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九話 永久保存
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『アケビ、わしの***』
蝋燭が揺らめく畳の部屋。
手招きする大きな手。
頬を染めた童顔の青年。
ぐにゃり、と景色が歪む。
『***様、奥方が***で***』
『それは誠か! なんとめでたい、***は***!』
手を叩いて喜ぶ男。
感極まっている女中。沸き立つ兵士。
青年も笑っている。
ぐにゃり。
『アケビ。****、頼む』
『……はい、お任せください』
ひどい耳鳴り。
ぐにゃ──
「……あ?」
頭痛がして目が覚めた。
今の夢は……アケビの記憶?
何故、俺の夢に?
そもそも、あの世でも夢見るものなのか……
内容を思い出そうとして、頭痛と共に消えてしまった。
切なさだけがほんの少し残っている。
ごろん、と寝返りを打ち横を向くと、アケビの背中が見えた。
かちゃ、かちゃとがぎこちなく鳴るキーボード。
タイピングの練習をしているようだ。
ここでは時間の経過がわかりにくい。
景色は変わらないし、腹も減らなければ眠たくもならない。
それでも生前の習慣からか、アケビが気まぐれで出す饅頭や煎餅(彼は菓子が好きなのか、それ以外は出さない)を食べ、布団に寝転がり目を瞑る。
アケビは寝ずにモニターを見つめるか、たまに一人で囲碁を打って遊んでいた。
退屈にならないのかと聞くと、仕方がないと答えた彼に、暇つぶしになればとキーボードのローマ字入力を教えてあげることにした。
アルファベットを覚えるところから始めないといけない彼は、当分は勉強だな、と嬉しそうに言っていた。
勉強すること自体が楽しいのか、やることができて嬉しいのかはわからないが、どんな形でも彼の中に俺が残るのなら、と俺も熱心に協力している。
あとは……時々思いついたようにキスをする。
それ以上はしなかったし、アケビもしようとは言い出さなかった。
しかし、彼は結構寂しがり屋なのか……ほとんどずっと、俺にぴったりくっつく。
複雑な気持ちを抱きはしたが、甘えるみたいに擦り寄ってくるアケビを拒めはしなかった。
キーボードの音がやんだ。
アケビは両手を上げて、ゆらゆらと体を左右に動かしている。
文字が見つからない時の仕草だ。
起き上がり、彼の隣まで移動する。
「どうかしたか?」
「お、丁度いいところに来たな。『な』ってどうやって打つんだ? 何回打っても『ざ』になるんだ」
「ああ……ZとNを間違えてんだな。こっちがN」
指をさして教えると、アケビは眉を吊り上げ、バンッと机を叩いた。
「ややこしい! なんでこいつが寝ると音が変わるんだ!」
「さあ……なんでだろうな」
真剣な様子のアケビには悪いが、つい笑ってしまう。
たしかに言われてみれば、NはZが寝ているように見えなくもない。
モニターを見ると、五十音順に『あ』から『と』まで打ち込んである。
どれだけ時間をかけたのかはわからないが、なかなか習得スピードが速い。
アケビは賢いな。
ふと、ページがもう少し下まで続いていることに気がついた。
スクロールしてみれば……『きよいちろう』と『あけぴ』と打ってある。
「あ、こら! 見るな!」
アケビが両手で画面を隠した。
よっぽど恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。
俺は片手で目元を覆い、天を仰いだ。
「……なんだよ、その反応。呆れてんのか?」
「違う。素数を数えてる」
「そすう?」
素数でも数えていないと喉の奥から込み上げるかわいいが暴走して、のたうち回りそうだ。
しんどい。深呼吸。ああ、無理だ。
この件だけで永遠に成仏できなさそう。
俺がいつまでも固まっているからか、アケビはもういい、と不貞腐れて言って、俺の膝を枕にして寝ころんだ。
一周回って入滅するわ(?)。
怒ってるんじゃないのかよ。
尻尾はぺしんぺしん床を叩いてるのに離れないネコちゃんかよ。
腹に顔埋めて吸うぞ。
こっそりと、その文章ファイルは保存しておいた。
彼は多分、消し方なんて知らないだろうから。
蝋燭が揺らめく畳の部屋。
手招きする大きな手。
頬を染めた童顔の青年。
ぐにゃり、と景色が歪む。
『***様、奥方が***で***』
『それは誠か! なんとめでたい、***は***!』
手を叩いて喜ぶ男。
感極まっている女中。沸き立つ兵士。
青年も笑っている。
ぐにゃり。
『アケビ。****、頼む』
『……はい、お任せください』
ひどい耳鳴り。
ぐにゃ──
「……あ?」
頭痛がして目が覚めた。
今の夢は……アケビの記憶?
何故、俺の夢に?
そもそも、あの世でも夢見るものなのか……
内容を思い出そうとして、頭痛と共に消えてしまった。
切なさだけがほんの少し残っている。
ごろん、と寝返りを打ち横を向くと、アケビの背中が見えた。
かちゃ、かちゃとがぎこちなく鳴るキーボード。
タイピングの練習をしているようだ。
ここでは時間の経過がわかりにくい。
景色は変わらないし、腹も減らなければ眠たくもならない。
それでも生前の習慣からか、アケビが気まぐれで出す饅頭や煎餅(彼は菓子が好きなのか、それ以外は出さない)を食べ、布団に寝転がり目を瞑る。
アケビは寝ずにモニターを見つめるか、たまに一人で囲碁を打って遊んでいた。
退屈にならないのかと聞くと、仕方がないと答えた彼に、暇つぶしになればとキーボードのローマ字入力を教えてあげることにした。
アルファベットを覚えるところから始めないといけない彼は、当分は勉強だな、と嬉しそうに言っていた。
勉強すること自体が楽しいのか、やることができて嬉しいのかはわからないが、どんな形でも彼の中に俺が残るのなら、と俺も熱心に協力している。
あとは……時々思いついたようにキスをする。
それ以上はしなかったし、アケビもしようとは言い出さなかった。
しかし、彼は結構寂しがり屋なのか……ほとんどずっと、俺にぴったりくっつく。
複雑な気持ちを抱きはしたが、甘えるみたいに擦り寄ってくるアケビを拒めはしなかった。
キーボードの音がやんだ。
アケビは両手を上げて、ゆらゆらと体を左右に動かしている。
文字が見つからない時の仕草だ。
起き上がり、彼の隣まで移動する。
「どうかしたか?」
「お、丁度いいところに来たな。『な』ってどうやって打つんだ? 何回打っても『ざ』になるんだ」
「ああ……ZとNを間違えてんだな。こっちがN」
指をさして教えると、アケビは眉を吊り上げ、バンッと机を叩いた。
「ややこしい! なんでこいつが寝ると音が変わるんだ!」
「さあ……なんでだろうな」
真剣な様子のアケビには悪いが、つい笑ってしまう。
たしかに言われてみれば、NはZが寝ているように見えなくもない。
モニターを見ると、五十音順に『あ』から『と』まで打ち込んである。
どれだけ時間をかけたのかはわからないが、なかなか習得スピードが速い。
アケビは賢いな。
ふと、ページがもう少し下まで続いていることに気がついた。
スクロールしてみれば……『きよいちろう』と『あけぴ』と打ってある。
「あ、こら! 見るな!」
アケビが両手で画面を隠した。
よっぽど恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。
俺は片手で目元を覆い、天を仰いだ。
「……なんだよ、その反応。呆れてんのか?」
「違う。素数を数えてる」
「そすう?」
素数でも数えていないと喉の奥から込み上げるかわいいが暴走して、のたうち回りそうだ。
しんどい。深呼吸。ああ、無理だ。
この件だけで永遠に成仏できなさそう。
俺がいつまでも固まっているからか、アケビはもういい、と不貞腐れて言って、俺の膝を枕にして寝ころんだ。
一周回って入滅するわ(?)。
怒ってるんじゃないのかよ。
尻尾はぺしんぺしん床を叩いてるのに離れないネコちゃんかよ。
腹に顔埋めて吸うぞ。
こっそりと、その文章ファイルは保存しておいた。
彼は多分、消し方なんて知らないだろうから。
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