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║10║魔力は安定しても、僕の心が暴走しそう
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そして――夜が来た。
灯りを落とした廊下を並んで歩きながら、僕の鼓動は妙にせわしない。視線を感じるたびに、横にいる彼の顔をちらちらと見てしまう。けれどグレンは、まるでいつも通りというふうに無表情なまま、一定の歩調で進んでいた。
(……今日から、毎晩……ほ、本当に、するのかな)
考えるだけで、頭の中が熱くなる。暴走の抑止のためだと分かっていても、そんな簡単に割り切れない。少なくとも僕にとっては。
部屋の前に着くと、グレンが小さくうなずいた。
「……では、殿下。おやすみなさい」
それだけ言って去っていこうとしたので、僕は思わず一歩前に出た。
「へ!?ちょ、ちょっと待って!」
彼が足を止め、こちらを振り返る。相変わらず、感情の読みづらい顔だった。だがその視線の奥に、ほんのわずかな気遣いの色が混じっているような気がして――余計に言葉が詰まった。
「……その、キス、は……?」
ようやく口にした瞬間、恥ずかしさで全身が熱くなる。
「無理をなさらなくて構いませんよ」
グレンの返事は、いつも通りの落ち着いた声だった。だけど、その言葉の奥に、ほんの少しだけ躊躇いが混ざっている気がした。
「無理じゃない。ただ……ちょっと、緊張してるだけで」
僕がなんとか絞り出した言葉に、彼はほんのわずかに目を細める。
それが、微笑んだのかもしれないと気づくのに、数秒かかった。
「では、失礼します」
近づいてきた彼の気配に、思わず息を止めた。心臓が、耳元で暴れている。
グレンの指が、そっと僕の頬に触れ、顔を引き寄せた。その動作の一つひとつが、慎重で、優しくて、まるで僕のことを壊れ物のように扱ってくれているように感じる。
そして――唇が触れた。
昨日の混乱の中でしたものとは違って、今夜のそれは、穏やかで、じんわりと温かい。
触れるだけの軽いキス。けれど、言葉にならない想いが、そこに込められていたような気がした。
離れると、グレンは少しだけ距離を取って、再び静かな声で言った。
「……おやすみなさい、アストル殿下」
僕は、どうにか頷く。声を出す余裕なんてなかった。
背中が汗ばんでいるのに、指先は妙に冷たくなっていて、どうやって部屋のドアを閉めたのかも覚えていない。
(だめだ……今日から毎晩、あれをするなんて。緊張して寝られる気がしない)
でも同時に、ほんの少しだけ。
嬉しかった。心が落ち着いて、体の奥からじんわりと魔力が鎮まっていくのが分かった。胸の奥にまだ火照りを残しつつ、僕はそっと目を閉じる。
静かな夜が、やさしく僕を包んでいた。
翌朝。鳥のさえずりが窓の外で聞こえる。
まだ少し眠気の残る体を起こして、階下に降りると、いつも先に起きているはずのグレンがいなかった。
珍しいなと思いつつ食器棚からカップを取り出そうとした、そのとき――
「……おはようございます、殿下……」
背後から、少しかすれた眠たげな声が聞こえた。
振り返ると、そこには寝癖でふわりと跳ねた髪をそのままに、ぼんやりとした目をしたグレンが立っている。
初めて見る、寝起きのグレン。普段は完璧すぎるくらい整っているのに、今日はどこか無防備で、柔らかくて。
うそ、可愛い……いや、かっこいいんだけど、可愛い……!
内心で軽く取り乱している僕の横に、グレンは呆けたままの顔でとことこと歩み寄ってきて——いつも通りの落ち着いた声で、何気なく言った。
「……で、朝のキスはどういたしましょう」
「……はあぁっ!?」
不意を突かれた僕は、危うくお茶を盛大にこぼしそうになる。
な、なんだそれ!?まさか毎日って、朝晩セットだったの!?
「ま、待って、それはまだ聞いてないっていうか、夜だけの話かと思ってて――!」
「そうでしたか。失礼しました」
淡々と返しながらも、グレンは少しだけまばたきを増やしている。たぶん、本当に寝ぼけてる。
いや、今の僕の心拍数の急上昇をどうにかしてほしい。
「え、えっと……その、夜にしよう。夜が、いいと思う。うん……!」
苦し紛れに出した提案に、グレンは「承知しました」と静かにうなずいた。
――それはそれで、夜まで意識し続けるハメになるんだけど。
顔を両手で覆いたくなるのをこらえながら、僕は朝食の準備に戻った。
今日も朝から心臓がもたない。
朝食の支度ができて、「どうぞ」と声をかけると、グレンは素直に席についた。
相変わらず表情からは感情を読み取りにくいけれど、黙々と食べ進める姿にはどこか穏やかな空気があって、見ているだけで胸の奥がふっと温まる。
「……美味しいです。特に、このスープの味つけが絶妙です」
不意にそんなことを言われて、僕は思わずスプーンを取り落としそうになった。
「えっ……あ、ありがとう」
慌てて笑顔を作ると、グレンは静かに頷くだけで、またスープに視線を戻す。
てっきり、食事には興味のない人かと思っていたけれど――ちゃんと味わってくれているんだな。
そんな小さな発見が、思いのほか嬉しくて、胸の奥がふわりとあたたかくなる。
(……この人のために、また何か作ってあげたいな)
ふと浮かんだその思いに、自分でも少し驚いた。
誰かに何かをしてあげたいと思うなんて、今までほとんどなかったはずなのに。
義務感や礼儀ではなく――ただ、喜んでもらえたらいいな、と思ってしまった。
その気持ちがじんわりと胸の中に広がっていって、くすぐったくて、少し照れくさい。
自分の意志で、誰かの笑顔のために動きたいと思ったのは、たぶん、初めてのことだった。
灯りを落とした廊下を並んで歩きながら、僕の鼓動は妙にせわしない。視線を感じるたびに、横にいる彼の顔をちらちらと見てしまう。けれどグレンは、まるでいつも通りというふうに無表情なまま、一定の歩調で進んでいた。
(……今日から、毎晩……ほ、本当に、するのかな)
考えるだけで、頭の中が熱くなる。暴走の抑止のためだと分かっていても、そんな簡単に割り切れない。少なくとも僕にとっては。
部屋の前に着くと、グレンが小さくうなずいた。
「……では、殿下。おやすみなさい」
それだけ言って去っていこうとしたので、僕は思わず一歩前に出た。
「へ!?ちょ、ちょっと待って!」
彼が足を止め、こちらを振り返る。相変わらず、感情の読みづらい顔だった。だがその視線の奥に、ほんのわずかな気遣いの色が混じっているような気がして――余計に言葉が詰まった。
「……その、キス、は……?」
ようやく口にした瞬間、恥ずかしさで全身が熱くなる。
「無理をなさらなくて構いませんよ」
グレンの返事は、いつも通りの落ち着いた声だった。だけど、その言葉の奥に、ほんの少しだけ躊躇いが混ざっている気がした。
「無理じゃない。ただ……ちょっと、緊張してるだけで」
僕がなんとか絞り出した言葉に、彼はほんのわずかに目を細める。
それが、微笑んだのかもしれないと気づくのに、数秒かかった。
「では、失礼します」
近づいてきた彼の気配に、思わず息を止めた。心臓が、耳元で暴れている。
グレンの指が、そっと僕の頬に触れ、顔を引き寄せた。その動作の一つひとつが、慎重で、優しくて、まるで僕のことを壊れ物のように扱ってくれているように感じる。
そして――唇が触れた。
昨日の混乱の中でしたものとは違って、今夜のそれは、穏やかで、じんわりと温かい。
触れるだけの軽いキス。けれど、言葉にならない想いが、そこに込められていたような気がした。
離れると、グレンは少しだけ距離を取って、再び静かな声で言った。
「……おやすみなさい、アストル殿下」
僕は、どうにか頷く。声を出す余裕なんてなかった。
背中が汗ばんでいるのに、指先は妙に冷たくなっていて、どうやって部屋のドアを閉めたのかも覚えていない。
(だめだ……今日から毎晩、あれをするなんて。緊張して寝られる気がしない)
でも同時に、ほんの少しだけ。
嬉しかった。心が落ち着いて、体の奥からじんわりと魔力が鎮まっていくのが分かった。胸の奥にまだ火照りを残しつつ、僕はそっと目を閉じる。
静かな夜が、やさしく僕を包んでいた。
翌朝。鳥のさえずりが窓の外で聞こえる。
まだ少し眠気の残る体を起こして、階下に降りると、いつも先に起きているはずのグレンがいなかった。
珍しいなと思いつつ食器棚からカップを取り出そうとした、そのとき――
「……おはようございます、殿下……」
背後から、少しかすれた眠たげな声が聞こえた。
振り返ると、そこには寝癖でふわりと跳ねた髪をそのままに、ぼんやりとした目をしたグレンが立っている。
初めて見る、寝起きのグレン。普段は完璧すぎるくらい整っているのに、今日はどこか無防備で、柔らかくて。
うそ、可愛い……いや、かっこいいんだけど、可愛い……!
内心で軽く取り乱している僕の横に、グレンは呆けたままの顔でとことこと歩み寄ってきて——いつも通りの落ち着いた声で、何気なく言った。
「……で、朝のキスはどういたしましょう」
「……はあぁっ!?」
不意を突かれた僕は、危うくお茶を盛大にこぼしそうになる。
な、なんだそれ!?まさか毎日って、朝晩セットだったの!?
「ま、待って、それはまだ聞いてないっていうか、夜だけの話かと思ってて――!」
「そうでしたか。失礼しました」
淡々と返しながらも、グレンは少しだけまばたきを増やしている。たぶん、本当に寝ぼけてる。
いや、今の僕の心拍数の急上昇をどうにかしてほしい。
「え、えっと……その、夜にしよう。夜が、いいと思う。うん……!」
苦し紛れに出した提案に、グレンは「承知しました」と静かにうなずいた。
――それはそれで、夜まで意識し続けるハメになるんだけど。
顔を両手で覆いたくなるのをこらえながら、僕は朝食の準備に戻った。
今日も朝から心臓がもたない。
朝食の支度ができて、「どうぞ」と声をかけると、グレンは素直に席についた。
相変わらず表情からは感情を読み取りにくいけれど、黙々と食べ進める姿にはどこか穏やかな空気があって、見ているだけで胸の奥がふっと温まる。
「……美味しいです。特に、このスープの味つけが絶妙です」
不意にそんなことを言われて、僕は思わずスプーンを取り落としそうになった。
「えっ……あ、ありがとう」
慌てて笑顔を作ると、グレンは静かに頷くだけで、またスープに視線を戻す。
てっきり、食事には興味のない人かと思っていたけれど――ちゃんと味わってくれているんだな。
そんな小さな発見が、思いのほか嬉しくて、胸の奥がふわりとあたたかくなる。
(……この人のために、また何か作ってあげたいな)
ふと浮かんだその思いに、自分でも少し驚いた。
誰かに何かをしてあげたいと思うなんて、今までほとんどなかったはずなのに。
義務感や礼儀ではなく――ただ、喜んでもらえたらいいな、と思ってしまった。
その気持ちがじんわりと胸の中に広がっていって、くすぐったくて、少し照れくさい。
自分の意志で、誰かの笑顔のために動きたいと思ったのは、たぶん、初めてのことだった。
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