騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

krm

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║06║マッサージは、癒しの沼でした

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夜風が少し冷たく感じる中、僕たちは夕食の席についた。
今日はもう、ろくに手をかける元気もなくて、昼と同じように、サンドイッチとスープだけの簡単なメニューだ。とはいえ、ちゃんと火を通した分、少しだけ立派に見える。
「殿下、食事の前に手を拭いてください」
そう言って、グレンが差し出した布巾は、いつのまにか濡らされて、ちゃんと絞ってあった。
「ありがとう……」
手を拭きながら、小さくため息を吐く。
疲れた。もう、すべてが、すごく疲れた。
「今日一日だけで、一か月分くらいの魔力を使った気がする……」
「殿下の魔力量でその消耗感は、むしろ理想的です」
「僕の体力が理想的じゃないのが問題なんだよ……」
ぐったりとした体を引きずりながらも、スープをひと口すくって口に運ぶ。
あたたかい塩気がじんわりと広がり、冷えた内側までやさしく満たされていく感覚に、思わず目を細めた。
「ん……美味しい。疲れてる時って、しょっぱいのが染みるんだね」
隣でスプーンの音が続いているのに気づいて、僕も黙ってまた一口すする。
言葉は交わさなくても、こうして静かに食事を共にする時間が、妙に心地よく感じられた。
疲れてるのに、眠いのに、なんだか幸せ。
騎士団長としてじゃなくて、ただのグレンとして、今のこの穏やかな空気を作ってくれている気がして――少しだけ、心が浮かれた。
「殿下」
不意に呼ばれて、顔を上げる。グレンの瞳が、穏やかに僕を見ていた。
「明日は今日よりも厳しくなります。……今のうちに、しっかり体を休めてください」
その言葉に、わずかに背筋が冷えた。
明日は、今日より厳しい……のか……。

食後、グレンが手早く食器を片付けているのをぼんやり眺めながら、僕は床に座り込んで、ぐでーっと体を投げ出していた。
この小さな家には、ソファなんて洒落たものはないけれど、逆にこの素朴さが今は心地よく感じられる。
ただ、体が痛い。肩と腰と背中と足。つまり、全部。
「……殿下、そこまでぐったりする前に、横になったほうが良いのでは」
「そうしたいけど、今、動いたら絶対変な声出る……」
「……それは困りますね」
その返答が妙に真剣だったので、思わず吹き出しそうになる。
次の瞬間、グレンがすっと近づいて膝をついたかと思うと、「失礼します」とだけ言って、僕の体を軽々と抱え上げた。
「え、ちょ、ちょっと、なに!?」
「動けないとおっしゃったのは、殿下ご自身ですよ」
反論の余地もなく、僕はあっという間に、グレンの簡素なベッドの上に寝かされていた。
戸惑っている間に、彼は僕の背後にまわり、そっと肩に手を置いた。
「な、なに、わっ……」
「凝っていますね。少し、失礼します」
グレンの指が、慎重に、しかし確かな力で筋肉を押してくる。その手は思った以上にあたたかく、そして、信じられないくらい上手だった。不意打ちの感触に、喉の奥から変な声が出そうになるのを、慌てて飲み込む。
「……っ、うまい」
「騎士団時代、仲間に頼まれることが多かったので」
「料理はできないのに……マッサージはプロ……」
「得意分野が偏っていて、申し訳ありません」
その淡々とした返しがなんだかおかしくて、笑いかけたけれど、すぐに言葉にならない吐息だけが漏れた。
痛い、けど気持ちいい……。
背中、腰、肩、腕……まるで人体の構造を熟知してるかのように、グレンの手が次々と疲労をほぐしていく。こんなに丁寧に扱われるなんて、久しぶりだった。誰かに、触れられて、いたわられて、安らいで――いつのまにか、まぶたが重くなっていた。
「殿下」
遠くで、グレンが僕の名前を呼んでいる気がする。でも、もう返事をする余力すらなかった。
次の瞬間には、もう、意識は闇の底へと沈んでいた。

薄ぼんやりとした光が、まぶた越しに差し込んでくる。なんとなく意識が浮上してきて、僕はゆっくりと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、粗織りの天井板と、朝の光に照らされた木の梁。
……いつもと、違う。横を向けば見える窓の位置も、家具の並びも……。
「……え?」
頭がまだぼんやりしている中、記憶をたぐる。
昨日の晩、食後に床でぐでーっとしてたら、グレンにベッドに運ばれて、それで……マッサージ、されて……。
――これ、グレンのベッドだ。
一気に目が覚めた。慌てて身を起こそうとした瞬間――
「おはようございます、殿下……」
隣から声がして、びくっと肩が跳ねた。顔を向けると、そこには静かに目を開けたグレンがいた。落ち着いた表情で、僕の方を見ている。
「えっ、あ、えっ!?ちょっ……ま、待って!?なんでグレンがここに!?いや、なんで僕がここに!?」
「昨夜、殿下はマッサージ中に眠ってしまわれました」
グレンは布団の中から身を起こし、相変わらず冷静に説明を続ける。
「起こしてもいけないと思い、そのままにしておきました」
「……え、じゃあ、グレンは?」
「私も、そのまま力尽きてしまったようです」
「あっ……」
どうやら、訓練の疲れがグレンにも残っていたのだろう。それを聞いて、少しだけホッとしたような、いや、でもそれより――
「い、一緒に……寝てたの?」
「はい」
あっさりと返されたその一言に、頭が真っ白になる。
「申し訳ございません」
「い、いや別に、怒ってるとかそういうのじゃないけど、でも、あの、その……!」
わけの分からない言葉しか出てこない。心臓がばくばくして、手の先まで妙に熱い。顔なんて、絶対真っ赤だ。
「……僕、変な寝言とか言ってなかった?」
おそるおそる尋ねると、グレンは一瞬だけ目を伏せた後、表情を崩さずに答えた。
「少し……よく分からない言葉を口にされていましたが、特に問題はありません」
「ま、まって、それすごく気になるんだけど!?なに言ってたの!?」
「……『グレンの髪、さらさらだぁ……』と、仰っていたような」
「っ……!?」
やめてええええええええええ!!
僕は思わず枕を引っつかんで、顔に押し付ける。うめき声しか出ない。やばい、恥ずかしすぎる、死にたい……!
なんかそんな夢、見てた気がする。グレンの髪を指で梳いて、「きれいだなぁ」って思って――あああ、最悪!それ、実際に言ってたとかありえない!
「どのような夢だったのか、お聞きしても?」
「絶対ダメ!一生言わない!」
「そうですか。残念です」
なぜか本当に残念そうにしてるのがまた腹立つ。というか、何この状況。恥ずかしいとか、やらかしたとか、そういう次元を超えてる。
……でも、なんだろう。この布団のぬくもりと、隣にいたグレンの存在が、まだ体に残っていて。
心臓の鼓動がうるさいのに、不思議と嫌じゃない。
――僕、グレンと、同じベッドで寝たんだ。
その事実がじわじわと胸の奥に染みてきて、朝の空気がやけに甘く感じられた。
人と一緒に寝たのなんて、たぶん初めてだ。少なくとも、こんなふうに誰かの隣で、気を張らずに眠ったことなんてなかった。
それなのに、昨夜はあっけないほど、すとんと眠りに落ちていた。
……グレンだったから、なのかな。
この人の隣だから、僕はちゃんと眠れたんだ。
そう思ったら、胸の奥がじんわり熱くなって、顔まで熱が上ってくるのが分かった。
眠りながら無防備にさらさらの髪を褒めてたなんて、恥ずかしすぎて消えたくなるけど――
それでも、嫌じゃなかった。
グレンと過ごす朝は、なんだかとても、心地よかった。
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