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第4章

静かだった朝食

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 静かに部屋に戻ると、出かけた時と同じ場所に椅子を置いて座っていたルーナと目が合った。窓から入る私たちを見つけると、ルーナはすぐに立ち上がって、化粧台に置いてあったティーポットとカップを持って、窓の傍にある小さな机の上に置いた。

 「お疲れ様です。まずはゆっくりお茶でも飲んでください。」

 そう言ってカップに紅茶を注ぎ、そっと席を用意してくれた。私たちが椅子に座ると、ルーナも椅子を持ってきて、同じように紅茶を注ぐ。

 「ずっと待っていたのですか?」

 窓の外に椅子を向けて、何かをしていた途中でもなく窓の外を見ていたので、出かけてからずっとここに座っていたのではと考えたのだが、どうやら本当にそうらしい。

 ルーナは一つ頷き、静かに紅茶を口にする。

 「一人で行かせるのは心配でしたから。少しでも妙な気配を感じればすぐにでも駆けつけられるようにしていたのです。」

 ルーナがついっと視線を向けた。視線を追うと、ベッドの傍らに荷物が集められており、いつでもひっつかんで出られるようにと準備されていた。

 「やはり、私だけでは頼りないですか?」

 単独で動くのはほとんど久しぶりの事で、ずっとエレアナと行動してきた。それに、考えてみれば、ルーナは私たちだけで行動させることがあまりない。ラルゴス男爵の時くらいではないだろうか。

 ここは王宮。騎士は一流だし、魔導士の実力も一級品だ。私たちが万が一にも戦闘になれば、あっという間にやられることもあるかもしれない。

 ルーナは私たちに魔法を教えてくれる。魔法以外にも戦闘のあれこれや、様々な雑学。いわば教師だ。だから、ルーナは私たちの実力をよくわかっている。そのルーナが頼りなく思うならば、それは頼りなく思われるくらいの実力なのだろう。

 けれどルーナは少し微笑んで首を横に振る。

 「そうではありません。ライムは賢いですから、いざという時になっても決して愚かな選択をせず、逃げ切ることができると思います。もしかしたら善戦して私たちの助けも必要なくなるかもしれません。けれど、それとこれとは違うでしょう?」

 ルーナはいつものように私たちの頭を撫でながら、寂しそうに笑った。

 「強くても、賢くても、それでも絶対なんてありません。ライムが心配だという気持ちは、例えあなたがこの世界のどんな存在よりも強かったとしても、決して変わることなどないものです。」

 ルーナは私たちを見ながら、まるでもっとほかの何かを見ているようで、その目に私たち以外の誰かを映しているようだった。

 「それで、どうでしたか?ウォルトス王子は何と言っていましたか?」

 いつもの雰囲気に戻ったルーナに、私たちは先ほどまでの出来事を簡単に説明した。もちろん要点だけで、エレアにいじくられたことは話さない。

 「ウォルトス王子はディランのために国王になる道を選べるように、裏から手をまわしてディランの評判をあげたと言っていたのですか?」

 「掻い摘んで言えばそうなります。」

 私たちの話を聞いて、ルーナは少しだけ俯き、考え込む。

 「そうですか・・・やはり、ウォルトス王子は・・・。」

 小さく呟いたルーナの言葉ははっきりと聞こえなかった。

 「どうかしましたか?」

 心配になって私たちが覗き込もうとすると、ルーナは何でもないというように首を振って紅茶を手に取る。

 「何でもありません。一つ納得しただけです。」

 その納得したことが何なのか知りたいのだけど、ルーナはそのことについて話そうとしない。必要のないことなのか、それともあまり大っぴらにできないような話なのか。

 私たちは無理に聞き出そうとしない方向で話を続けることにした。

 「ウォルトス王子はディランが王に相応しいと言っていましたが、同じくらいに王になってほしくないと言っていました。」

 「随分と本音で話しているのですね。そんな事、普通なら言わないでしょう。」

 「あくまでもディランに選択をゆだねているという事を強調したかったからじゃないですか?どっちもありだという事で、あとは本人次第という事を示しているのだと思います。」

 「そういう意味ではなかったのですが。まあいいでしょう。」

 なぜか困り顔になったルーナを見て首を傾げる。何か受け答えを間違ったのだろうか。

 「とにかく、ウォルトス王子がディランを敵視していないという事が分かったのは大きいですね。王子と直接話すことができる人はあまりいませんから。」

 「リアナとロアは話せないのですか?」

 「お姉様方は高い地位を築いていますが、それでもそこまで踏み込んだ話ができる立場ではありません。二人は王子の部下でも何でもありませんから。」

 リアナもロアも話すこと自体はできるし、会う機会も職業柄ないわけではない。けれど、だからと言って何でもかんでも話せるとは限らない。二人はディランと親しく接してはいるけれど、それはディランが望んでいるからである。ディランが帰ってきたときも、冗談を含みつつ丁寧な接し方をしていた。

 それに、リアナもロアもディランの部下でもディランの派閥に入っているわけでもないのだ。彼女らは中立の立場に立っており、そんな二人がウォルトス王子にディランの事を聞くなどできないのだ。

 ディランを特別気に掛けるという事は、つまりはディランに寄っているという事。二人がどう思おうと、外から見ればそうみられるのだ。

 だから、今まで聞けなかったウォルトス王子の内心を聞けたことには大きな意味があるのだ。

 こんな面倒なことをせずに、堂々と聞いてしまいたいところだけれど、それができないのが現実である。

 「ウォルトス王子はディランに話があるといったのですよね。」

 「帰り際、そう言われました。」

 「では、それをディランに伝えておきましょう。予め機会が設けられるかもしれないと知っておいた方が、ディランも動きやすいでしょうし。」

 という事で、夜を明かした翌日の朝、朝食に向かう道中にてこっそりとディランにウォルトス王子が話があると言っていたと伝えた。

 その場では何も言わなかったけれど、ほんの少し複雑な表情をしていたと思う。改まって話し合う機会などないと思っていたからだろうか。

 朝食は静かに行われた。王族とは別の食堂に通され、顔ぶれは仲間の5人と、ロア、そして給仕をしてくれる侍女が数人。

 リアナは部隊の編成に走り回っているそうで、歩きながらでも食べられるような簡単な食事を適宜とっているらしい。

 「すぐにでも出発できるよう整えなければならないですから。姉様は張り切っていますから心配はいりませんよ。」

 無表情にロアはそう言うけれど、わずかに口端が上に動いているようなので、どうやら微笑んでいるようだ。

 ルーナよりも表情が動かないロアの表情を読むのはなかなか難しく、人付き合いで苦労しそうだなとどうでもいいことを思った。

 部隊の編成は半ば終わっているらしい。事情を知らないがドラゴンが出たらしいと耳にしていた騎士たちがいつでも出られるようにと装備をあらかじめ点検していたりしていたことが功を奏したらしく、あとは対ドラゴン戦のための布陣を決め、糧食などの輸送経路を確保すればいいらしい。

 ただ、ドラゴンとの戦闘などほとんど機会がなく、資料もそれほど多くないので、審議には時間を要するだろうとのことだった。

 一歩間違えば壊滅してもおかしくない相手である。いくら皇国と協力するとはいえ、一部の油断もできないだろう。

 予定では2日後の明朝に出発するとしているが、難航すれば2,3日ずれ込む可能性もあるのだとか。

 ディラン達は基本的に他にすることはない。あるとすればウォルトス王子やエレア、国王と話すことだろうか。それもディランが個人的にするもので、全体で言えばほぼ暇だ。

 買い出しなんかも必要ないし、急な予定変更などがあっても困るので王都から出るわけにもいかない。リーノとエラルダは実家が王都にあるので、この際に帰るのかと思えば、リーノは少し顔を見せるだけで帰らず、エラルダも静かに首を振って否定した。

 「どうせ実家にいても堅苦しいだけだからな。ならこっちの部屋でのんびり寛いでいる方がいい。」

 「私も騎士団の方に出向いて旧友と会いたいと思います。」

 家を出て長いとやはり家に帰りづらくなるものなのかとボーっと聞いていた。

 すると、部屋の外、扉の向こう側の廊下からカッカッカッとかけてくる足音が聞こえてきた。

 軽く弾むような勢いのある足音は段々と食堂に近づいてきて、扉の前までくると、いきなり大きな音をたてて扉が開かれた。

 「探しましたよ!ディランお兄様!」

 扉の向こうにいたのは、ディランと同じプラチナブロンドの輝く長い髪をなびかせる大きな金色の瞳をした少女で、少しくせの強い髪を振り乱しながら器用にもヒールで疾走し、ディランのもとまで駆けていく。

 「なぜイリアナがここに?兄上が、他の兄弟はみな出払っていると言っていたが。」

 驚きよりもむしろ引くような顔をして少女に聞くディラン。少女、イリアナはそれを聞いて当然とばかりに胸を張り、腰に手を置いてこう答えた。

 「お兄様が帰ってきたと聞いて、側近に命じて戻ってきたのです。ここに着いたのはだいたい2時間ほど前だったと思いますわ。」

 「お、お嬢様。勝手に走らないでくださいませ。」

 イリアナが胸を張って説明した後に当の側近が駆け込んできた。肩で息をしている側近を見てディランはそれはそれは重いため息を吐いた。

 「とりあえず、そこに座ったらどうだ?」

 「はい!お兄様。」

 満面の笑顔で椅子に座るイリアナ。その正面には私たち。ひやひやしながらも、またぬいぐるみになるよりほかになかった。
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