修道院に行きたいんです

枝豆

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母達

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王妃とクラリーチェの話し合いはぶつかる事もなく平穏の中で行われた。
急な面会だったにも関わらず、義姉カトリーナはクラリーチェの訪問を喜んでくれた。

「シュタインで食べたんだけど、これとっても美味しいのよ。」
差し出されたのは何かの果実を薄く切って干したものらしい。砂糖がまぶしてあるかと思ったら、この果実が元々含んでいた糖分が干される事で浮き出たものだという。
ついカトリーナのいつものベースになりかけたが、本来の目的を思い出させたのもまたカトリーナだった。

「どうしたの?クラリーチェ。急に話があるだなんて。」
あー、そうだった。
忘れかけていた話が、国の将来に及ぶかもしれない大切なことなのを思い出したクラリーチェは、身を引き締め直してエルンストの状況を話したのに対し、カトリーナは大笑いをして、その深刻さを否定したのだ。
文字通り腹を抱えて,涙まで流して。

それを冷ややかに見下ろして、クラリーチェはため息を吐くしかない。
「そもそも義姉さんがとんでもない事を許したからよ。」
全てはこのカトリーナの掌返しが始まりだった。なのに、
「だって、そうするしかなかったんだもの。」
とカトリーナは反省する気配すらなかった。

シュタイン王からブリトーニャに付けられた破格の持参金と外交条約の譲歩。
海を挟んだ両国の間にある小さな島の所有権を巡って過去幾度もやり合っていた。
ブリトーニャを引き取ればその島の所有権を今後主張しないという。

「あの島を一時でも要らないなんて言えないでしょう!」
「まあ、そうよね。」
そうクラリーチェは認めるしかなかった。
問題はそこだった。この機を逃してしまえば、あの島は永遠に戦果の種火として燻り続けたに違いない。
クラリーチェも敬愛する夫でさえもきっと同じ決断をしただろう。

シュタイン王から「王族と結婚させろ。」と言われた。該当者は2人いた。
王太子ステファン、息子のライナス公爵・エルンスト。

2組の夫婦はこの問題で幾度も話し合いを重ねていた。
王と王妃、王弟とその妃は、それぞれの立場の視点で2人の女性を天秤にかけた。

決めたのもまたカトリーナだった。
レイチェルとブリトーニャじゃない、領土問題と王太子の面子だった。
そこに王弟がシュタインとの関係を強める事を阻止したいという思惑が乗っかっり、迷わず王妃としてカトリーナはブリトーニャを選んだ。
しかしどうしても肝心のステファンが納得しなかった。

レイチェルをとりあえずは城に残す譲歩案を示したことで、ステファンを一時的に言いくるめただけのつもりだった。
追い出す事はいつでも出来る、この先レイチェルがどうなるかはわからない。

「で、どうしてこんな面白い事になっているの?」
カトリーナの問いにクラリーチェは
「エルンストの横恋慕じゃないかしら?」
と答えた。

エルンストが心の中だけで想う人がいる事は大体予想していた。
これまで何度見合いを勧めても、うんと言った試しがない。
そもそも今回の婚約者選定だってエルンストにも権利はあった。ステファンとエルンストの伴侶なんてかけるふるいの目はほとんど変わらないのだから、気に入った子がいたら自分の婚約者にすることだって出来たのに、エルンストは参加すら固辞していた。

そのエルンストが訳の分からない芝居をしてまで、レイチェルと結婚したいと言い出した。
導き出された答えはひとつしかないだろう。

「純潔まで装わせて…、あれ、本気よ。」
「どこが良いのかしら?どこにでもいるお嬢さんじゃない。」
「さあ、さっぱりわからないわ。」

ただ、悪い話じゃない。

レイチェルを城から追い出したいのはカトリーナもクラリーチェも同じだ。
婚約者を選び、後戻りができない状況にさせておきながら、なかった事にした。こんな醜聞を国民に知られる訳にはいかなかった。

「…だけど、レイチェルは傷物じゃない。いいの、クラリーチェはそれで。」
「それは義兄さんがそうしちゃったんじゃない。それにブリトーニャだって似たようなものだわ。」

国の貴族達に疎まれて、レスボートの王子にも引っかからず、領土までつけないと貰い手が見つからなかったブリトーニャだ。
決して喜ばしい話ではない。
領土問題さえ絡まなければ。

そう答えながら、クラリーチェは2人の本質的な違いに思いを馳せていた。
自身の結婚のために王に領土まで差し出させた姫。
望まれながらも国の利益のために身を引こうとしている娘。
どちらがより王族に相応しいかを考えたら…。

悪い話じゃない。王族としてそのことに気付かなかったのは愚かだったかもしれない。
領土と王族に相応しい令嬢と、国内の貴族の不安を一掃できて。全てが丸っと収まる方法を、エルンストが先に気付いた。…いいえ、違うわね。恋は盲目ってことかしら。
ただ、結果として国の益になるだけだ。

「だったらお土産付きの方がマシ。」
と王妃は考えた。
「だったらまだ息子が望む方がマシ。」
とエルンストの母は考えた。

「…揉める事はなさそうね。」
「そうね。」

後はステファンが納得するかどうか、だ。

「エルンストに任せるわ。自分で撒いた種よ、責任は自分で取るでしょうよ。」

若者の考える事は全く予想が出来ないわね。
2人の妃はそう呟いて頷きあった。
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