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皇子くんの一番
葛西支配人の懺悔 美和子視点
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「もっと早く挨拶しなきゃいけないとは思っていたんだけど。」
少し離れた場所にあるベンチに並んで腰掛けていた葛西さんは息子の壮くんを眺めながらそう呟いた。
「皇から、壮が皇の知り合いの飼い犬とフリスビードックの練習をしている事だけは知っていたんですが、お恥ずかしい限りですが、どこの誰とかは全く知らなくて。」
それでもフリスビードックに行った日の壮くんの機嫌がとても良くて、たくさんお喋りをしていたのだそうだ。
そんな中で、手を怪我してしまった、桜広公園の近くに住んでいる、着物の先生、といういくつかのキーワードで、壮くんのお母さんの白石さんが「嶋田先生かもしれない。」
と気付いたのだそうだ。
「どの面下げて…と思われるかもしれなくて、つい延ばし延ばしに。
皇からお聞きになっているかもしれませんが、私たち夫婦と壮はあまり上手くいっていなくて。」
照れ臭そうに自虐的に笑う葛西さんは、感情を表に出さないホテルマンではなくて、ただのお父さんに見えた。
「白石さんに小学生のお子さんがいたなんて気付かなかったもの。いつも仕事されている印象よ、まして支配人なんて忙しいわよね。それなのにどうして今日はいらしてくださったの?」
小学生の子供が他人の家に入り浸っていても何も言われない。皇くんの話しぶりからも親子の関係が少し希薄で歪な事は直ぐに気がついてはいたが、確かめた訳ではない。ましてや別に挨拶がないなんて!と不満に感じていた訳でもない。
「皇が撮った写真を見たんです。とびきりの笑顔の写真を。
あんな笑顔で笑う壮は見た事がなかった。
…ショックでした。
私は仕事にばかりかまけていて、壮は笑わない子なのだと思い込んでしまっていました。
ただ見ようとしてこなかったんだな、と。
なので、どうしても直にこの目で見たくなって。」
そう…なのね。
「良い顔してらっしゃるでしょう?」
「ええ、とても。
ありがとうございました。」
「お礼を言われるほどの事をした訳ではないですよ。ソラのお陰かしらね。私達だって壮くんに楽しい思い出をたくさんいただいていますし。
ほら、私今こんなでしょ?」
ギプスの巻かれた腕をヒラヒラと上下に振って見せる。
「ソラと遊んだり練習するだけじゃなくて、洗い物してくれたり洗濯物畳んでくれたり。
もちろんしなくていいと言ってはいたのよ、でもやらせてください!って。壮くん家事とかとても上手だし、私達もつい甘えちゃって…。可愛い我が子に何をさせてる!なんて怒られても仕方がないことをさせてしまってもいたの。」
「壮くん、可愛いわよね。そして優しくて真っ直ぐで本当に良い子。」
「そう言っていただけると…。」
葛西さんは泣きそうな顔で俯いた。
「大会、本気で考えているみたいよ、主人は。」
「壮に…出来るでしょうか?」
「どうでしょう…。出来るの定義次第よね。」
ホワイトテリアのソラはラブラドールなどに比べたらフリスビードックにすごく向いている犬種ではないかもしれない。
大人の大会なら犬種でクラスを分けるが、小学生以下の部は犬種は問われない。
「優勝する事が目的なら、ソラでは無理かも。でもソラと楽しむというのなら、ちゃんと出来ると思うわ。」
「壮の世界が拡がると良いと思っているのですが…。」
「もう拡がりはじめているじゃない。」
「…そうですね。」
壮くんは、ソラを通じて「犬仲間」を増やした。フリスビードッグという競技を知って、目標を作って努力している。
今、壮くんにフリスビーの投げ方を教えているのは、主人ではなく、主人の友達だ。
壮くんは真剣にアドバイスを聞いている。
初めて会った時に皇くんの脚に隠れていた小さな男の子はもういない。
「ふふふ、真剣な顔しちゃって。ホント可愛いわね。」
「そうですね。あんなにイキイキとした顔、見れて良かった。」
嬉しそうに壮くんを見つめる葛西さんの瞳は優しい父親の顔をしている。
少し離れた場所にあるベンチに並んで腰掛けていた葛西さんは息子の壮くんを眺めながらそう呟いた。
「皇から、壮が皇の知り合いの飼い犬とフリスビードックの練習をしている事だけは知っていたんですが、お恥ずかしい限りですが、どこの誰とかは全く知らなくて。」
それでもフリスビードックに行った日の壮くんの機嫌がとても良くて、たくさんお喋りをしていたのだそうだ。
そんな中で、手を怪我してしまった、桜広公園の近くに住んでいる、着物の先生、といういくつかのキーワードで、壮くんのお母さんの白石さんが「嶋田先生かもしれない。」
と気付いたのだそうだ。
「どの面下げて…と思われるかもしれなくて、つい延ばし延ばしに。
皇からお聞きになっているかもしれませんが、私たち夫婦と壮はあまり上手くいっていなくて。」
照れ臭そうに自虐的に笑う葛西さんは、感情を表に出さないホテルマンではなくて、ただのお父さんに見えた。
「白石さんに小学生のお子さんがいたなんて気付かなかったもの。いつも仕事されている印象よ、まして支配人なんて忙しいわよね。それなのにどうして今日はいらしてくださったの?」
小学生の子供が他人の家に入り浸っていても何も言われない。皇くんの話しぶりからも親子の関係が少し希薄で歪な事は直ぐに気がついてはいたが、確かめた訳ではない。ましてや別に挨拶がないなんて!と不満に感じていた訳でもない。
「皇が撮った写真を見たんです。とびきりの笑顔の写真を。
あんな笑顔で笑う壮は見た事がなかった。
…ショックでした。
私は仕事にばかりかまけていて、壮は笑わない子なのだと思い込んでしまっていました。
ただ見ようとしてこなかったんだな、と。
なので、どうしても直にこの目で見たくなって。」
そう…なのね。
「良い顔してらっしゃるでしょう?」
「ええ、とても。
ありがとうございました。」
「お礼を言われるほどの事をした訳ではないですよ。ソラのお陰かしらね。私達だって壮くんに楽しい思い出をたくさんいただいていますし。
ほら、私今こんなでしょ?」
ギプスの巻かれた腕をヒラヒラと上下に振って見せる。
「ソラと遊んだり練習するだけじゃなくて、洗い物してくれたり洗濯物畳んでくれたり。
もちろんしなくていいと言ってはいたのよ、でもやらせてください!って。壮くん家事とかとても上手だし、私達もつい甘えちゃって…。可愛い我が子に何をさせてる!なんて怒られても仕方がないことをさせてしまってもいたの。」
「壮くん、可愛いわよね。そして優しくて真っ直ぐで本当に良い子。」
「そう言っていただけると…。」
葛西さんは泣きそうな顔で俯いた。
「大会、本気で考えているみたいよ、主人は。」
「壮に…出来るでしょうか?」
「どうでしょう…。出来るの定義次第よね。」
ホワイトテリアのソラはラブラドールなどに比べたらフリスビードックにすごく向いている犬種ではないかもしれない。
大人の大会なら犬種でクラスを分けるが、小学生以下の部は犬種は問われない。
「優勝する事が目的なら、ソラでは無理かも。でもソラと楽しむというのなら、ちゃんと出来ると思うわ。」
「壮の世界が拡がると良いと思っているのですが…。」
「もう拡がりはじめているじゃない。」
「…そうですね。」
壮くんは、ソラを通じて「犬仲間」を増やした。フリスビードッグという競技を知って、目標を作って努力している。
今、壮くんにフリスビーの投げ方を教えているのは、主人ではなく、主人の友達だ。
壮くんは真剣にアドバイスを聞いている。
初めて会った時に皇くんの脚に隠れていた小さな男の子はもういない。
「ふふふ、真剣な顔しちゃって。ホント可愛いわね。」
「そうですね。あんなにイキイキとした顔、見れて良かった。」
嬉しそうに壮くんを見つめる葛西さんの瞳は優しい父親の顔をしている。
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