騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

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║05║癒しの朝から一転、騎士団長の地獄メニュー

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翌朝。頬に触れるやわらかな光と、かすかに聞こえる鳥のさえずりに、僕はゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。だけど、もう怖くない。
ここは、グレンの私邸――今の僕の隠れ家。
ふわりと腕を伸ばして大きく伸びをすると、自然と笑みがこぼれた。
……なんだろう。ほんの少し、体も心も軽くなった気がする。
(昨日は、ご飯もちゃんと食べたし、ぐっすり眠れたし……なにより、グレンと普通に話して、笑って……)
誰かと一緒に過ごして、安心して眠れた夜なんて、いつぶりだろう。あったかい布団に包まれているだけなのに、胸の奥がじんわり満たされていく。
「……ん~、幸せだなぁ……」
その時だった。
「殿下、目覚められましたか?」
扉越しに、よく通る落ち着いた声が聞こえ、僕はぴくっと跳ね起きた。
「わっ、グレン!?いつの間に!?」
「声が聞こえましたので。おはようございます。準備ができましたら、裏庭へどうぞ」
「え、裏庭?なんで?朝ごはんじゃなくて?」
「本日より訓練を開始いたしますので」
「ちょ、待って待って!今起きたばっかりだよ!?まだちゃんと目も覚めてないのに!」
「空腹時の方が集中力が高まる場合もございますので」
「そんな理論初めて聞いたよ!?」
まさか、こんな柔らかい朝を迎えたその数分後に、「地獄の特訓」が始まるなんて、思ってもみなかった――。

支度を整えて裏庭に出ると、グレンはきちんと制服を着込み、いつもの無表情で僕を待っていた。静かな朝の空気に、昨日の笑顔が幻だったのではと錯覚しそうになる。
庭の一部には、雑草の間に踏みならされたスペースがあり、そこを訓練場にするようだ。
グレンは魔力制御に関しては非凡な才能を持つと言われていて、王国でも屈指の魔法剣士だ。それゆえに、彼に教わるというのは栄誉でもあるのだが……その指導法には、容赦がないらしい。
「まず、魔力の流れを自覚することから始めます」
「う、うん……」
手を前に出して、力を込める――けれど、いつも通り、僕の魔力は指先のあたりでふわふわと漂うばかりで、形をなす気配がない。
「……集中してください。流れが乱れていますよ」
「わ、わかってるけど……」
焦りとともに、胸の奥にじわりと滲むのは、自分の魔力への戸惑いだ。

この世界には、火・水・風・土という四大属性の魔法が存在している。誰もがそのいずれかに適性を持ち、その特性に応じた訓練を積んでいくのが常だ。けれど、僕は違った。
僕の魔力には、属性がない。
火でも、水でも、風でも、土でもない――ただ、魔力がそこにあるだけ。
一応、生活に使う初歩的な魔法――灯りをつけたり、火を起こしたりといった、誰でも使える類の魔法は僕も使える。
けれどそれ以上になると、適性のある属性魔法でなければ太刀打ちできない。
王族として生まれながら、それはまるで「規格外」だと突きつけられているようで、ずっと、誰にも相談できない疎外感を抱えてきた。
「……やっぱり、僕、変なんだよ」
思わずこぼした声に、グレンの視線がすっと向けられる。
「変ではありません。未解明なだけです」
「でも、それってつまり……異端ってことだよね」
そう呟いた僕の言葉に、グレンは少しだけ間を置いて、静かに告げた。
「……『異端』とは、必要とされていないという意味ではありません」
その一言に、胸のどこかがかすかに震えた。
ああ、やっぱりこの人、時々、ちゃんと大事なところを突いてくる――。
「それだけ特殊な力であるならば、うまく使いこなせば――どんな魔法よりも強大な力となる可能性があります」
「強大な力……」
信じられない。でも、どこかで、信じたいと思ってしまった。
こんなふうに、誰かが正面から言葉をくれることが、僕にはずっとなかったから。
僕は少しだけ息を吸って、まっすぐグレンを見た。
「……わかった。やってみるよ、訓練」
「承知しました。では、まずは魔力の放出からです」
そこから始まったのは、容赦のないスパルタ訓練だった。
「もっと力を抜いてください。無理に出そうとすると、暴走します」
「ぬ、抜いてるってば!うまくいかないの!」
「落ち着きが足りません。もう一度」
小鳥のさえずりすら耳に入らないほど、僕は必死に続ける。魔力を出そうとすれば暴走し、逆に抑えようとすれば何も起きない。制御なんて、夢のまた夢だ。
だけど、グレンは決して苛立ちを見せることなく、黙々と付き合ってくれた。
「さあ、もう一度。今度は力を込めず、意識を魔力の流れに沿わせてください」
朝から始まった訓練は、昼になっても終わらなかった。ぐったりと倒れ込みたい気分の中、掌に集中させた魔力が、ふっと淡く光を帯びる。ほんの一瞬、わずかに揺らいだだけだけど――それでも、僕には確かな変化だ。
グレンがそっと頷く。
「……悪くありません。一度休憩して、続けましょう」
そう言われた瞬間、僕はその場にぺたりと座り込んだ。
え、まだ続くの?これ、午前の部だったの?
やっぱり、地獄の特訓だった。体の芯までしっかり疲れきっていて、腕も脚もガクガクしている。魔力の訓練って、こんなに消耗するものなのか……。
「こ、こんなに……体力消耗したの、いつぶりだろう……」
息を整えながらぼやくと、グレンが当たり前のように頷いた。
「基礎的な魔力制御は、肉体との連携が不可欠です。特に殿下の場合、出力が不安定なので」
はあ、と返事の代わりにため息をついたところで、グレンが台所からサンドイッチの皿を持ってきてくれた。
昨日の夕食の残りの野菜とハムをパンにはさんだだけの簡単なものだけど、空腹の今はごちそうに見える。
「これ、グレンが作ってくれたの?」
「いえ。昨日、殿下が準備された材料を、挟んだだけです」
「……うん、でも嬉しい」
ふふっと笑って、僕はかぶりついた。パンがちょっと固いけど、今はそれすら愛おしい。
こうして二人で並んで座って、黙々とサンドイッチを食べる時間が、なんだか不思議と心地よかった。
けれど、休息は長くは続かない。
午後の訓練は、さらに過酷だった。
午前中の時点で体力は限界に近く、すでに魔力の流れも乱れている。それなのに、午後はより繊細な魔力操作が課された。
浮かべた小石を均等に回転させる。空中で重さを調整し、形を保ったまま移動させる。集中力も体力も削られる、まさに地獄のメニューだ。
「力が入りすぎです。もっと意識を軽く」
「意識って、軽くとかできるものなの……!?」
「殿下が今考えていること、それが重さに反映されています」
「えっ、じゃあ僕、考えすぎってこと!?」
やりとりの温度は穏やかなのに、要求される内容だけは容赦がなかった。淡々とした口調の中に、妥協は一切ない。気を抜けばすぐに魔力が乱れ、石は床に落ちてしまう。
夕暮れが近づくころには、全身が鉛のように重くなっていた。腕はぷるぷる震え、足元もふらつく。全身が疲れ過ぎて、頭も回らない。
それでもグレンは、ほんのわずかの成長を見逃さず、淡々と次の課題を与えてくる。
ようやく訓練が終わった頃、空はすっかり茜に染まっていた。
僕は草の上にへたり込み、だらんと手足を投げ出す。
「……明日も、これ……やるの……?」
「もちろんです」
にべもない返事に、僕は芝生の上で小さく呻いた。
地獄の日々は、どうやら始まったばかりらしい……。
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