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枝豆

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エッタ

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エッタは本名をエスメラルダ・ロマーノという、ロマーノ男爵家のご令嬢である。
とはいっても、さしたる産業のないロマーノ男爵領、子沢山のロマーノ男爵家には娘達に贅沢をさせる余裕どころか、必要な淑女教育を施してやることもできない、貧乏貴族である。

そこでロマーノ男爵は早々に跡取り息子以外を奉公に出した。
口減らしでもあるし、奉公先で必要な教育はしてくれるだろうという腹積りでもあった。
エスメラルダなんて主人よりも大層な名前のままでは働けないので、エッタと呼称を改めることになった。

城に侍女見習いとして上がったエッタは必死で働いた。元々の真面目で優しい性格が幸いし、その当時の侍従長に重宝がられて、段々と仕事を任されるようになり、遂には婚約者候補付きのお役目を与えられるまでになった。
もしついたご令嬢が王太子妃になれば、そのまま侍女頭となれ、ゆくゆくは王妃の筆頭侍女となる。それは城の侍女の最高位だ。
婚約者候補の選定の横で将来の筆頭侍女の選定が行われることであり、貧乏男爵家のエッタの前に、大出世の道が開いたのである。

隣国の姫や公爵令嬢付きを希望する先輩侍女達にそれを譲り、エッタは下から数えた方が早いフィリア伯爵令嬢付きとなった。

フィリア伯爵令嬢レイチェル様は、容姿は資質はもちろんのこと、エッタをとても大切に扱ってくれた。
ミスを責めることはなく、鷹揚に時には笑って赦してくれる。それだけではなく、時たまバチッとハマったようなお世話が出来ると、「さすがエッタね。」
「やっぱりエッタは私のことをわかってくれてるわね。」
と褒めてくれる。

ステファン殿下やグレイシア公爵令嬢から届けられるお菓子も惜しみなくエッタにも分け与えてくれたし、ステファン殿下にドレスを新調して頂くと、「これはもうお城では着れないから。」とエッタに古着を下げ渡してくれたりもした。

エッタは確信していた。
いやエッタだけではない。
たったひと目見ただけで、ステファン殿下のレイチェル様を見つめる視線、レイチェル様を扱う態度、全てが将来の王太子妃が誰かということはすぐに見抜けた。
エッタの将来は明るいかと思われた。

心配の種はただひとつ。当のレイチェル様だけがその事に気付いていない、それだけのはずだった。

順調に気持ちを育て、粛々と婚約者内定までの手順を重ね、拝剣の儀式を終え、後は国王陛下による公布を待つばかりだったのに、それは一瞬でひっくり返されてしまった。

エッタの出世の道は閉ざされたが、目の前で泣き崩れるレイチェル様を、必死で宥め、時に諭し、介護のように食事を口に運び入れ、母親のように側で見守り続けた。
それほどの忠誠心をレイチェル様は私に植え付けて下さったのだ。

ようやく心の傷が癒え、城を出る決意を固められたというにも関わらず、ステファン殿下は一向にレイチェル様を手放さない。
それは更にレイチェル様のお心を傷つけているというのに!と、レイチェル様を蔑ろにし続ける王族達に、男爵令嬢という低い身分でありながらも貴族的な思想を持つエッタは、不敬ながら怒りさえも沸かせていた。
仕方がない事よと割り切って寂しく微笑むレイチェルとは異なり、許容する事がどうしても出来ないでいた。

そしてその頃から、エッタがレイチェル様に絶対にさせてもらえない仕事が出来た。
お茶をお淹れすることを取り上げられたのだ。

理由はわかっていた。だからそれは痛いくらいにエッタの胸を締め上げた。
私に咎が向かないように、私が責められることがないように…。

まさに命を懸けてエッタを守ろうとするレイチェル様に、エッタはそれこそ一生を掛けてお支えすると心に決めた。

…あの日。

自分がもう少し危機感を募らせていたら…と寝室に下がるステファン殿下とレイチェル様の背中を見ながら、激しい後悔に苛まれていた。
だから、交代の時間になっても側を離れられずにいた。
そして、フラフラとステファン殿下の寝室から素足で出て行くレイチェル様に声を掛けるタイミングを図りながら陰からずっと見守っていた。
いよいよ危ない!と思い、レイチェル様!と飛び出していく寸前、自分より僅かに早く飛び出した人影に譲る事になっただけだ。

頼みの綱のフィリア伯爵は当てに出来ない。グレイシア公爵令嬢も国を出て行かれてしまった。
もう、この窮地を救えるのは、もうエルンスト殿下しかいないかもしれない。
そう思ったから、そのままにしたのだ。

そして、エッタの望みは叶えられた。

「あなた、どう答えたらいいか、わかっているわね。」
クラリーチェ殿下から含みを持って、問われた時、エッタはエルンスト殿下の筋書きを読み切らなければならないと、膝が恐怖で震えた。
クラリーチェ殿下の剣幕に怯んだからではない。
答え方を間違えたら私だけではなくレイチェル様にご迷惑を掛けてしまう。それだけは避けたい。

もう忘れさせてあげたかった。無かったことにしてあげたかった。
それだけの思いで、震えながら出した答え。

自分の受け答えにようやく自信が持てたのは、クラリーチェ殿下の鋭い視線とは裏腹に口元には今の状況を楽しんでいるような微笑みが微かに見られた時。

どうやら、私の答えは間違ってはいなかったらしい。
後は、レイチェル様がお幸せになるのをお側で祈るだけだ。
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