政略結婚は不幸の種 知らない間に織物職人は第二王子の婚約者になっていました

枝豆

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溢れた話

2人のナトーラス・ザイモック・コンラン

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ナラ・リンダルが自分の出自を知ったのは、ずっとナラに優しかった養蚕農家のトーラスさんが病に倒れた時だった。

母と時々エリールに来て、トーラスさんの家で過ごす。僕だけエリールに置いて行かれて、季節が変わる頃に母が迎えに来てくれる事も度々あった。

トーラスさんにはアイリーンというお孫さんがいて、僕とアイリーンを膝に乗せて本を読んでくれたり、暖炉の前で「ナターシャには内緒だよ。」と甘いココアを飲ませてくれたりする。
一緒に蚕の世話をしたり、僕に絹糸取りを教えてくれたのもトーラスさんだ。

僕の名前は出生証明書の名前はナトーラス・ザイモック・コンラン。
だけどナトーラス・リンダルと名乗る。
リンダルはウッドバーンのキタール島の首長のお祖父ちゃんの家名。
エリールに来るための許可証の名前は更にナラ・リンダルと変わっている。

僕はもうどれが本当の自分の名前かよくわからなくなっている。

「ナトーラスとトーラス、似てるね。」とトーラスさんに言ったことがあるんだけど、絶対にナトーラスって他の人には言っちゃダメだよ、って物凄い怖い顔で怒られた。
後にも先にもトーラスさんに怒られたのはこれだけ。

トーラスさんが病気になって、毎日寝て過ごすようになった時、なんでか母は前よりも頻繁に僕を連れてエリールに通うようになった。

エリールにいる時の母は仕事を全部放り出して、ずっとトーラスさんの看病をしていた。
トーラスさんにはナターシャさんっていう奥さんがいたんだけど、ナターシャさんは
「私は十分お側にいさせてもらったから、せめて最後くらいはクララもナラもなるべくお側にいなさい。」
と母と僕とにもトーラスさんの看病をする事を託したんだって。

その時、僕は初めてトーラスさんがぼくのお父さんで、母がトーラスさんの第二夫人で、トーラスさんの本当の名前が僕と同じナトーラス・ザイモック・コンランだと知ったんだ。

ナトーラスという名はザイモックの古い言葉で、海の覇者という意味がある。
一緒に暮らせない僕にせめて同じ名前を贈ろうと思ったんだそうだ。
ウッドバーンでは家長は代々ひとつの名を引き継ぐ。紛らわしいから大抵は代替わりの時に改名するんだけど、僕は生まれた時からナトーラスだ。

「ナラ、ずっと隠しててごめんね、だけどもう少しだけみんなには内緒にしなくちゃいけないんだ。ナラは強い子だから頑張れるね。」
ってトーラスさんが言うんだ。
はい、としか言えないでしょ。

トーラスさんの寝台は屋敷の一番広い部屋にある。
僕とアイリーンはそこで勉強したり、本を読んだり、トーラスさんの話を聞いたり。そしてトーラスさんとアイリーンにウッドバーンの話を聞かせたりして過ごした。
ベッドの脇には常に母がいて、たまにアイリスさんが見舞いにやって来る。


僕が12歳の時、父は亡くなった。
最後までザイモックに還る事を願っていたけれど、それはとうとう叶わなかった。

葬儀の時、父の髪の毛を少しだけ切ってウッドバーンに帰った。
父のもうひとつの願いはウッドバーンの繁栄。そのために母は父が一生懸命に取り組んできた養蚕をウッドバーンに根付かせる決意を立てた。

「養蚕だけじゃ駄目だろ、その先も磨かないと。僕はエリールで製糸と染色を学ぶよ。」

エリールの領主のレイン様は受け止めてくれて、義兄の元で学べるようにしてくれた。

「ナトーラス、いつか必ずザイモック・コンラン家をザイモックに立てよう、そのためにエリール・コンラン家は惜しみなく協力するからね。」
レイン様は、父に、そして僕に、誓いを立てて下さった。
「僕はまだナラです。まだまだ父の名前を名乗れる程の器じゃありません。」
いつか胸を張ってナトーラスと名乗れる日まで、父の願いのために、母と頑張らなくてならない。

父が亡くなり、前の領主様が亡くなり、ナターシャさんも亡くなった。
そうして秘密を抱える人が1人2人と減っていく。

僕の出自が明かされるのは、コンラン家の悲願が叶う時。
それまではもう少し内緒にしておかなければならない。
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