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第4章

イリアナ様の苦言

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 イリアナを一言で言い表すならば、まさに純粋無垢となるだろう。もう一言付け加えるならば猪突猛進も加わってしまうが。

 私たちの目の前で繰り広げられているのは、イリアナからディランへの一方的なマシンガントーク。余程言いたいことが募っていたのか、早口にディランと会えなかった間のあれこれや、自分がどれだけ寂しかったのか、一緒に連れて行ってくれなかったのはなぜかなど、実に様々な文句がディランに浴びせられ、ディランは渋面となって黙って聞いている。

 押しに押されるディランは時に相槌を打ち、時に苦笑いをして聞いているが、もしも反論しようものならさらに言葉の雨が降り注ぐことは目に見えていた。そのためにディランも手出しできずに黙っているしかできない。

 「私を置いて王都を出るばかりか手紙の一つも出していただけず、これほど寂しいと思っているのに一度として帰ってくることもなく、いざ帰ってきたと思えば王族の食堂にもお部屋にもおらず、いったい私がどれだけ心配し多と思っているのですか。これだけ愛してやまないお兄様が応急に帰ってきたというのは喜ばしい限りですが、でしたら私にもひと声かけてください。急に社交界に呼ばれて外に出ている間に帰ってきて、こっそり出ていくわけではありませんよね。たまたま王都から近い街の社交界だったからこそこうして帰ってこれましたが、私の側近が優秀でなければお兄様がお帰りになったことさえもわからないままでしたのよ。」

 「わかった。俺が悪かった。」

 「まあ!やっぱりお兄様はお変わりになりましたわね。俺だなんて。まあそういうワイルドなところもかっこいいとは思いますけれど、もう少し王子としての自覚をお持ちください。お兄様は冒険者となり、様々な場所に赴かれるようになりましたが、それでも王子は王子です。お父様もまだお兄様と縁を切ったわけではないのですから。その自覚はまだあるでしょう。やはりポートとリーノが共に行くと言ったところで私の側近も一人同行させるべきでした。」

 「イリアナ様。それはどういうことでしょうか?」

 ポートが勇敢にもイリアナに口を出す。けれどそれは藪蛇だったようで、ぎろっとイリアナがポートに目を向けた瞬間にポートがしまったという顔をした。

 「ポート。あなたは部隊で活躍しているときからずっと言葉遣いが粗暴だったはずです。幼いころの私に対する言葉も貴族とは思えないほど荒れたものだったと記憶しています。その悪いところが共にいるお兄様に悪影響を及ぼしたのではないですか?」

 「いや、それはないと思いますが・・・。」

 擁護するために発言したリーノも標的となり、イリアナが目を光らせる。

 「リーノも、確か私が小さいからと、よくからかっていましたね。陰で言っていれば気づかれないとでも思いましたか?」

 「う、そ、そんなことは・・・。」

 「あなたは公爵家の人間としての自覚はないのですか。陰で噂し使えるべきはずの王族をからかうなど恥を知りなさい。王族うんぬんを抜きにしても人として恥ずべき行為だとは思わないのですか?もっと堂々としていればそれなりに見えて女性の一人でもできるでしょうに。」

 どうしよう。イリアナ様の苦言が止まらない。

 言いたいことをズバズバと言うイリアナにたじたじになる三人の姿は新鮮で、けれどあまり見たくないような頼りない姿だった。

 我関せずとしているルーナとロアは黙って食事を続けているし、エラルダに関しては食後の紅茶を飲みながら温かい目で眺めている。

 「イリアナ。そろそろゆっくりして食事を楽しまないか?喉も乾いたろう。」

 ディランが全く手を付けていない皿と程よく冷めた紅茶を示して勧めると、イリアナは少しだけ目を向けて、紅茶を一口だけ飲む。

 「この食事が終わればまた私をおいてどこかへ行ってしまうのでしょう?そうはさせませんわ・・よ?」

 イリアナがこちらを見て話を止める。初めて私たちを認識したのだろう。私たちの姿をまじまじと見て、こてりと首を傾げた。

 「それは・・何ですか?」

 「この子はただのぬいぐるみです。」

 すぐに無表情で私たちをぬいぐるみであると答えるルーナ。その反応の良さに少したじろいだイリアナだけれど、疑わし気な瞳で再度私たちを見つめてくる。

 「ではなぜそのぬいぐるみの前に食事が用意されているの?それに、半分ほどなくなっていますし。」

 「私が食べました。こう見えて、朝はしっかりと食べることにしていますので。」

 当たり前のようにすらっと嘘をつくルーナに内心感心していると、イリアナはまたもいぶかし気に私たちをじろじろと見つめ、まだ納得がいかないと唇を尖らす。

 「ルーナ様。それならもっと近くに皿を持ってこさせるのでは?なぜわざわざぬいぐるみに席を与え、食事を置いているのですか?」

 「私の個人的な趣味です。それ以外に何かありますか?ぬいぐるみが朝食を食べたと言いたいのでしょうか?」

 何もやましいことはないと主張するルーナに逆に質問を返され、イリアナは初めて反論できずに言葉を詰まらせる。

 さすがルーナ。子供相手でも手加減しない。

 (というかさっきルーナ様って言われなかった?)

 (ルーナにだけ敬称をつけてる?)

 今までイリアナはディラン以外の誰に対しても呼び捨てで話すのかと思っていたけれど、そうではないらしい。

 それは親しいからこその対応なのか、それとも単なる好き嫌いとかそういう違いなのか。

 何はともあれ、イリアナは私たちを不思議に思いつつ、気づかないままに黙って食事を始めた。ディランもリーノもポートもほっと胸をなでおろして食事を再開し、騒々しかった朝食は終わった。

 「お兄様。お暇でしたら、私の部屋でお話ししましょう。ルーナ様もご一緒に。」

 食堂を出る際に、二人はイリアナの部屋に招かれた。

 本当に二人だけだったらよかったのに。
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