初めてはアイツと!?〜大嫌いなアイツの彼女は、私!?

萩野詩音

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第1話

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「相川」

 呼ばれたと同時に、思わず身体を引いていた。 

 薄暗い部屋の中でも一際黒い輝きを放つ長い睫毛が、男性にしてはつるりとした肌に影を落としている。悔しいけれど端正な顔立ちだ。

 目の前に近づいてきたその顔を避けるように大袈裟に動いてしまったせいで、ベッドのスプリングがぎしぎしと音を立てた。それはまるで、私の心の最後の鍵を強制的に回されるような音だった。

 逸らした目線の先にはちょうど窓があって、目の前が明るい光に覆われた。まわりのビルが放つ光は直截的で、夜景と呼ぶほどロマンチックな景色ではなかった。

 シティホテルの中層階からは、道路を走る車のヘッドライトや、向かいの店の看板の文字まで見える。

 でも、ラブホじゃなくてわざわざこのホテルを選んだ理由はなんなのだろう――。ぼんやりと頭の奥底で考えたその時、頬に手を添えられ、真正面を向くように正された。

 頬に触れる手が熱い。室内はまだ空調が効いているとはいえないのに、蝋燭の炎に直接手を掠めてしまったようだった。

 嫌いなはずのその切れ長の瞳が、やけに真剣に自分を見つめていることに気づいて、喉元まででかかった静止の言葉をとっさに呑み込んでしまった。

 そのせいだろうか。喉の奥に紙が張り付いたような違和感を覚える。どんなに舌を動かしても、口を開けても決して取れない感覚。


「いいんだよな?」

 静かな、けれど熱を孕んだ声が耳を打った。その瞬間、鼓膜の奥がじんと痺れる。
 言葉を反芻する前に、暴風雨のような嵐が自分の胸のうちを駆け抜けていった。

 今更、いやだと言えるわけがない。

 顎を引いて、小さく頷いた。

 ほぼ同時に、とん、と肩を押され、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 天井の色を認識する前に、視界が糸川の顔で埋め尽くされる。

「これ、今はいらないだろ」

 糸川の手が私の右腕に伸びる。薬指に嵌めていたシルバーリングが呆気なく抜き取られた。

「あ……」

 思わず声が漏れたからか、糸川がこちらを見下ろす目がすっと細められた。こちらを諌めるような瞳に、背筋を氷で撫でられたような気がした。

 しかしその目線とは裏腹に、指輪はまるでガラス細工のように丁寧にベッドサイドのテーブルに置かれた。

 リングの中央に一粒だけ輝くダイヤモンドが、淡い光のなかで煌めいている。それはまるで涙の一雫のようだ。私を守るリング。

「こっち」

 いつまでもその光を見つめていたせいか、再び頬に添えられた手で、真上を向かせられる。じっとこちらを見下ろす糸川の瞳が、妖しく揺れている。
 とても直視できず、私はそっと目を閉じた。
 次の瞬間、草原のような香りが強まった。唇に、柔らかな感触。

 キスを受け止めるために目を閉じたつもりはないのに、私は気付けばその優しい口付けに身を任せていた。
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