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第4章
鈍感と意地っ張り 2
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「ライム。いるか?」
扉を開けて、そっと部屋の中を確認してみると、部屋の真ん中で床にへばりつくライムが視界に入り込んだ。
いつものような丸っとした姿でも、ぬいぐるみのような可愛らしい姿でもなく、まるで水溜まりのようにぺたーっと平らになっているさまは、確かにいつものライムのようなしっかりとしたイメージとは違って見えた。
彼女は実に感情豊かで、一つの事に対していちいち表情を変えるほどに心が移ろう。その反面、ここぞという時にはしっかりとした対応を取り、特に、人の生死がかかった場面ではまっすぐ人を救おうと努力する。
最初はなぜライムがそこまで真剣になるのかわからなかったが、ライムが人であったという事を知ってなるほどと納得した。
ただ、それでも彼女は異常なほどに人の死に敏感だ。それこそ私たちのような親しくなったもの以外にも、身を投げ出してまで救いの手を差し伸べようとしてしまうほどに。
旅の途中にも何度かそういう場面があった。
道で野盗に襲われている馬車があれば、一目散に駆け出す。見つかればそれどころの話ではないのは分かっているはずなのに、そんな無茶を何度も繰り返していた。
最近はそれほど無茶なことをしなくなったが、はじめの頃はそれこそ頻繁に飛び出していた。それほどに、彼女は優しく、甘い一面を持つ。
そんな彼女だからこそ、ウォルトス兄上の前で堂々と怒ってくれたのだろう。私をかばい、私がよりよい未来を歩めるように身を挺してくれたのだろう。
だが、私はそれについ甘えて、彼女に余計な負担を負わせてしまった。それが今目の前にある光景なのだろう。
ライムは全く動かない。それこそ生きているのかと疑ってしまうほどに微動だにしない。
「ライム。大丈夫か?」
大丈夫なはずがない。こんな状態になっているところを、出会って数か月の間初めて見た。数か月とは言え、その間欠かさずともに夜を明かしたのだ。その間に一度もこんな姿を見ていないという事は、平気なはずがないという揺るぎない証拠であった。
「・・・ディランさん。あなたに悪気がないことはわかりますが、それでももう少しものを考えて話してほしいと思います。」
へばったままに話し出したライム。だが、何かいつもの雰囲気ではないことを察して、私はさらに言葉に気を付ける。
「確かに、あの場でいきなりあんな話をするのは考えが足りていなかった。事前に打ち合わせしていたならまだしも。」
「そういう事ではないのですが。それはいいでしょう。」
首筋にひんやりとしたものが通り過ぎた気がして、私は思わず身構える。
これは殺気だ。いつものライムから感じるはずのないもの。他人の事を自分の事よりも気にかけてしまうほど優しい彼女が発するはずの無いものだ。
いや、この雰囲気。独特のこの雰囲気は以前に感じたことがあったような。
「お前は・・本当にライムなのか?」
私がそう問うと、ライムはすぐには答えず、ほんの少し時間をおいて答えた。
「今言うべきことは、他にあるのではないですか?」
返答はない。が、それが答えという事だろう。
それに、彼女の言う通り、今は他に言うべきことがある。それを言いに来たというのに、まだ私はそれを口にはしていなかった。
先程感じた殺気は感じることがなく、敵意や害意も感じない。ならば、今は彼女の正体など詮索する必要はないだろう。
何より彼女は、ライムのために話しているのだから。それがわかれば、あとは私が言うべきことを言うだけだ。
「ライム。先ほどはすまなかった。お前が嫌なら、さっきの話はなかったことにしてくれてもかまわない。だから、許してくれないだろうか。」
私は深く頭を下げる。目を伏せ、どんな罵倒も受ける覚悟で。
だが、しばらく待っても彼女からの動きを感じることができず、しばらく待って、私は顔を上げた。
突然だった。
音もなく近づいたそれが視界の端に映った瞬間に、私はいつものように体を逸らして反応しようとした。
しかし、それをより大きな意志の力でねじ伏せ、近づくそれを受け止める。
ぺちん
なんとも拍子抜けするような音が部屋に響き、私はゆっくりと視線を下す。
「見ないでください!」
頭が見えそうになった瞬間にそう言われ、私はすぐに目を上に向ける。
「私は、貴方と婚約する資格なんて、たとえ芝居であってもありません。私はとても平凡で、貴方にとても似合うような者ではありませんから。」
そういう彼女の声は震えていて、先程感じた雰囲気とは違い、いつもの優しい雰囲気が満ちていた。
声が震える意味を、私は理解できなかったが、それでも勇気をもって話していることはわかった。だから、私はそれを黙って聞く。
「けれど、私が変身した姿は人を魅了します。ルーナから教わった魔法も、きっとみんなの目を惹きつけます。エレアからもらったこの立場も、今回ばかりは最大限に利用できるでしょう。」
言葉を発するうちに感情の波はより激しくなり、そう思えば、不意に笑いだしそうなほど落ち着いた雰囲気も醸し出す。
そんな不思議な彼女は、今まで私の頬に触れていた手で私の頬を軽くつねり、呟くような声でこう言った。
「一度だけです。この芝居をするのは。それが終わったら、すぐにいつものライムに戻りますから。」
頬をつねる力はとてもか弱く、ほとんど痛みを感じなかったが、それでも心に刻み込むほどには力が宿っていた。
扉を開けて、そっと部屋の中を確認してみると、部屋の真ん中で床にへばりつくライムが視界に入り込んだ。
いつものような丸っとした姿でも、ぬいぐるみのような可愛らしい姿でもなく、まるで水溜まりのようにぺたーっと平らになっているさまは、確かにいつものライムのようなしっかりとしたイメージとは違って見えた。
彼女は実に感情豊かで、一つの事に対していちいち表情を変えるほどに心が移ろう。その反面、ここぞという時にはしっかりとした対応を取り、特に、人の生死がかかった場面ではまっすぐ人を救おうと努力する。
最初はなぜライムがそこまで真剣になるのかわからなかったが、ライムが人であったという事を知ってなるほどと納得した。
ただ、それでも彼女は異常なほどに人の死に敏感だ。それこそ私たちのような親しくなったもの以外にも、身を投げ出してまで救いの手を差し伸べようとしてしまうほどに。
旅の途中にも何度かそういう場面があった。
道で野盗に襲われている馬車があれば、一目散に駆け出す。見つかればそれどころの話ではないのは分かっているはずなのに、そんな無茶を何度も繰り返していた。
最近はそれほど無茶なことをしなくなったが、はじめの頃はそれこそ頻繁に飛び出していた。それほどに、彼女は優しく、甘い一面を持つ。
そんな彼女だからこそ、ウォルトス兄上の前で堂々と怒ってくれたのだろう。私をかばい、私がよりよい未来を歩めるように身を挺してくれたのだろう。
だが、私はそれについ甘えて、彼女に余計な負担を負わせてしまった。それが今目の前にある光景なのだろう。
ライムは全く動かない。それこそ生きているのかと疑ってしまうほどに微動だにしない。
「ライム。大丈夫か?」
大丈夫なはずがない。こんな状態になっているところを、出会って数か月の間初めて見た。数か月とは言え、その間欠かさずともに夜を明かしたのだ。その間に一度もこんな姿を見ていないという事は、平気なはずがないという揺るぎない証拠であった。
「・・・ディランさん。あなたに悪気がないことはわかりますが、それでももう少しものを考えて話してほしいと思います。」
へばったままに話し出したライム。だが、何かいつもの雰囲気ではないことを察して、私はさらに言葉に気を付ける。
「確かに、あの場でいきなりあんな話をするのは考えが足りていなかった。事前に打ち合わせしていたならまだしも。」
「そういう事ではないのですが。それはいいでしょう。」
首筋にひんやりとしたものが通り過ぎた気がして、私は思わず身構える。
これは殺気だ。いつものライムから感じるはずのないもの。他人の事を自分の事よりも気にかけてしまうほど優しい彼女が発するはずの無いものだ。
いや、この雰囲気。独特のこの雰囲気は以前に感じたことがあったような。
「お前は・・本当にライムなのか?」
私がそう問うと、ライムはすぐには答えず、ほんの少し時間をおいて答えた。
「今言うべきことは、他にあるのではないですか?」
返答はない。が、それが答えという事だろう。
それに、彼女の言う通り、今は他に言うべきことがある。それを言いに来たというのに、まだ私はそれを口にはしていなかった。
先程感じた殺気は感じることがなく、敵意や害意も感じない。ならば、今は彼女の正体など詮索する必要はないだろう。
何より彼女は、ライムのために話しているのだから。それがわかれば、あとは私が言うべきことを言うだけだ。
「ライム。先ほどはすまなかった。お前が嫌なら、さっきの話はなかったことにしてくれてもかまわない。だから、許してくれないだろうか。」
私は深く頭を下げる。目を伏せ、どんな罵倒も受ける覚悟で。
だが、しばらく待っても彼女からの動きを感じることができず、しばらく待って、私は顔を上げた。
突然だった。
音もなく近づいたそれが視界の端に映った瞬間に、私はいつものように体を逸らして反応しようとした。
しかし、それをより大きな意志の力でねじ伏せ、近づくそれを受け止める。
ぺちん
なんとも拍子抜けするような音が部屋に響き、私はゆっくりと視線を下す。
「見ないでください!」
頭が見えそうになった瞬間にそう言われ、私はすぐに目を上に向ける。
「私は、貴方と婚約する資格なんて、たとえ芝居であってもありません。私はとても平凡で、貴方にとても似合うような者ではありませんから。」
そういう彼女の声は震えていて、先程感じた雰囲気とは違い、いつもの優しい雰囲気が満ちていた。
声が震える意味を、私は理解できなかったが、それでも勇気をもって話していることはわかった。だから、私はそれを黙って聞く。
「けれど、私が変身した姿は人を魅了します。ルーナから教わった魔法も、きっとみんなの目を惹きつけます。エレアからもらったこの立場も、今回ばかりは最大限に利用できるでしょう。」
言葉を発するうちに感情の波はより激しくなり、そう思えば、不意に笑いだしそうなほど落ち着いた雰囲気も醸し出す。
そんな不思議な彼女は、今まで私の頬に触れていた手で私の頬を軽くつねり、呟くような声でこう言った。
「一度だけです。この芝居をするのは。それが終わったら、すぐにいつものライムに戻りますから。」
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