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第2話
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飲み会の会場は、雑居ビルの二階にある居酒屋だった。
チェーン店だが、比較的新しい店舗のため綺麗らしい。
会社から程近くにあるから営業部の飲み会によく使っているのだ、と道すがら吉野が教えてくれた。
大して飲み食いしたいわけでもないから、店はどこでも良かった。ただ会社と駅の間にあるのは有り難い。一次会が終わったらさっさと帰りたかったから。
吉野と貸切の座敷についたころには、およそ半分くらいの席が埋まっていた。
「春香ちゃーん、こっちこっち」と吉野を手招きしているのは、企画部の男性社員たちだろう。
「呼ばれてるよ?」
「先輩も一緒に座りましょうよ~」
営業部の人たちが座っている席の一角にお邪魔しようと思ったのに、ぐいぐい吉野に手を引かれて、その見知らぬ男性たちのテーブルに座らされてしまった。八人がけのテーブルで、知っているのは吉野だけ。あとは企画部の男性社員ばかりだった。なかなか最悪な状況だ。
糸川が「気をつけろ」、と言っていた声が耳の奥で響いて、慌てて頭を振る。
この見知らぬ社員たちも、糸川に比べたらマシだろう。
最初のビールを注文して、吉野がにこにこと話しているのを眺めていると、わあっと歓声が上がった。
座敷の入り口を見ると、ちょうど糸川がやってきたところで、早速女性社員に囲まれている。
「糸川さん、来てくれたんですね!」
「飲み会久しぶりじゃないですか?」
「今日も来られないんだと思ってた!嬉しい~!」
なんて、企画部の男性社員たちにちやほやされている吉野なんて目じゃないほど、持て囃されている。
糸川はへらへら笑って、女性社員たちに引きずられるまま、斜め向かいのテーブルに座らされていた。
吉野は「あーあ、糸川さん取られちゃった」と隣で頬を膨らませている。
「なーんだ、先輩がいるからこっちに来てくれると思ったのに」
「まさか。私のところに来るわけないでしょ」
仕事も一緒にしているのにわざわざ飲み会でまで一緒に過ごすことはない。
その私の言葉を聞いてか、吉野は大きくため息をついた。
「まあいいや。あとで呼んでこよーっと」
とすぐに機嫌を直したようだった。心なしか、同じテーブルに座っていた社員たちの間にほっとした空気が流れる。
もしかしたら彼らはいつも、吉野のわがままに振り回されているのかもしれない。
それでもいいと思えるほど、若くて可愛いということなんだろうけれど。
吉野とは反対側の私の隣に座った男性社員は、企画部の鈴木と名乗った。
年は私の一つ上らしい。年齢も入社年度も近いおかげで、親近感を持たれたようだった。
座ったテーブルでは、企画部の社員たちが吉野の若さと可愛さを褒め、謙遜した吉野に無理やり私が持ち上げられ、それに付き合って私まで褒められる……という地獄のような会話が続いていた。
だから、合間合間で鈴木さんが話しかけてくれて助かった。と言っても振ってもらった話題に「そうですか」「はい」「いいえ」くらいしか答えられなかったけれど。
途中から吉野より鈴木さんの方を向いていたからだろうか。
「相川先輩って、もしかして鈴木さんみたいな人がタイプなんですかあ?」
と吉野が笑いながら訊ねてきた。
その言葉を聞いて、まわりの社員たちも「ええ?」「まさか」なんてのってきて話が大きくなる。勘弁してほしい。
さすがに付き合っていられない。席をたとうかと思い始めたとき「でも」と隣の鈴木さんが口を挟んだ。
「相川さん、彼氏いますよね?」
「え……?」
きょとん、と首を傾げる。
すると鈴木さんは「だって……」と私の右手を見た。
薬指にはまった指輪。確かに、恋人からもらった指輪を右手薬指にはめる人は多いだろう。しかもダイヤのついたシンプルなリング。ペアリングと思われてもおかしくはない。
実際のところ、このシルバーリングはペアリングでも何でもない。学生の頃から推しているアイドルが出したグッズだった。
彼女に夢中になったのは大学生のときだった。ある日、ぼんやりと繁華街で横断歩道の信号が変わるのを待っていたとき、大きなヴィジョンに映ったのが、ホシゾラドロップスというアイドルグループだった。8人組の女性アイドルで、この度デビューが決まったらしく、メンバーがそれぞれ自己紹介をして意気込みを語っていた。
その時、私の目が吸い寄せられたのが、ミトという女の子だった。ストレートの黒髪を下ろし、大きな目がくりくりっとしていて可愛らしい。
中でもコメントに惹かれた。彼女はその時20歳。アイドルとしては遅咲きだ。グループでも最年長で、リーダーを務めます、と自己紹介した。
そうして彼女は「何事も始めるのに遅いということはない、と私が証明してみせます!」と言い切ってにこっと笑ったのだ。その笑みに、私は思わず見惚れていた。信号が青に変わったことにも気づかず、画面に映るミトの姿を見つめ続けていた。
それ以来、CDが出れば必ず買うし、ライブにも足を運ぶようにしている。
このシルバーリングは、就職して、初めてのボーナスが出たときに買った。
お値段はまあまあしたけれど、内側に好きな文字を入れることができたから、Mito&Mireiという刻印まで入っている。
生のミトに会える、というのは私の生活のモチベーシ
チェーン店だが、比較的新しい店舗のため綺麗らしい。
会社から程近くにあるから営業部の飲み会によく使っているのだ、と道すがら吉野が教えてくれた。
大して飲み食いしたいわけでもないから、店はどこでも良かった。ただ会社と駅の間にあるのは有り難い。一次会が終わったらさっさと帰りたかったから。
吉野と貸切の座敷についたころには、およそ半分くらいの席が埋まっていた。
「春香ちゃーん、こっちこっち」と吉野を手招きしているのは、企画部の男性社員たちだろう。
「呼ばれてるよ?」
「先輩も一緒に座りましょうよ~」
営業部の人たちが座っている席の一角にお邪魔しようと思ったのに、ぐいぐい吉野に手を引かれて、その見知らぬ男性たちのテーブルに座らされてしまった。八人がけのテーブルで、知っているのは吉野だけ。あとは企画部の男性社員ばかりだった。なかなか最悪な状況だ。
糸川が「気をつけろ」、と言っていた声が耳の奥で響いて、慌てて頭を振る。
この見知らぬ社員たちも、糸川に比べたらマシだろう。
最初のビールを注文して、吉野がにこにこと話しているのを眺めていると、わあっと歓声が上がった。
座敷の入り口を見ると、ちょうど糸川がやってきたところで、早速女性社員に囲まれている。
「糸川さん、来てくれたんですね!」
「飲み会久しぶりじゃないですか?」
「今日も来られないんだと思ってた!嬉しい~!」
なんて、企画部の男性社員たちにちやほやされている吉野なんて目じゃないほど、持て囃されている。
糸川はへらへら笑って、女性社員たちに引きずられるまま、斜め向かいのテーブルに座らされていた。
吉野は「あーあ、糸川さん取られちゃった」と隣で頬を膨らませている。
「なーんだ、先輩がいるからこっちに来てくれると思ったのに」
「まさか。私のところに来るわけないでしょ」
仕事も一緒にしているのにわざわざ飲み会でまで一緒に過ごすことはない。
その私の言葉を聞いてか、吉野は大きくため息をついた。
「まあいいや。あとで呼んでこよーっと」
とすぐに機嫌を直したようだった。心なしか、同じテーブルに座っていた社員たちの間にほっとした空気が流れる。
もしかしたら彼らはいつも、吉野のわがままに振り回されているのかもしれない。
それでもいいと思えるほど、若くて可愛いということなんだろうけれど。
吉野とは反対側の私の隣に座った男性社員は、企画部の鈴木と名乗った。
年は私の一つ上らしい。年齢も入社年度も近いおかげで、親近感を持たれたようだった。
座ったテーブルでは、企画部の社員たちが吉野の若さと可愛さを褒め、謙遜した吉野に無理やり私が持ち上げられ、それに付き合って私まで褒められる……という地獄のような会話が続いていた。
だから、合間合間で鈴木さんが話しかけてくれて助かった。と言っても振ってもらった話題に「そうですか」「はい」「いいえ」くらいしか答えられなかったけれど。
途中から吉野より鈴木さんの方を向いていたからだろうか。
「相川先輩って、もしかして鈴木さんみたいな人がタイプなんですかあ?」
と吉野が笑いながら訊ねてきた。
その言葉を聞いて、まわりの社員たちも「ええ?」「まさか」なんてのってきて話が大きくなる。勘弁してほしい。
さすがに付き合っていられない。席をたとうかと思い始めたとき「でも」と隣の鈴木さんが口を挟んだ。
「相川さん、彼氏いますよね?」
「え……?」
きょとん、と首を傾げる。
すると鈴木さんは「だって……」と私の右手を見た。
薬指にはまった指輪。確かに、恋人からもらった指輪を右手薬指にはめる人は多いだろう。しかもダイヤのついたシンプルなリング。ペアリングと思われてもおかしくはない。
実際のところ、このシルバーリングはペアリングでも何でもない。学生の頃から推しているアイドルが出したグッズだった。
彼女に夢中になったのは大学生のときだった。ある日、ぼんやりと繁華街で横断歩道の信号が変わるのを待っていたとき、大きなヴィジョンに映ったのが、ホシゾラドロップスというアイドルグループだった。8人組の女性アイドルで、この度デビューが決まったらしく、メンバーがそれぞれ自己紹介をして意気込みを語っていた。
その時、私の目が吸い寄せられたのが、ミトという女の子だった。ストレートの黒髪を下ろし、大きな目がくりくりっとしていて可愛らしい。
中でもコメントに惹かれた。彼女はその時20歳。アイドルとしては遅咲きだ。グループでも最年長で、リーダーを務めます、と自己紹介した。
そうして彼女は「何事も始めるのに遅いということはない、と私が証明してみせます!」と言い切ってにこっと笑ったのだ。その笑みに、私は思わず見惚れていた。信号が青に変わったことにも気づかず、画面に映るミトの姿を見つめ続けていた。
それ以来、CDが出れば必ず買うし、ライブにも足を運ぶようにしている。
このシルバーリングは、就職して、初めてのボーナスが出たときに買った。
お値段はまあまあしたけれど、内側に好きな文字を入れることができたから、Mito&Mireiという刻印まで入っている。
生のミトに会える、というのは私の生活のモチベーシ
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