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trick or treat 花音
大和さんの責任の取り方
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「おはようございます。」
次の日、日曜日、私は約束通り開店前にアルバイトに向かった。
「花音!」
「伊佐さん!」
開店の準備をしていたみんなが、驚いて、だけど笑顔で私を出迎えてくれた。
昨日、みんなとはちゃんと話が出来ていないから、だからきちんと伝えなくてはいけない。
「昨日は大変ご迷惑とご心配を掛けました。ごめんなさい。
これからもよろしくお願いします。」
「辞めなくていいの?」
「はい、あの…クビにならなければ。」
どんな理由があったとしても、休憩時間じゃないのにお店を離れたのも、営業を止めてしまったのも私のせいだ。
「花音、ちょっと。事務所に来て。」
大和さんに呼ばれた。
…多分だけど、きっと良い話じゃない。
それは…覚悟を決めていた。
事務所に2人で入って、大和さんはしっかりと扉を閉めた。
「昨日、あれからの話をしなくてはならない。」
「…はい。」
お父さんは私との話が終わると直ぐに家を出て行った。
行き先は多分警察署とココ。
「この先のことは大人の領分だ。花音の口出しは許さない、良いね。」
お父さんはそう言っていた。
…誰かが責任を取らないとならない、とも。
「座って。」
「はい。」
「まず、昨日の件は店側の認識と準備が足りていなかった。そのせいで花音に辛い経験をさせた。
謝っても謝りきれないけれど、謝らせてほしい。
本当に申し訳なかった。」
「もうそれは、謝らないで下さい。
私が軽率だったんです。」
あれから本社と大和さん、そしてメーカーの人と話し合いの場が持たれたのだそうだ。
「結論として、この店の店長が変わる。」
「…はい。すみません、私のせいで。」
「それは違う。花音のせいではない、決して。いいね。」
噛んで含めるように大和さんは私にそう言ってくれる。
「ただ。俺もこの店に残る。それはお父さんに感謝しなくてはならない。」
えっ!?
「昨日お父さんが店に来た。ちょうど本社の営業部長とメーカーの人との話し合いの場だった。」
そのときにお父さんは「軽率な娘のせいで迷惑を掛けた」と頭を下げてくれたそうだ。
「今回の件はたくさんの人に責任がある。
あんな営業を派遣したメーカーにも、整った設備のない店舗で無理矢理ワークショップを開催した本社にも。だけど一番責任があったのは店長の俺だ。だから俺が責任を取る事になるのは当たり前なんだ。
減俸と降格。俺は店長から店長代理に降格される。期間は次の人事異動まで。例年だと2月期末に再考される。」
「お父さんが営業部長に頼んでくれた。花音が俺ひとりが全ての責任を取らされることは望んでいないと。
自分のせいで俺の人生が大きく変えられてしまうことは、花音の立ち直りを妨げるに違いないと。
お陰でクビにも移動にもならなくて済んだ。」
「父が…そうですか。これで良かった…のでしょうか。」
「もちろん。全くお咎め無しもまた違う。程よい…と言ったら変だけど、俺は納得出来ている。」
今日のワークショップは中止になったそうだ。
あのダイカットメーカーは取り扱い業者を変える。
「ちゃんと花音に説明しておけば良かった。
あのダイカットメーカーを使って本社は作品の受注生産の業務を始める。
そのための市場調査の目的でワークショップを開催した。
花音が心配してくれたような販売ノルマじゃなくて、たくさんの声を集めるというノルマがあった。参加者数だよ、ワークショップで100人。」
「えっ!?100人も?」
カット台で作業できるのはせいぜい10人が良いところだ。
「そう、おそらく予定の二日間の6回では無理だった。
足りない分は、どこかで埋めなくてはならなかった。
11月にも、12月にも、必要な声を集めるために、計画をしなくてはならなかった。
だけど、それも無くなった。
顧客や従業員の安全には変えられないからね。
この狭い店舗ではワークショップはもうしない。」
そうか…。
それを知っていたら…きっと惑わされなかった。
「買ってあげたら店長さん喜ぶよ。」
あの悪魔の囁きに「違う!」と言えた。
「それでも、顧客の声は集めないとならない。
花音ならどうする?」
…どうすると言われても…。
「見本を作って…ううん、カードを作ってプレゼントして。」
どんな場面で、どんなデザインなら買いたいと思うか、いくらなら買うか…多分知りたいのはそれだから…。
「アンケート、とか?」
「そうだね。俺も同じ意見だ。」
大和さんは満足そうに頷いてくれた。
「とりあえず、配ってしまったチラシを見てワークショップに来てくれたお客様にフォトフレームを配って謝らないといけない。
今日の花音の仕事はソレ。そこで、俺の見えるところで作ってくれるかい?」
「はい!喜んで!」
クビになる事も、大和さんと一緒に働けなくなる事も覚悟してきた。
また一緒に働かせて貰えるんだ!
嬉しくて泣きそうになる。
「時間がない、11時までにとりあえず10枚。花音のセンスで可愛いの、頼むよ。」
大和さんがようやく笑ってくれた。
次の日、日曜日、私は約束通り開店前にアルバイトに向かった。
「花音!」
「伊佐さん!」
開店の準備をしていたみんなが、驚いて、だけど笑顔で私を出迎えてくれた。
昨日、みんなとはちゃんと話が出来ていないから、だからきちんと伝えなくてはいけない。
「昨日は大変ご迷惑とご心配を掛けました。ごめんなさい。
これからもよろしくお願いします。」
「辞めなくていいの?」
「はい、あの…クビにならなければ。」
どんな理由があったとしても、休憩時間じゃないのにお店を離れたのも、営業を止めてしまったのも私のせいだ。
「花音、ちょっと。事務所に来て。」
大和さんに呼ばれた。
…多分だけど、きっと良い話じゃない。
それは…覚悟を決めていた。
事務所に2人で入って、大和さんはしっかりと扉を閉めた。
「昨日、あれからの話をしなくてはならない。」
「…はい。」
お父さんは私との話が終わると直ぐに家を出て行った。
行き先は多分警察署とココ。
「この先のことは大人の領分だ。花音の口出しは許さない、良いね。」
お父さんはそう言っていた。
…誰かが責任を取らないとならない、とも。
「座って。」
「はい。」
「まず、昨日の件は店側の認識と準備が足りていなかった。そのせいで花音に辛い経験をさせた。
謝っても謝りきれないけれど、謝らせてほしい。
本当に申し訳なかった。」
「もうそれは、謝らないで下さい。
私が軽率だったんです。」
あれから本社と大和さん、そしてメーカーの人と話し合いの場が持たれたのだそうだ。
「結論として、この店の店長が変わる。」
「…はい。すみません、私のせいで。」
「それは違う。花音のせいではない、決して。いいね。」
噛んで含めるように大和さんは私にそう言ってくれる。
「ただ。俺もこの店に残る。それはお父さんに感謝しなくてはならない。」
えっ!?
「昨日お父さんが店に来た。ちょうど本社の営業部長とメーカーの人との話し合いの場だった。」
そのときにお父さんは「軽率な娘のせいで迷惑を掛けた」と頭を下げてくれたそうだ。
「今回の件はたくさんの人に責任がある。
あんな営業を派遣したメーカーにも、整った設備のない店舗で無理矢理ワークショップを開催した本社にも。だけど一番責任があったのは店長の俺だ。だから俺が責任を取る事になるのは当たり前なんだ。
減俸と降格。俺は店長から店長代理に降格される。期間は次の人事異動まで。例年だと2月期末に再考される。」
「お父さんが営業部長に頼んでくれた。花音が俺ひとりが全ての責任を取らされることは望んでいないと。
自分のせいで俺の人生が大きく変えられてしまうことは、花音の立ち直りを妨げるに違いないと。
お陰でクビにも移動にもならなくて済んだ。」
「父が…そうですか。これで良かった…のでしょうか。」
「もちろん。全くお咎め無しもまた違う。程よい…と言ったら変だけど、俺は納得出来ている。」
今日のワークショップは中止になったそうだ。
あのダイカットメーカーは取り扱い業者を変える。
「ちゃんと花音に説明しておけば良かった。
あのダイカットメーカーを使って本社は作品の受注生産の業務を始める。
そのための市場調査の目的でワークショップを開催した。
花音が心配してくれたような販売ノルマじゃなくて、たくさんの声を集めるというノルマがあった。参加者数だよ、ワークショップで100人。」
「えっ!?100人も?」
カット台で作業できるのはせいぜい10人が良いところだ。
「そう、おそらく予定の二日間の6回では無理だった。
足りない分は、どこかで埋めなくてはならなかった。
11月にも、12月にも、必要な声を集めるために、計画をしなくてはならなかった。
だけど、それも無くなった。
顧客や従業員の安全には変えられないからね。
この狭い店舗ではワークショップはもうしない。」
そうか…。
それを知っていたら…きっと惑わされなかった。
「買ってあげたら店長さん喜ぶよ。」
あの悪魔の囁きに「違う!」と言えた。
「それでも、顧客の声は集めないとならない。
花音ならどうする?」
…どうすると言われても…。
「見本を作って…ううん、カードを作ってプレゼントして。」
どんな場面で、どんなデザインなら買いたいと思うか、いくらなら買うか…多分知りたいのはそれだから…。
「アンケート、とか?」
「そうだね。俺も同じ意見だ。」
大和さんは満足そうに頷いてくれた。
「とりあえず、配ってしまったチラシを見てワークショップに来てくれたお客様にフォトフレームを配って謝らないといけない。
今日の花音の仕事はソレ。そこで、俺の見えるところで作ってくれるかい?」
「はい!喜んで!」
クビになる事も、大和さんと一緒に働けなくなる事も覚悟してきた。
また一緒に働かせて貰えるんだ!
嬉しくて泣きそうになる。
「時間がない、11時までにとりあえず10枚。花音のセンスで可愛いの、頼むよ。」
大和さんがようやく笑ってくれた。
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