修道院に行きたいんです

枝豆

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オマケ

ピアノ4

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2人でピアノの搬入と調律を見守る。
シスターは親しげに私に話しかけるような愚かな事はしなかった。

「ご迷惑だったら他の物に変えますけれど。」
とシスターに向かって話しかけると、シスターはしばしの逡巡の後、
「いいえ、ありがたく頂戴させていただきます。」
と答えてくれた。
その答えにホッとして力が抜けそうになる。

調律が終わり調律師達が部屋を出ていった。
漸く私と師匠と2人きりになったのだ。

「お久しぶりでございます。」
変わらず物静かな声音、シスターは漸く師匠へと様変わりしてくれた。

「お元気そうですね。」
「ええ、レイチェル様も。伯爵にお変わりはございませんか?」

父も母も変わらず元気だと伝えると、師匠は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと俯いた。
視線は下がったまま、まるで独り言を呟くように言葉を吐き出す。

「今回のお話しを頂いた時はまさかと思いました。俗世を棄てなければならない身でしたから…。誰にも行き先を告げず領地を離れましたのに。」
「エルンスト殿下がお力をお貸ししてくださいました。」
きっとエルだけじゃない。大司教様辺りもお力添えを下さったのだと思う。
「きっとみなさん呆れていらっしゃいますね。
このような姿になっても、俗に塗れた姿を晒してしまってますものね。」
「いいえ、きっとこれは師匠のためじゃなくて私のためなんです。
それに、仕方ないと思うんです、だって全てだったんでしょう?」
「…レイチェル様から軽蔑されてもおかしくないのに。」
「私が師匠を軽蔑するなんてことはありません。」
私だって軽蔑されてたっておかしくない。

私達はそれからポロン、ポロン、と鍵盤を叩いてピアノの状態を確かめていく。

「大切にして頂いたのが良くわかります。音ひとつ狂っていない。ああ、レイチェル様にお願いして良かった…。」
師匠からポツリと呟かれた言葉が私の胸の中に小さな温かい光を差し込ませる。

ああ、来て良かった。

「師匠、どうか一曲お願い出来ますか。」
そうお願いすると、シスターは「オリゾンテの夕陽」を弾いてくれた。

この曲はどこかで他の誰かの演奏を聞いた事すらない。
師匠が弾く音を耳で聞き頭で覚え、指で探りながら弾き続けたのだ。

「私とあの方と…2人だけの曲でした。」
最後にシスター・カメリアはそう教えてくれた。

私の用は済んだ。私の役目は終わった。
長い事保留になったままだった師匠と弟子の約束は果たされた。

私達は司祭に丁寧に挨拶をしてし、シスターに見送られながら教会を後にする。
観音開きの扉を通り抜けた私たちの目の前には、広い広い海が広がっていた。

「ありがとう、エル。…ここに来れて良かった。師匠に会えて良かった。」

あんなに頑なに教会や修道院には行かせてくれなかったのに、今日のためにエルは随分と骨身を削ってくれた。感謝してもし足りない。

「だって、こんな理由じゃダメなんて言えないじゃないか。」
不貞腐されたように口を窄めるエルだけれど、今ならわかる。これはきっと照れ隠し。

昼間の今は海は青々としていて白い波がキラキラと輝いている。
夕方になれば、夜になればその景色は随分と変わるに違いない。
これからオリゾンテの夕陽を弾く時はきっとこの海を思い出すに違いない。

「レーチェ、レーチェが修道院に手紙を書いていたのって、師匠の事は少し関係ある?」
「そうね、もしかしたら…会えるかもしれないなくらい。
でも師匠はきっとそんな再会は喜ばなかったわ。
師匠があのピアノを私に託したのは、きっと弾き続けて欲しいと願っていたからだと思うから。」

「そうか、そうかもな。…今は喜んでくれてるな。
「さあ、どうでしょう。ただ古傷を暴いたのかもしれませんし。」
「そんな事はないと思う。喜んでいてくれてるよ。」

師匠が教えてくれた。
大店の旦那じゃなくて、劇場の指揮者だった。
オリゾンテは劇場をやめた師匠と指揮者が2人で訪れた思い出の場所。オリゾンテの夕陽は2人で作った曲だって。あのピアノに2人で向かって…。束の間の幸せを音に込めた。
美しくしかしどこかもの寂しく。だから朝日じゃなくて夕陽なのだ、と。

ふと思う。
私があの時やろうとしていた事は、今の師匠と全く同じ暮らしを送るという事。
師匠は僅かでも思い出を手にしてて、それを握りしめる事が出来たけれど、私にはそんなものは何ひとつ無かった。

(きっと…耐えきれなかった。私は甘かった。)

「レーチェ?どうしたの?」
急に黙ってしまった私を心配してくれる人が、今私の隣にいる。
私を絶望の沼から引き上げてくれた、愛すべき恩人。

今、私が笑っていられるのは間違いなくエルのおかげだ。

「エル、貴方がいてくれて良かった。
…ありがとう。」
そう言ってエルの肩にちょこんと額をくっつけた。

「こんなの、たいした事じゃない。」
そういうエルはきっと何に対してのありがとうなのか、きっとわかってない。

「大好き。愛してるわ、エル。」
そういって精一杯腕を伸ばしてエルを抱きしめた。
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