騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

krm

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║07║魔力も気持ちも、制御不能!

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今日も昨日と同じ庭で、グレンのスパルタ特訓が続いていた。
魔力の調整は今日もまた、思い通りにはいかなかったけれど、それでも昨日よりは少しだけ扱いやすくなった気がしている。
「ふう……」
大きく息を吐き、僕はその場にへたりと座り込んだ。緊張で張りつめていた肩が、じんわりとゆるんでいく。背後から、グレンが歩み寄る気配がした。
「殿下、ここで一度、休憩を入れましょう」
「うん、ありがと……」
ちょうどその時。
庭木の間を縫うように、騎士団の若い伝令が早足でこちらへやってくるのが見えた。
「グレン・ヴァルト騎士団長殿。王城よりの伝達文をお届けに参りました」
「ご苦労。そこに置いてくれ」
伝令が差し出したのは、封筒ではなく、薄く硬い紙板のような文書だった。手紙というより、任命や告示に使われるような、公式なもの――つまり、誰が見ても差し支えない内容だ。伝令が去っていくのを見送ってから、僕は自然と視線を落とす。
——騎士団長グレン・ヴァルトに告ぐ。アストル王子付き補佐の任務のため、騎士団内での指揮権は一時停止とする——
「……え……?」
息が止まりそうになった。見間違いかと思って、何度も何度も、その短い文を読み返す。
「……なに……これ……」
思わず口からこぼれた声は、自分でもわかるくらいにかすれていた。
僕の視線に気づいたのか、隣にいたグレンが無言で身を寄せ、文書を覗き込む。
「――ああ、そうでしょうね」
あっさりとした口調だった。感情の色は、ほとんど読み取れない。その何気なさが、かえって胸に突き刺さる。
(……え、それだけ?)
驚きもしない。怒りもしない。ただ、受け入れている。まるで――最初から、そうなることが決まっていたみたいに。
(……そんなのおかしい。こんなの、騎士団長に対しての扱いじゃない……)
騎士団の頂点に立ち、誰よりも信頼され、誰よりも前線に立っていた人が。いきなりその権限を――役目を――取り上げられるなんて。
何の説明も、何の対話もなく。たった一枚の紙切れで。
なのに、彼は――気にしていないのか。諦めているのか。それとも、僕に気を遣って、平然としてみせているだけなのか。
(……だとしたら、僕は……)
鼓動が早くなる。息が浅くなっていく。うまく思考がまとまらない。胸の奥に張り詰めたなにかが、音を立てて軋んだ。
ふと脳裏をよぎったのは、市場で聞いた兵士たちの——「あの騎士団長様が、あんな任務に回されるなんてな」というひそひそ話だった。
その時は、あまり深く考えなかった。でも、あれは、こういうことだったんだ。
僕と一緒にいるために、グレンは――
(立場も、権限も、全部……捨てさせられてたんだ)
足元がふらつく。世界が、ぐらりと傾いたようだった。
(なのに僕は、なにも気づかずに、呑気に過ごしてて……)
怒りが込み上げてくる。僕自身に。そして――こんな一方的な通知を出してくる王国に。
「僕のせいで……」
意識するよりも早く、足元の空気が熱を帯び始めていた。
「僕のせいで、グレンが、そんな理不尽な扱いを受けて……!」
言葉と共に、地面にひび割れが走る。見えない力の波が、熱風となって周囲を巻き上げた。
「――殿下!」
グレンの声が聞こえたけれど、もう視界がぐにゃりと揺れて、何もかもが遠い。
胸の奥からあふれ出す感情は、自分でももう制御できなかった。
怒り、悔しさ、情けなさ、寂しさ、怖さ――ぐちゃぐちゃに混ざったそれらが、洪水みたいに僕を飲み込んでいく。
「ダメだ……止まって……止まれ……!」
自分の手をぎゅっと握る。でも熱は止まらない。魔力が、暴れ出している。このままじゃ、また――誰かを傷つけてしまう。
大切な人さえ、僕のせいで……!
「殿下、落ち着いてください」
聞き慣れた、低くて落ち着いた声が耳元に届いた。次の瞬間、強くてあたたかな腕が、僕を包み込む。
「……グ、レン……」
「大丈夫です。私がそばにいます。もう二度と、その力で心をすり減らすようなことはさせません。殿下を苦しめるすべてから、私が守ります」
その言葉が、胸の奥の熱に触れた気がした。怒りとも悲しみともつかない感情が、ゆっくりとほどけていく。
「殿下。どうか――ご自分を責めないでください」
その一言が、胸の奥に溜まっていたものをすべて溶かしていった。
力が抜けた僕を、グレンがさらに抱き寄せる。そのぬくもりに、僕はそっと身を預けた。
けれど。
それでも一度暴走した魔力は止まらない。さらに加速し、近くの木は倒れ、草木はざわめき、空気が唸りを上げる。
「……っ、どうして……まだ……止まらないんだ……っ」
もうダメかもしれない。頭の中に、そんな諦めの色が差しかけた、その瞬間。
「失礼します――殿下」
低く落ち着いた声とともに、顎にそっと添えられる、大きくてあたたかな手。見上げた先で、グレンが真っ直ぐに僕を見つめていた。
その瞳には、揺らぎも迷いも一切ない。まっすぐに、僕を捉えていた。
「え……?」
声が最後まで出きらないうちに――彼の顔が、ぐっと近づいてくる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
――そっと、キスをされていた。
唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬。
けれど、そのキスは、やさしくて、深くて――僕の中で暴れまわっていた魔力よりも強く、静かに、でも確かに、僕を貫いた。
びっくりして息が止まったけれど、怖くはない。むしろ、不思議なくらい、ほっとしていた。
胸の奥に渦巻いていた嵐のような感情が、ゆっくりと、溶けていく。
グレンの唇が離れても、彼の手はまだ、そっと僕の頬に触れていた。
「……おさまった……?」
小さくつぶやくと、グレンは静かにうなずく。
「どうして、キスで……?」
「確信があったわけじゃありません。ですが……殿下の魔力は感情と結びついている。強い不安や怒りが魔力を乱していたのなら、逆の感情――安心や愛情が、回路を閉じる鍵になると考えました」
「愛情……」
胸の奥がくすぐったくなる。それを誤魔化すみたいに、そっと自分の唇に指を添えた。
あたたかい。まだ、彼のぬくもりが残っているような気がする。
悔しくて悲しくて、ぐちゃぐちゃになっていた僕の中を、たった一つの想いがまっすぐに包み込んでくれた。
力でも、説教でもなくて。ただ、僕を大切に想ってくれる気持ち――それが、僕を救ってくれた。
どうしてこんな……優しいことができるんだろう。あんなに強くて、大勢を背負って生きてきた人なのに。
(なのに僕には、こんなふうに、やわらかく触れてくれるんだ……)
胸が、きゅうっとなった。さっきまでの魔力の熱よりも、もっとじんわりと、甘くて苦しい熱が、胸の奥に広がっていく。
「ありがとう、グレン……」
やっとの思いで出てきたその言葉に、グレンはほんのわずかに視線を落とし――その口元が、かすかにゆるんだ。緊張をそっと解いたような、そんな表情だった。
「……殿下、立てますか?」
「うん……たぶん……」
ふらふらと立ち上がろうとしたけれど、足が思うように動かない。というか、気持ちがまだふわふわしていて、地に足がついてない感じだった。
「やっぱり無理ですね。お運びします」
「へ?」
そう言うなり、グレンは当たり前のように僕の身体を抱き上げた。
「ちょ、ちょっと!?自分で歩けるから、おろして!」
「無理に歩いて、また魔力が暴れ出したら大変です」
「うぅ……」
言いくるめられて、そのまま抱っこされたままベッドへ直行。
寝具の感触が背中に触れたとたん、どっと疲れが押し寄せてくる。
「今日はゆっくり休んでください」
「……ありがと……」
扉が閉まる音がして、部屋に静寂が戻る。
――そして、数秒後。
(……あれ?……僕……)
さっきの出来事が、突然、ありありと脳裏によみがえった。
(グレンと……キ、キ、キスしちゃった……!?)
バッと顔を覆って、ベッドの上でごろごろ転がる。
「うわああああああああああ!」
声にならない叫びが喉から漏れた。心臓はうるさいし、もはや眠気どころじゃない。
地獄の訓練よりも、魔力の暴走よりも――今の僕にとっていちばん手強いのは、この胸のドキドキかもしれない。
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