政略結婚は不幸の種 知らない間に織物職人は第二王子の婚約者になっていました

枝豆

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伝説の鳥

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東の離宮はなんと木造のウッドバーン建築だった。
「ああ、懐かしい。」
思わずこぼれた言葉に殿下が反応した。
「うん?リーンはウッドバーンに行ったことがあるのか?」
「はい。数年程留学しておりました。」

ニルスの建物は石や煉瓦を積み上げて作るが、ウッドバーンは火山が多く、ほとんどの石は火山礫で脆く、堅固な建築資材には出来ない。
なのでウッドバーンは木や粘土を使って建物を作る。

「この離宮は元々ウッドバーンやザイモックからの賓客のために作られた。
脆いはずの木なのに数百年も風雨に耐えているのはただ感服する。」
実は俺もまだ入ったことはないんだ。
とアリ殿下が言った。
ザイモックがエリールに移譲されてからは閉じられている離宮なのだそう。
為政者のエリール領主は臣下であり、賓客ではないとでも言いたかったのだろう。

キョロキョロと周りを見ながら離宮へと足を踏み入れた。
先触れのお陰か、宮殿管理官さんの1人がきちんと待っていてくれて、資料を片手に色々と説明をしてくれる。

私には懐かしいものも多かったけれど、殿下には初めて見る珍しいものばかりだった。
扉のひとつ、彫刻のひとつに感動していた。私でも解説出来るものは出来る限りしたけれど、私にも初めて見るものもたくさんあった。
とても美しい建築美に溢れた離宮だった。
「閉じているなんて勿体無いな。」
アリ殿下が漏らす。

「お探しのものはこちらの部屋にございます。」
と管理官さんがとびきり上等な扉を開けて、私たちを中へと導く。
見渡す限りにはどこにもなかったけれど、
「後ろにございます。」
と管理官さんの言葉で、くるりと振り向いて、見上げる。

ひいお祖母様のタペストリーは迎賓室の扉の上側の壁に恭しくかけられていた。
「綺麗…。」思わずため息が溢れる。
「これは素晴らしい、火の鳥かな。」
殿下が管理官さんに問うと、
「ウッドバーン神獣の火鳥です。雄と雌の番ですね。火鳥は天子の現れる処に生まれると言われており、ご結婚のお祝いには相応しいと意匠にお選びになられたようです。
前国王陛下はいたくこのタペストリーをお気に入りになられて、常に目に入るようにとこちら側の壁に取り付けた、と記録に残っております。」
と教えてくれた。

本当に素晴らしい織物だった。
大きく広げた翼や長く伸びた尾が様々な色で巧みに織り分けられている。
刺繍なら簡単に出来る色分けも織物となれば話は変わる。糸一本間違えることも許されない、頭の中に緻密な設計図を思い描き、高度な技術と根気が要求される。
艶かしくも澄んだ美しい瞳でお互いを見つめ合い、羽や尾が絡み合う雌雄の鳥は生き生きと動き出しそうで、本当に絵画にしか見えない。
ひいおばあ様は幾何学的な織柄しかなかったエリール織に絵画のように柄を織り込んで、その芸術価値を高めたのだと知った。

私は感動で涙を流した。ここに来てから泣いてばかりいる。
「…本当、美しい。」
「泣いてばかりだな。だけどこれは嬉しい涙だね。」
アリ殿下がそっと目元を拭ってくれる。
「いいものを見せて頂きました。」
いつか私も誰かの心を動かすような物を織り上げてみたい。
いつまでもいつまでも私はタペストリーの前を離れられなかった。


東離宮からの帰り道は殿下と手を繋いで歩いた。
王子宮の外にいる時は必ず婚約者らしく振る舞う事を求められたから。
「どこで誰が見ているか分からないから、牽制しないと。」
「必要ですか、それ。」
「うん、必要だよ。」

さっきフラン様に遭遇したように、何処かで誰に会うかわからないのは確かだけど、こうやって殿下と手を繋いでいるのは落ち着かない。
恥ずかしくなって下を向いて、何を話していいか分からずに黙ってただ歩いた。

会話の切っ掛けは殿下が与えてくれた。
ウッドバーンってどんなところ?と聞かれて留学中に見てきた事を話した。
火山のこと、木材建築の街並みの美しさ、食べ物の美味しさなど。
「海の魚がとにかく美味しいんです。」
「魚かあ、海の魚はニルスではあまり食べられないからね。」
食べてみたいなぁと殿下が言った。

「本当はそこに定住しても良かったんですけれど、やりたいことが出来てしまってエリールに帰ったんです。」
「やりたい事って?」
「燃えない布の開発です。」
「バーン織、だね。」
「結果的にそうですね。」

ウッドバーンのザイモックにいた時、火災が起きた。
「木材建築の街だったので、燃え広がるのはあっという間でした。」
あの時のことは忘れられない。
美しかった街並みがあっという間に炎に覆い尽くされた。
「私とレイン様と兄様と、懸命に逃げました。」
「モーリーもいたんだね。そうかモーリーは後々ザイモックの首長になるのか。」

その時私達を逃すために体を張ってくれたのが警ら隊と火消し隊の面々だった。
「彼らは自身の服にも火がつくのも厭わずにいました。逃げ惑う人々の中には着ていた服や荷が燃えてしまった人もいました。
火は全てを燃やし尽くしてしまいます。
彼らのために炎に負けない布が作れたら良いな、と。」

燃えやすい素材で出来た街で、燃えにくいバーンの毛皮を常備している家は多い。
大切なものを包んで保管しておいたり、小さい火のうちにバーンの毛皮を被せて火を消したり。
しかし頭数の少ないバーンの毛皮は希少で高価。しかも固いので加工が難しく服地には適さないとされてきた。

「羊のように刈り取った毛で燃えない布を作り、それで服を作れたら、より大勢が身を守れるんじゃないかと思ったんです。

ザイモックでは知識や技術にどうしても限界があり、私達はバーンをエリールに連れて帰り、研究を始めたんです。
毛皮ではなく毛だけを刈って使うことで、バーンを殺すことが無くなり頭数を増やすこともできるかも、そうすれば価格を下げられるかも、そうすれば広く使ってもらう事ができるかも、そんな思いから研究を始めました。」

「初めは軍用ではなかったんだね。」
「はい。今でもそう思っています。そもそも軍用には向きません。弱点はありますから。」
「弱点?」
「ええ、鋏で簡単に切れます。あと針も通します。でないと型紙に合わせて切れないし、針で縫うことも出来ません。」
「確かに…。しかし刀にも弓矢にも負けなかったよ。」
「それは返しがついた矢ではありませんか?」
「ああ、そうだか?」
「返しのない先の尖った棒状の矢なら簡単に貫通するはずです。
それからゆっくりと向かってくる力にも弱いです。だから鋏で切れるんです。
勢いよく振り下ろされた剣の横の力では切れなくても、刃を当ててからゆっくり押し込まれた縦の力でならおそらく簡単に刺せますよ。」

バーン織が刃物に強いのは副産物に過ぎない
。バーン糸の張力に負けないために細い金属糸を適度に縦糸に使ったからだ。
金属糸とバーン糸の組み合わせがたまたま切りつけられた力を跳ね返すだけの反発力を持ったまで。
それ目的に開発したわけでは無い。

だから国家機密にするほどのものではないんです。
どうかわかってください、という思いを込めてアリ殿下にそう伝えてみた。

思いが通じたのか、それからアリ殿下は何かに取り憑かれたように考え込み、何も喋らなくなってしまった。
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