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║09║一日中ドキドキしてたの、気づかれてないよね!?
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結局、その日は訓練を休むことになった。
前日の魔力暴走のこともあるし、僕自身、まだ胸のどこかが落ち着かない。
「今日は無理をなさらず、休息にあてましょう」
そうグレンが言ってくれたとき、正直、ほっとした。
だから今日は、ゆったりと過ごす一日にすることにしたのだ。
午前中は二人で家事。昼前には、いつもより多めに料理を作っておいて、数日は持ちそうな作り置きを保存用の壺に詰めていく。
不思議なもので、包丁の音や湯気の匂いに包まれていると、さっきまでの恥ずかしいやりとりが、少しだけ遠いもののように感じられた。
……まあ、夜にはその「現実」が戻ってくるわけだけど。
だって、今夜からなのだ。
毎晩、就寝前に、魔力を落ち着ける手段としての――キス。
話を聞かされた時は必死で抵抗したけれど、グレンのまっすぐな眼差しと、躊躇のない態度に、完全に気圧されてしまって――
気づけば、する流れになっていた。
とはいえ、本当にやるとなると、心の準備なんてまるで追いつかない。
(ちゃんとできるんだろうか……いや、そもそも、毎日って……!)
僕が心の中でぐるぐるしている間も、グレンはいつも通り寡黙で、だけど不器用ながら手伝ってくれている。
たまに器用そうな顔で野菜を豪快に真っ二つにして、僕に慌てて止められるのも、なんだかもうお約束になりつつあった。
そんな、穏やかな、けれどどこか落ち着かない一日が、ゆっくりと過ぎていく。
けれど、キッチンに立つ彼の横顔をふと見ていると、こんなふうに一緒に過ごす時間が当たり前になってきたことが、なんだか不思議に思えてくる。
(……この人、本当に、ずっと騎士団長だったんだよな)
王城で誰もが一目置いていた、あの騎士団長が、今は僕の隣で野菜を刻んでいる――それって、冷静に考えたらとんでもないことなんじゃないだろうか。気づけば胸の奥が、少しだけ痛くなっていた。
「……ねえ、グレン」
煮込みの火を弱めながら、思い切って口を開く。
「その……ごめん。僕のせいで、団長の仕事を辞めることになって」
グレンは少しだけ手を止めて、いつもの無表情でこちらを見た。
「殿下が気にすることではありません」
「でも……ずっと続けてきた仕事だったのに……」
しばらくの沈黙のあと、グレンはぽつりと言った。
「私はもともと、殿下の護衛として王に命じられた者です」
「うん、それは知ってるけど……」
「ですが――」
グレンの声が、ふとわずかに低くなった。
「殿下が地下室に幽閉されると聞いたとき、私は考えました。このまま団長を続けていては、殿下の傍にはいられない、と」
「えっ……?」
「ですので、選びました。団長として王城に残るより、殿下を常に見守れる立場を」
「そ、そうなんだ……」
なんだかすごく真剣な顔で言われたけれど、僕の頭ではまだうまく意味が飲み込めていない。
でも、グレンの言葉のひとつひとつが、胸のどこかをやたらと刺激してくる。
「殿下が安全でいてくださるのなら、私はそれでいいのです」
その言葉には、少しの迷いもなかった。それがかえって、胸に引っかかる。
(……なんで、そこまで……?)
僕を守ることが、そんなに大事なことなのだろうか。
いや、護衛だからって言われたら、そうなんだけど。だけど――
グレンは目を伏せ、少し間を置いてから続ける。
「……誰にも、任せるわけにはいきませんので」
その声は低く、ひどく穏やかだった。感情を抑えているような、それでいて、意志だけははっきり伝わってくるような。胸の奥が、不意に熱を持った気がした。
(……今のって、どういう意味……?)
頭では「護衛だから」と片づけようとする。でも、胸がざわついて、どこか落ち着かない。
平静を装っているつもりなのに、指先がじわりと汗ばんでいく。
けれど、グレンはいつも通りだった。
煮込みの味を見て、火加減を確認している横顔には、さっきの言葉の余韻なんて微塵も感じられない。
それなのに、どうしてだろう。
さっきの一言が、水面に落ちた小石のように、静かに僕の心を揺らしている。
静かに、でも確実に、波紋が広がっていくような感覚だけが、ずっと続いていた。
前日の魔力暴走のこともあるし、僕自身、まだ胸のどこかが落ち着かない。
「今日は無理をなさらず、休息にあてましょう」
そうグレンが言ってくれたとき、正直、ほっとした。
だから今日は、ゆったりと過ごす一日にすることにしたのだ。
午前中は二人で家事。昼前には、いつもより多めに料理を作っておいて、数日は持ちそうな作り置きを保存用の壺に詰めていく。
不思議なもので、包丁の音や湯気の匂いに包まれていると、さっきまでの恥ずかしいやりとりが、少しだけ遠いもののように感じられた。
……まあ、夜にはその「現実」が戻ってくるわけだけど。
だって、今夜からなのだ。
毎晩、就寝前に、魔力を落ち着ける手段としての――キス。
話を聞かされた時は必死で抵抗したけれど、グレンのまっすぐな眼差しと、躊躇のない態度に、完全に気圧されてしまって――
気づけば、する流れになっていた。
とはいえ、本当にやるとなると、心の準備なんてまるで追いつかない。
(ちゃんとできるんだろうか……いや、そもそも、毎日って……!)
僕が心の中でぐるぐるしている間も、グレンはいつも通り寡黙で、だけど不器用ながら手伝ってくれている。
たまに器用そうな顔で野菜を豪快に真っ二つにして、僕に慌てて止められるのも、なんだかもうお約束になりつつあった。
そんな、穏やかな、けれどどこか落ち着かない一日が、ゆっくりと過ぎていく。
けれど、キッチンに立つ彼の横顔をふと見ていると、こんなふうに一緒に過ごす時間が当たり前になってきたことが、なんだか不思議に思えてくる。
(……この人、本当に、ずっと騎士団長だったんだよな)
王城で誰もが一目置いていた、あの騎士団長が、今は僕の隣で野菜を刻んでいる――それって、冷静に考えたらとんでもないことなんじゃないだろうか。気づけば胸の奥が、少しだけ痛くなっていた。
「……ねえ、グレン」
煮込みの火を弱めながら、思い切って口を開く。
「その……ごめん。僕のせいで、団長の仕事を辞めることになって」
グレンは少しだけ手を止めて、いつもの無表情でこちらを見た。
「殿下が気にすることではありません」
「でも……ずっと続けてきた仕事だったのに……」
しばらくの沈黙のあと、グレンはぽつりと言った。
「私はもともと、殿下の護衛として王に命じられた者です」
「うん、それは知ってるけど……」
「ですが――」
グレンの声が、ふとわずかに低くなった。
「殿下が地下室に幽閉されると聞いたとき、私は考えました。このまま団長を続けていては、殿下の傍にはいられない、と」
「えっ……?」
「ですので、選びました。団長として王城に残るより、殿下を常に見守れる立場を」
「そ、そうなんだ……」
なんだかすごく真剣な顔で言われたけれど、僕の頭ではまだうまく意味が飲み込めていない。
でも、グレンの言葉のひとつひとつが、胸のどこかをやたらと刺激してくる。
「殿下が安全でいてくださるのなら、私はそれでいいのです」
その言葉には、少しの迷いもなかった。それがかえって、胸に引っかかる。
(……なんで、そこまで……?)
僕を守ることが、そんなに大事なことなのだろうか。
いや、護衛だからって言われたら、そうなんだけど。だけど――
グレンは目を伏せ、少し間を置いてから続ける。
「……誰にも、任せるわけにはいきませんので」
その声は低く、ひどく穏やかだった。感情を抑えているような、それでいて、意志だけははっきり伝わってくるような。胸の奥が、不意に熱を持った気がした。
(……今のって、どういう意味……?)
頭では「護衛だから」と片づけようとする。でも、胸がざわついて、どこか落ち着かない。
平静を装っているつもりなのに、指先がじわりと汗ばんでいく。
けれど、グレンはいつも通りだった。
煮込みの味を見て、火加減を確認している横顔には、さっきの言葉の余韻なんて微塵も感じられない。
それなのに、どうしてだろう。
さっきの一言が、水面に落ちた小石のように、静かに僕の心を揺らしている。
静かに、でも確実に、波紋が広がっていくような感覚だけが、ずっと続いていた。
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