政略結婚は不幸の種 知らない間に織物職人は第二王子の婚約者になっていました

枝豆

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幼き日を思い出して

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うわぁーん、あーん。
あの時、避難した港の倉庫で泣いているのは私だけじゃなかった。

ぎっしりと倉庫の床に座り込んだ人々はみんなどこか汚れていて、心底疲れ切った顔をしていた。泣いている人もいたし、どこを見るでもなくただ座っているだけの人もいた。

端の方で酷い火傷でうめいているのは火消し隊のタンジさん。
私と兄様を逃がそうと倒れてきた燃える柱を身体で受け止めてしまった。
「…大丈夫だから。すぐに治るから。」
無事だった方の手を優しく私の頭に乗せてくれる強くて優しい人。

朝になって、火が消えて、港から街を見上げて絶句する。
街が無い。

…火ってこんなに怖いものだったんだ。

しばらくしてお屋敷があったところにレイン様とモーリ兄様と向かった。
あんなに綺麗な街並みだったのに、今は全く違う場所に見える。
炭と灰の山の中でたくさんの人が茫然と座り込んでいたり、泣いていたり、誰かを探していたりしている。
手や顔に巻かれた包帯が痛々しい。

「良かった、これはあった。」
ゴワゴワの毛皮に包まれた何かをレイン様が抱えている。
中には少しの金貨と私達の身分証明書、いくつかの書類や許可証。

「どうしてこれは燃えてないの?」
「このバーンという動物の毛皮は燃えにくいんだよ。だから大切な物はバーンの皮でくるんでおいたんだ。」
「じゃあタンジさんはバーンの毛皮を着ていればあんなに火傷しないで良かったの?」
「バーンは小さい動物だし、物凄く高いんだ。それにこんな暑い国で毛皮を着るのは無理だったよ。」
「じゃあ羊みたいに毛だけ使ったら良いんじゃない?」

「…じゃあ、リーンがやってみてごらん。」
レイン様がそういうから
「うん!」
と素直に答えた。
火事に巻き込まれて死んでしまったバーンの亡骸を集めて、そこから毛を刈り取らせてもらった。
「…随分固いのね。ゴワゴワでたわしみたい。」
「…どうしたら柔らかくなるかな?考えてみてごらん。」
「うん!」
父の真似をして、お湯で煮てみたり、洗剤で洗ったりしてみる。
…ダメね。
「どうしたら良いかな?」
「…パパに聞く!」
「…そうか、ホセに聞いてみようか。」
「うん!」

今思うと浅はかな子供の思いつきに過ぎない。慣れ親しんだ羊の毛と狼や犬に近いバーンの毛の違いなんて知りもしなかったし、考えもしていなかった。
だけどレイン様はそのことには何にも触れないで、ただ一言、「やってみてごらん」と言ってくれた。
保護動物だったバーンをエリールに持ち帰るのに随分と手間とお金が掛かったことを幼い私は知らなかった。
けれどレイン様は私に
「絶対に死なせない事。」
だけ約束をさせて4頭のバーンを預けてくれた。

エリールに帰ってからもレイン様が
「やってごらん」
「考えてごらん」
と言い続けてくれて、素直にそれに
「うん!」
と答え続けた。

その積み重ねの結果がバーン織りという形になった。

私にだけじゃなく、父にだけじゃなく。
レイン様はいつだってエリールの人達に、
「やってみてごらん。」
「考えてみてごらん。」
と言い続けてくれていた。

大昔の火山噴火の後、そしてあの大火の後、街並みはすっかり元通りになったように見えて、実は少しずつ形を変えている。

ぎっしりと並んでいた建物は所々少し隙間が空いて、広場や公園になっていたりする。
街の中には至る所に井戸や用水路がある。
道幅はまた更に広くなって、袋小路は今のザイモックにはひとつもない。
あの時ああだったら、もしこうだったら…。
後悔を二度と繰り返さないように、みんなの話を聞いて、丁寧に街を作り直して。

レイン様は相変わらず今度はザイモックの人達に
「やってごらん。」
「考えてみてごらん。」
といい続けている。



エリールにいる父から送られた荷の中に、見本として納めていたバーン織の装束が入っていた。
ひとつは穴が開き所々断ち切られている。
検分の結果「軍用品」としての扱いは取り消され、ニルスへの納品は不要と判断されたそうだ。

私は装束を掴むと走り出す。
一刻も早くあの人の元へ。

「タンジさん!」
「あれ?リーン嬢ちゃんじゃん。どうしたのそんなに急いで。」
「これ!これ着て。」
「…なにこれ?」
「良いから、早く!早く着て!」

なんなんだ?と言いながらもタンジさんは上着を羽織ってくれる。
「これで良い?」
と、くるりと一周回って見せてくれる。
「動きやすいけど、少し重いな、あんまりお洒落じゃないしなぁ。」
と少し呆れている。

「あのね、お洒落は必要ないの。これはバーンなの。」
「えっ?これが?嘘だろ、バーンがこんなに柔らかいはずがない。」
「とにかくバーンなの!ちょっと待ってて。」
台所に行って種火から薪に火をつける。

「動かないでね。」
と燃えた薪をタンジさんに向けると、
「ちょっ、ちょっと待て!」
と慌てて逃げる。
「動かないで!って言った!大丈夫だから。」

私の必死な顔を見て、タンジさんが折れてくれた。
「はいはい、わかったよ。お手柔らかに頼む。」

私は炎を装束に当てた。

「うそ、燃えない…?これバーンなの?本当に。」
私から薪を取り上げて、炎を装束のあちこちへと付けていく。
「スゲェ、燃えない。本当にバーンだ。」
タンジさんの瞳が輝き出した。

それからタンジさんは暖炉に火を起こし、燃え盛る炎に腕を近づけたり離したりと色々と試していく。

「これ、火消し隊の装束に出来る?」
「…火消し隊の?」
うんと頷き、
「警ら隊も着れる?」
と足した。

タンジさんは少し黙り込んで、考え始める。
私は黙って固唾を飲んでそれを見つめた。

「なんて最高な装束なんだ!」

その一言で数年間の苦労が報われていった。

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