修道院に行きたいんです

枝豆

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転換の兆し

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俺は婚約者選定の場で全くブリトーニャを見ていなかったから、人となりを見定める事から始めた。

王族だったブリトーニャは王族としての素養は十分に兼ね備えていた。
マナーはもちろん、他者に対する態度も王妃として上に立つ気概のようなものは十分に持っている。

レイチェルはそうじゃなかった。上に立つというよりは横に寄り添う感じがする。
もちろん悪い事じゃない。
ただ、違う、それだけ。

レイチェルとの事はいつのまにか貴族達の間では噂が既定事実となりつつある。
悪いのは割り込んできたブリトーニャ。
悲劇の令嬢のレイチェル。
俺もそう思っていたし、そんな言動を取ったから、あながち皆を責められない。
ブリトーニャはただ黙ってひたすらに耐えていた。

机の上の黒い壺を見て毎日考えた。何故ブリトーニャはあれをレイチェルに渡したのかと。
あんな事を好んでするようなタイプには見えない。貴族の陰口にも黙ってひたすら耐えている。敵を作ったり争いごとを好むタイプではない。

きっかけはある夜会だった。
最低限の挨拶だけをしてブリトーニャの周りから人は去る。
ブリトーニャも最低限の事をして早々に抜け出していく。
当然だと思っていた、最低限のことさえしてもらえたら十分だ。
ブリトーニャが去った後から夜会が砕けたものに変わる。

「いつまでもシュタインのドレスを纏うのかしらね。」
ふと耳に入ったあるご婦人の言葉。

…そういえば。
俺はブリトーニャにドレスを見繕った事はなかった。
もちろん衣服費は与えられているはずで、自分で見繕って作ればいいと思っていたし、ブリトーニャもそうすると思っていた。
何が気になったのかはわからない。ただ城に入ってからのブリトーニャの購入履歴を取り寄せてみた。

「0?」
「はい、ブリトーニャ様が公費で買われたものはありません。」
ドレスだけじゃなく、宝飾品も些細な買い物でさえも、公費で買ったものはない。
輿入れの時に持参したもので全てやりくりしている、だと?

「なんでだ?」
「着飾るだけの王太子妃になるつもりはありません、と仰っています。」
「…そうか。勝手にすればいい。」
口ではそういったものの、それはマズイとも思っていた。

王族がある程度の財を使うこと、これもまた公務だ。
でなければ、国の経済が回らない。
ブリトーニャの周りの者は誰もそれを指摘していないのだ。

「もう少し金を使え。」
ブリトーニャを呼び出して伝えると、
「何故ですか?」
と素気なく答えが返ってくる。
「当てつけか?」
「意味がわかりません。」
と、会話にならない。

国の経済のことを話して聞かせると、
「だったらカトリーナ様やクラリーチェ様が使えばよろしいのでは?」
「母はともかく、クラリーチェ様には衣服費は支給されていない。」
「はっ!?」
…知らなかったのか?まさか?

「ブルーノ殿下には大公領の収入で賄って貰っている。ライナス公爵もそうだ。相談役としての経費はあるが、衣服費は出ていない。母だけでは王族として国の経済に貢献出来ない。」
「…わかりました。今後は善処します。」
それだけ言ってブリトーニャは出て行った。

…何かおかしい。
もう少しブリトーニャの事を知らないとマズイかもしれない。
「もう少し調べてくれ。」
と更に侍従に命じた。

そして知った。
シュタインの王族維持費の額はとんでもない高額だった。
キッテンうちの3倍ほどもあるらしい。

まあ、王族の人数も違うし、一口では語れないのかもしれないけれど、決められた財政の中でやりくりしているとも考えられない額だった。
まず、持参金の額からして破格だった。
…なのに?ブリトーニャには散財どころか必要なものを買う気配すらない。

…おかしい。何かがおかしい。

その事を母に尋ねた時だった。
「シュタインの王妃が散財するからよ。
ブリトーニャはそれを諌めたらしいんだけど、相当嫌われちゃったみたいね。追い出されるようにここに来た。
…不憫な子なのよ。間違っちゃいないんだけど、真っ直ぐ過ぎるわ。」
「…真っ直ぐ過ぎる?」
「そうよ、真っ直ぐで、ゆとりが持てないのよね、甘えを知らないっていうか。
こうじゃなきゃ、って思い込むと…ダメよね。」

真っ直ぐ、ゆとりがない、甘えられない。
こうじゃないと思い込む…。

「何があったか知らないけれど、ブリトーニャに興味を持つのは良いことよ。
…ねえステフ、何故レイチェルが身をひいたのかは理解したんでしょう?
じゃあブリトーニャはどうすれば良かったんだと思う?」

ブリトーニャがどうするか…?

王妃に嫌われて国を出された。
嫁いだ男には別の想い人がいて…。
王太子妃としての立ち振る舞い…は。
真っ直ぐ過ぎるブリトーニャが思い込んだら?

「あなたが誓わなきゃいけない人は誰?」
「…それは。」
「いい加減にしなさい、ステフ。苦しいのはあなただけじゃないのよ。」
王妃である母が呆れたように俺を諭しに掛かった。

「何がです?」
「ブリトーニャの事よ、あと自分のことも。
許して許されて2人で乗り越えていきなさい。恨み言は私に向けなさい、決めたのは私なんだから。
もうわかっているんでしょう?」

わかっている。いや、わかってやらなければならない。
何故ブリトーニャがレイチェルにあんな事をしたのか、は。

王太子の威厳が守れない。
俺のために身を引いたレイチェルはそう言った。
俺のために悪役を買って出たブリトーニャ。
悪役を買って出た?
おかしい、なにかおかしい。
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