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║32║彼に呼ばれる、僕だけの名前
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夜もすっかり更け、静けさに包まれた小さな家の中。
グレンの家、いや、もう「僕たちの家」と呼べるこの場所に、僕とグレンはようやく帰ってきた。
「……ふぅ。やっと、戻ってこられたね」
「そうですね」
グレンがそっと玄関を閉めると、しんとした空気が僕らを包み込む。
あれだけの緊張と魔力に満ちた王城の空間から離れて、初めて深く息ができた気がした。
「静かだね。……なんだか、何もかもが夢だったみたい」
「夢ではありませんよ。殿下は、国を救った英雄です」
「や、やめてよそういうの……グレンの前じゃ、ただの僕でいたいんだから……」
ぷいと顔を背けると、グレンがクスッと笑う気配がした。
「では……おかえりなさい。アストル」
「っ……!?き、急に、名前で呼ぶなんて……!」
「だって、『ただの僕』でいたいんですよね?アストル」
「うぐ~~っ!や、やめてよ……心臓がもたないってば!」
必死に抗議する僕を、彼はさらりと腕ごと抱き寄せる。
「もたなくても構いません。アストルが可愛すぎるのが悪いのです」
「な、なにそれえええっ!!」
顔から火が出そうで、思わずじたばた暴れてしまう。けれど、彼の腕はびくともしない。
「逃しませんよ」
「や、やだっ、離してよぉ!」
「ふふ……そんなに暴れたら、ますます可愛いのですが」
「~~~~っ!!」
もう勝ち目はない、と観念して、僕は彼の胸に顔を埋めた。しばしのあいだ、二人で甘い空気に包まれて――やっと息を整える。
静けさが戻ると同時に、胸の奥から、さっきまで言えなかった思いがふいにこみ上げてきた。
「……ねえ、グレン」
「はい、なんでしょう」
「王の間で、あの制御装置が動き出したとき……魔力が、体の中で暴れだして、もう駄目かと思ったんだ。だけど――」
頬が少し熱くなるのを感じながら、言葉を続けた。
「たぶん、グレンの魔力が――昨夜たっぷり注いでくれた魔力が、まだここに残ってて、それを感じたら、不思議と落ち着けたんだ。安心できたっていうか……」
僕の言葉に、グレンの瞳がふっと揺れる。けれどすぐに真っ直ぐに僕を見据え、いつもの落ち着いた調子で静かに答えた。
「それは、私の魔力の力だけではありません。アストルが私を受け入れてくれたからこそ、できたことです。……ですが、もしそれで救われたのだとしたら、これほど嬉しいことはありません」
グレンの手が、そっと僕の頬に触れる。その指先があたたかくて、胸の奥がまたじんわり熱くなった。
「……ありがとう、グレン。僕、生きて帰ってこられてよかった」
「私のほうこそ。もう一度、こうして……アストルと二人きりになれたことが、何よりの幸せです」
グレンが僕の髪に指を絡め、そっと額を重ねてくる。距離が近くなるたび、僕の心臓の音も早くなっていった。
「ねえ……グレン。もう危機は去ったよね?なら……今夜は、誰にも邪魔されないよね……?」
「ええ。今夜は、朝までずっと、二人きりです」
囁かれるその言葉に、胸の奥が一気に熱くなる。
ああ、もうだめだ――この人に触れてほしい。もっと深く、もっと近くで。
「……じゃあ、いっぱい甘やかしてくれる?」
縋るように問うと、グレンは迷いなく頷いた。
「もちろん。アストルが望む限り、何度でも」
その言葉と同時に、彼の指が僕の頬をなぞる。その指先が、不思議なほど熱を帯びて感じられて、背筋が震えた。
「っ……」
思わず声が漏れる。視線をそらそうとしても、彼の瞳が近くにあって、逃げ場なんてどこにもなかった。
「……グレン」
名前を呼ぶ声がかすれる。すると彼は、ごく自然に僕の腰を引き寄せた。胸の奥まで響く鼓動が、彼に伝わってしまいそうで、恥ずかしくてたまらない。
「アストル」
低い声が耳もとで囁かれた次の瞬間――唇が重なった。触れ合うだけの、短いはずの口づけ。けれどその静かな熱に、体の芯まで奪われてしまいそうになる。一度離れても、すぐにまた重ねられて、呼吸よりも彼の唇を求めてしまう。
重なり合うたびに胸が震えて、背中を撫でられる指先が、まるで「逃がさない」と告げているようで。
「……っ、ふ、ぁ……」
思わず洩れた声を、彼の舌先にさらわれる。熱が深く注ぎ込まれるたび、胸の奥が甘く痺れて、足の力まで抜けそうになった。
やっと解放されると、耳もとに低い声が落ちる。
「今夜は、誰にも渡しませんよ。アストル」
「~~~~っ!!」
ああ、やばい。これは確実に、めちゃめちゃに愛されてしまう予感。
胸を押さえても収まらない高鳴りに、顔から火が出そうなのに――逃げるなんてできない。むしろ、この腕の中に閉じ込められてしまいたい。
今夜はきっと、朝まで眠れそうにない。
グレンの家、いや、もう「僕たちの家」と呼べるこの場所に、僕とグレンはようやく帰ってきた。
「……ふぅ。やっと、戻ってこられたね」
「そうですね」
グレンがそっと玄関を閉めると、しんとした空気が僕らを包み込む。
あれだけの緊張と魔力に満ちた王城の空間から離れて、初めて深く息ができた気がした。
「静かだね。……なんだか、何もかもが夢だったみたい」
「夢ではありませんよ。殿下は、国を救った英雄です」
「や、やめてよそういうの……グレンの前じゃ、ただの僕でいたいんだから……」
ぷいと顔を背けると、グレンがクスッと笑う気配がした。
「では……おかえりなさい。アストル」
「っ……!?き、急に、名前で呼ぶなんて……!」
「だって、『ただの僕』でいたいんですよね?アストル」
「うぐ~~っ!や、やめてよ……心臓がもたないってば!」
必死に抗議する僕を、彼はさらりと腕ごと抱き寄せる。
「もたなくても構いません。アストルが可愛すぎるのが悪いのです」
「な、なにそれえええっ!!」
顔から火が出そうで、思わずじたばた暴れてしまう。けれど、彼の腕はびくともしない。
「逃しませんよ」
「や、やだっ、離してよぉ!」
「ふふ……そんなに暴れたら、ますます可愛いのですが」
「~~~~っ!!」
もう勝ち目はない、と観念して、僕は彼の胸に顔を埋めた。しばしのあいだ、二人で甘い空気に包まれて――やっと息を整える。
静けさが戻ると同時に、胸の奥から、さっきまで言えなかった思いがふいにこみ上げてきた。
「……ねえ、グレン」
「はい、なんでしょう」
「王の間で、あの制御装置が動き出したとき……魔力が、体の中で暴れだして、もう駄目かと思ったんだ。だけど――」
頬が少し熱くなるのを感じながら、言葉を続けた。
「たぶん、グレンの魔力が――昨夜たっぷり注いでくれた魔力が、まだここに残ってて、それを感じたら、不思議と落ち着けたんだ。安心できたっていうか……」
僕の言葉に、グレンの瞳がふっと揺れる。けれどすぐに真っ直ぐに僕を見据え、いつもの落ち着いた調子で静かに答えた。
「それは、私の魔力の力だけではありません。アストルが私を受け入れてくれたからこそ、できたことです。……ですが、もしそれで救われたのだとしたら、これほど嬉しいことはありません」
グレンの手が、そっと僕の頬に触れる。その指先があたたかくて、胸の奥がまたじんわり熱くなった。
「……ありがとう、グレン。僕、生きて帰ってこられてよかった」
「私のほうこそ。もう一度、こうして……アストルと二人きりになれたことが、何よりの幸せです」
グレンが僕の髪に指を絡め、そっと額を重ねてくる。距離が近くなるたび、僕の心臓の音も早くなっていった。
「ねえ……グレン。もう危機は去ったよね?なら……今夜は、誰にも邪魔されないよね……?」
「ええ。今夜は、朝までずっと、二人きりです」
囁かれるその言葉に、胸の奥が一気に熱くなる。
ああ、もうだめだ――この人に触れてほしい。もっと深く、もっと近くで。
「……じゃあ、いっぱい甘やかしてくれる?」
縋るように問うと、グレンは迷いなく頷いた。
「もちろん。アストルが望む限り、何度でも」
その言葉と同時に、彼の指が僕の頬をなぞる。その指先が、不思議なほど熱を帯びて感じられて、背筋が震えた。
「っ……」
思わず声が漏れる。視線をそらそうとしても、彼の瞳が近くにあって、逃げ場なんてどこにもなかった。
「……グレン」
名前を呼ぶ声がかすれる。すると彼は、ごく自然に僕の腰を引き寄せた。胸の奥まで響く鼓動が、彼に伝わってしまいそうで、恥ずかしくてたまらない。
「アストル」
低い声が耳もとで囁かれた次の瞬間――唇が重なった。触れ合うだけの、短いはずの口づけ。けれどその静かな熱に、体の芯まで奪われてしまいそうになる。一度離れても、すぐにまた重ねられて、呼吸よりも彼の唇を求めてしまう。
重なり合うたびに胸が震えて、背中を撫でられる指先が、まるで「逃がさない」と告げているようで。
「……っ、ふ、ぁ……」
思わず洩れた声を、彼の舌先にさらわれる。熱が深く注ぎ込まれるたび、胸の奥が甘く痺れて、足の力まで抜けそうになった。
やっと解放されると、耳もとに低い声が落ちる。
「今夜は、誰にも渡しませんよ。アストル」
「~~~~っ!!」
ああ、やばい。これは確実に、めちゃめちゃに愛されてしまう予感。
胸を押さえても収まらない高鳴りに、顔から火が出そうなのに――逃げるなんてできない。むしろ、この腕の中に閉じ込められてしまいたい。
今夜はきっと、朝まで眠れそうにない。
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