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第4章

昔々の昔話 3

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 アース連合の構成員。その全員に共通することは、一度は世を捨てたいと願ったこと、そして、人の目に触れないところで死に瀕したことであった。

 アース連合の一員である赤木直人は会社のリストラにあい、一度は職に復帰するも長続きせずに数年の間バイトの給料で食いつないでいた。何をするにしてもやる気が出ず、毎日ただ時間を浪費する日々。ついには唯一の収入源であるバイトもやめて、自殺しようと一人山へと向かった。しかし、本人に自殺する意思はなかった。心の中で本当に死を望めるものなどほとんどおらず、赤木もその例外になることなかった。けれど彼は落ちた。風にあおられ、崖下に転落し、そして女神に拾われた。

 ジョーもほとんど同じようなものであり、その他の構成員も何かしらの事情を抱え、世を捨て死を選ぼうとして死にきれなかった者たちだった。

 そんなアース連合と美景・希との違いは何か。それは死を望まなかったことにある。

 二人はこれからもこうした変わらず笑っていける人生を歩もうと、ごく当たり前のように過ごしていたのだ。しかし、海に転落するという不幸な事故が起きた。けれど彼女らは懸命にもがき、助け合って生きようとした。

 決して転生することなどあり得なかった。女神が二人を見つけ、興味を示すまでは。



 「人に限らずあらゆる存在は名のある存在に生まれ変わる。それは動物であったり植物であったり、あるいは何者かが作った造物であったりするわけじゃが、それらに共通することはのう、一つの世界の輪の中で完結するサイクルなのじゃ。別の世界へと魂が渡ることはなく、例えあったとしても、もとがわからぬ程に壊れて結果新たな存在に変わるのじゃ。」

 へリアルは手を振って色々なものを出してなるべくわかりやすいように説明してくれる。

 魂というものはほぼ全ての存在にあり、その魂は世界という箱の中、ようは宇宙の中からは出ることができないのだ。水槽の中から水が漏れてしまってはいけないよう作られているように、世界もまた神が中のすべてが外に漏れ出ないように、ほかの世界に出ていかないように作っているのだそうだ。

 なぜそういうふうに作っているのかは省かれたけれど、ここで重要なのは、私たち二人やアース連合たちのように、別の世界に渡るということは普通はできず、できないようになっているはずということだ。

 「だが、同じ神の位に立ったイレーネならば、他の神が作った世界の蓋を開け、中身を取り出すことができる。通常は許されぬ行為じゃが、イレーヌは何とかその許しを得て、存在を変容させることなくおぬしらをここに呼び寄せたのじゃ。」

 へリアルの言葉では、どうにか頼み込んで神を説得し、自分の世界に何千人もの人を連れ込んだということになる。

 私たちの世界の神もかなりいい加減らしい。私たちはなんの相談も受けずにいきなりこの世界に飛ばされたのだ。あのままでは死んでしまっていたかもしれないけれど、それにしても失礼で勝手な連中である。

 けれど、私がそんな愚痴を少しこぼすと、へリアルは少し首をかしげた。

 「おかしいのう。確か儂のあった異世界の者は女神とあって色々と話を聞いたといっておったが・・・確かその時に特別な力を授けられてもいたはずじゃ。」

 へリアルの言葉を聞いて、私も首をかしげて腕を組む。

 私の記憶が正しければ、海におぼれたそのあとはいきなりどこかの浜辺に打ち上げられていたはずだ。美景もそんなことがあったとは言ってなかったし、女神なんて存在は全く知らない。

 「それにおぬしらが二人一緒にスライムになっておるのもおかしな話じゃ。イレーネは人を良きほうへ導かせるために多くの者をそのままこの世界に転生させておる。容姿が変わることはあっても、人でなくなることはないはずじゃ。それがスライムに、それも二人の魂が混じっているとなると・・・。」

 へリアルは目を細めて私を見つめる。瞬間、私の心の中を全て覗き見られているような非常に気持ち悪い感覚がして、さっとへリアルから目をそらした。

 へリアルは無意識だったようで、私が目を背けるとすぐに暖炉に視線を戻し、咳払いをした。

 「すまぬ。話を戻すとしよう。とにかく、別の世界から人を招き、人を良いほうへと導かせたイレーネの考えは、半分ほどが成功となった。おぬしらの世界の知識や発達した社会常識や倫理観がアース連合を通して世界に広く浸透し、全体の暮らしぶりが向上するに伴って心にゆとりができるものも多くなった。心が荒めば行動もより過激になる。イレーネの目指した人と人が手を取りあう世界に一歩近づいた。」

 じゃが、とへリアルは話を続けようとしたところで、急にその言葉を飲み込んでこちらを見た。

 「話の途中じゃが、どうやらもう少しで覚醒するようじゃ。」

 そう言われて私は意識を内側に集中させ、美景の存在を確かめた。確かにそこにある美景は先ほどと違ってどんどんとその存在感が増しているように思えた。

 もうすぐ目が覚める。私は美景に呼びかけ続ける。

 (美景、美景!)

 (・・・のーちゃん。)

 美景の声が聞こえたその瞬間、美景が夢で見ていた光景が一気に私の中にも流れ込んできた。

 まるで自分もその夢を見たような感覚となり、さっきまでひどい夢を見させられたと心の底で思っていた感情がきれいさっぱり消え去る。

 (美景。起きた?)

 美景に声をかけると、美景からぱーっと明るくなるような、温かくなるような感覚がやってきて、全身を心地よく包み込む。

 (久しぶりに眠ったから、私、昔の夢見ちゃった。美景と初めて会った時の夢。)

 何だかこの余韻を消したくなくて、こっちが私の本当に見た夢で、私も美景と同じ夢を見たんだと思いたくて、ついつい嘘をついてしまった。

 すると、美景はもっと喜びの感情を溢れさせて、まぶしい笑顔が見えるような声音で話す。

 (私も同じ夢を見たよ。回覧板が言えなかったのーちゃん可愛かったな~)

 (あ、あれ~?そうだったかな~。)

 完全にすべての夢の記憶が流れ込んでなかったからか、その時の情景が思い出せずに慌てたけれど、どうやら怪しまれなかったようだ。

 「よく、眠れたかな?」

 へリアルがいつの間にか出したマグカップの中には一杯のココアが注がれていた。机の上をスライドさせて私たちの近くに置いたそれを、私は手に取る。

 (これは・・・ココア?でもどうして。)

 (このおじいちゃんは何でもできるんだよ。いちいち驚いていたらきりがないくらいにね。)

 私がそう説明すると、美景はココアを訝し気に見る。

 (なんでそれをのーちゃんが知ってるの?)

 (それはほら、美景よりも早く起きたからだよ。)

 最初は疑ったのーちゃんも、まあそんなものかと思い直してそっと匂いをかぐ。慣れ親しんだココアだけれど、これは美景の家でよく入れられたミルクの少なめなココアだった。

 「これでも飲むと良い。温まるぞ。」 

 へリアルの勧めに対して、私はもういただいたからと美景に言葉を譲った。

 意識を交代したことがへリアルにもわかったようで、面白そうな目で私たちを見る。

 「お心遣いに感謝します。けれど、私は温度を感じなくすることもできるので。」

 美景の返答に、へリアルはふんと鼻で笑って、軽く手を振って見せた。

 「そういうものではないだろう?人というのは。」

 その言葉ひとつで美景は納得し、ココアを飲みはじめる。ココアの味は先ほど飲んで知っているはずなのに、すごく久しぶりで懐かしく感じたのだった。
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