まで守り、行なってきた人間が、この地上にいるだろうか」
周りの動物達から賛同の歓声が上がった。
「ちょっと待って。モーセが十戒を記しただって?十戒はあなたがモーセに授けたのではないんですか?」
聖職者が声を上げる。
「私は世の中の全ての者を戒めたりはしないし、裁いたりもしない。十戒はモーセが私に了承を求めてきたので、『そのようにしなさい』と同意しただけである。しかし、それはモーセが民を私の元へ導くためには必要なことであると心から信じ、願ったことであり、決して欺瞞からくるものではなかった。だから私も同意したのだ」
「神様は私達を戒めたり裁いたりしないんだって?それじゃあ、この世には善も悪も天国も地獄もないってことになるじゃないか!」
「だったら、俺達は何をやっても良いってことだよな!盗んだり人を殺したりしたって神様は俺達を裁かないんだとよ!」
「そりゃ、ハッピーなこったぜ!」
「これからはハッパもオンナもヤリ放題だな!」
「まさにパ・ラ・ダ・イ・ス!」
「さっすが神様は心が広れぇなあ!」
鼻や唇にピアスを付けている若い男達が、腰につけたチェーンをジャラジャラさせて、ニヤニヤとした笑いを浮かべながら天に中指を突き立てるポーズをして言う。
「何が善で何が悪かは、あなた達が決めることであり、私が決めることではない。裁きも同様であり、あなた達自らが自らの行いに対して裁きを行うのである。天界はあるが、地獄や悪魔はあなた達人間が作り上げたものだ。どんなに人や社会を欺き、言葉で言いつくろって生きていても、この世での生が終り、肉体を脱いで魂をさらけ出して私と天界にいる仲間達の前に立たなければならなくなった時、あなた達は現実とはどういうことかを全て理解する。そして後ろめたさから自らを裁き、光を避けるように闇の方へと遠ざかって行くのはいつもあなた達自身である。そして同じような仲間達と地獄や魔界を作り、悪魔や悪霊となってこの世や闇の世界を彷徨うのである」
「そんな馬鹿な!決まりも何もなくなってしまえば、世の中の正義や秩序が混乱してしまう。あなたは教会も信仰も否定しているのですぞ。そんなあなたが、私達が神と仰ぐ存在だなんて、私は教会の名に誓って信じ認めることはできない!」
聖職者は混乱して叫び出した。
「それでは、私からあなた達に問おう。あなた達の言う『正義』とは何か?何が正義で何が正義ではないのだろうか?」
「正義とは人の道にかなっていること。正しい行いのことです。正義ではないのは、人の道から外れた正しくない行いのことです」
「人の道にかなう行いとは、人の道から外れた行いとはどのような行いか?」
「人の道とは道徳のことであり、かなう行いとは法律や社会での決まり事、道徳や人間としての常識を守って生きていくこと。人の道から外れた行いとは、人前ではニコニコと人格者を装いながらも、裏では他人からお金を巻き上げたり騙したりして人々を苦しめる行いのことです」
 禅問答のようなやり取りに、聖職者は苛立ったように語気を強めて返しているが、神は聖職者の気分などお構いなしに淡々としたようすでやり取りを続けた。
「それでは戦争を例に挙げるとしよう。戦争は正しい行いなのだろうか?正しくない行いなのだろうか?」
「もちろん正しくない行いです」
「それではなぜ、あなた達は正しくないと誰もが知っている戦争をやめようとしないのだろうか。多くの人々の命を奪う兵器を競って開発し合っているのだろうか」
「世の中には必要悪というのもあります。各国が持つ兵器が抑止力となり、平和が維持されることだってあります」
言葉に詰まった聖職者に変わって政治家が声を上げた。
「お互いに銃を向け合い、命を脅かし合いながら緊張状態を保っている世界が、あなた達は平和であると本気で考えているのか。それであなた達が治めている国の民達は幸せであると胸を張って言えるのか?」
「私達は平和のために全力で戦っている。決して国民の命を脅かしてなんかいない!」
政治家の答えに各国の国民が叫び返す。
「細々と暮らしている国民からたくさん税金を搾り取っておいてよく言うよ!」
「政治家なんて選挙の時以外は威張り散らして批判ばっかりしているだけで、ろくに働きもしないくせに国からお金いっぱい貰っているんだから」
「国民を生かさず殺さずの状態に縛り付けておいて自分達は甘い汁を吸って私腹を肥やしているくせに、ふざけんじゃないよ!」
「国民に使う予算はすぐ削減するくせに軍事費だけは年々増えていく一方だもんな。それで国民は幸せだって良く言うよ!」
共産圏の国民も資本主義の国民も口を合わせたように不満を叫び合っている。
「政治家の仕事は報道されないことだってたくさんやっていて激務なんだ!仕事に見合う報酬を受けて何が悪い!」
「国を護り導くことがどんなに大変なことかお前らわかって言っているのか!」
政治家達が天に叫ぶが、その声は周りの生き物達に圧倒されて狼狽の色が隠せずに上ずっている。
 しかし、生き物達の声を聴いた政治家は、次の瞬間、ニヤリと鼻にかけた笑いを殺して勝ち誇ったような声を上げた。
「ダニやゴキブリはどうなんだ!病原菌だって人間の生活や命を脅かしているぞ!他にもたくさん害虫やウイルスがいる!そんなモノにまで気を配って命の責任を負うことなんて、我々はできない!」
「人間が勝手に俺達のことを『害虫』と呼んでいるだけだ。ダニや他の害虫と呼ばれている者達だって、屍骸や腐敗物を分解して、自然の摂理の中でちゃんと役に立っている。人間達が勝手に我々の生活している場に入ってきて、場所を奪い、忌み嫌い、命を奪っているんじゃないか!ウイルス達だって、自分達のテリトリーに入ってこなければ出会うこともないし、絶滅しないように進化することもないんだ!」
足元からゴキブリが答えた。気づいた周りの人間達が思わず遠ざかり、距離を置いた。
「もともと俺達ウイルスはおとなしい性格で、ほとんどが他の種族たちとは距離を置いたところで穏やかに一生を送っているんだ。それなのに無理やり俺達を実験室に連れて行って、勝手に目覚めさせて凶暴になるように変異・進化させているのはお前ら人間達じゃないか!」
小さな声ではあるが、ウイルス達の声も全ての生き物たちに届いている。細菌や微生物達も同調の声を上げている。
「俺達は『益虫』って言われてるけど、人間に見つかった仲間たちは『気持ち悪い』とか『イヤー!』って言われて殺されてるぞ!」
「結局人間達は『害虫』だって『益虫』だって関係なしに殺しちまうんだ!」
オニグモとゲジゲジ達が声をそろえて訴えた。いたる所で、小さい者達の賛同の声、歓声が上がった。
「に、肉食の獣達はどうだ!熊やライオンだって他の生き物の群れを襲うじゃないか!」
遠くから獣達の怒りの声が聞こえてきた。
「俺達は家族が満たされる分しか獲物を狩らない。人間みたいに必要以上に獲って腐らしてブン投げちまうことはしない。俺達は自然の中で生きているってことの意味をちゃんと知っているからな!」
「お、お前らだって、人間の住んでいるところへ出てきて襲ったり荒らしたりするじゃないか!」
「それは人間達が、山の奥まで入ってきて、木の実や山菜など、俺たちの食べ物を根こそぎ採って行っちまうからさ。山ん中に食べ物があったら何も人間の住んでる所へなんてワザワザ行ったりしねぇよ。自分達のコト棚に上げて俺たちのコト悪く言うんじゃねぇ!」
「山だけじゃない、海だってそうだ。川や砂浜なんかで空き缶やビニール、ゴミなんかをそのまんまにしたり捨てたりして帰るから、俺達の住む海まで汚されちまう!きれいな海にしか住めない生き物だって多いのに、そんなことは知らんぷりだ」
クジラやシャチ、イルカやサメなどの海の生き物達からも声が上がった。人々は、その声の太さ、鋭さに震え上がった。
「私達は貴方達の命を守ってきたじゃない!」
勇気をふりしぼり、動物保護団体の女性が声を上げる。
「クジラやイルカやアザラシを守るために同胞である人間に銃や憎しみを向け、羊や豚や牛の肉を喰うヤツになんか守られても有難迷惑なんだよ!」
「か、彼らは家畜じゃない!神様が私達人間に食べ物として与えられたものよ」
「ちょっと待った!そいつは聞き捨てならねぇなぁ」
豚の野太い声が響く。
「家畜は動物じゃないのか?食べ物は生き物じゃないのか?俺達にだってちゃんと感情だってあるし、心だって命だってあるんだ。俺達はただ運命を受け入れているだけさ。好き好んで人間達の食い物になんてなってないぞ!」
「俺達のゲップやおならが地球温暖化を加速させているって言う人間がいるけど、俺達の肉を喰うために勝手に数を増やしたり身体を太らせたりしているのはどっちなんだよ!それで俺達が悪者だって?」
「馬鹿なんじゃないか?」
「笑わせるぜまったく!」
牛達も次々と声を上げた。
「ジビエ料理だってカッコ良い名前なんか付けて、俺達のことも狙いだしたしな!」
「結局人間達は、俺達の命なんて何とも思っちゃいないのさ!」
鹿や熊達も声を上げた。
「私、いつも人間の側にいるから知っているけど、感謝して食べるとこなんて一回も見たことないんだから!」
ミニチュアダックスフンドが飼い主の腕からすり抜けて大きな声を出す。
「お、俺はクリスチャンだからちゃんと感謝の言葉を言ってから食べているぞ」
飼い主の男性が慌てた声でミニチュアダックスフンドの主張を否定した。
 遠く離れている人や生き物達の声も対面で聞いているかのように良く聞こえる。それだけでなく、喋っている者達の感情も手に取るように理解できた。
「アナタが感謝しているのは神様に向かってでしょ!肉にされた動物や魚達の気持ちなんてこれっぽっちも考えたことなどないくせに!ウソ言ったって駄目よ。私、毎日側で見ているんだから!」
ミニチュアダックスフンドも負けてはいない。飼い主の男性は一言も言い返すことができなかった。顔が恥ずかしさで真っ赤だ。彼は思わず耳を塞いだが、声が聞こえなくなることはなかった。
「昔は捕った後に魂送りの儀式や鎮魂や慰霊の祭りを開いてもらっていたんだけどな。それも現在(いま)じゃあ一部の者達だけになっちまってきている。それじゃあ、陸にいたって海にいたって俺達は浮かばれないよなぁ」
「いつだって俺達は、結局人間達にとっては獲物でしかないし、駆除の対象でしかないんだよ!」
陸からも海からも空からも、あらゆる方向から同意の声が聞こえた。
「それに俺達は、よっぽどのことがないと共食いなんてしないぜ。人間なんか食いもしねぇくせに、同じ人間をどんどん殺しちまう。俺達は人間のこと、ずっと呆れて見てたんだぜ」
 聖職者が答えた。
「世界にはさまざまな宗教がある。私達はその教えに従って生活しているだけだ。宗教がある数だけ考え方というか、教えがある。その教えを第一に考えると、ぶつかり合って戦争になることもある。これは生きていくうえで仕方のないことだ」
「俺達を巻き添えにしてか!」
動物達は鼻息を荒くして憤っている。
「い、犬や猫達はどうだ?我々と一緒に生活していて幸せなんじゃないか?」
「子供のときはかわいい、かわいいってチヤホヤされて、家族だ、息子娘だってもてはやしておいて、飽きたり、大きくなりすぎたら、人間の都合で捨てられたり殺されたりするんだ」
「災害なんて起きちまったら、俺達のこと、置き去りにしてサッサと逃げちまうクセに!」
「最後まで看取ってくれる飼い主なんてほんの少ししかいない。それも、最近はペット霊園なんてぇのが増えて、死んでからも壷の中に入れられて、自然に返ることだってできやしない」
「信じていた人に、ある日突然山の中に捨てられる気持ちって、お前ら想像したことあるか?家族をそんな簡単に捨てられるのか?小さい時から飼われていて、獲物の狩り方も知らないヤツがどうやって野生で生きていけるってんだよ!『元気で暮らすんだよ』って涙浮かべて捨てられたって、狩りもできずに飢え死にするか、迎えに来たと思って道路に飛び出して車に轢かれちまうのがオチなんだよ!俺達にだって心はあるし、感情だってあるんだ!俺達の命を弄ぶんじゃねぇ!」
犬や猫達も次々に声を荒げて訴える。
「俺なんか、外国から連れてこられて、大きくなったら捨てられて、順応して生きていくしかなくて、故郷を想いながらそこで仕方なく暮らしてたら、駆除対象の特定外来生物だとさ。ホント、笑わせるゼ!」
アライグマやカミツキガメ達も声を上げた。
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