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八話 彼の未練
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あの後、何度ヤったかは覚えていない。
あの世では体力も精力も限りがないのか、欲するがままにお互いの体を貪った。
しかし、流石に疲れたと頭で思ったのか、ぱったりと眠った記憶がある。
目が覚めた時にはぐちゃぐちゃになった体も衣服も綺麗になっていて、白昼夢でも見ていたのかと一瞬疑った。
実際、夢みたいなものだろう。
俺たちは繋がっていたようで、しかしそれはお互い想像でしかなかった。
俺は未知の感覚を、彼はかつての主のことを。
それがすごく切なくて、でもどうしようもなくて。
また新しい未練ができてしまったようだった。
先に起きていたアケビは、モニターをじっと見ていた。
管理人の仕事とやらに勤しんでいるのだろう。
「何見てんの?」
「おう、起きたか。迷ってる人がいねえか見てんだよ」
「迷ってる人?」
そう俺が尋ねると、アケビはちょいちょいと手招きした。
彼の隣に胡坐をかいて座り、一緒になってモニターを覗く。
「三途の川を渡ってきて未練をすべてふるい落とした人は、心の赴くまま列に並ぶんだ。ほら、ここ見てみろ」
アケビがモニターを指さした。
そこを見ると、ガラクタの山があったところから抜け出できた丸いものが、すーっとゲートの前にできた列に加わっていた。
「だけど、たまーにふらふら彷徨う人がいる。そういう奴は大概真面目で、どこまでが罪かわからんで迷うんだ。そういう奴らに『どっちに並んでも大丈夫ですよー』って伝えんのがおれの仕事」
「……雑な案内だな」
「それが事実だし。下手なこと言ったらおれが獄卒様に仕置きされちまう」
「ごくそつさま?」
聞き返すと、アケビはつう、とモニターの画面の上で指を滑らせた。
その動きに合わせ、映る景色も移動する。
見た目は古い箱型のPCなのに、タッチパネルも搭載してるのか……
「お、おられたわ。見えるか?」
アケビの指の先には、赤い火の玉。
三角を連行していたやつだ。
「獄卒様は地獄の番人。この門の前におられる方々は、嘘ついた奴の舌を引っこ抜いて朱殷に送るのがお役目だ。あの方々は滅多に言葉を発しない……っつうか、おれたちと対話する気なんてさらさらねんだろうな。だから、案内はおれがしなきゃいけねえの」
「あの火の玉、怖えんだな……」
俺がそう言うと、アケビは僅かに目を瞠った。
「火の玉? あんた、獄卒様が火の玉に見えてんのか?」
「え? うん。違うのか?」
「おれには人によく似た姿に見えるけど……。なんでだ? また謎が増えやがった……」
アケビは腕を組んで、うーん、と体を傾ける。
謎といえば……
「俺、三途の川を渡った覚えもないんだけど」
気づいたらガラクタに囲まれていたし。
しかし、それは謎でもなんでもないのだろう。
ああ、それはな、とアケビは事もなげに話す。
「三途の川の渡し賃は六文銭。現代の価格に換算するとー……二百えん、とかだったかな。あんた、死ぬとき銭入れかなんか持ったままだったんじゃねえ? 最近じゃ特急さあびすってのしてるらしくて、いっぱい銭持ってたらちゅんよ」
「ちゅん」
意外と天上の方々は柔軟な発想をお持ちというか、なんというか。
遊び心すら感じてしまう。
そういえば、あの時縄やブルーシートを買いに行ってそのままだったから、尻のポケットに財布を入れたままだった気がする。
胡座をかいて座っていても存在感のない俺の薄い財布から、いくら抜いていったんだろう、とポケットに手を伸ばす。
それを、アケビが阻止した。
「やめろやめろ! 袖の下受け取ってるって勘違いでもされたら、仕置きどころじゃ済まなくなっちまう!」
顔を青褪めさせて、アケビはぶんぶんと顔を振っている。
袖の下って……ああ、賄賂か。
「地獄の沙汰は金次第じゃないんだな……」
「あったりめえだ! 閻魔様、そういうのが一番嫌いなんだからな! つぅか、そんなもんで沙汰が変わるわけないだろ!」
地獄なめんな、とアケビは続けて言って、腕を組んでふんぞり返った。
「ったく、最近の若いモンはすぐ楽をしたがる……。あんたもあれか? すまほってので検索して方法知ったら、なんでもできるって勘違いする奴か? 簡単にぺろっとできちまったら、職人なんてモンは絶滅しちまうよ。……なんでこんな話になったんだっけ?」
「金で楽をしようとするなって」
「ああ、そうそう。つまりだ、二度とおれの前で銭袋開こうとすんなよ。そもそも、ここでは銭なんざ無用の長物だ。おれだってあんたらとほとんど変わらない……」
そこでアケビは言葉を切って、モニターの方へ顔を向けた。
「さあて、仕事仕事」
誤魔化し方が下手な奴だ。
俺たちとほとんど変わらない。
それは、アケビも本来あの列に並ぶべきだった、ということ。
「なあ、アケビはなんでここにいるんだ?」
「…………管理人だからだよ」
「何故、管理人に? ……未練があるのか?」
人の形のままなのは、未練があるから。
そもそも、彼は初対面で言っていたじゃないか。
お仲間さんかい、と。
アケビは相変わらず視線はモニターに向けたまま、くしゃくしゃと顔を顰めた。
話したくないのだろうか。
だけど、知りたい。
四百年もの間、たった一人でここにいる理由を。
俺がずっと視線を外さないから諦めたのか、アケビは顎を上げて短く唸った後、こちらを向いた。
「つまんねえ話だよ。……あんたの沙汰が決まって、ここを離れる時に教えてやる。冥土の土産ってやつだ」
アケビは微笑んでいるけど、その内容は残酷だ。
彼は自分の未練を知っていて、それを解消するつもりはない、あるいは解消できないと思っている。
自身にも、俺にも。
まだ彼と出会って精々一日二日くらいしか経っていない。
彼のことなんて、ほんのちょっとしか知らない。
だけど、その少ない情報から導き出される答えがある。
性行為の快楽だけははっきりと覚えている彼は、主様のカタチもまた、覚えている。
彼の未練は、主様への恋心なのか。
内臓が捩じ切れるような怒りが込み上げて、アケビの肩を掴んで乱暴に押し倒した。
自分でも、何故これほど腹が立つのかわからない。
それこそ、短い期間で一度体を合わせただけの間柄なのに。
「なんだよ、びっくりしたじゃあねえか」
俺の下で大きな目を瞬かせている彼のすべてが欲しい。
彼の魂に俺を刻んで、俺を未練にしてほしい。
俺が地獄に落ちた後、俺のことだけ考えてよ。
だけど、ああ。
また彼を抱いても、彼は主様を思い出すのだろう。
「……キスしていい?」
「きす? ん……」
承諾を得る前に、押し付けるように唇を合わせた。
薄い唇の間を割って、舌を侵入させる。
キスが好きなくせに下手くそな彼の舌を執拗に追いかけて、吸って、甘噛みをして。
一方的に蹂躙してから、顔を離した。
「……またすんのか?」
とろりと瞳を溶かしている彼にやっぱり腹が立つ。
触れたくない。触れたい。
彼の中に入りたい。入れない。
「しない。……キスだけ」
彼の唇を噛みつくように覆って、込み上げた涙が消えるまで、何度も繰り返し口づけた。
あの世では体力も精力も限りがないのか、欲するがままにお互いの体を貪った。
しかし、流石に疲れたと頭で思ったのか、ぱったりと眠った記憶がある。
目が覚めた時にはぐちゃぐちゃになった体も衣服も綺麗になっていて、白昼夢でも見ていたのかと一瞬疑った。
実際、夢みたいなものだろう。
俺たちは繋がっていたようで、しかしそれはお互い想像でしかなかった。
俺は未知の感覚を、彼はかつての主のことを。
それがすごく切なくて、でもどうしようもなくて。
また新しい未練ができてしまったようだった。
先に起きていたアケビは、モニターをじっと見ていた。
管理人の仕事とやらに勤しんでいるのだろう。
「何見てんの?」
「おう、起きたか。迷ってる人がいねえか見てんだよ」
「迷ってる人?」
そう俺が尋ねると、アケビはちょいちょいと手招きした。
彼の隣に胡坐をかいて座り、一緒になってモニターを覗く。
「三途の川を渡ってきて未練をすべてふるい落とした人は、心の赴くまま列に並ぶんだ。ほら、ここ見てみろ」
アケビがモニターを指さした。
そこを見ると、ガラクタの山があったところから抜け出できた丸いものが、すーっとゲートの前にできた列に加わっていた。
「だけど、たまーにふらふら彷徨う人がいる。そういう奴は大概真面目で、どこまでが罪かわからんで迷うんだ。そういう奴らに『どっちに並んでも大丈夫ですよー』って伝えんのがおれの仕事」
「……雑な案内だな」
「それが事実だし。下手なこと言ったらおれが獄卒様に仕置きされちまう」
「ごくそつさま?」
聞き返すと、アケビはつう、とモニターの画面の上で指を滑らせた。
その動きに合わせ、映る景色も移動する。
見た目は古い箱型のPCなのに、タッチパネルも搭載してるのか……
「お、おられたわ。見えるか?」
アケビの指の先には、赤い火の玉。
三角を連行していたやつだ。
「獄卒様は地獄の番人。この門の前におられる方々は、嘘ついた奴の舌を引っこ抜いて朱殷に送るのがお役目だ。あの方々は滅多に言葉を発しない……っつうか、おれたちと対話する気なんてさらさらねんだろうな。だから、案内はおれがしなきゃいけねえの」
「あの火の玉、怖えんだな……」
俺がそう言うと、アケビは僅かに目を瞠った。
「火の玉? あんた、獄卒様が火の玉に見えてんのか?」
「え? うん。違うのか?」
「おれには人によく似た姿に見えるけど……。なんでだ? また謎が増えやがった……」
アケビは腕を組んで、うーん、と体を傾ける。
謎といえば……
「俺、三途の川を渡った覚えもないんだけど」
気づいたらガラクタに囲まれていたし。
しかし、それは謎でもなんでもないのだろう。
ああ、それはな、とアケビは事もなげに話す。
「三途の川の渡し賃は六文銭。現代の価格に換算するとー……二百えん、とかだったかな。あんた、死ぬとき銭入れかなんか持ったままだったんじゃねえ? 最近じゃ特急さあびすってのしてるらしくて、いっぱい銭持ってたらちゅんよ」
「ちゅん」
意外と天上の方々は柔軟な発想をお持ちというか、なんというか。
遊び心すら感じてしまう。
そういえば、あの時縄やブルーシートを買いに行ってそのままだったから、尻のポケットに財布を入れたままだった気がする。
胡座をかいて座っていても存在感のない俺の薄い財布から、いくら抜いていったんだろう、とポケットに手を伸ばす。
それを、アケビが阻止した。
「やめろやめろ! 袖の下受け取ってるって勘違いでもされたら、仕置きどころじゃ済まなくなっちまう!」
顔を青褪めさせて、アケビはぶんぶんと顔を振っている。
袖の下って……ああ、賄賂か。
「地獄の沙汰は金次第じゃないんだな……」
「あったりめえだ! 閻魔様、そういうのが一番嫌いなんだからな! つぅか、そんなもんで沙汰が変わるわけないだろ!」
地獄なめんな、とアケビは続けて言って、腕を組んでふんぞり返った。
「ったく、最近の若いモンはすぐ楽をしたがる……。あんたもあれか? すまほってので検索して方法知ったら、なんでもできるって勘違いする奴か? 簡単にぺろっとできちまったら、職人なんてモンは絶滅しちまうよ。……なんでこんな話になったんだっけ?」
「金で楽をしようとするなって」
「ああ、そうそう。つまりだ、二度とおれの前で銭袋開こうとすんなよ。そもそも、ここでは銭なんざ無用の長物だ。おれだってあんたらとほとんど変わらない……」
そこでアケビは言葉を切って、モニターの方へ顔を向けた。
「さあて、仕事仕事」
誤魔化し方が下手な奴だ。
俺たちとほとんど変わらない。
それは、アケビも本来あの列に並ぶべきだった、ということ。
「なあ、アケビはなんでここにいるんだ?」
「…………管理人だからだよ」
「何故、管理人に? ……未練があるのか?」
人の形のままなのは、未練があるから。
そもそも、彼は初対面で言っていたじゃないか。
お仲間さんかい、と。
アケビは相変わらず視線はモニターに向けたまま、くしゃくしゃと顔を顰めた。
話したくないのだろうか。
だけど、知りたい。
四百年もの間、たった一人でここにいる理由を。
俺がずっと視線を外さないから諦めたのか、アケビは顎を上げて短く唸った後、こちらを向いた。
「つまんねえ話だよ。……あんたの沙汰が決まって、ここを離れる時に教えてやる。冥土の土産ってやつだ」
アケビは微笑んでいるけど、その内容は残酷だ。
彼は自分の未練を知っていて、それを解消するつもりはない、あるいは解消できないと思っている。
自身にも、俺にも。
まだ彼と出会って精々一日二日くらいしか経っていない。
彼のことなんて、ほんのちょっとしか知らない。
だけど、その少ない情報から導き出される答えがある。
性行為の快楽だけははっきりと覚えている彼は、主様のカタチもまた、覚えている。
彼の未練は、主様への恋心なのか。
内臓が捩じ切れるような怒りが込み上げて、アケビの肩を掴んで乱暴に押し倒した。
自分でも、何故これほど腹が立つのかわからない。
それこそ、短い期間で一度体を合わせただけの間柄なのに。
「なんだよ、びっくりしたじゃあねえか」
俺の下で大きな目を瞬かせている彼のすべてが欲しい。
彼の魂に俺を刻んで、俺を未練にしてほしい。
俺が地獄に落ちた後、俺のことだけ考えてよ。
だけど、ああ。
また彼を抱いても、彼は主様を思い出すのだろう。
「……キスしていい?」
「きす? ん……」
承諾を得る前に、押し付けるように唇を合わせた。
薄い唇の間を割って、舌を侵入させる。
キスが好きなくせに下手くそな彼の舌を執拗に追いかけて、吸って、甘噛みをして。
一方的に蹂躙してから、顔を離した。
「……またすんのか?」
とろりと瞳を溶かしている彼にやっぱり腹が立つ。
触れたくない。触れたい。
彼の中に入りたい。入れない。
「しない。……キスだけ」
彼の唇を噛みつくように覆って、込み上げた涙が消えるまで、何度も繰り返し口づけた。
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